58 読書は?
コランタン王子のいないところで『王太子殿下について』聞かれても困る。
ヴィクトーを攻略したいならこのイベント、王太子よりあなたが好きですモードで受けて立つが。
コランタン王子との好感度を上げたい私はどう乗り切る?
もちろん、現世でプレイした時に図書館で二人きりイベントはなかった。それでも思い出せ、ヴィクトールートでノーマルエンドへ向かったときの選択肢を。
特別な感情を持たれないように、平々凡々の返答を基本に、社交辞令と感情のない微笑みでやり過ごそう。
あとは父親の迎えの時間まで本を読んでいればいい。
「声に出すのも憚れるが」
何を、言うつもり?
「その、殿下は。苦手か」
「へ?」
っと、ヴィクトーではなくコランタン王子の話?
話の方向性が全くわからなくてヴィクトーを見ると目が合う。私の反応を観察しているようだ。
「セレスティーヌ嬢、へ、とは?」
いや、そこはスルーしてよ。
「嫌ですわ、ヴィクトー様。苦手だなんて王太子殿下に対して抱く感情ではありません」
「正解の解答はしなくていい。……はっきり言おう、嫌いか?」
うわ。これは確かに憚られる単語だ。側近中の側近ヴィクトーから出てくるとキワドい。
「何を仰っているのか。そのような感情など」
ヴィクトーがズレてもいない眼鏡をくいっと上げた。
はぁ、っと息を吐く。ため息というよりは、苛立った気持ちを落ち着かせるように。
「殿下はセレスティーヌ嬢から嫌われている。そうお思いだ。その件について正しい解釈をするために呼び出した。今日の要件はそうゆうことだ」
ちょ、っと待ってください。
「本は」
「ふっ。殿下より読書か。やはりカンブリーブ嬢は先王派ということだな」
だって、図書館に入れるのめちゃくちゃ楽しみだったんだよ。なのに、急に予測不能な話題だし。
家名で私を呼び始めるなんて、嫌っているのはそっちじゃん。
「質問に答えれば、あとは好きに読めば良い。殿下をどう思う」
なんなんだよ、もう。
答えればいいの? なんて答えてもいいの?
「嫌っているのは殿下の方なのでは?」
「なに?」
「手紙に距離を置こうと。だいたい、頬に触れるのかと思えば寸止めとか、どーゆーつもりか聞きたいのはこちらの方です」
ヴィクトーがゆっくり目を閉じる。思考を巡らすように眉を寄せて声なき声で唸っているようだ。
「まさか、姉さんの考えが正しいのか? カンブリーブ嬢、では。……まて気配が」
確かに、誰かくる。
「あ、いた。こちらでしたか」
なんだ、シモンか。
「すみません、なかなか戻っていらっしゃらないので司書の方々が心配しておいでです」
「ありがとう、すぐ戻るわ」
とりあえず返事をしてシモンを下がらせる。ヴィクトーも私に付いているシモンを見たことがあるので、一旦警戒を解いた。
「仕方ない、場所を変える。こちらへ」
窓際の閲覧机に隣り合って座る。秘密の話をするには向かいの席より声が漏れない。
司書の方々には人払いを申し付けた。なので、シモンが立っている数メートルの場所からこちらへは誰も近寄らないだろう。
デュペの二人は普段使用人や騎士を連れていない。将来、自分たちが宰相として使われる立場になるからだ。そうはいっても侯爵家、合図でも出せばどこからか使用人が出てきそうだよね。
まぁ、そんな忍者みたいな妄想は置いておいて。
シモンも声が聞こえない辺りにいる今、二人きりになれたわけだがそれなら最初からこうしておけば。
窓際の席なので当然だが外の景色が見える。
窓かぁ。コレット姫のお披露目で私が選択しようとしていた場所だ。
結局、あの日はコランタン王子からは私の手元の本のことと、コレット姫と仲良くしてほしいって言われて終わったな。
「あの護衛は信用できるようだな」
クイッと顎でシモンを指す。ヴィクトーは信用できるといいながらも、より一層声を小さくした。
「音楽堂の二階ギャラリーだ。なぜ殿下から距離を置いた」
急にいつの話だよ。ギャラリーって音楽会でコランタン王子と話をしたときか。
「距離、は。あぁ、殿下が半歩私に寄ったのでその分下がっただけです」
「なぜ」
はいぃ? なぜも何も。ヴィクトーはあの場にいなかった。ならば後に控えていた王子の護衛騎士が報告したのだろう。
「王族の方を前に、近すぎては。そう思いまして」
「嫌っているのではなく?」
もぉ、なんなのさっきっからこの質問。まるでコランタン王子が、私のこと好きで周りがそれを応援してるみたいじゃない。
あれ? そうなの?
ルート入ってる?
もしそうなら展開が早すぎる。
しかも、本人のいないところでヴィクトーが話題に出すなんて変だ。
「では。雪遊びの後、殿下が髪に触れたと思うがそれについてはどうだ。無理に我慢していたというようなことは」
「お待ちください。先ほどからどうしたというのです。恥ずかしい話ばかり」
全くこの娘は今更何を、呆れたものだ。ヴィクトーが顔でそのように語る。
「繰り返す。殿下はセレスティーヌ嬢から嫌われている。そうお思いだ。その件について正しい解釈をするために呼び出した。今日の要件はそうゆうことだ」
あ、そうでしたね。
好きと嫌いと読書が行ったり来たりしていて耳では聞いていたんですが、理解が追いつかなくてすみません。
「私の手駒からは報告が来るが、オレリアンやカンブリーブに近い者からは何も情報が得られない。セレスティーヌ嬢が側に置く者は貴方に忠誠が強いようだ」
ヴィクトーがシモンを見て感嘆したように言う。
ほうほう、わかったぞ。
コランタン王子が私との距離感を掴みきれてなくて、探りを入れさせたが私の方からは何も漏れ聞こえないのでシモンもマリルーも優秀だねって、ことか。
んで、呼び出しのダシに使われたのが国立図書館って王族のやることは贅沢すぎる。
「殿下の名でご招待を受けましたが、この話題はご本人も承知しているのですか?」
コランタン王子が恋愛の話をヴィクトーに頼むのはイメージが違う。だからこそ私は読書に重点を置いてしまったわけだし。
「はっきりと命じられた訳では無いが、気落ちされている様子なので真意を知りたいと私が望んだ」
やはりヴィクトーの独断か。
「招待状は殿下がお使いになる品でした。私はてっきりこちらに殿下がお越し下さるものかと思っておりましたわ」
これは、なんで招待した側がいないんだと責めているのではなく。
ヴィクトーが殿下の所持品で偽りの署名をし私を呼び出したのかと聞きたのだが、伝わるだろうか。
それはそうと殿下が気落ちって、しょぼーんとしてるって事? なんで?
「読書家の令嬢をもてなしたい。そのお気持ちは本物だ。かすかなきっかけも見逃さない姿勢は殿下の素晴らしい点だな」
メモりたいな。情報過多で。
知ってるゲームとシナリオが違うんだもん。ヴィクトーは思ってたよりもずっと王太子殿下を崇めているようだ。
『嫌われていると思われている』その割に『きっかけを見逃さない』って、コランタン王子のやりたいことが全然わからないよ。
だって、導き出される答えは『好きな子に嫌われててもやっぱり好き』じゃん。確かにそれなら髪に触れられたり、私が好きそうな図書館に招待した意味がわかる。
私を好き?
ホントに?
ふふ、ふふふ。
やっと、じわじわ喜びが。
「セレスティーヌ嬢、おわかりだと思うが殿下は好みを口にされない。故にわかりにくく誤解も生む」
言質を取られないように、だね。それはわかる。知ってる。
「予定にない行動も取れない身の上だ。城の中も自由にはお歩きになれない。これで質問の答えになるだろうか」
ふんふん、ここへ来る時間の調整がつかなかったのか。
「ありがとうございます、理解いたしました」
コランタン王子の好感度がかなり高く、ヴィクトーはコランタンを応援する立場になっている。そんなルートに入っていると確認しました。
これで、ヴィクトーとの恋愛めいたセリフは完全に消えた。ただ、ヴィクトーの好感度は低くないので彼のバッドエンドも無いだろう。
うん、きっと大丈夫。
それより側近としての忠誠心たっぷりな真面目なセリフがいい味出してるので問題ない。
コランタン王子と側近のヴィクトーをまとめて聞くことのできるルートとしてハッピーエンド目指して頑張る!
「理解に感謝する。嫌っていないとのこと。ではどこが好ましく、あるいはどこを直せばより好ましくなるか伺いたい」
え、今? ここで?
「殿下ご本人のいらっしゃらないところでする話では」
「なるほど、殿下を前にすれば話せるのか?」
あ、いえ。話せません恥ずかしくて。
つか、ゲーム進行的に今する話なのかを迷ってるんだよ。
私の知らないイベント。わからない選択肢。
確実にわかっていることは、ヴィクトーを納得させないとこの場から解放されないってこと。
どうあがいても私からコランタン王子への好意を引き出したいらしい。
必死だなぁ。
側近としての使命だとでも思っているのだろうか。だったら私だって、覚悟を決めた。
言ってやろうじゃないの、どんだけコランタン王子が好きなのかを。
私に話を振った事、後悔するといい。ヲタが萌を語りだしたら誰にも止められないんだからね。




