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48 雪合戦

 シュッ。

 風を切るような音を立てて私のすぐ横を雪玉が走る。

 速い。

 

 それは、ゲーム開始の合図を騎士団長らしいハッキリとした言葉で父親が告げると同時に投げられた。

 オレリアンが大きなフォームでまずは一投。

「うわっ。すまない、当たった」

 私のすぐ隣でシュバリエが慌てて雪の壁に隠れる。

「お兄様、早すぎます!」

 私もコブのような小さな雪山に隠れるようにしてから反論の声をあげる。

 しかし、審判として立つ騎士が赤い手旗をスッと上げて『有効!』と叫んだ。

 赤、オレリアンの組に点が入った。

「赤、有効!」

 まただ。誰が当てられた?

「ちょっとぉ。サビーナは(わたくし)を狙わないでちょうだい!」

 右手奥のコレット姫がデュペ姉弟から連続投下に晒されている。

「視野が狭いと隙だらけだぞ!」

 反撃とばかりに、コランタン王子が素早い動きでヴィクトーの横腹に雪玉を当てる。姫の動きを目で追っていたヴィクトーは不意を突かれたようで、当てられた後も一瞬何が起こったかわからないという顔をしていた。

「青、有効!」


 同時にあっちもこっちも動きがあって、状況が把握しきれない。

 とりあえず私も雪玉を手に特訓の成果を試したい。アルチュールぐらいが当てやすいだろう。

「えいやっ!」

 とぉっ! よしっ! アルチュールの足元ギリギリに雪玉が届いたよ!

「青、有効!」

「やったぁ。見まして? 当たりました!」

 良かった、アルチュールの靴に触れたかどうかの距離だったので、無効にされてもおかしくなかったが、判定は有効だった。

「姉上、酷いです。今のは無効です」

「いや、判定は絶対だ。それに、セレスが投げると予想できず油断した時点でアルチュールの負けだよ」

「まぁ、セレスティーヌ様。素晴らしいです! 私も当てたいわ」

「コレットは壁に隠れながら玉をこちらに運べ」

「セレスティーヌ様、立ったままでは的になる、私の元へ」

 確かに立っていては相手から当てやすいだろう。私は声をかけてくれたシュバリエの元で小さくなる。

 みんな同時にしゃべり過ぎ。


 当てるために投げる。そのためには壁やコブから出なければならない。

 すると今度は的になりやすい。

 雪合戦、思ったより難しいぞ。

 私はコレット姫と小さくなって、奥に置かれた雪玉を手前に運ぶ作業をしながら戦況を俯瞰で見る。


 デュペ姉弟は雪遊びをした経験があると言っていただけあって、動きはいい。足の裏全体が着地するような体重の掛け方だ。

 ただ、ヴィクトーは運動よりも書類仕事が得意なようだし、サビーナも非力で初めにコレット姫へ当てた後はそれほど点を稼げていない。

 私の兄弟はどうか。

 アルチュールは壁に隠れながらこちらの状況を報告したり、雪玉運びをしている。まぁ、そのぐらいが丁度いい仕事量だと私も思う。

 相手の主力はオレリアンだ。

 速さもコントロールも申し分ない玉がシュバリエとコランタン王子を狙う。

 いつもの朗らかな笑みを浮かべているが、目だけ笑っていない。

 その表情、怖いよ?

「赤、有効!」

「また当たりましたが殿下、大丈夫ですか」

 無駄玉はない。オレリアンは確実に当ててくる。

「あぁ、遠慮は要らぬ」

 体を捻って避けようとしたが、コランタン王子の腰に当たったようだ。

 うちの組は圧されている。

 オレリアンは父親から直に訓練を受けているため、同年代では腕が立つと聞いていたが、私は実際の訓練を見たことがないので、どうしても妹に甘いデレデレした姿しか想像できていなかった。

 やだ、今日のオレリアンちょっとカッコいいかも。

 でも、腹黒そうな笑みなんだよな。


 こちらの戦力は正直微妙だ。

 コレット姫は言うまでもなく。

 シュバリエは神殿育ちの割に動けるようだ。ただ、得点を稼いだ分当てられてもいる。動くたびにポニーテールがひらりと舞うのは絵的に良い。

 シュバリエルートでご褒美スチルが貰えるのなら、私が今見ている角度からになるだろう。

 ま、私はコランタン王子が活躍すればそれでいいのだが。

「隙あり!」

 ほら、王子がオレリアンの脇をかすめるような軌道で有効を得る。

「フォームが大きいと脇が甘くなるぞ、オレリアン」

 なるほど、オレリアンの投げ方はまるで野球のピッチャー。大きく振りかぶる瞬間は的になってしまうわけか。

 一方のコランタン王子はダーツでもしているようなコンパクトな投球。けれどそれでは真っすぐにしか投げられないのでは?

 私の知識はスポーツアニメか体育の授業で習った競技。

 ならばドッジボールのような横投げはどうだろう。運んだ雪玉をシュバリエの足元に置くと私はササっと壁から出て足を踏ん張る。

 とぉっ!

 腰を捻って回転をかければ小柄な私でも速い球が投げられるはず。

「うわっ、すっぽ抜けた」

「ちょっ、やだ。当たったじゃない!」

「青、有効!」

 ……。オレリアンを狙ったのにサビーナに当たったよ。

 ま、いっか。結果オーライだ。


「凄いよ、セレス。さすがだね」

 オレリアンからは褒められるし。

「うわぁ、僕も姉上みたいに投げてみたいです!」

 アルチュールからは憧れの眼差しが向けられる。二人とも敵なのに。

 そもそも二人は私を狙わない。優しさだとは思うが、私を無視しても勝てると思われているなら心外だ。

 あ、それならいい手がある。

「あの、私に考えが」

 玉数が減り、疲れも出てきた。相手も連投しなくなっている。一つに固まり作戦会議をしても、壁の裏ならば集中砲火にはならないだろう。

 それでも、コランタン王子とシュバリエは私とコレット姫を守るようにしてくれる。

「兄と弟は私に雪玉を当てません。ならば私が一気に走り、旗を取りに行きます」

 このまま同じような投げ合いをしていては、玉は尽きるし時間も迫る。

 時計の数が少ないこの世界で、今が何分経ったのか私たちにはわからないけれど、審判役の父親が一度懐中時計を見た。

 きっと、残された時間は多くない。

「いけません、危険です。勇敢な令嬢も悪くはないが、今は隠れていてください」

 シュバリエはなんてことを言い出すのかと驚いた顔。

 コランタン王子にも呆れられちゃったかな。顔色をうかがおうとした時、コレット姫が私の視界に入り込むように私の両肩をガシッと掴む。

 何っ? 鼻が付きそうなぐらい近いよ。

「それ! いただきだわ。やっと私の活躍する時が来たわね!」

 はい? 何をいただくのでしょう。

「何のために私が白い服を着ていると思って? 旗を取るのは私の役目よ!」

「え、姫? それこそ危険です。すみません、私が変な作戦を口にしたばかりに」

「いや、良い案ではないか」

 私は発言を撤回しようとしたのになんとコランタン王子が賛成した。

「コレットが行きたいのなら行かせればいい。三人とも耳をかせ、きっと上手くいく」

 愛しい人から『耳をかせ』とか愛の告白じみたセリフにドキリとしながらも、私は淡々と告げられる作戦を頭に入れた。

 なるほど。それで? ふんふん。

 危険だと実行を渋るシュバリエの意見は三人に黙殺される。

 コランタン王子がコレット姫のフードを頭に被せてあげれば作戦実行だ。




「話し合いは終わったかい」

 オレリアンが緩い玉を投げながら声をかけてくる。そちらだって、私たちの攻撃がないのをいいことに、作戦を立てていたのでしょう?

 私は両手に一つづつ雪玉を持って、コランタン王子からの合図を待つ。

 隣のシュバリエもいつでも飛び出せるような体勢だ。

 ちょいちょい、とコランタン王子の指が動いた。合図だ。

 コランタン王子とシュバリエの二人が同時に隠れていた雪壁から出ると、コランタン王子がオレリアンに声をかけた。

「待たせたね。あまり時間がないことだし、決めさせてもらう!」

 ゆっくりめのフォームはシュバリエとタイミングを合わせるため。二人でオレリアンを狙う。

「うっ、卑怯な」

 二方向からの玉を避けるのにオレリアン体勢が崩れた。

 今だ。私はその隙を逃さず、敵陣に向かって一直線に駆け出した。


 え。

 相手四人はそんな顔で私を見た。まさか非力な女子が前線へ出るなど、想定外なのだろう。

「まさか、姉上。旗を?」

 最初に反応したのはアルチュール。ずっと控えながら全体を見渡していたため、私の行き先が見えたのか、当てる以外の点数に思い立ったのか。

「セレス、危ない。止めるんだ」

 思った通り、二人は私に雪玉を投げない。飛んでくるのはデュペ姉弟から。

 それを屈んで、次に横へと避ける。

 相手が次の投球に入る前、私は持っていた雪玉をサビーナ目掛けて思いっきり投げた。

 当たらなくてもいい。

 が、先ほど一度当てられた記憶のあるサビーナは身構えて動きが止まる。

 そう、それでいい。


 痛っ。

 当てられた。ヴィクトーからだ。

 肩に当たった雪が砕ける。

「セレス、大丈夫かい!」

 オレリアンはそんな事を口にしながら、旗を守る場所へ移動している。

 私には当てないが、負ける気もないようだ。

 私が前に出て、相手は守りを固めるように少し後ずさる。それに合わせてコランタン王子もシュバリエもじわじわとこちらに近づいてきた。

 私を援護するかのような投球。

「ヤケでも起こしたの? 旗へ手を伸ばす前にこっちは何点取れるかしら!」

 私の手持ちの雪玉があと一つと見てサビーナが連投してくる。

 当たる。腕と膝だ。

 大丈夫。その分背後の二人が地味に点を稼いでいる。

 大丈夫、私が的になることで、ほら誰も彼女に気がついていない。

 騎士たちが囲んだフィールド内をぐるりと大回りして、雪に紛れたコレット姫を。


 今、まさに敵の赤旗に小さな姫の手が。

「うぎゃん」

 あ、転んだ。


 オレリアンを初め皆が何事かと振り返る。

「姫殿下! お怪我は!」

「ちょっといつの間に?」

 あちゃー、バレたか。作戦失敗かと私の足が止まったが、コランタン王子はデュペ姉弟へ追随の一手を。

 陣地の旗と姫に気を取られていた二人にとっては王子の攻撃は予測できず避けることができない。

 見えない背後への投球だったからだ。

「殿下! またしても卑怯な」

 姫を狙おうとしていたオレリアンが標的をコランタン王子に変える。

「今です! 姫殿下!」

 シュバリエが叫んだ。

 一度転んでも諦めずにコレット姫はこんもりとした丘の上へ這うように手を伸ばしている。

 いける。掴め!

「取ったわ! 私、取ったのよ!」


 ミニゲーム、雪合戦を制したのは青旗の一組。

 望み通りコランタン王子と組んで勝利したが、これ、好感度ちゃんと上がってるよね。

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