47 戦闘の準備を
今年は雪が多い。
それは女神からのプレゼントの如く、空から美しい景色を私達に見せてくれた。
そんな悠長なことを言っていられたのも初めの数日。吹雪が続くと今度は女神の怒りだとかいい出す始末。
そうだった。ここは神様のいる世界。
「神殿では舞が奉納されたらしい」
両親はあちこちから情報を仕入れているようだが、この雪では馬も使えず普段より伝達が遅れる。
舞って、天の岩戸伝説かよ。ってツッコミたい。誰かわかる人いないかな。
吹雪がやんで、父親が騎士団を率いて城内の雪掻きに駆り出された日。
コレット姫からの招待状を手に帰宅した。
季節の挨拶や、大雪への配慮の言葉があったが、まとめると次のようになる。
『雪合戦をするわ、城に集まりなさい』
きた。
ミニゲームが始まる。
招待状を頂いてから二日後、今日は父親と一緒に登城した。
馬車には父親とオレリアン、アルチュール、私が乗り込む。使用人と護衛の為にもう一台の馬車が必要になった。
国の北側には雪深い地域もあるようだが、王都では一大事。
そんな時に子供の遊びだとはけしからん! コレット姫からの手紙を握りしめ、父親は使用人に聞こえるのも構わず怒鳴り散らす。そーゆーことしてるから親世代は派閥がどうとか言われるんだよ?
ま、大きな声を出しても王族の決定は覆らない。ならばそれを利用させてもらおうとか言い出してるし。
滅多にできない騎士団の雪上訓練だ。
本来、お茶会などの催しには十分な時間をかけて準備をする。しかし今回の相手は雪。いつ溶けるかわからないため、スケジュールはタイトだ。
……雪合戦が終わるまで溶けないよ。なんて私には言えない。
城までの道を馬車で通れるように我が家の騎士を使って雪掻きするのに丁度二日。シモンもラウルもみんなで頑張ってくれた。
その間の私達は冬服の準備。スカートの下に履くズボンと毛糸のパンツ。
厚手のストッキングとかスパッツじゃないよ? マジもんの毛糸製だからね。
乗馬をする時も、スカートがめくれて万が一見えても大丈夫なズボンを履くらしいので『動きやすい格好だね』ってオレリアンに言われてもにっこり笑えばすむけど、毛糸のパンツについては黙っていたい。
そもそも、この世界の下着ってそこまで可愛くないんだよな。子供用とは言え、少しはレースを使ったりしてほしい。公爵家なのだから、見えない下着にも金を使ってくれたら良かったな。
そういやなんでパンツって言うんだろう。毛糸スパッツ、あるいは履く腹巻き、とか言えばいいのにね。
ガタッ、ガタガタッ。
馬車が大きく揺れる。道が悪い。
一部雪が残っているのか、溶けた雪でぬかるんでいるのか。
午前の早い時間から私達は家を出た。
「そろそろ着くな」
父親は簡潔に言う。
大きくもない馬車の窓から覗いた景色でよくわかるな。さすがほぼ日参する騎士団長。
「姉上、僕は緊張してきました。少し手を繋いでいても?」
「まぁ、馬車の中だけですよ」
そっか、アルチュールは初めての王城だ。お披露目を終えて最近はしっかりしてきたが、まだまだ可愛いとこもある。
ミニゲーム『雪合戦』は簡単なルールだ。雪玉を投げて相手に当てる。手前の敵に当たれば三点、奥なら五点。制限時間内に規定の点が稼げればクリアだ。
まず、攻略対象の誰とチームを組むか聞かれる。
そして、ゲームがスタートすると同時に私はボタン長押しで雪玉を大きくしていく。
一度ボタンから手を離して今度はどこへ投げるか決定する。横スライドのバーが動くため、手前・中心・奥と狙いを定めてタイミングよく押すだけだ。
ここで注意すべきは雪玉の大きさ。
大きければ大きいほど威力が増すため相手は逃げられない。けれど重くなるため遠くへ飛ばない。スライドバーを奥へ投げられるようにタイミングよく押してもそんなに遠くまで飛ばないのだ。逆に小さい玉は遠くへ飛ぶが、的に避けられやすい。
理系の人が聞いたら、大きい球の軌道は……とか言ってきそうだけど、ミニゲームのシステムなので制作チームの決定権は絶対。
敵がどこにいるか、誰を狙うか判断し適切な大きさの雪玉を作るのが勝利のカギだ。
もちろんこのミニゲームにも高得点ご褒美スチルはあるし、セリフもある。
私のお気に入りはアルチュールの『姉上と一緒だと、どんな時でも楽しいです。僕はちゃんとお守りできていましたか?』だ。
王太子ルート狙いの今、このセリフは聞けないだろうな。子供っぽかったアルチュールが少し、ほんの少し男子の声音を含ませて聞かせてくれる、いい声なのに。
私は馬車から降りても手をつないだままのアルチュールを見る。
可愛い弟はエスコートだと言って緊張の手を私から離そううとはしなかった。
そんな弟を見て、オレリアンは足元が悪い場所は自分がエスコートすると言い張ったし、父親は仲のいい子供たちだと微笑んでる。
「お兄様は心配しすぎです。今日は、アルチュールにお願いするわ」
一度繋いだ手をわざわざ解く必要も無いだろう。
騎士団が作ったという雪遊びの場はここから近いと聞いたので、このままアルチュールと行こう。
普段、弟の好意になにも返せていないのだから、今は我儘を聞いてあげようと思う。
これから私は全力でコランタン王子とペアを組んで勝ってみせるのだから。
騎士団が雪掻きの捨て場に作ったのは大会会場と言っても過言ではない広々とした遊び場。
バスケットコートぐらいありそうな長方形の広場は左右対称に小さな壁が作られている。それは防御用か障害用か。
この二日間の父親と騎士団の皆さま、本当にお疲れ様でした。ここまで立派な舞台とは思わなかったので労いの言葉を贈りたい。これから私は皆の働きに報いるよう、精一杯頑張ります!
「来たわね、セレスティーヌ様。待ちわびたわ」
会場に見とれていると声がかかる。やる気満々のコレット姫は今日も可愛い。
白いファーが縁取られた白いコートはフード付き。
正直、汚れそう。そんな感想を抱いたが
『どお? 可愛いでしょ?』と褒め言葉を待つ顔をしているので、
「今日のコレット姫は雪うさぎのようですね」
そう、声をかけた。
「あら、わかる? さすがセレスティーヌ様ね。これなら雪に紛れて私が見つけられないはずよ」
そういえば、姫はただヒラヒラした服を着ているのではなく、きちんとその日に合わせたものを着ていた。
なるほど、今回は雪玉に当たらない作戦か。長い髪を二つのお下げにして、動きやすくしている。
私だって、夜な夜な肩慣らしをしてきたのだ。髪も一つに纏め、緩い三つ編みにして後ろへ流している。お互いにやる気は十分だ。
集まったメンバーは、いつもの通り。
「麗しのセレスティーヌ嬢、ご挨拶を」
おっと、今日のシュバリエは長い髪をポニーテールにしている。いつもの束ね方では動きにくいと言うわけか。
「突然の招きに戸惑いましたが、貴方にお会いできると聞いて私はここ数日、心躍る気持ちでした。今日はまた、陽の光にきらめく結晶の様な……」
「えぇ、閉ざされた季節にお会いできて嬉しいわ、シュバリエ様」
安定の賛辞だね、シュバリエって。本当は長ゼリフを聞くのは好き、もっといい声を聞いていたい。
でも、ごめん。今日は別の人との好感度上げに来てるから途中で遮るよ。
私が挨拶をしている間、オレリアンとアルチュールもそれぞれに挨拶を交わしている。
これから、チーム分け。ミニゲームでは敵チームはモブと思われるノッペらキャラだったが、リアルではここにいる者同士で戦うのだろう。
それなら好感度に関係のないコレット姫とサビーナをやっつけるのが良いと思う。うん。
あとはどうやってコランタン王子とペアになるか。自分から組みたいって言い出したらやっぱり変かな?
「セレスティーヌ様は、私と組みますわよね。よろしくて?」
え、やだ。なんで姫と。
「申し訳ございません。女性二人では体力的に不利かと」
王族の申し出を断るのは不敬でも、もっともらしい理由があればアリでしょ。
「あーそれ、わかる! なら、一組に二人が入って、私が二組に入るよ。セレスティーヌ様、ガンガン当ててくから覚悟してよね」
サビーナが話に割って入ってくるのはいつものことだが、女子二人なのはそのままじゃないか。
「ならばヴィクトーはサビーナと組め。暴走を止められるのはお前だけだからな」
「はい、そのように」
あれ、今日はヴィクトー眼鏡してないや。割れたり落としたりしないように? そしたら視界的に戦力落ちないかな。それともそこまで視力悪くないとか?
「では俺はコレットの組に入る。妹がセレスティーヌ嬢に迷惑をかけるとも限らないからな」
「そんな、迷惑だなんて。ん? 殿下? 三人目……」
ん、と。これ、どーゆー組分けだ?
「殿下、そのようにお思いなら、セレスは僕と弟と一緒に組みましょう。さぁ、セレス」
「僕も姉上となら心強いです」
「駄目よ。セレスティーヌ様は私とよ」
あぁ、二人組を四つ作るんじゃないのね。えっと、四人組を二つで丁度いい感じ?
「もう面倒くさいから、やっぱジャンケンにしない?」
組分けに飽きてきたサビーナの突然の提案。駄目だよ、それじゃコランタン王子と一緒になる確率が運任せになる。
「待ってください。先ほどサビーナ様は体力的な面から姫殿下と別の組に入るとおっしゃいましたね。ジャンケンではフェアな分け方になりませんよ」
みんなの話を聞いていたシュバリエが体格差、体力差、年齢。そして暴走しそうな者を諌めるペアなどを総合しテキパキと組分けを決めていく。
一組目はコレット姫・コランタン王子・私・シュバリエ。
二組目はオレリアン・アルチュール・サビーナ・ヴィクトー。
論理的に決められては誰も反抗できない。もちろん私はこの組分けに賛成だ。
ただ、コランタン王子ではなくシュバリエとの仲が親密になってしまわないように気をつけないとね。
私たちがやっと左右の陣地に別れたときには既に騎士たちによって作られた雪玉がざっと百程用意された。さらに陣地の奥にこんもりと盛られた小さな山にはフラッグが刺さる。
百って、一人で何球投げる計算?
私たち一班は青の旗を守り、オレリアン達は赤の旗だ。
私の知ってるミニゲームと大分ルールが違うみたいだね。スポーツ雪合戦かよ、との心のツッコミを誰か聞いてくれ。
どうやらデュペ領は北の土地で、雪深い地域があるのだとか。
なるほど、それで積もるほどの雪を見たことのないコレット姫がデュペ姉弟からの話で遊んでみたくなった、という経緯か。納得。
「正式ルールで戦うには人数がたりません。雪に慣れない者が多いですからね、変則ルールでいきましょう」
説明してくれるヴィクトーは領地へ戻ることが少なく数回遊んだきりだが、サビーナは親戚の子供たちと何度も戦っているらしい。
「当てれば一点、旗を取れば五十点。雪玉は作らせた分のみ。当てられてもそのまま試合続行できます」
新たに雪玉を作ることなく、制限時間内にどれだけの点が取れるか、か。
旗の点数がクイズ番組でありがちな『最後の問題だけ一万点』みたいで、いかにもミニゲームらしい。
この人数だ、当てられて戦線離脱してはすぐに勝負がついてしまう。正式ルールがどんなものなのか知らないけど、よし、理解した。
ではいっちょ、やってやりますか。