62 秘密の共有
サビーナからハグとお触り攻撃を受けた後、改めて別室でお茶と菓子が用意された。
仕切り直すなら服を元に戻したかったが、それはコレット姫が許さない。帰るときには着替えさせるから、と約束してくれたのでそれを信じよう。
ちなみに、コレット姫が着ているサビーナの服はエンジ色のワンピースで、王族の側で働く宰相家の令嬢らしいスッキリしたデザインだった。
要はいつものサビーナの服だよね。
髪も仕事がしやすいようなコンセプトなのか、左右の肩に垂らした三つ編みおさげが可愛い。
トーテムポールの如く覗き見していた時はいつもの髪型だったのに、この部屋へ移る前に整えるとは。
使用人の準備の良さといったらない。
「せっかくの機会ですもの。絵師に描かせて残しておきたいわ」
そんなお戯れをしれっと言うコレット姫。別に何をしても良いけどご自身の分だけで私の絵は書かせないようにしてください。
「やっぱりセレスティーヌ様のお菓子は美味しいわ。ねぇ、お兄様」
「あぁ」
うわ。
前にご賞味いただいた時とコレット姫の感想が違いすぎる。
いいけどさ。公爵令嬢の趣味としての忠告は今も理解してるし。
だからこそ、持ってくるのは気心の知れた集まりだけ。
「まだ、オーブンの温度管理が上手く出来ず、綺麗に焼けたものだけお持ちしました。お口に合えば幸いです」
そうなんだよね。火元に近い部分とそうでないところがあるので、現世のオーブンとは扱い方がかなり違う。
普段から国一番の料理人が腕をふるったものを口にしている王族に、本当に私なんかのお菓子をお出ししていいのだろうか。今更な考えで隣に座るコランタン王子を見てしまう。
隣、なんだよな。いやいや、私は向かいの席ぐらいが丁度いいと思ったんだよ?
それをサビーナが許すはずもなく。
すると、コランタン王子の手がクッキーに伸びる。
二枚目だ。
「セレスティーヌ嬢の菓子は甘すぎなくて食べやすい」
私の視線に気がついたのか、はっきりと私を見て優しい声音で呟いた。
よ、良かったぁぁ。
これからも砂糖は控えめ。マストで!
砂糖の量はさ、料理人が教えてくれたレシピだと多いって思ったんだよ。
貴族が食べる贅沢な菓子には、砂糖をたっぷり使うべきだと料理人は考えているようで、現世よりも多く生地に入れるのを、入れすぎだろって減らしすようお願いした。それに砂糖が多いと焦げやすくならない? それでなくても焦がして失敗する可能性はある。
そんな私の趣味に高価な砂糖を使うとか、躊躇するよ。
だから男子は甘さ控えめが喜ぶ。とか、そこまで考えが回っていたわけではない。
「まぁ、そうなるよねー。二人の甘々なやり取り眺めながら味わうには控えめぐらいの菓子じゃないと」
「姉さん、言いたいことはわかるが先に確認しておくことがあるでしょう」
やだ、ちょっとサビーナったら。私とコランタン王子がラブラブすぎてお菓子より甘いって言いたいの?
そ、そりゃ。想いが通じ合った仲ですよ? それでも、告白しただけでなんか恋愛イベントとかはなんもないんだからね。
恋人らしいデートとかをこの世界でするならどうなっちゃうかなぁ。
なんて、私がこれから先の展開をすました顔のまま妄想してると、扉の外で待機している私の護衛騎士シモンが連れてこられた。
王家が使う近衛騎士に顎で指図されてるよ。
ちょっ、シモンは平民でも公爵家の者だからね。そんなぞんざいに扱ったらカンブリーブ領主に訴えるよ?
「お前はそのまま下がれ。話を聞くだけだ」
コランタン王子が近衛騎士を部屋から出し厳重に人払いを命じる。
納得できない顔をした近衛騎士はシモンを睨んでから仕方ないと部屋を出ていく。
「セレスティーヌ様、申し訳ありませんがこれから幾つか彼に質問をしてもよろしいでしょうか」
ヴィクトーが席を立ちシモンの横に立った。
「既に決定事項のようですので構いませんが、彼は公爵家のものですよ?」
王立図書館の一件でヴィクトーは今までより私に近い関係になったと感じていた。だから、悪いようにはならないだろうが私だってシモンを使う者として威厳を見せておかなければならない。
それに、床に投げ出されるように座らされたシモンが涙目で私を見てる。
助けて。と言わんばかりに。
屈辱的な格好かもしれないけど大丈夫、それ、ただの正座だから。
「今日見聞きしたことを、話してもらおう」
冷たい声でシモンに問うヴィクトーはメモの用意ができている。
「私の言葉など……」
「前置きはいい、城で見たことを端的に」
「は、はい。私はお言いつけ通りお部屋の外で護衛をしておりましたら、姫殿下がお部屋からお出になりまして。セレスティーヌ様がお一人になったのかと思ったのですが」
……おが多い。
慣れない場での尋問に下手な敬語が更に聞きにくくなってるよ。
要約する。
城の使用人から今日は着替えを伴う遊びだから中には入れないと言われていたがコレット姫が部屋から出てくる。まさか公爵令嬢が一人にされいてるはずはないが念の為、確認したほうがいいか迷っていると。王太子殿下がやってきた。
もちろん、シモンが口を出せる相手ではない。しかし中の様子を確認出来るかも。と、思う頃には部屋に入られてしまう。王太子殿下はノックと共に扉を開ける権限を有しているからだ。
護衛対象が一人きり、着替え、男性の入室。
人払いの状況では使用人もいないだろう。
嫌な予感がする。
何かあってからでは遅い。
この時シモンは『もう自分は死罪だ』と覚悟を決めたらしい。
どうせ死ぬなら部屋に入ってセレスティーヌ様の無事を見届けるべきだと思い立ち、扉に手をかけると廊下に姫殿下と宰相家の二人がコソコソやって来た。
咄嗟に脇へより道を開け礼をとると三人は目の前の扉ではなく、使用人が使う小さめの脇扉から中へ入るではないか。
どうしたものかと考えを巡らせて出た答えは『この部屋にセレスティーヌ様と王太子殿下の二人きりではないと確定した。ならば扉を守ればよいのでは?』だった。
その結論に命の危険を回避した安堵で大きく息を吐き護衛をしばらく続けていると、部屋は別に移すといわれるし、どこからか近衛騎士がやってきて、この部屋に連れ込まれ、床に投げ出された。と。
うん、ご苦労さま。よくわかったよ。
「そう。ならば、私とセレスティーヌ様はずっとこの部屋にいた。他には誰も来なかった。そういうことにしてちょうだい」
質問したヴィクトーではなく、コレット姫が命を下す。
それは、私とコランタン王子が二人きりになっていない。会うこともなかったということだ。
ゲームのシステムとしてデビュタントまではまだ他の攻略対象とのチャンスを残すためか?
「セレスティーヌ嬢、彼の信頼度は」
コランタン王子まで厳しい声音だ。
「はい。私が成人とともに騎士の誓いを立てると約束した者ですので、私の意思に反することはしないでしょう」
「えっ、そうなの? なーんだ、じゃぁ大丈夫じゃない?」
サビーナのいつもの口調と共に四人のピリピリした態度が解けた。
それでもヴィクトーはシモンを監視するように側に立つ。他の者は菓子を頂いたままゆったりとソファに腰掛ける。
今日、私が城で接した使用人は王太子の命に服従する者たちとのことで、シモンを取り込んでしまえばカンブリーブには話が漏れない。
図書館でヴィクトーに『この関係を秘密に』と言い出したのは私だし、今日だって『好きな人に告られたの!』なんて恥ずかしい話を親にするつもりはない。特に、私の恋路を邪魔する予定の母親には。
「恐れながら、お伺いしてもよろしいでしょうか。口裏合わせは勿論いたします。ただ、領主に話せないこととは。お二人で何をしておいでで……あ」
あ、じゃないよシモン。何を想像した?
「何もやましい事はしていない。話をして気持ちを伝えただけだ」
「ホント、見てたけど奥手なんだもんなぁ。もうちょっと楽しめるかと思ったのに。って冗談はさておき。そんなふうに想像されたら困るから口止めしてんの、わかる?」
それだけじゃない。
今後の予想される展開についてヴィクトーが説明をする。六人の見解を正しくするために。
まず、私とコランタン王子が相思相愛となればカンブリーブ領主リディアーヌが阻止すべく私を別の男性と婚約させてしまうだろう。
家格からしてシュバリエ辺りが妥当な線だと。
「先の王妃様が輿入れする時も反対してたっていうわ、私情を持ち込むなんて領主として失格ね」
「古い言い伝えでは『カンブリーブは別の国であった』とあります。その誇り故に王族と交わらないとか」
「それ、おとぎ話レベルで信憑性無いじゃない」
すごい。
ゲームで制作が決めたから。私としてはココはそんな世界。でも、ちゃんと母親が反対する意味があるんだね。
シュバリエの名前も出てくるし。リメイク版では特定の相手が決まるとシュバリエが邪魔してくるキャラクターなのだろうか。わからん。
私だってこの大陸に別の国が存在していた可能性もあったとヤニック先生から聞かされてるが、それがカンブリーブとは知らなかった。
「カンブリーブ領主だけではない。父王も厄介だ」
へぇ、コランタン王子って父親を『父王』呼びなのね。
「騎士団長を側に置きたくないがために即位と同時に近衛騎士を組織に組み込んだ男だぞ?」
「確かに、お父様はカンブリーブがお嫌いよね。なぜかしら」
設定だからです。
「俺の想いを知れば、適当な婚約者を充てがわれそうだ」
「うわ、それ私だったらホント面倒なんですけど」
「陛下は姉さんの素を知っている。傍系の王族が何も知らずに連れてこられるのだろう」
はぁぁ。
大きなため息がいくつも落ちる。
そっか、ヴィクトーが秘密を受け入れるのに政治的な問題って言ってた気がするんだけど、他にも色々あんのね。
「そんなの嫌。このまま行けばセレスティーヌ様が私のお姉様になるんだから。絶対に口外はしないで! 約束よ!」
あら、お姉様。ですって、恥ずかしい。
「わかっております姫殿下。デビュタントの日、セレスティーヌ様のエスコートをコランタン殿下がなされば、公の知るところとなるでしょう」
「その点、二人が同じ年での成人は都合良かったよねー」
「そこの騎士も理解したか」
すっかり忘れ去られたように座らされていたシモンは、足のしびれが限界と見えて先ほどとは違った涙目だ。
この日、私は特注のドレスを立派な箱に詰めてもらい持ち帰った。
その為、家族も使用人も姫殿下の戯れに一日つきあわされたお茶会で、それ以上でもそれ以下でもないとすんなり信じてくれた。
大丈夫、嘘は言ってない。




