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30 公爵家との交流

コランタン王子の視点で。

少し時間軸は戻ります。

 俺は今日もため息で練習を終える。


 お披露目を終えた次の春、音楽会で女神へ奉納の演奏がある。それは王族でも避けられない必須の通過儀礼だった。

「大変素晴らしい演奏です、王太子殿下」

 俺の音楽教師が感情の薄い声でそう言った。

 嘘つきめ。何箇所間違えたと思っている。

 いくつもの楽器を操る元指揮者の男は続けて俺に話しかけた。

「しかし、演奏曲は以前練習なさっていたものにいたしましょう。上位の者が完璧すぎると、臣下が恐縮しすぎてしまうものですから」

「なるほど」

 上手い言い回しだ。

 直接的に『下手くそは簡単な曲にしておけ』と言いたいところを、ありがちな理由に変えて淡々と口にするとは。

 今まで『剣の稽古で手が痺れているご様子』だの『アレンジしながらの演奏とは殿下には編曲の才能がおありなのです』なんて散々言ってきた者の言葉は、信用ならない。

 師を変えたところで大差ない奴が来るぐらいならコイツでいい。


「では殿下、また次のレッスンで」

 男は深々と頭を下げて部屋を出ていった。髪の乱れを許さない教師の整髪料の匂いだけが部屋に残る。

 と、入れ替わるようにヴィクトーとサビーナが入ってきた。

「お疲れ様です、殿下。素晴らしい演奏でしたよ、今までよりは」

「また同じとこで躓いてたねぇ、コランタン殿下。でもま、上達はしてると思うよ?」

 物心ついた時から一緒にいる二人は比較的正直に物を言う。特にサビーナは失礼なほどだが、俺はそれを嫌だとは思わない。

「わざわざ迎えに来たからには何か用事があるのだろう? 早く言え」

 芸術棟と呼んでいるこの場所から自室までは少し距離がある。城全体からすれば大した距離ではないが。

「はっ。こちらの招待を受けてもよろしいか、考えあぐねておりまして」

「部屋に戻るまでに決めちゃってよ。コレット様が見たら、また自分だけ外へ出れないって癇癪起こすから」

 なるほど。

 俺だってやっと外へ出れるようになったのだ。それでも城壁を超えたのは数回のみ。コレットも我慢して待てばいいものを。

「誰からの招待だ」

 わざわざ読むまでもない。俺は先に目を通しているだろうヴィクトーへ声をかけた。

 騎士見習いの合同訓練をカンブリーブ公爵邸にて。あくまで私的なものとして、交流してみないかと提案されている。

 裏の目的はなんだ?

 ヴィクトーはその点が見えずに悩んでいるようだが、サビーナは裏があったとしても参加すべきだと言った。

「同年代の貴族と顔を合わせるのは将来的に重要でしょ? それに、城壁の外へ出れるチャンスではなくて?」

 と。

 確かにその通りだと思った俺は、渋るヴィクトーを無視して参加を承諾した。




 ヴィクトーと共にカンブリーブ邸で行われた騎士見習いの訓練へ出向く。

 以前、令嬢のお披露目で訪れた際は、裏まで足を運ばなかったため、王都の屋敷にもかかわらずこれほどの広さを誇るとは考えもしなかった。

 貴族の屋敷とは何処もこのように広いのかと動揺したが、隣でヴィクトーが感嘆の声を出したので公爵家という地位故だと理解する。

 

 普段、俺が剣を学ぶ時は騎士団ではなく近衛騎士から。また、一対一での指導が主だった為、この日の訓練は勝手が違っていた。

「王太子殿下、私の相手をしていただけませんか?」

 体力作りや基礎的な訓練の後、公爵家子息オレリアンが声をかけてくる。

 模擬戦をしましょう、と。

 剣を握る前の基礎体力づくりは小さな頃からさせられていたが、俺が本格的に剣術を始めたのはお披露目の少し前からなので、本気の勝負などできるわけがなかった。

 が、王族として断るわけにはいかない。

 相手は騎士団長の息子。

 多くの人の視線の中、どのように負ければみっともなくはないか考える。いい案が思いつかぬ間に木剣がわたされた。

 そして無情にも模擬戦は始まる。


 剣が交わり木剣がカッっと音を立てる。オイオイ。いきなり切りつけてくるかよ、普通。

 慌てて一歩引いた俺に構わずオレリアンは更に剣を突き立てる。

 たまらず払うように剣をすべらせると相手はそれを予測していたかのように、弾かれた軌道を上手く使って剣先を返した。

 強い。

 俺の知っているオレリアンは妹にニヤける変なヤツだったのに。

「殿下! もっと腰を落として!」

 騎士団長カンブリーブ閣下の大きな声が訓練場に響いた。

「手首を返して!」

 俺はびっくりして反射的に言われた通りに動く。

「そうです! 関節を柔らかく!」

 勘弁してくれ、あんな大声、生まれて初めて聞いたぞ。あいつは王族に向かって叫んでいる自覚があるのか?

 だが、俺はオレリアンの攻撃をかわして間合いを詰めた。

 助言のおかげで踏み込められた、と言い換えたほうがいいだろう。

 いける!

 確信とともに剣を真横に……


 カァン!!

 

 くっ、駄目か。これも受け流されるとは。

 手が、痺れる。

「そこまで!」

 カンブリーブ閣下の声に、もう一撃繰り出そうとしていたオレリアンの手が止まった。

 制止されなければ、俺は完全にやられていただろう。負けた。

 将来臣下にする者たちの前で、みっともない姿を見られてしまったのだ。歳の差や場所の不利などで誤魔化せばなんとか。いや、そんな言い訳こそ王族の恥になる。

「流石です殿下」

 それでも閣下は俺を褒めた。

 だろうな。

 それ以外の言葉は貴族に許されない。

 そして、王城の訓練場ではなく私邸での交流としたのも、公式の場所で俺が負けるのを多くの大人に見せないためか。

 なるほど、よく考えられている。

「オレリアンが本気を出すとは王太子殿下の日頃の訓練がわかるというもの」

「なにを……」

 カンブリーブ閣下は何を言っている? ここは王族は素晴らしい。そう言えばいいだけの場面で俺の日々の訓練など話題にしなくてもいいはずだ。

「参りました、王太子殿下。恥ずかしいことに足がつりそうです」

 息子の方も話しかけてくる。

 遠巻きに見ていた俺の護衛騎士が二人との距離感に緊張したのがわかった。

 大丈夫だ、俺は視線で護衛に伝える。こんなのはただの雑談だろう。

「やはり師が違うと構えも変わるようですね。流派も興味深く話を聞いてみたいですし、そのお歳でこれほどとは、流石です」

 オレリアンの言葉はなんなんだ。剣技の流派なんて聞いてない。近衛騎士の出身が何処かなんて俺に興味がないからだ。

 しかし二人の言葉は、いつものおべっかとは違う。定型文の賛辞ではなく、本心から出た言葉に聞こえるのは、どうゆうことか。

「ほとんどの貴族はお披露目直後から騎士訓練を始めるのですよ。殿下は訓練を何年も前から受けていらっしゃいますね? それも地味な基礎を。なかなかできることではありません」

 そう、なのか。

 俺が比べられる貴族はヴィクトーぐらいだからな。あいつが何も言わなければ世間一般がどの程度か俺にわかるはずがない。

 あの体力づくりが、か。

「僕は父の勧めで早めに剣を持ちました。おかげで同年代では練習がつり合わず、我が儘を言って殿下と手合わせさせて頂いたのですよ」

「そうか」

 ヴィクトーは模擬戦のことを知っていたのか? いや、もう終わったことだ、どうでもいい。

「とても楽しかった。機会をくださりありがとうございます」

 うむ、確かに楽しくはあったな。

「私こそ、いい時間だった。改めて再戦したいものだ。次は負けぬ」


 再戦。

 俺は確かにそう言った。

 けれどそれは、研鑽けんさんを積んでオレリアンとの勝負をもう一度との意味で言及したのだ。今、周りでぽかんと見ていた奴らとではない。

 の、だが。

 このあと俺は侯爵家や伯爵家の奴らと剣を交えることとなる。

 私的な集まりとはいえ俺は王族だぞ? 相手にするには格下過ぎる者もいる。

 お前らも先程まで遠慮がちに遠くから見ていたくせに。オレリアンとの会話で『親しみ』やすいとでも思ったのなら迷惑なことだ。

 護衛についてきた近衛騎士を見ると、許可の判断はつきませんと考えるのを放棄した無表情。

 仕方なくヴィクトーへ目配せをすると、ヤレヤレと首を横に振りお好きにどうぞと俺に判断を委ねた。




 疲れた。

 俺ばかりが連戦でへとへとになって訓練は終わる。

 勝負の結果? もちろん俺の圧勝だ。オレリアン以外はまだまだだというのは本当だった。

「王太子殿下、お時間よろしければ温室へ足を向けませんか?」

 一つ歳上の伯爵子息が声をかけてきた。一番人懐っこく、歯を見せて笑うやつだったな。俺が足を止めると他にも何人か近寄ってくる。

 ()()温室か。

「入れるのか?」

 確か滅多に開かれない場所のはずだが。

「いえ、鍵がかかっていますが。せっかくカンブリーブ邸へ入れたのですよ?」

「そうです、王太子殿下。ガラス窓から覗くぐらいは許されます」

 なるほど、そんなことか。

 違う季節に尋ねれば、木も果実も雰囲気が変わるだろう。

 興味がわいた俺の気持ちをどう察したのか、ヴィクトーはバッサリ彼らを切り捨てる。

「申し訳ない。殿下はすでに中へお入りだ。外からの見学はなさらない」




 馬車を待つ少しの時間。

 俺が温室へ行っても構わなかったとこぼすと、王太子なのですから中に入れる時にしてくれとヴィクトーは言う。

 そうか。確かに外から中を覗き込むのははしたない。

 が、つまらん。

「ん? ヴィクトー何か聞こえないか?」

「さぁ? あ、ピアノでしょうか」

 そうだ。

 ここからでははっきり聞こえない。足を二三歩、音の方へ向けた。

「カンブリーブ嬢ではありませんか? 彼女も音楽会へ参加なさるのですから」

「あぁ」

 だろうな。


 途切れ途切れにでも曲が何かわかった。

 なぜならその曲は、俺が手こずっている『ブルーベリーの吐息』なのだから。

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