39 ご褒美セリフ
これは、シュバリエの特別イベントかもしれない。
二人で抜け出そうと誘われた。
ゲームなら、最初に花見行きますか? の、選択肢。次に誰と過ごしますか?
きっと、そんな質問だけでシュバリエと二人きりになれる。リアルな世界では私にエスコートも護衛も使用人もいる。
そうか、オレリアンが騎士候補達と会うのは、選択後のシナリオとして必然だったのだ。
私のやり尽くした『オトヒメ』にシュバリエはいない。このままついて行って色々なセリフを聞きたい。あんなやこんな、どんなセリフでも聞きたいのが正直なところ。
シュバリエとの好感度は今日の行動で上がってしまうかもしれないが。うーん、それが問題なんだよね。
誘いに対して即答できず私は斜め後ろを振り返った。視界の端でおろおろしているテレーズがいる。
ごめんね、困らせて。
「お誘いは、嬉しいのですが」
いつまでも黙ってられないので、とりあえず謙虚な言葉を口にする。だって、後で絶対に両親とオレリアンへ報告がいく。
私が積極的に男性の誘いに乗ったなんてことになったら、コランタン王子とのルートが閉ざされそうだ。
「いや。こちらも配慮が足りなかったようで。女性を誘うのは難しいですね。困らせて申し訳ない」
シュバリエの小さい声。いつもの落ち着いた丁寧な喋り方が今はちょっと困ったようなレアな響き。
「よければ、オレリアンには私の使用人を行かせましょう。セレスティーヌ嬢のお付は一緒に来るとよろしいのでは?」
あ、誘いを無しにはしない方向ですか? それなら。
「わかりました。ルソー公爵子息直々のお声がけ。断る理由はありませんもの」
私はテレーズに聞こえるように言う。
同じ家格の子息からの言葉だから誘いに乗ったのであって、決してボイス回収の為じゃないよとわからせるために。
オレリアンに伝言を頼んだシュバリエの使用人も髪は後ろで一つに束ねていた。
神官の服ではないので、神に仕えるのではなく、使用人としてルソー公爵家にいるシュバリエのお付きだろうか。
まとめ髪の長髪、神殿限定の流行りなのか? まぁ、どうでも良い。
「さぁ、こちらです。手を」
「はい」
って、あっさり手繋ぎイベント発生なんですけど。いや、これただのエスコートだから。
ふわりと春の風が髪をすくう。
いつもハーフトップにしている私の髪。今日は花見の会に合わせたのだろう、使用人によって淡いピンクの髪飾りが付けられていた。
取れたりズレたりするような風ではなかったけれど、気になってあいている方の手でそっと飾りを確認する。
私が歩みを止めてしまったから、シュバリエは振り返り優しい微笑みをくれた。
「いたずらな風ですね。貴方と戯れたかったのでしょう。素敵な髪色ですから」
うっ。
超恥ずかしいこと美声で言わないで。
「本当に、女神様のようですよ」
はぁっ。ずっとそのイケボを聞いていたい。が、女神といえばちょっと確認したいことがあるのを思い出した。
シュバリエは私の手を恭しく取って、裏口のような扉や、使用人が使いそうな通路を通る。
扱いは丁寧なのに裏方っぽいところを歩く違和感よ。神殿って平民も出入りするみたいだし、シュバリエってそこまで貴族らしい貴族でもないのか?
「シュバリエ様。一つよろしいでしょうか」
私はシュバリエにエスコートされるがままなので、なんでしょう? と返事をされると声が耳に近い。
「女神様、アシュイクア様は水色の髪なのですか?」
ま、今まで似てるって言われてたから水色なんだろうとは思うけど。
「私、絵本や物語で女神様を見たのですが、その。色がついていませんでしたので」
私の質問にシュバリエの歩みが唐突に止まった。それは急すぎて私はシュバリエの腕に顔をぶつけそうになる。
危ないじゃん、びっくりした。
そんなに変なことを聞いてしまっただろうか。
「そう、ですよね。公爵家は新年に神殿へ足を運ぶこともなく、神官が訪問しますからね」
そうそう、一年の抱負を述べて玄関に水を撒くアレ。
「申し訳ありません。ご存知かと思い込んで話をしていた私の落ち度です」
「いえ、私こそ知らないままにしていたのは私の怠慢です」
いやぁ、設定資料に女神は載ってなかったからさぁ。こっちの本は挿絵もほとんど無いしあったとしても黒インク一色だ。
「神殿は中心の建物から四方に別の棟が分かれています。まるで放射状の形状に。その丁度中央に女神の像が置かれているのですよ。新年には皆、神殿へ来て一年の健康や安全を願うのでその時に女神様を拝むのです」
「まぁ」
もう、それ神社じゃん。
クリスマスがなくて正月があるのは知ってた。でも、神官がすべての家を回ってるんだと思ってた。
公爵家が優遇されているのか、どんなシステムなんだろう。
あぁ、きっと攻略対象クラスの上級貴族が正月神殿へ赴けば、私と鉢合わせして初詣イベントが発生してしまうから、それを阻止するために自宅待機なんだ。
納得。
「ガラスの像は透明ではなく水色で、それはそれはとても美しい色合いなのです」
ふーん。女神像はガラス製か。透明ではなく全身水色なら色を付けたガラスなのか、あるいは宝石?
「このまま奥へ進めばアシュイクア様を拝めますが、そこまで連れ出しては妹思いのオレリアン殿が心配してしまうでしょう」
「お気遣いありがとうございます。女神様への挨拶は日を改めて」
「えぇ、その時は私が案内役を務めましょう。さあ着きました、あの部屋です」
あれ、もう着いちゃった。
お喋りしながらだった為か、考えていたより先程の桜から近い。
扉を開けると部屋には神官が三人ほどいて、何か作業をしてたが私たちを見ると慌てて片付けを始めた。本当に思いつきで私を誘ったとわかる。
部屋にはビアノが一台。奥の壁際にもハープが数台。布が掛けられていたので下の部分しか見えないが、音楽会で演奏される楽器の置き場所ならばハープだろう。
「そのまま作業を続けて構わない。少しビアノを弾くだけだ」
え、そうなの? これって二人の秘密イベントじゃないの?
私もいいのかなって思ったけど、神官さんたちも居て良いのかって顔してる。
シュバリエって神殿育ちで常識ない設定なのかな? それとも使用人や神官が周りにいるのは当たり前って思える上級の常識?
しょうがない、テレーズが付いてきている時点で二人きりなんて無理なんだ。あと三人ぐらい増えても同じだよ。
シュバリエのピアノ聞いたら帰るから。オレリアンも心配するだろうし長居はしないからごめんね。そんな申し訳なさで神官さん達を見ている間にシュバリエはピアノを弾く準備を終えている。
知らない、曲だった。
私がプレイした中にはない曲。
低音の和音が力強く大地を表して、そこに風が吹いたような音の連なりがそよぐ。明るい音は花のほころび。
桜の開花を感じる曲だった。
あるいは別の季節に鑑賞したのなら、他の花を想ったのだろうか。
なんとなく、シュバリエルートの挿入歌ではないかと思えた。
ってことは全力で脳内に録音しておかねば。
「きれいな曲……」
シュバリエがピアノから手を離すと、私はため息のような感想を漏らす。
昨年秋に開催された茶会では代わる代わるピアノを弾いた。その時もシュバリエの演奏は儚げで綺麗な音だと思ったっけ。
「ありがとうございます。本当はもう少し長い曲なのですが、セレスティーヌ様を立たせたままですし」
あ、それは別に構わないんだけどさ。もし椅子を出されたとしてもこの部屋では簡易的な木の椅子だろう、それに座る方が令嬢らしからぬし。
「あの、私もピアノに触れてよろしいかしら」
私はね、自他ともに認める声フェチなの。オレリアンや使用人に心配されてもここに来た理由を果たしたい。
それはもちろん、シュバリエのボイス回収。まだ知らないストーリーのセリフと。もう一つ。
私が音楽会で『桜桃の慈愛』を演奏していたら獲得できるご褒美セリフを確認したい!
去年『ブルーベリーの吐息』でクリアしてるから、だめかも知れないけど、チャレンジしてみてもいいじゃない?
「嬉しい提案です。どうぞ、こちらへ」
シュバリエは当たり前のように私の手を取ってピアノへ誘導してくれる。
壁際で見ているテレーズはエスコートもなく座るほうが品性に欠けるので黙っているが、神官さん達は驚いた顔。
シュバリエ様が? 手を? なんて聞こえるよ。
私より三つ歳上なんだし、今までに貴族男性として女性の相手ぐらいして……ないか。
攻略対象はヒロインにしか恋しないのだ。いや、どうだろ。
そんなことより。
私はピアノへ集中して、軽やかで跳ねるような音を叩いた。
タイトルに慈愛ってあるから、もっと雄大なスローテンポの曲かと思いきや、一緒に楽しんで気分を晴らしましょう。的な曲だった。
個人の感想ですが。
楽譜もなく突然の演奏にしてはまあ、良かったと思う。
シュバリエだけでなく神官さんたちからも拍手をいただいたよ。
ふふん。
「私の女神」
シュバリエの少し熱っぽい声音が私を呼ぶ。
そして私の前に立つと拍手の代わりに膝をついた。
えっと?
「とても素晴らしい演奏です」
あ、これが欲しかったイベント報酬のセリフなのかも。なら、このまま聴いていようか。
「いつも、いつまでも貴方の側に有りたい」
相変わらずのいい声。
品のある落ち着いた囁き。
こんな広くもない練習部屋のピアノで、側にいたいとか告白みたいな事言われてもびっくりしちゃうね。シチュエーションがちぐはぐだ。
きっと、去年の春。
おめかしした衣装の時に音楽堂で言われたら、キュンキュンしちゃうのだろう。
「もったいないお言葉ですわ。シュバリエ様」
ねぇ、神官さんたちが呆気にとられた顔してますよ。
私の耳は喜んでいるんだけど、この後はどうしたもんかと困ってしまう。シュバリエの方は何とも思っていない様子。そりゃそうか、シュバリエの方は私が『桜桃の慈愛』を一定レベル以上で演奏したら自動的に発動するシステム通りに動いているだけだもんね。
シュバリエが立ち上がった。まだ続きがあるようだね?
どれどれ、私の髪を一房、うやうやしく引き寄せた。そして言うのだ。
「私は、既に貴方の虜」
うっ、脳内録音がショートしそうな悶絶必至のセリフ。
ごめん、シュバリエ。本当ならもっと雰囲気のある場所で発動するはずだったのに。
ゲーム上の強制力で言わせてしまったことに申し訳なく思っていると、手にしたままの私の髪をシュバリエは愛おしそうに眺めた。
更に囚われた髪の先に口づけを落とす。
ひぃー、なにそれ。
手の甲や指先より超絶恥ずかしいっ。




