51 次の約束を
「あら! お兄様とセレスティーヌ様だけですの?」
入ってきたのはコレット姫と使用人が幾人か。
「シュバリエ様もいらっしゃるかと思っていましたわ。……私、早く来すぎたかしら」
「いえ、コレット姫殿下。お待ちしておりました」
むしろ遅いと思うんだが。
「まぁ、裾のレースが見事なスカートですね」
コランタン王子と二人きりのなんとなく気まずい雰囲気を払拭させるべく、空元気な声で私はコレット姫の衣装を褒める。
今回のテーマはさながら雪の結晶か。綺麗で繊細で可愛い。先程までの雪うさぎ風も良かったし。
「セレスティーヌ嬢、褒めるとつけあがる」
「そうでしょうか? 毎回その場に合った衣装になるよう努力されてるご様子ですのに」
なんだ、コランタン王子はロリファッションを好ましく思っていないのか。これだけ毎回見ていると、ちょっと着てみたい気にさせられてしまうのだが、そんな事を言うのはやめておいたほうがいいようだ。
「ほら、セレスティーヌ様は私の味方だわ。ねえ、食事の際は隣の席に座りましょう?」
「まて、コレット。席は勝手に変えられない」
ですよね?
えっと、席順は家格順で。使用人もそのつもりで準備してるし。既に食器は並んでいる。
もぉさ、正直お腹ペコペコだからどこに座ってもいいじゃん。と思ってることは、もちろん顔に出さない。
負け組も揃って食事は始まる。
手を清め、口を清めて。
父親は騎士団の訓練棟でいつも通りの食事を摂るため、ここには成人前の子供たちだけだ。
私の右手側にコレット姫、左手側に少し遅れてシュバリエ。
まぁ、結局コレット姫の望むような席になって良かったね。
普段黙食を良しとするこの国のマナーでも、今日のような会ではそれなりの会話をする。
初めの話題は当然、試合についての振り返り。オレリアンからの言葉を思い出しコランタン王子がまた落ち込んだら大変だと一瞬身構えたが、楽しい食事の場なのでここでは後ろ向きなことより、相手を褒め称える言葉が選ばれた。
良かった。
「まさか、セレスティーヌ様があんなに動けるとは思ってなかったわ」
サビーナは、私がまだ乗馬の練習をしてないと聞いていた割に動けることに驚いている。
「いや、全く。それでこちらの計算が狂ったようなものですね」
ヴィクトーは情報収集の在り方を検討してる。
「まぁ。私、認識を改めるほどのことはしておりませんわ」
ホント、夜中のこっそり訓練だってそんなに長い期間できてない。
ニコニコと誤魔化しながら話を聞いていると眠くなる。疲労と風呂上がりと温かい食事。
抗えないね。
うとうと船を漕ぎそうになるが、そんな時にはタイミングよくオレリアンが話しかけてくれる。ありがとうお兄様、なんとか眠らずに食事が終わりそうです。
穏やかで楽しい時間だ。
こんな時間は当分来ない。
と、言うのも年に一度の好感度上げが今年は二月で終了したんだよ。来年はシナリオではなく二年続けてミニゲーム『狩り』の番。
秋まで特別なことがないとすると、一年半、それよりも長い時間私は刺激のない日常を過ごしていかなければならない。
もちろん、本当に何もないとは思っていない。この世界では花見やアルチュールのお披露目会といった、ゲームに無かったイベントが発生しているので、今年も何かあるだろう。
でも、もしかしたら何もなく時間だけが過ぎる、かもしれない。
チラリ、コランタン王子を見る。
私が城へ来るような模様し物はあるだろうか。そうでないとお目当ての彼と親密になれない。
やだなぁ、後ろ向きな考えは駄目だ。何か、楽しいことを。
テンションが上がることといえば、先ほどのコランタン王子との近距離スキンシップを思い出して、今更ながら緊張してしまう。
また今度もあんな事になってしまうなら恥ずかしくて会えない。でも、会いたい。
「ね、そうでしょう? 姉上」
脳内シュミレーション真っ只中で、ぼーっとしているところへ飛び込んできたアルチュールの声。
ヤバっ。完全に聞いていなかった。
「えぇ、そうね」
って、相槌うったものの、何の話? とりあえずオレリアンを見たら、ちょっと肩をすくめて、仕方ないなって顔された。
「シュバリエはこの場を利用してセレスに打診なんてしないでくれよ」
オレリアンが自然の流れって雰囲気を出しながら、シュバリエと私を交互に見る。
なんで急にシュバリエ?
アルチュールからの声かけだったじゃん。オレリアンには聞いていなかったことがバレているみたいで、助け舟を出してくれたとすると?
「私も残念ですが、麗しの私の女神の機嫌を損ねるわけには参りません。誘いはしませんよ」
あ、音楽会か。
そっか、雪が解けたら出演者選びとリハーサルだね。ってことは、今年は私が出るのかどうかって話題だね。
それでアルチュールが出ないでしょう? と聞いてきたのか。
「ずるいですわ。この中で私だけセレスティーヌ様のピアノを聞いたことがないなんて」
拗ねた可愛い声。
コレット姫の可愛いおねだりは私のピアノが聞きたいってこと。ピアノは今でも練習は続けている。ちょこっと弾くぐらいなら構わない。
「コレット、手が疎かになっている。話はお皿を綺麗にしてからだ」
コランタン王子とまたピアノを演奏するって約束もあることだし、母親と参加したお茶会で無茶振りされても大丈夫なように、数曲は暗譜してある。
だからといって、ここで安請け合いするのは危険な気がする。
通過儀礼としてアルチュールもコレット姫も五月には女神へ音楽の奉納をする。私は家族枠でボックス席での観覧が決定だろう。
すると、コランタン王子も王族用の特別席で妹の応援へ参列するだろうな。
思ってたより早く会えそうだ。
「んーとさ。セレスティーヌ様は参加しないにしても普段ピアノの練習はしてるんでしょ?」
「はい、多少」
デザートスプーンをくわえるようにしてサビーナが思いついたって感じに声を上げた。
白いブリュレに赤い苺ソースかかった物かリンゴのコンポートに生クリームを添えたものか。デザートは好きな方を選べるようになっていたが、私は両方を頂いていよいよ眠気もピークになっている。
「そしたら、セレスティーヌ様がコレット姫殿下の演奏を見て差し上げては?」
「それはいけません!」
私より早く返答したのはオレリアンだ。
サビーナが言い終わるかどうかといつタイミングで、食い気味に。
「そのご提案ではセレスが城へ頻繁に出入りすることになります」
「あら、それは私が許可を出すわ。今日だって遊んで食事をしてるのよ」
許可、でるのか。派閥云々の設定が甘くなっているのは私たちが仲良くなったからか、一緒に過ごすようにゲームで設定されているからか。
そうだっ。姫と一緒にピアノを弾いていたら、城内だしコランタン王子と鉢合わせるかも。それは、いいね。
来年の秋よりも前に会って話ができそうじゃない?
「私はそのお話、受けても構いませんわ。ただ、人に教えるほどの技量ではございません。姫殿下の気分転換に、といった程度のお手伝いしかできませんよ」
「わぁ。それで構いませんわ」
家ではアルチュールとレベルに差があるから、ニノン先生は練習時間を別にする。
なので、姫殿下と一緒のピアノが想像できない。とりあえず、私のピアノが聞ければ満足するだろうし。これからは家でも何度かアルチュールと同じ時間にしてもらって、姫対策を練りたい。
雪がすっかり溶けて暖かくなった春、改めて招待状を送ると言われた。
コレット姫が演奏したい曲目は兄である王太子と同じ『ブルーベリーの吐息』をお望みだ。
私が最近、弾いていない曲。帰宅したら今日からピアノの練習頑張ろう。
以前聞いた時より腕が落ちたと言われないように。
◇◆◇◆◇
夕食後、暖炉に手をかざしながら俺は今日の事を振り返る。
長い一日だった。
午前中に雪遊びをしただけでなく、昼食までに汚れて冷えた体を整えさせなければならなかったのだ。
コレットの我儘に付き合わされた本日の来客は我々よりも準備が慌ただしかったことだろう。
まぁ、楽しい催しであったため妹を強く叱ることもできないが。
また、セレスティーヌ嬢の思わぬ一面が見れたことは僥倖だった。
あれほど動けると誰が想像し得ただろう。
報告は受けていないが、まさかカンブリーブでは女性にも騎士としての基礎訓練を課しているのか?
確か、騎士団長閣下の出身はブロンデル領だったな。
なるほど、父親の方針なら性別にかかわらず護身術程度を身につけていても納得だ。
黙っていれば微笑みの似合う淑やかな女性が、はっきりと物怖じせず自分の意見を通す。ピアノは優しい音色で優雅だが、一度動けば先頭を切って敵陣に向かう。
全く、掴み所がないと言うか。
それがまた、たまらなく愛おしい。
そう、好ましいと思ったからこそ、髪に触れてしまった。
「なぁ、コレット。髪に触れる事をどう思……」
「嫌ですわ」
最後までいい終える前に否定された。
共に暖炉へ向かい、妹は趣味の刺繍に勤しんでいる。
……ヤなのか。
「せっかく服に合わせて髪を整えさせるのです。少しも触れさせたくありませんわ」
なるほど。
では、俺がセレスティーヌ嬢にしたことは。
「そもそも、髪に触れるようなことなんて。あ、今日のことですのね?」
核心を突くようなコレットの言葉に俺はドキリとした。
「あれは、お兄様の優しさでしょう?」
優しさ? 確かにどこか怪我でもしていては、そう思って近づいたが。
「転んだせいで髪も服も汚れてしまいましたから。違いますの?」
「あぁ、そうだな」
なんだ、コレットは自分が俺に触れられた時のことを言っていたのか。
擦り傷はもう、すっかり良いようだ。かさぶたを取りたくなるが跡が残るから駄目なのよ。そんなどうでもいいことを言っていた。
「それともお兄様、どなたか触れたくなるような方でもいらっしゃるの?」
「……なぜ、そう思う」
「では、私の独り言としてお聞きくださいませ。私達が何かすれば相手は否は無し。ちゃんと相手の気持ちを慮ってくださいね」
わかっている。
俺たちの行動は王族からの命令になってしまうこと。だから、気持ちを抑え、発する言葉数は少なく。
そうして関わる人間も少なく。
なのに、セレスティーヌ嬢とはなぜか喋りすぎる。公爵家という高位な家柄がそうさせるのか、彼女が特別なのか。
自分の気持ちがよくわからなくなる。
だが、髪に触れたのはやりすぎだった。謝罪すべきか、それもまた、彼女を追い詰めるのか。
しばらく、距離を置くか。
「お兄様、セレスティーヌ様をお迎えしてのピアノ練習、楽しみですわね」
「あぁ」
あぁ。楽しみだが、俺はどんな顔で彼女と会えば良いのだろうか。




