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4 秘密の日記

 ブンショウ二ジシンガナイナラ、ニッキガイイヨト、オニイサマガオッシャッタノデ……


 あーイライラするっ!

 手書きのローマ字、本当に読みにくい。

 えーっと。

 要は、兄オレリアンの勧めで日記を書き始めたってわけね? 最初の日付は三月か。

 確かゲームの始まりは秋で今が数ヶ月前の、夏? そんなに暑くないから初夏かな。

 じゃぁ、書き始めたばかり?

 それで半分以上が白紙だったわけか、納得。何冊もあったら読む気失せたけど、これぐらいだったら読みにくいとか言ってないで情報収集だ。


 ベッドで寝っ転がりながらなんとか頑張って解読する。

『ヤニック先生に、実家から早くお嫁さんをもらうよう催促の手紙が来ているらしい。五男で家督を継がないからうちにいると聞いたけど、その割に手紙がよく来る』

『ニノン先生のダンスは姿勢が美しく、教えてもらうようになったら自分も頑張りたい。お孫さんもいるのにいつまでも若々しくて素敵なマダムだ』

『マリルーはおっちょこちょいで洗いたてのシーツをもう一度洗濯に出してしまった。あんなに大きな物を洗う場所があるのが不思議。使用人の仕事場の一階にあるのか別に小屋があるのか聞きたいけど、まだ聞けていない』

『クローデットは細かいところを叱ってくる。私が素敵なレディになるために助言してくれてるそうだ。怖い顔をしていないとあまやかしてしまうのだとか』

 内容は日記というか、まるで使用人の紹介のように思えるのは私が書いた文ではないからだろう。


 まぁ、いい。

 ヤニック先生は今日会った家庭教師だろう。カトクって家督? それなら実家は貴族か。五男ねぇ、家の財産を頼るより職を得て自立しようなんていい青年じゃん。

 で、ニノンさんはダンスの先生? 本来なら午後は作法の時間だって言われたから作法全般の先生で社交ダンスなんかも教えてくれるのかな。

 初めて会う前に名前を知ることができてよかった。おばあちゃん先生だけどシャキッとしてて若々しい? それなら見たらすぐわかるかも。

 あとは使用人の名前があるけど、いつも着替えや支度を手伝ってくれる若い女性二人のどちらかの名前なんだろうな。この世界で初めて目覚めた日、看護師さんだと勘違いしてしまった二人だ。一人は二十歳を少し過ぎたぐらい、もう一人が十代後半。

 クローデットは、いつも厳しい顔でいる女中頭というか使用人の中でも偉い立場っぽい、年かさの人だろう。昼食で食器の使い方をじっくり見られてたのは気のせいじゃなかったか。

 でも、熱から目覚めたときすごく心配そうな顔をしてたから根は優しいのかも?


 ここで困るのが、人物はローマ字ではなく、どこかの国の綴りで書かれているところ。

 英語かフランス語? もしかしたらドイツ語かも。そのあたりの判別がつくほど外国語に明るくないから、これは一人一人スペルを覚えるしか対処法がなさそうだ。

 私の読み方が間違ってないか、まわりがなんて呼んでいるか、こっそり確認しなきゃ不安だし。

 ローマ字とは別のルールの名前表記か。

 日本語の漢字にも人名にしか使わない読み方とかってあるからね。そんな感じでこの世界の人は人物名を使っているのかも?

 それでも不幸中の幸いか、設定資料にはヒロイン、セレスティーヌと攻略対象4人のカタカナ名の側に小さくアルファベットで書かれた名前もあった。

 それをなんかお洒落だなって思った私は二、三度書いてみたんだ。でも、覚えるぐらい書き込んだわけではない。


 で、日記を何ページか読んで気がついたこと。

 これ、日付が飛び飛びだね。セレスティーヌは日記を毎日書いているわけではないらしく、なにか気に留めることがあると書くらしい。

 しかし『ottyokotyoi』は難解だった。

 オッチョコチョイなんて公爵令嬢が使う言葉だと思わないじゃない。

 私が清楚で可憐なお嬢様だと勝手に思ってただけで、彼女も普通の女の子なのか、それほどお嬢様言葉を使わなくてもいい世界なのか。

 あるいは使用人がコソコソ話してる噂話なんかが耳に入って、それを使ってみたかったとか。言いたいこともたくさんあって、口に出せないことをここに書いてたのかも。


 ふぅー。

 一息入れて寝返りを打つ。同じ体勢で読むと腕が痛い。

 さて、あと少しだ。


『○月○日 お母様とお父様が領地へ向かった。二人が同時に王都の屋敷をあけることは初めてで、心細い』

 ……え? 両親?

 って、セレスティーヌの親だよね。そういえば、会ってない。

 うわー、うわぁ。  

 すっかり頭から抜けてたけど、普通なら熱を出した娘の看病をしに部屋へ来るはずだって考えるべきだ。

 でも言い訳させて。だって、ゲームは出てくるキャラが少ないんだもん。

 

 兄弟ルートは本当の兄弟じゃないって認めないと恋愛に発展しないので、後半は赤子を引き取ったあたりの話が必須で、そのときに初めて親世代の昔話が出てくるんだけど。

 それまでは必要なく進んじゃうんだよね。

 王子や宰相の息子ルートでも親たちの話は出てくる。けど、序盤は攻略対象とのエピソードばかりだった。

 この世界で目が覚めてから、使用人が周りにいたし、両親の有無を考えなくても生活できていた。

 食事も熱のせいで、ほとんど部屋で取ってたでしょ? だから一人で食べてても不思議に思わなくて。

 あぁ。それでもリアルな生活ならば両親がいないのはおかしいと気がつくべきだった。


 今、両親は領地にいるのか。

 カンブリーブ家は南東に広い土地を治めている。

 家族で帰省するイベントもあるから、何年かしたら私も行くことになる場所だ。

 設定資料に、ざっくりとした国の地図はあったけど、地名は必要な箇所だけの簡素なものだったな。そうだ、こんどヤニック先生に社会の地理として全国図でも見せてもらおう。


「さてと」

 一度伸びをしてベッドから這い出る。

 サイドボードにはいつもの蓋付きでガラス製の水差しがあり、飲んでも飲まなくても、気がつくと新しい水に変えてある。

 少し重たいけれど小ぶりなので、子供の自分でもコップに水を注ぐことはできる。水差しとおそろいのガラスコップで水を一口飲めば気持ちも落ち着く。

 両親のことで動揺してしまったけれどもう大丈夫。日記を元の机へ戻そう。


 大きな机。

 机上にあるのは金属製のペーパーウェイト。書道の文鎮みたいで可愛くない。あとはインク壺とペン。

 筆記具はこれか。ガラスペン、かな?  存在は知ってるけど使ったことないや。擦ると消える便利なペンなんてこの世界にあるわけないけど、せめてボールペンは欲しかった。

「よいしょっ、と」

 立派な椅子に座る。

 優雅に座るには子供の体に対して少し大きい。子供用の学習机とかこの世界にはないのだろうか。ないよね。


 筆記具があるなら書きたくなる。

 今の私は口に出せない思いがたくさんで、吐き出したい。日記の続き、新しいページにペンを構える。なんか、ドキドキするね。

『ゲームの中に転生した』

 そしてまず、私が書いたのはこの一文だった。

 くぅー。日本語。

 やばい。この文章に漢字もひらがなもカタカナまであるよ。ローマ字も日本語なんだって知ってるけど、今の私に必要なのはアルファベット以外の文字だ。

 慣れないペンで書いたし、手も小さいからいつもより下手くそな字になったけど、それは仕方ない。

 そんなことより、ローマ字以外の文字に涙出そうだ。もっと書きたい。

『ゲーム開始前、セレス9才』

 とりあえず現状と、あとはこれから先のイベントなど忘れないように書き出しておこう。それから攻略対象と、ミニゲーム。

『音楽会』『雪合戦』『狩り』『模様替え』

 最後は成人式も兼ねてるデビュタント。

 あ、その前に見習い期間があったっけ。そうそう、ハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドについても書いておこう。


 四人どのルートを行ってもバッドエンドは必ず死が待っている。一人につき二つほどのバッドエンドが用意されていて、全てで死ぬ。

 国外追放を命じられたときも『セレスティーヌ様は遠い空の下で健やかな生活を送っているはずだわ』なんて、かつての使用人に言われているけど、その実、港で船に乗り込む前に刺客に殺められしまう。

 そんなの嫌だ。

 ゲームなら、攻略相手の声優さんの迫真の演技が聞けて楽しいよ?

 セレスティーヌをかばって死にゆく際に、耳元で囁いてくれる愛しい彼の虫の息の声も。

 死刑を言い渡されたセレスを前に、愕然となり(うめ)く彼の声なき声の演技も。どれも好き。

 むしろ、特に盛りあがるエピソードも何もなく、通常回であっさり終わるノーマルエンドよりよっぽどバッドエンドの方がドキドキが止まらなくていいけどね?

 けど、ここがリアルな世界なら全力でバッドエンドを回避しなければ。

 リセットしたりセーブからやり直したりできないんだから。そしてもちろんハッピーエンドを勝ち取らなければ!

『コランタン王子とヴィクトールートは王様と宰相に注意』

『コランタン王子には妹、ヴィクトーには姉がいる』

 あと、書き留めておくことは……


 わからない漢字の所は書き直してぐしゃぐしゃって消したし、走り書きだから私あとから読めるのか? ってぐらい汚い字になっちゃった。

 それでも何ページにもわたる日本語に満足だ。これから選択肢に迷ったときに読み返して、コランタン王子のハッピーエンドルートを目指そう!

 できれば他の攻略対象のイケボも聞きつつ!

 ふぅ。疲れた。

 どのぐらい時間がたったのだろう。


 夕食だの湯浴みだの言われる時間ではないな。部屋に時計はなかったが、窓の外はまだ明るい。

 そしたら、ソファでごろごろしつつ、部屋の本でも読むか。

 ローマ字だけど他の暇つぶしが思い浮かばない。

 椅子からひょいっと降りて机から離れようとしたとき、気になった。

 日記、このまま置いといて大丈夫?

「使用人に、見られる?」


 さて、どうする?

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