49 戦いのあと
「青、有効!」
コレット姫が敵陣の旗を取ると同時に審判役の騎士が得点を認める。
「時間一杯、そこまで!」
私たちが歓喜し、相手チームが呆然とする中、試合終了を告げる父親の大きな声が響いた。
勝った。
やった、やったよ私。
ミニゲームでの勝利はハッピーエンドルートへ近づくってこと。死亡回避でご褒美ボイスのゲットだよ。
これだけ周りに人がいるとゲームと同じような甘いセリフを言ってくれるのか不安ではあるが。
さぁ、コランタン王子。私に声をかけるのは今です!
「こんなに雪まみれになって、しかたがないやつだな」
あれ、ちょっと遠いところから王子の声が。
呆れたような、優しい声を追って見渡すと、勝利の赤旗を掴んだままで興奮気味のコレット姫と、服についた雪を払ってあげているコランタン王子がいた。
「転んだときにどこか怪我は?」
「ご心配には及びません、少し擦りむいただけですわ。名誉の負傷というのかしら?」
絵になるな、二人。
「どこだ、見せてみろ。医者を」
「大袈裟です、お兄様」
そこでコレット姫は声を小さくした。そのため私には聞こえなかったが、きっと人の目があるところで医者を呼んでは騒ぎになるとか、王家の汚点だとかそんな話だろう。
手袋をしていたので、擦りむくとすれば転んだ際に袖がはだけて手首あたりだろうか。
痛そう。
まぁ、コレット姫の表情から本当に些細な怪我のように取れるから、大丈夫なんだろう。
仲睦まじい兄妹、それも美男美女。ヒロインの私は蚊帳の外だがこれはコレで見ていたい。だって兄としてのコランタン王子は滅多に拝めないんじゃない?
でも、そうすると今回のミニゲーム。勝者はコレット姫で、ご褒美ボイスは兄から妹への心配声か?
え、私にはナシ? そんなぁ。
私にも何かお声がけを、そう思って一歩王子達に近づく、が。
おっと、滑った。
考え事をしながら二人に見とれていたせいか。日が高くなり雪が水っぽくなってきたせいか。
転ばないように足を踏ん張ると同時に後ろからシュバリエに支えられる。
「大丈夫ですか、セレスティーヌ嬢」
「はい、すみません」
うわ、これってバックハグ状態だよね。むちゃくちゃ恥ずかしいし、オレリアンが見たら怒り狂いそう。
転びそうになった私が悪いんだよって言い訳しなきゃと思い、敵チームの様子を確認。
すると、負けた原因はなんなのかサビーナが男子三人を責め立てる反省会が行われていた。
うん、こっち見てないね。
シュバリエは私がしっかり立つのを手を取って支えてくれる。
そのままエスコートされるように特設会場を離れ、建物近くの雪掻きされた場所まで連れて行ってくれた。
つか、ここ王城のどの辺だろう。来る時も父親の先導があったし見当もつかない。
「まさか、セレスティーヌ嬢がこれほど動けるとは。素晴らしい活躍でしたね」
「シュバリエ様こそ騎士の訓練を受けていないと伺っておりますが、勇敢なお姿でしたわ」
当てられる方が多かった気もするけど、勝ったのだからそんな事を言う必要はない。
「賛辞など私には不要。セレスティーヌ嬢の作戦に賛成出来なかったのだから。なんとも不甲斐ない」
「いえ、シュバリエ様には何度も盾になり助けていただきました」
あの作戦は一か八かだったし、反対するシュバリエの気持ちもわかるから、そんなに申し訳なさそうな顔しなくていいのに。
「セレスティーヌ嬢」
シュバリエは私の両手を取り、自らの両手で包み込むようにした。
そして、熱っぽい声で語る。
「水は岩をも穿つという。慈愛に満ちた女神も芯は強いということでしょう。守られるばかりではない女性も素敵ですね。まさに貴方は私の女神」
あれ。
これって何かのご褒美セリフ?
いつも大げさな言い回しのシュバリエが、今はいつも以上に朗々とした声音。
脳内録音必須のいい声。
いやいや、聞き惚れてる場合じゃないよ私。だって、それって、ゲーム内判定では私がシュバリエと組んで勝利したことになってる?
やだ、ダメだ。
私は思わず包まれたシュバリエの手を払った。
「その、ごめんなさい。私、手が。そう、手が冷たくて」
「あぁ、これは失礼した。そうですね。このままでは風邪をひく」
濡れたり汚れるのは予測できていたため、今回の登城には着替えやそれを手伝う使用人も同行させていた。
「セレスティーヌ様、湯浴みの準備が整ったそうよ」
少しシュバリエと距離を取った時、コレット姫が私を誘いに来た。
だから私はまだ続くかもしれないシュバリエの言葉を打ち切らせたまま、その場をあとにする。
私は、マリルーと共に広い応接の間にいる。お茶程度の給仕なら城の使用人に世話になるが、お風呂はどうしたって親しんだ者がいい。
「まぁ、素敵なお部屋」
姫のお披露目を図書館でしなければ、この場所を使っていたのであろう。そう思わせるよく磨かれた床に厚みのある鮮やかな色の絨毯。格式ある家具。
使い込まれてツヤの出た調度品は古臭さなど感じさせないほど、日頃の手入れが行き届いている。
大きく切り取られた窓。壁の肖像画。ゲームの選択肢を思い出す。
コレット姫のお披露目は終わったのだから、何を見ていても好感度に影響はないよね?
これからこの場所で昼食会が開催される。
雪合戦の打ち上げのような慰労会のような。
当然の流れに思えるが、お披露目会が別の場所になったため、この場所の使い道として昼食会が開かれるのかもしれない。
ゲームとリアルの差を照らし合わせながら、何の気なしに肖像画を観て回る。
一番大きく立派な額縁の絵は先王と王妃。それを前にして私は足を止めた。二人で寄り添い、穏やかな笑みを浮かべている幸せそうな絵だ。我が家にある絵より、私的な表情だった。
現王の絵は、ないか。
つか、先王の絵を飾っておいて良いのか? 派閥は?
カチャリとドアノブの回る音がする。
ノックもなしに入ってくるのはコランタン王子だった。
「あ、失礼」
誰もいないと思い合図もなく入室したことをまず詫びると、壁際に立ったままの私に着席するよう声をかけてくれた。
「早いな、待たせてしまっただろうか」
「いえ、私は来客用の浴室をお借りしました。殿下のように自室へ戻るより近いかと」
「そうか」
テーブル席はこれから使用人が昼食の準備に使うだろう。私は窓に近い三人掛けのソファに腰をかける。コランタン王子はローテーブルを挟んだ向かいの一人掛けへ腰を下ろした。
負け組四人は罰ゲームとしてまだ終わっていない場所の雪掻きをさせられている。
今頃やっと暖かい湯船に浸かっていることだろう。
では後の二人は。
「シュバリエは先ほど登城した祭司長に連れられ行ってしまった。ここへは遅れて来るようだ」
祭司長ってシュバリエの父親だよね。雪深いのは女神の怒りか、なんて考えてる世界だから、その辺りのご報告かな。
「コレットは。遅いな」
「それでしたら。念の為、医者に見せてから参加すると聞き及んでおります」
「あぁ、擦り傷か」
「殿下がご心配なされていましたから、姫殿下もおとなしく従ったようですね」
もし、ご褒美スチルがあるなら、美麗イラストで先ほどの兄妹シーンを再現してほしい。
「そうか、ならいい」
いっそ、近くに画家を何人か待機させておけばよかったのでは?
うわ、良いアイデアじゃん。
髪をなびかせ汗がキラキラ輝く感じで、美男子たちが雪にまみれて友情を深める。
そんな瞬間を留めておく絵を。
いや、駄目だ。私が雪玉に当たってる絵も、雪玉をぶん投げてる絵も、公爵令嬢として世に残してはいけない気がする。
「セレスティーヌ嬢」
いきなり名前呼ばれた。まだ皆の揃っていない時に聞くとドキドキする。
「また、考え事か?」
「あ、はい。えっと、少し疲れてて」
ヤバい、何の話だっけ。そうそう、コレット姫が遅いねって。
そういや、ヴィクトーや護衛騎士を連れていないコランタン王子って珍しいな。私も自分の家では護衛付けないから。
あれ、二人きりなんて初めて?
いやいや、気配を消してるけどマリルーいるし。
でも、実質二人きり。
ならば、今です王子!
勝利した私に、ご褒美セリフを言うチャンスです!
はぁぁ……
大きな深呼吸のようなため息。
おや、コランタン王子は私との会話を楽しむ余裕などないぐらいにお疲れか。
大丈夫ですか。そう声を掛けるより早く、コランタン王子が私を気にしてバツの悪そうな顔をした。
「お気になさらないで。私も疲労困憊です。ため息もつきたくなりますわ」
「いや、その。悪かった。囮に使うようなことをして」
なるほど、ため息は疲れではなく、作戦について反省して出たものか。
「オレリアンには二度、卑怯者と言われたしな」
オレリアンがそんなこと……言ってたね。
いやいや、ちゃんとした作戦だったよ。卑屈になるようなことはないよ?
「私が言い出したことです。それを認めて採用してくださった殿下の采配が、見事だったのです」
そうだよ、オレリアンのは負け犬の遠吠え。
「そなたはいつでも俺の欲しい言葉をくれるな」
コランタン王子が少し楽になった顔で私を見る。いつでも? いつだろ。
「セレスティーヌ嬢なら、聞こえても聞き流すのだろう?」
「は、はい」
それは、どうゆう意味でしょう。今から愚痴るけど黙っておけ。
かな?
もちろん、聞いたことは誰にも言わないよ。だって、素敵な声をみんなに共有するより、一人後から脳内再生したほうがいいに決まってるじゃない。
「披露目も、ピアノも、遊びすら、俺は勝って当たり前の立場だ。勝利すれば王族だから。下手を打てばたかだか傍系は。いや、上手く立ち回っても傍系のくせにときたもんだ」
なるほど。国の頂点、王族の立場でも悩みは尽きないってことだね。
「今日の勝利もどう伝わり、なんと評価されるものか」
私にとってはただのミニゲームなのに、コランタン王子にしてみたら将来を決める評価になるんだ。
そっか。
それでも、私にとって王様の仕事は『高く積み上げられた書類に文句を言いながらサインをしているシチュエーション』しか思い浮かばなかった。
ちゃんとわかってなかったね。
私からしてみれば、傍系だってちゃんと王家の血筋なのに。
見えない圧力。
そんなものにコランタン王子は日々晒されているのかな。
私もだ。父親や周りを囲う騎士からどのように評価されていたものか。
項垂れたとまでは言わないが、視線は床の一点を見つめている。
そんなコランタン王子に私が出来ること、なんかないかな。
頑張って。なんて言葉は既に頑張っている人には失礼なだけだ。
「すみません、かける言葉が見つからなくて」
「いや、セレスティーヌ嬢の上辺ではない言葉に救われている。感謝する」
あ。
あぁーっきたっ。コレ、ご褒美セリフ。
『我々の勝利に貢献した令嬢に感謝する』本当はもっと長いセリフの、最後の部分。
ちょっ、待ってよ、今なの?
それも一部のみ?
感謝する。
文字で見たら簡素なものも、甘い思いが込められたセリフだと悶絶しちゃう。
ゲームではそんな、極上な音。だったのに。
なのに、さらっと会話の中に混ぜられちゃったよ。
「どうした、顔が固まっているぞ」
私はコランタン王子の声を虚ろに聞きながら、なぜこの世界にステータス画面が無いのかを心底恨んだ。
今回のミニゲーム、私はコランタン王子とシュバリエのどちらの好感度が上がったのかを確認したい。




