60 人払いの部屋で
どうやらコランタン王子との好感度は高い。
そうわかっても、王族と会う機会なんてなかなかない。
梅雨時期に馬車を出すのも億劫でこもりがちになっていた事も原因の一つだろう。
そうこうしているうちに夏も盛。私の一つ先の部屋で家具の新調が決まった。
私の部屋以外にも本棚にカラクリが仕込まれているか知りたくて、ひょこひょこ顔を出していたら、クローデットから危ないと注意される。
まだサイズを測ったり見本の生地を見比べたりしてるだけで危険なことなんてないのにね。
私が家の采配を振るう機会はもう少し先なのだろう。
うん、ミニゲームの模様替えでだね。
チラリと見えた室内の様子とマリルーから仕入れた情報で本棚の移動や壁紙の張り替えはないとわかった。あのまま見ていても仕込みの引き出しは見つからなかっただろう。
なら、いいや。勝手にやってて。
今回の騒動はパトリシアが我が家で過ごすためのものだ。数日なら客間を使うが一月以上となると新調するのが当たり前らしい。
「姉上がもう一人出来るようでわくわくしますね」
「いや、パトリシアは見習いの一環で来るのだから遊び気分で出迎えてはいけないよ」
「アルチュールもその点はわかっていますわ、お兄様。けれど私も、手紙ではわからない話をたくさんしたいの」
見習いとは、大人に付いて仕事を経験したり、成人前でなければ体験できないようなことをするらしい。
騎士を目指す男子は王城で騎士訓練に参加したり、他家にお世話になって要人警護の練習をする。
女性は婿を取るか嫁に出るかで知るべきことが異なり、それも領内か他領かで身につける事柄が変わってくる。
パトリシアにはまだ決まった婚約者がいないため、領内で基本的な領主の仕事を学び、今年になって王都にあるブロンデルの屋敷で都会的な作法を学んでいるのだとか。
次期領主の長男が王都に住んでいるんだよね。
春頃、父親が開いた催しに来ていたが、私たちが顔を出せない夜会の為、早めに足を運んでくれた。
日に焼けた健康そうな方で、ぱっと見水球選手。まだ子供が小さく屋敷内も騒がしいので同じ王都に住みながら挨拶が遅れたことを詫びる姿はハキハキと清々しい。
家具も揃って、パトリシアが我が家に来るのは夏の終わりか秋の初めだ。
それまではいつも通り。ならば私は厨房へ出向いて夏の菓子を作ろうか。
私と一緒にお菓子作りをしてくれる下働きのロラが先日、プリンの材料を揃えてくれるって言ってたんだ。
冷蔵庫は切り出した氷を使うものがある。日本の猛暑と比べれば過ごしやすい夏なので、そんなアナログな冷蔵庫でも冷たいデザートが作れた。
元々プリンは蒸し焼きで温かいまま食べてもいいお菓子だしね。
ふふん。楽しみ。
ピアノ、読書、お菓子づくり。そんな日々を過ごしているとコレット姫から手紙が届く。
普段の振る舞いからは想像もつかない丁寧な挨拶と、相手を思いやる言葉に満ちていたが、ざっくり内容をまとめると。
『梅雨も開けたのに遊びの誘いがないのはどーゆーこと?!』
だった。
え。家格の下の者から遊びって誘っていいの?
確かにウチは公爵家だから他の人よりは親しくさせてもらっている。それでもカンブリーブ邸に起こし頂くには会場の準備が必要だし、私の判断で決められないのでまずは母親の許可をもらわないと。
以前、コランタン王子が騎士訓練に顔を出していたので、事前の根回しがあれば可能だとは思う。
今度、サビーナにも相談して一度は姫をもてなさないと何かあるたびに誘えってうるさそうだな。
手紙を読みながら先の予定を考える。けれどコレット姫がのんびり誘われるのを待っているはずがなく、二枚目をめくるとお茶会の日時が指定されていた。
なるほど、これは相談ではなく呼び出しの手紙か。
来週末なので今日明日といった急な召喚ではない。そこは配慮してくれているが、女子会にするのでオレリアンとアルチュールは招待できないとのことだった。
それはよくある条件なので、私の出席許可は出るだろう。
さて、手作りお菓子は何を持っていこうかな。
さすがにぶっつけ本番のプリンはよした方がいいだろう。
◇◆◇◆◇
王城の一室。
政治を行う公の棟と王族の生活の北の棟の間には両方を繋ぐ棟が渡り廊下みたいにある。その左右にも別棟があった。
そう、上から見たら『王』の形。
公の場へ仕事をしにきたわけでもなく、私邸に入れるわけでもなく。そんな相手の為にあるのが左右の棟なんだろうか。
一方には王立図書館が入ってるんだから方向的には……うん? わからない。
何度か登城しているが、毎回違う場所に通されるので、なんとなくでしか居場所が把握できていない。
多分、左の方だと思うんだよ。
騎士の訓練場や図書館と反対側で、神殿に近い側。
とりあえず、もてなしの部屋に私はいる。
雪合戦の後の昼食会よりもずっと手狭な部屋は私の部屋より少しだけ広い。
さて、召喚状もとい招待状には他の参加者の情報が無かった。女子会だっていうからサビーナは勿論のこと、リュシー様もいるかなって思ってクッキーを多めに焼いてきたのに。
この部屋には私とコレット姫の二人。
まずは無難に近況報告を。どうやらコレット姫は刺繍が得意なようで、特に梅雨の時期は外へ出ることができないため手芸に勤しんでいたのだとか。
エプロンドレスの裾とヘッドドレスにおそろいのスミレを刺繍したが、出来上がりまでもう少しなので完成したら見て欲しいと頼まれた。
なるほど、これでまた会う約束をさせられた。
もちろん、可愛いものを眺めるのに否はない。
私からはパトリシアの件を少し話す。コレット姫のお披露目に参加していたので面識はある。屋敷内が慌ただしいと話すことで、コレット姫を茶会に招けなかったのだと言い訳にすることができるだろう。
「わかったわ。それではブロンデル侯爵令嬢の受け入れが落ち着いたら、何かしらの会で会えるのね?」
あ、はい。一席設けましょう、そうしないと執拗に誘えと言われ続けるんだよね。
「私の一存では決めかねますので、一度持ち帰りまして返事をいたします」
絶対に開催しなければならなくとも、言質を取られないようにここでは明言を避ける。
コレット姫は私の返事につまらなそうな顔をしたが、貴族ならば当然の返事なのでそれ以上は何も言ってこない。
コレット姫は使用人にお茶を入れ替えさせると、そのまま人払いをさせた。壁際に控えるはずの使用人が部屋から下がる。
隣に控えの間があるようだ。
今日私が連れてきたシモンは初めから扉の外、廊下で待っている。
正真正銘、二人きり。ここまでするって今日なんの遊び?
「セレスティーヌ様。手紙では人の目が入ると思い書けなかったのだけれど」
コレット姫はいつにない神妙な顔つきで話し始める。
手紙のやりとりは前世のような郵便ではなく、使用人が屋敷を行き来する。我が家は城にほぼ日参する父親が持ってくることがたまにあるが。
そして、それは当たり前のように開封されていることが多い。
筆頭執事のオーバンがチェックしているのかクローデットか。一読されても捨てられたりせずきちんと渡してもらえるのだから有り難い方なのだろう。
「私、お兄様の気持ちに気がついていたのですが、セレスティーヌ様のお気持ちが推し量れず、余計なことをしてしまったようです」
コランタン王子の気持ち。って、人を排してするぐらいの話題だから、私への好感度のことだよね。
「ヴィクトーから二人の気持ちにすれ違いがあったと聞いたわ。それで一つ思い当たることが」
うん、ヴィクトーは私が図書館でコランタン王子を慕っていると言ったあと、近い人には報告するっだろうと思ってた。
やっぱりコレット姫へ報告したか。あの好きな所の羅列を。
「ごめんなさい。私が邪魔をしなければ二人はもっと早くにわかり合えていたのに」
邪魔、かぁ。された感がないな。
ゲームの中でのコレット姫からはもっと直接的にコランタン王子との距離を取るよう言われるので、今の言い方だと協力してくれるみたいに聞こえるよ。
「姫殿下のお気遣い、感謝します。私は気にしておりませんよ」
「あぁ、本当にセレスティーヌ様は優しいのですね。お兄様が好意を持つのも当然ですわ」
……あ、なんかむちゃくちゃ恥ずかしいこと言われてる。人払いありがとう。
そしてコレット姫は、ヴィクトーの話では詳しくわからなかったこれまでの経緯を教えてくれた。
雪合戦の日、コランタン王子と『人に触れる』事をどう思うか話題になったこと。その際、触れられるのは嫌だとのコレット姫の持論と、王族の言葉は命じることになるとの注意から、私との距離を置く事をコランタン王子が決めたらしいこと。
なるほど、理解した。
ゲーム上、攻略相手をはっきりと落とすのはデビュタントの時。それまでは意識しつつも相思相愛にならないってわかってた。
すれ違いぐらいが丁度いいし、むしろドキドキを狙ったシナリオだと思ってた。
なのに十三の歳で恋愛成就とか。やっぱり、私のやり込んだゲームとこの世界は違う。ということを痛いほどに理解した。
リメイク版だからか、そもそもキャラクターが実際に生きているからなのか。
「大丈夫よ、セレスティーヌ様。私もサビーナ、ヴィクトー皆で二人を応援するわ」
考え込んでいたら、コレット姫は向かいの席から回り込んで私の隣に座る。
「セレスティーヌ様の仰っしゃるとおり、お兄様の声は素敵ね。ふふっ、ヴィクトーからの報告は恋物語の本より楽しめたわ」
あ……それ、忘れてください。
「派閥の事が気がかりなら大丈夫。お兄様も私も無くしていくつもりだもの。だからといって馴れ合うつもりはないのですよ? 適材適所、でしたかしら。えっと、家柄ではなく人柄。あとは……」
途中から話が変わってますよ姫。最近習ったお勉強の復習が始まってる。
コレット姫近いな。三人が座れるサイズのソファなのにピタリと隣に来られたよ。
今日も姫のドレスは可愛い。テーブルに隠れて見れていなかったスカートの裾に大きなクマのイラストが。
あまりにもフェミニンなこの柄をポップやパステルカラーではなく、落ち着いた大人可愛い色合いにしているので、全体に品のあるコーディネートにまとめている。
「セレスティーヌ様?」
あ、はい。後半の話は聞き流してましたすみません。
「今日も姫のお召し物は可愛らしいですね。これほどの大柄を上手く取り入れるのはセンスがないとできないことかと思います」
聞いてないなら別の話で誤魔化すに限る。
「まぁ! そうなのよ!」
ガバッ。コレット姫がおもむろに立ち上がり両手を腰に当る。
まさに、仁王立ちのポーズ。アニメや漫画なら無理難題なセリフでも突きつけそうなシーン。
「服の取り換えっこをしましょう。セレスティーヌ様が私の服に興味をお持ちだってお見通しよ!」
え、なにそれ。急に、どんなイベント発生してる?
人払いをしたのは王子の想いを話すためではなく、着替えをするためか。
さっき、王族の言葉は命令になるから強制は良くないって意味の言葉、言ってた同じ人からの提案とは思えないよ。
まぁ、一度着てみたいとは思ってたのは本当なのでやるからには楽しみたい。
ところで服のサイズは大丈夫なのでしょうか。




