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57 王立図書館への招待

 音楽会はつつが無く終了した。


 いやいや、初舞台の弟を見守る姉の気持ちとしては恙無くなんて言葉では見ていられなかった。

 アルチュールの、舞台袖からピアノへ向かう歩みがいかにも緊張してぎこちない。

 それでも、演奏前に私達のいる席の方を見て落ち着いたのか、堂々とした演奏ぶりだった。

 ミス無く、綺麗にピアノを楽しんでいる。

 その後に続いたコレット姫は合同練習の時よりも格段と上達しており、真摯にピアノへ向き合った努力を感じられた。

 透き通る音色は私ともコランタン王子とも違った『吐息』を聴かせてくれる。


 そんな大成功のイベントが終わって数日、今だに我が家の話題は音楽会の事で持ち切りだ。

 アルチュールの騎士訓練が本格化するが、ニノン先生による音楽の時間は確保したほうがいいのではないか、とか。

 コレット姫と私達のピアノ練習がいつの間にか噂になっていて、母親は真相を知りたい御婦人方から質問攻めにあったらしい。

 私がコランタン王子と話をしている時間に?

 良かった、あのまま人気のないギャラリーにいて。ボックス席に戻っていたら私も質問攻めになっていたのだろうか。

 そんな事だから、来年は私の演奏を披露してカンブリーブの名を芸術家気取りの中級たちに知らしめるのもいい、だとか両親が話をしている。

 うん、ともあれ母親が楽しそうで良かった。私は茶会規模でしか弾くつもりはないけどね。

 それより気になるのはオレリアンだ。三人の中で一人だけ演奏が不得意なのだからこんな話題は面白くないだろう。

「さすがは僕のセレスだね。舞台に立たずとも話題になるなんて。実は僕も、騎士仲間から家族の話をしてほしいってせがまれたよ」

 あ、大丈夫そう。満面の笑顔だ。

「隙あらばセレスとお近づきになりたいみたいだったけど、それは、僕が許さないから安心して」

「あら、どちらの家の方かしら。許さないだなんて、お兄様も冗談を仰るのね」

 オレリアンが何か面白いことでも言ったかと首を傾げたが、私に好意を持ったご子息を闇討ちにでもしそうな雰囲気が見て取れたので。

 そんな物騒なことは冗談にしてこの話は流してくれと遠回しに言ったのだが、伝わらなかっただろうか。

 まぁ、攻略対象以外の異性の知り合いなんて最低限でいい。

 問題にならない程度にオレリアンが間引いてくれるのは有り難いと思っておこう。

 自分の演奏については棚に上げているであろうオレリアンは話題から置いていてもいいや。


「アルチュールの演奏も評判なのでしょう? これからお茶会の招待状がたくさん舞い込んでくるのではなくて?」

 出演したのはアルチュールなのに私の話ばかりでは良くない。当日はもちろん、事あるごとに褒めることで弟の自己肯定感を上げて甘えん坊を卒業してもらおう。

 いや、それはそれで可愛いんだけど。王太子ルートを目指す私としては、アルチュールの独り立ちを助け、私への依存を減らしておきたい。

「はい。母上からもそのように聞いてます」

「そうですよ、アルチュール。一人で向かうこともあるのだから今まで以上に作法を身に着けなさい」

 騎士訓練もあるのに男子は大変だな。

「一人ですか? 兄上や姉上とご一緒の招待ではないのですか」

「必ずしも一緒とは限らんな、相手の目的にもよる」

 そうだね、私も初めはオレリアンと参加したが、だんだんと女性だけの会に参加することが増えた。

「大丈夫よ、アルチュール。練習は今までと同じで一緒ですもの」

 この世界に来た頃はまだまだ幼かったアルチュールが一人でお呼ばれに対応するとは。

 感慨深い。

 そして、私もそれだけの日々をこの世界で過ごしてきたってことだね。


「ちょうどいいわ、セレスティーヌにいい話がきているの」

 後にしようかと思ったが、話の流れで個人の招待について出たので。そう言って母親がオーバンに指示をすると、一枚のカードが出てきた。

 縁に金のラインが入った繊細なデザインは、何度か礼状として目にしたことがある。これはコランタン王子が使う便箋と同じものだ。

「セレスティーヌは本に興味があるわね? コレット姫へのピアノ指導の褒美にと王立図書館への立ち入り許可が出たの」

 はぁ、指導ねぇ。あの程度で。

 ん? 王立図書館?

 ちょ、まじで? うわ、行きたい。

 でもなんで?

 母親は勝ち誇ったような口調で続けた。

「貴方は姫に気に入られているようだし、無理にでも会う口実を作ってくるなんて。それなら会ってあげるのも悪くないと思うのよ?」

 なんか、すごく上から目線だね。先王派の母親らしくてむしろ清々しい言い分だ。

「報告を聞いているぞ。なんでも姫殿下の披露目の会では、堂々と一人読書を楽しんでいたそうではないか」

 褒められているのかいないのか。社交も出来ず、ぼっちだったと言われているような。

「今度はどんな情報を見てくるのか楽しみね、デュドネ様」

 あ、前回国の統計に関する本を見ていたことで私が国政、特に行政に興味があると思われている?

 私の行動を両親に報告する使用人はこの世界の概念で考えるからどうしても私の真の目的とズレが生じてしまうのだろう。

 いいように解釈されている。

「いいえ、お母様。お披露目の会は時間も限られていました。なのでじっくり読み込む物語を避けただけですわ。あれだけの蔵書です。次は心躍る物語を見つけたいと思います」

 引き続きリニューアル版の資料を見つけたい気持ちはあるが、楽しく読めるものも欲しい。

 そう、ラノベとは言わない。それに近い軽く読める長編を。

「姉上、それは借りてくるのですか? 我が家の勉強部屋よりもずっと大きい図書館とは、どのようなところなのでしょう」

 そうか、アルチュールはコレット姫のお披露目に出ていないから。

 コレット姫の練習にアルチュールも同席していたが、今回招待されたのは私だけだ。

 アルチュールも行ってみたいよね。なのに私だけってことは個別のイベント発生か?

「いや、成人前の者に貸出許可は出ない。そもそも必要な書物は臣下や使用人が準備する。国立図書館など私は出向いたことがないぞ」

「ふふ、デュドネ様は勉学よりも体を動かすほうがお好きですものね」

 あー、脳筋の父親には縁のない場所なのね。

「アルチュールも一度入ってみれば驚くぞ。圧巻の景色だ。とはいえ僕も家の資料で十分だけどね」

 真面目に課題をこなすオレリアンは勉強熱心だと思う。けれど出された課題以上のことはしない。

 父親と同じで勉強より体を動かすことのほうが好きなのか。

 アルチュールはどうだろう、騎士訓練に楽しく参加しているし、文武両道となりそうだ。

「父上も兄上も足を運ばない王立図書館……わかりました、姉上だけが特別ということですね。素晴らしいです」



 ◇◆◇◆◇



 梅雨の晴れ間、登城には父親が付いてきてくれた。

 騎士団長としての仕事で馬車を出すのでそれに私が便乗した形だ。

 父親は必ずしも朝から夕方まで訓練場に顔を出さなくてもいいらしく、登城時間は日によってまちまち。家で書類仕事をしてから午後に登城することも月に何度かある。

 騎士団長がフレックス制って、なんだかな。

 『ご一緒でもよろしいのですか?』と聞いたら、ものすごく嬉しそうにしていたので親孝行のつもりで馬車に乗る。


 さて、馬車に揺られ私はちょっと、ドキドキしている。ワクワクもする。

 なぜって、この世界に来て買い物をしていない。生活に必要なものが既に何でもあるからだ。

 そして、それは本屋に行っていないということ。そもそも、この世界の本屋ってどこにあるのやら。古い本は手書きの写本だろうし。部屋にある印刷された新しい本も現世のように高速で印刷機が回転してはいないだろう。

 事前予約の限定販売並みに冊数が少ない気がする。……言い方がわかりにくいかな。その、上級貴族の家の数しか作られていない、気がするのだ。


 その状況下で。

 まだ読んでいない本を読めるのは、新刊の発売日にわざわざ本屋に行くのと同じぐらいのワクワク感がある。

 発売日かぁ。

 懐かしいなその感覚。

 本だけでなく、CDにゲーム。声優の舞台挨拶がある映画の初日。

 この世界にもっと娯楽が欲しいよ。


 娯楽と言えばコランタン王子の声だね。今回、コランタン王子からの招待ってことは図書館で会えるかな。館内を案内してくれたり。

 それはいい。

 ふふ。俄然楽しくなってきたよ。私の護衛として一緒に乗っているシモンは、また王城ですか、って顔してるけど。

 それは仕方がない。だって王太子ルートを突き進むんだもん、これからもガンガン王城へ来れるようにしないとね!


 出向いたことがない。

 そう、はっきり言っていた父親は私を王立図書館の近くで馬車から降ろし、後のことをシモンに任せると仕事に向かってしまう。

 頃合いを見て迎えに来てくれるとのことだ。


「ようこそ、お待ちしておりました」

 図書館の入り口、両開きの扉を片側だけ開けて、ヴィクトーが待っている。

「お招き有り難いございます」

 彼に手を引かれて中に入る。ヴィクトーにエスコートされるのは初めてではないだろうか。

 机が。

 コレット姫のお披露目で皆が歓談していた場所にはお茶用とは違う閲覧机が並んでいる。

 少し配置が違うだけで印象が随分変わるものだ。人が少ないこともあるだろう。私達しかいないのはいつものことなのか、お達しでもあって貸切状態なのか。

 ヴィクトーに手を引かれるまま入り口近くのカウンターへ。あ、人がいた。

「今日は司書がいる。探している本や聞きたいことがあれば声をかけるといい」

 そうだ、前回はお休みだったもんね。

 

 それから私は、司書の方から本の扱いや貸し出しについての説明を受ける。既に知っていた通り成人までは館外に持ち出せないとか、本の扱いは丁寧に。といった点だ。

 現世で図書館を使っていた私には当然のルールばかりだが、この世界では初めて知りましたって顔をしておこう。

 その後、ヴィクトーの案内で館内を一通り見て回った。

 ふんふん、分類は詳しく覚えてないから不確かだけど現世の学校や図書館と近い並べ方かな。電気が無いから産業の本は少ないかと思いきや、カラクリもあるし水蒸気もあるならそれなりの資料があるみたいだね。宗教の棚には女神アシュアクアに関することのみが並ぶのか? いや、雷の神や大気の神もいるのだ、他の神や概念につても資料があるかもしれない。

 見たい。

 来たい時にふらっと立ち寄れるなら今日は読みたかった物語を探したい。

 もう、二度と入れないならこの世界の仕組みに近づける資料を確認したい。

 物語を読むって決めてきたのに、迷うよ。


「セレスティーヌ嬢、少し聞きたいことがある」

 はい、なんでしょう。閲覧机に戻らず、こんな本棚と本棚に囲まれているところで話しかけられた。

「王太子殿下の事だ」

 護衛騎士や司書が近くにいない事を確認したヴィクトーは、壁ドンしてくれそうな近さで私に囁いた。

 いい声だ。

 いや、いやいや待て。耳の満足度より。

「それは。どのようなお話でしょう」

 そう言えば、招待状はコランタン王子からなのにここに王子がいない。


 側近のヴィクトーがコランタン王子のいないところでヒロインに何をするつもりなのか。

 もしかしてこれ、ヴィクトーとのイベント発生ですか?

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