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59 宰相との出会い

「声が」

 声が好き。と言いかけたところでヴィクトーの眉が動いた。

 なぜ今、声の話題なのかと。そりゃ一般人のヴィクトーにはわからないでしょうが、私にとっては一番重要なポイントなのでそのまま続ける。

 どこが好ましいか質問したのはそっちでしょ。

「殿下のお声を心地よく感じます」

 あぁ、いぶかしんでる顔。そんなヴィクトーにも理解できるように言うにはどうしたら。

 私は目を伏せ考える。


「最近、声変わりなさいましたよね? 殿下に申し上げる必要もないかと音楽会では話題に出しませんでしたが」

 そうなの! 雪合戦の時に喉がいがらっぽい気がしたけど、風邪を引いてる感じではなかった。

 あの後も小まめに声を聞ければ詳しくわかったと思うが、ピアノの合同練習では会えなかったし。

 桜を一緒に見ることもなかったので、なかなか声が聞けなかった。

「元々、殿下は年齢にしては低めの声で。それもまた良かったのですが。成長された声は一段と素敵な響きで何度も聞きたい思いです」

「しかし、後ずさったと」

「そうなんです!! ゾクゾクするぐらいいい声にクラクラしちゃうのは当然では? 正気で立っていられませんよ」

 あ、ぽかーんって顔をさせてしまった。

 いや、だってさ。正直な気持ちで話さないとわかってもらえなさそうだったし。聞き出したのはそっちだし。

 一度ヲタモードに入ったら、自分でも令嬢モードに切り替えるのは難しい。


 なんかもう、こうなったらヤケっていうか、何年も溜め込んでたものが出せるチャンスを逃せないと言うか。

 聞いてくれるなら話したい。


 それから私は、コランタン王子について思うことをヴィクトーに語る。

 見た目も好きだし、寡黙なところも好きだし、所作が綺麗なところ、色々考えていて、考えすぎてぶっきらぼうだと勘違いされてしまうところ。それは優しいからだと思うこと。

 目が合うところ。

 心を許すと笑うところ。それが『くっ』っと我慢しつつ漏れてしまう笑い声だということ。くっ、の余韻の『っ』がいい音だと思うこと。

 思いつくままにまくし立てた。

 途中からヴィクトーは、上着の内ポケットに持ち歩いている手帳を取り出し、メモを取る。

 おいおい、私の話した内容がどんなものだったか証拠が残るでしょうが。やめてくれ。


「後は、そうですね」

 まだあるのか、呆れたため息で先を促される。もうちょっとだけだからここまで来たら最後まで聞いてよ。

 乱れた言葉遣いは注意されない。夢中でメモをとるヴィクトーの気が回らないのか、サビーナの口調でこの程度どうということもないのか。

「殿下は、見えない努力をする方ですね。剣術は聞いた話ですがピアノはかなり努力なさっています。最後に、私を良く観察されています」

 ふと、そう思った。

 こんなにコランタン王子のことばかり考える時間は初めてで、改めて声に出して思い返すと秋の芸術鑑賞でも、図書館で話した時も。

 公爵令嬢として取り繕ったり、視線が上の空になっているのを指摘してくるのはコランタン王子だけだ。

「至らぬ私を暖かく見守って下さる殿下を」

 そっか、だから今はもう、声優が誰かとか関係なく。

「私は、コランタン殿下お慕いしております」




「素晴らしい!」

 びっくりした。急に大声出さないでよ。人払いの意味ないぐらいのデカい声。

「何ということだ、殿下の努力まで見抜くとは。そうなのです、あの御方は優しいがゆえに自分を押し殺し言葉数が少ないのです! そこを推し量ってお使えするのが私の仕事。おわかり頂けるかセレスティーヌ嬢」

 あ、はい。熱量すごっ。

 私もかなりの熱っぽさで語ったが、それが移ったみたい。

「声。そう、殿下の声はよく響く素晴らしいお声だ。指摘を受けるまで思い至らなかった私の未熟さよ。そして近しいものしか知り得ぬ声変わりまで聞き分けられているとは。あぁ、貴方はなんて殿下思いなのか」

 あれ。えっと。今、どんな状態?

「ヴィクトー様。声が大きくはありませんか」

「何を仰るのか、この喜びを分かち合いましょう! 殿下を理解し慕う者が(つど)っているのですから」

 ……うん。わかった。

 私とヴィクトーの二人で王太子ルートに入った感じがわかったよ。


 この調子だと誰かに話したくてサビーナやコレット姫にも私のコランタン萌えを報告しそう。

 勿論コランタン王子にも報告するのだろう。それがこの人の仕事で呼び出しの目的なのだから。

 が、まて。うちの方には言ってほしくない。

「お楽しみのところ恐縮ですが、オレリアンとアルチュールには秘密にしていただけませんか」

「派閥でしょうか」

 ん? 

 いえ、本来ならデビュタント直前で相思相愛な甘い雰囲気になる。ミニゲームだってあと二つ残っているのにこの状態はゲームと違いすぎる。

 家族に私の想いが知られればどうなるか、予想がつかない。兄弟の好感度が下がって変なバッドエンドへ向かったり、コランタン王子に対抗して私との好感度上げに積極的になったりされたら困るんだよ。

「確かに。おっしゃる通りこの事が漏れればカンブリーブもブロンデルも領内の動きを変えなければならなくなるでしょう」

 へぇ、そうなの?

 えっと。私が王家に付くと政治的になんやかんやあるのか。ぱっと思いつくのは特産品の流通だけど、まだ習っていない事や騎士でもない私には教えられていないことが沢山あるんだろう。

 特に母親は個人的感情で仲を割くために奔走しそう。現王もその息子も嫌いだもんな。

 派閥問題、めんどくさっ。

「セレスティーヌ嬢の立場は理解しております。姫殿下と姉もその点は承知しておりますよ」

 大丈夫かな、噂話とか好きそうな二人が黙っていられるの?

「そのような顔をなさらずとも、あの二人は『自分だけが知っている優越感』で他に漏らすようなことは致しません」

 なるほど。


 なんか、ヴィクトーの私への対応が丁寧になった。気のせいではないと思う。

「セレスティーヌ様、本を選びに参りましょうか」

 しかも呼称が嬢から様に変わったよ。

 物腰も柔らかく、エスコートしようとしてくれる仕草もすごく優しい。

 これは、仕える主人のお相手として見てくれてるってこと?

 うわ、まじか。

 ここに来て、まだ聞いたことのないヴィクトーの声音とセリフが聞けるとは!


 やばっ、めっちゃいい流れだ!




 私は、厚めの本を二冊抱えるようにして持ち、父親が司書の方と話しているのを眺めている。

 雪合戦の時は服が濡れたり髪が乱れるとわかっていたので使用人の同行が許されたが、普段は何人ものお供を連れて登城するものではない。

 護衛が仕事のシモンが手の塞がる荷物持ちなどするわけもなく、自分の荷物は自分で持つしかない状況だ。

 成人後でないと貸し出せないのなら、成人に借りさせて持ち帰れば良い。

 好感度の上がったヴィクトーからの悪知恵、いや、柔軟な発想で私は迎えに来た父親にお願いをして貸し出し手続きをしてもらっている最中。


 ふふん、ふふふふん。

 司書の一人が勧めてくれた『心ときめく恋愛物語、上下巻』は実在の人物をモデルにしているので、取り上げられている事件なども実際にあったものなのだとか。

 国の歴史を探るほどではないが昔の習慣なども知ることができるよく考えられた本なんだって。

 完結してるって点もいい。

 世の中には連載途中で止まっている作品のなんとも多いことよ。

 一つ残念なことは、ルール違反ギリギリの貸し出しは今回限りと父親に約束させられた事だ。返却も私ではなく、父親がするという。

 ちぇっ。

 またいつ入館許可をもらえるかわからない上に馬車がないと城まで来れない。

 リメイク版の設定資料探しは諦めなよって言われてるみたいだな。


 今日も一応探したんだよ。

 歴史の棚で国の起源や重要人物を。国が今の形になるまでの成り立ちは一部だけゲームと同じであとは初めて知る内容だった。

 人物については。一ページ目の途中で解読をあきらめた。仕方ないでしょ? 名前がローマ字読みではない上に、癖のある手書きの文字は読めるわけがない。

 攻略対象の名前があるか、制作スタッフの名前があったらこの世界の資料として書き写したかったなぁ。

 セレスティーヌやコランタンの文字はなかったので、きっとただの歴史上の人物だろうね。


「本を持とう、さぁ帰るぞ」

 図書館のすぐ前に馬車を寄せるといよいよ帰宅だ。

 長い一日だったな。まさか恋バナに結構な時間取られるとは招待を受けた時には考えもしなかったよ。

「ヴィクトー様、本日はご案内助かりました。充実した日を過ごせましたわ」

「こちらこそ、実のある」

 ヴィクトーが挨拶の途中で不自然に言葉を切った。

 視線が私を越して誰かを捉えたのだろう。私の背後に誰か来た?

 隣の父親も緊張した息遣いだ。


 二人の様子が気になった私はゆっくりと振り向く。

 思っていたより遠くに見えるのは護衛を一人連れた男の人。

 この人、知ってる。

 髪色は深緑、瞳は深紅(しんく)。その色合いはデュペ家のもの。細い目はキツく、体は痩せ型だ。

 ゲームのキャラ絵のまま。

 早すぎるよ、宰相が出てくんの。まさかここで会うとは。


 おじさん、いや宰相デュペはゆっくりとこちらへ向かってくる。そして私を目に留め歩みをおもむろに止めた。

 不自然な間の後、何ごともなかったように足を運ぶ。わかってるよ、私の髪色でしょ? はじめましてでも向こうは私をカンブリーブの者だって認識してるって知ってるよ。

 ほら、もう挨拶をするぐらいの距離に来た。

 ヴィクトーは少しだけ脇に寄り軽く会釈を。

 父親は微動だにせず相手の出方を待っている。

 私は。この世界では初対面なのだ、誰かしら? って顔で父親にあとの処理を任せてしまおう。

「まさか閣下と図書館でお会いするとは。厩は一つ先ですよ」

 先に口を開いたのは宰相だ。

「城内を散歩とは随分余裕のある仕事ぶりだなデュペ卿」

 なるほど、コレが派閥によるバチバチな会話か。

「さすがの騎士団長も娘の為なら送り迎えの足と成り果てる。いや、いい父親ですな」

「いやいや、宰相殿こそご子息の仕事ぶりが心配で様子を見に来られたご様子、微笑ましい」

 うーん、これ、いつまで続くの? やるならもっと厳しい言葉を使えばいいのに。

 先ほど私と王太子同盟を組んだヴィクトーは固まったまま微動だにしない。そんなに強く拳を握っては爪の跡がくっきり付いてしまうだろう。

 ヴィクトーでこれなら、私から見えない位置にいるシモンなんて失神してるかもしれないね。仕方ない、私が動くか。

「まぁ! では、こちらが宰相デュペ卿ですの? 初めてお目にかかります」

 父親も宰相もお互いを牽制していたが同時に私を見た。ヴィクトーもハッとしている。私は注目を浴びたタイミングで綺麗な礼を取る。

 見惚れろ、そんな堂々とした態度で。

()()()()()場所でお会いできるとは、すてきな偶然ですね」

 わかってくれただろうか、いろんな意味を詰め込んでみたのだから。

 良く捉えれば、国の中枢、宰相に会うならきちんとした公の場でなくては、失礼しました。

 あるいは、公爵家の足を止めるなんて侯爵風情が、会いたけれは先に根回しをしろ。

 こんな偶然あるはずもない。シナリオ進行上の制作の意図か。

 確か、デビュタントで初めて会う王は私の容姿について耳にしていた。この後、宰相が噂話として献上すれば話がすんなり進む。

 そのための出会いか。

「今日はヴィクトー様に良くしていただきましたの」

「えぇ、カンブリーブ公爵令嬢の勤勉さは素晴らしいものです。このような機会がまた訪れることを願っております」

 よし、ヴィクトーから締めの言葉きた。

「では、失礼しよう。さ、セレスティーヌ」

 父親もヴィクトーに合わせて馬車へ私をエスコートする。


「……王妃、ミシュリーヌ陛下」


 え。

 まさに馬車の扉が閉まる瞬間。

 宰相が私を違う人の名で呼んだ。

 目の前の父親は御者に声をかけていたため聞こえなかったようだし、窓の外を見るとヴィクトーは『確かにとても似ていらっしゃいます』と自分の父の発言に何とも思っていないようだった。


 私を凝視している宰相を見る。その瞳は『似すぎている』そう物語っていた。

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