44 図書館デートのような
コランタン王子が私の隣に立った。
使用人もまさか王子が歓談の場から閲覧机に足を運ぶとは思ってもみなかったようで、慌てて椅子を引こうと小走りで近寄ってくる。
コランタン王子は軽く手を上げることで使用人を止めると、自ら椅子を引く。
要は人払いしたいのだろう。
え。
私と二人きり……ってこと?
いやいや、いつもよりは控えめな距離だけど使用人いるし。
周りを気にしているうちに、コランタン王子が私の左隣に座わったよ。
「セレスティーヌ嬢、こんな華やかな会で読書か」
「えぇ、ここは図書館でしょう?」
にっこり微笑んだが、内心バクバクだ。後で窓際へ行きコランタン王子と話をするつもりだったのに、なんでこっち来たんだって私の方が聞きたいよ。
「やはり、窓の外が気になるか。あちらにはヴィクトーを確認に行かせた。後で報告させよう」
……? 何の話?
窓から見える風景はただの庭で。
違う。
ゲームと会場が変わったのだからここから見えるのは綺麗な庭なんかじゃない。
「厩?」
以前、訓練場へ行った時は随分手前で馬車を下りた。けど今日は?
それは、城内の警備の問題かもしれないし、道幅の為かもしれない。
確信の取れない私のつぶやき。
「あぁ、さすがだな。馬車は見えないが御者は見える辺りで休んでいるだろう」
当たっちゃった。
でも使用人なんかが見えてなんだって言うのだろう。
「俺では服で家格を割り出す程度だがヴィクトーならもう少し詳しくわかる」
へぇ、凄いね。私だって花見の会で中級貴族を見てるから素材や仕立てで下の者ならわかるかもしれないけど、今日はほとんどが上級だよ。一番下でも中の上だろうし。
あれ? それってどの家の御者がどこと仲が良いとか通じ合ってるとか、主人である貴族のいないところでどんな行動とってるか探られてるってこと?
そして、王太子としてコランタン王子は把握しておくべき事?
ひー。
私は体を捻って会場全体を見渡した。
オレリアンは、いた。パトリシアと一緒にコレット姫と話してる。いつもの優しい笑顔だけれど、あれはなんか色々考えていそう。
シュバリエはどうだろう。何人もの令嬢に囲まれているね。きっと音楽会や花見の会など神殿主催の会へ参加したい為のコネ作りかな。だってシュバリエがわからない程度に困った顔してる。
やば。何もしてないのは私だけだ。
カンブリーブに有益なこと、しなきゃなのかな。
でも、私にとって今日は攻略対象との好感度上げイベントなんだよ?
それに家のためになることって、何をすればいいかわからないし。
「セレスティーヌ嬢は国の統計に興味があるのか?」
「へ?」
あ、今開いている本。
「えぇ、多少」
ほら、ファンタジー小説を読んでいると、その国の独自の通貨や単位が説明されていたりするでしょう?
キャラクターが覚えるのと同時に読者に理解させるような。だから、こういった本は私が知らないだけで実は設定資料なんじゃないかって思ったんだ。
「ここにあるのは少し古い数字故に閲覧できるが、持ち出しは禁止だ」
「えぇ、十分ですわ」
何年か前の数字だろうが最新だろうがリニューアル版の資料でなければ私にとっての価値は同じ。
次は年表とか探してみようかな。この世界では過去に起きたことだと思われていても、私が見たら各ルートの未来だってことはない?
開いていた本を閉じると、本当だ、黒い焼印のような『持ち出し禁止』の文字がある。
それなら、他の本は借りられるのか。
「えっと。今日、借りて帰っても良いのですか?」
一人何冊? 何日間?
家でじっくり読むなら長編の物語が良い。
「いや、今は無理だ。持ち出せるのは成人後だし、今日はコレットの披露目の会。担当の者は休みを取らせている」
そんなぁ。司書は臨時休暇?
「一度喜ばせておいてそれはあんまりです」
くっ。
コランタン王子がたまらずといった感じに笑った。
「ピアノと読書。文学的と言えば聞こえは良いが、セレスティーヌ嬢のは何か違うな」
う、するどい。私のは芸術的な趣味というより、この世界で出来るめいっぱいのエンタメを萌えに置き換えているようなものだから。
「まぁ、どう違うのかしら」
はは。乾いた笑いで誤魔化しておこう。幸いコランタン王子はこれ以上この話題に突っ込んでこなかった。
「その、俺は」
左側から聞こえるコランタン王子の声。私的に右耳のほうがゾクゾクするんで、できれば逆側に座って欲しかった。
ま、いい声なので左でも可だ。
「セレスティーヌ嬢が一人離れていたのでつまらない会に飽きているのかと気になった」
「いえ。姫殿下へのお目通りの会に飽きるだなんて、え?」
つまらない?
やだ、それって私がゲームでゲットした『窓に映る自分に話しかけてもつまらないだろう』と似てない?
あーはいはい。単語だけですけど!
もしかして私、このイベントでコランタン王子をちゃんと選択できてる?
「コレットが公爵家に対抗して珍しい会場にすると言い張った時は参ったが。そんなに本が好きなら、ここで良かった」
「まぁ、対抗ですか?」
ほぉ、温室と比べて劣らぬ場所と言うことか。
「ではコレット姫殿下に感謝を。これだけ圧巻の蔵書は心躍る空間です。たとえ読む時間がなくとも。また、必ず訪れたいものですわ」
「ここにピアノが無いのは残念だがな」
え、なんで今ピアノの話?
私が、きょとんとしたからだろう。コランタン王子はなぜわからないんだ? と訝しんで言葉を続ける。
「『何度でも聞いていたい』と約束しただろう」
「やく、約束だったのですか?」
うわ、私はただのミニゲームご褒美のセリフだとばかり。
「なんだ、俺にピアノを聞かせるのは嫌か」
「いえ。まさか嫌だなんて。むしろ練習も頑張ってますし、お耳に入れる機会があれは喜んで」
くすっ。コランタン王子が笑う。
あぁ、フッと息を吐くような笑い方、この世界で何度でも見せてくれるよな。
周りの貴族や使用人に見せられないから手で口元を隠すようにする、その仕草ごと好き。
「セレスティーヌ嬢は本当に物怖じしないと言うか。先ほどもコレット相手に萎縮せず話したのはカンブリーブの二人だけだ」
カンブリーブって、オレリアンも?
「ま、オレリアンの場合は妹以外を立てるつもりがないんだろうが」
「申し訳ございません、兄が失礼を?」
「いや、礼に反したことは何一つ。セレスティーヌ嬢だってそうであっただろう」
うーん。こんなふうに注意されるなら、もう少し姫をチヤホヤするべきだったか。
「今まで我儘に育ってきた。セレスティーヌ嬢のように対等に接する年の近い友人は妹にとって良い刺激になる。仲良くしてやってほしい」
あ、そっか。
妹の事を言いに来たのか。
今までのは全部、本題の前フリかぁ。
なんだ、私と喋りたくてわざわざ来てくれたって、勘違いするところだったよ。
そうだよね、まだ個人のルートへ分岐する前だもん。
「えぇ、もちろん。お任せください」
コランタン王子が椅子から立つため腰を浮かす。今度はすかさず使用人が椅子を引くためにやってきた。
それを見た王子は舌打ちをする。
チッ。
「来るのが早い」
それは、私にしか聞こえない小声で。
「シュバリエが気を回したせいで桜の会では会えず残念だった。今日は話せて楽しかった」
ん、桜?
コランタン王子、話飛びすぎ。
今日は私も楽しかった。そう言う間もなくコランタン王子は窓際へ向かう。ヴィクトーから報告を受けるためだろう。
確か花見の会は王族だけ別日に行われたって母親から聞いた。
コレット姫はまだ外へ出れない時だから、コランタン王子一人の花見になったのだろう。側近としてサビーナとヴィクトーはいただろうけれど、少人数の会は淋しいよね。
父王と王妃はやはり人前に出ない様子だし。
それで、会いたかったと言われたのか。
舌打ちなんかするから、使用人に二人の時間を邪魔されたとか。日取りを別にしたシュバリエに苛立ったとか。
好感度がかなり高いって勘違いするよ。
一瞬、嫉妬かと思ったし。
ホント、一瞬ね。
帰宅後、私がコランタン王子を引き付けてくれたおかげでコレット姫に探りを入れることが出来たと、オレリアンに感謝された。
違うんだけど。まぁいっか。




