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3 コレは日本語デスカ?

 うわ、可愛い。

 鏡の中のセレスティーヌは可憐な美少女だった。


 自分の姿を見てこんな感想もどうかと思うけど、将来は美女になること決定だ。まぁ、ヒロインだしね。

 キービジュアルの彼女は十五、六歳ほどの少し大人びた表情だったけれど、今はまだ子供らしさがあって愛くるしい。

 元々の私、岡綾音(おかあやね)要素は全くなく、ゲームのキャラそのまんま。

 今、何歳だ?

 ゲーム開始は十歳から。もう、すでに始まっているのだろうか。

 けど『私何歳?』なんて聞けないよ。


 この世界へ来て数日。寝込んでいたため、久しぶりに寝巻き以外の服を着させられる。

 ベッド横の扉二つのうち一つが水回り。

 病み上がりの私を気遣って湯船には浸からなかったけれど、体を拭いたり清潔にしてくれた。

 使用人が。

 そう、他人が服を脱がせにきたんだよ。

 子供でよかった。『コレは自分じゃない』って脳内エンドレスリピートの呪文を唱えて乗り切るよね、ホント頑張った。誰か褒めて。

 いやぁ、お風呂場に鏡がなくて良かったよ。見ちゃってたらこれ、苦行だから。


 そしてもう一つの扉がクローゼットだった。それもかなり広い空間。

 衣装部屋と試着室とが合わさったような部屋で、簡単な作業ならここでもできるようにアイロンなんかも置いてあった。

 もちろん、手を動かすのは使用人で私がアイロンがけをするはずはない。


 手をこちらに、とか、少しお御足を。なんて言われるがままに動かしたら着替えが終わる。

 そんなことは初めてだからモタモタしてしまったが、きっとこれ、何も言われなくても優雅にこなさなきゃいけないんだろうな。

 一人で着たいって言ったとしても、手のどどがない背中のボタンとか、重ね着のスカートをシワなく整えるのは、自分じゃ無理だ。昨日でこの体のサイズ感を覚えたとしてもまだ難しい。

 この先なにか失敗したとしても、全部病み上がりってことで誤魔化しちゃおう。そうしよう。


 セレスティーヌの髪は水色の艷やかなストレート。設定資料には青白磁とある。銀に近い薄いブルー。光が当たれば青みを帯びたガラスのように輝くのだろうか。

 その美しく背中まで伸びた髪を飾る、造花のヘアアクセサリーも見事な品。

 瞳は琥珀。

 使用人が選んだ服はブルーグレイのワンピース。裾の縁には細かい刺繍が施され、私立の小学校の制服っぽいデザイン。

 現世では、ニットにパンツスタイルとシンプルな服を好んで着ていたから、違和感しかない。

「如何でしょう?」

 ずっとベッドにいたため髪を整えるのに時間がかかったようだが綺麗にまとめられている。

 昨晩でんぐり返しをしたから髪が絡まったんじゃないよね?

 使用人のやりきったと言わんばかりの顔に、ありがとうとだけ礼を言う。

 私の違和感なんて誰もわからないだろうし、セレスには似合っている、可愛い。

 そう、可愛いは正義なのだ。


 兄や弟の部屋もバス・トイレ付なのだろう。各自の部屋がワンルームマンションみたいだ。それも広々としてるなんて、すごいな貴族。


 寝台とは反対の、部屋の入口近くにあるのは応接セット。ソファーとローテーブル。 

 窓側には立派な机。学習机というより見た目は執務机だ。

 壁一面に本棚。重厚そうな立派な装丁が入っているね。布張りの背表紙に金色の文字。金箔か金糸の刺繍か? 寝台からはよく見えないので、タイトルまではわからない。とにかく高価そうだな、と思った。 まだ空きのある本棚はこれから埋まっていくのだろう。




 トントントン。

 ノックと共に顔を出したのは弟のアルチュール。

「あね上、お加減はもうよろしいのでしょう? 勉強会へご一緒しましょう」

 セーラー襟の白シャツに紺の半ズボン姿で小首をかしげる。なんて可愛らしい。

 勉強かぁ。

 学園へ通う描写がないから、自宅で家庭教師なんだろうとは思ってたけど、小学校レベルの勉強?

 自室ではないとすると一緒に行かなきゃ部屋がわからないな。

「セレスティーヌ様、お披露目まであまり時間がありません。体調が辛くなれば中座も構いませんので、参加なされては?」

 使用人の中では親世代の女中が、あと三ヶ月ですものね。なんて言いながら筆記具を揃えてくれた。

 あれ? じゃぁ、今は九歳でゲーム開始まであと三ヶ月ってことか。思わぬところで知りたい情報ゲットだ。

 やったね。

 で、その年齢なら日本だと四、五年生か。

「あね上、さぁ」

 そう言ってアルチュールが手を出したので、私はその手を取って部屋を出た。


 屋敷の廊下には等間隔に扉とランプ。

 天井高の高級ホテルかここは? そんなリゾート行ったことないけど。

 同じ扉ばかりじゃ自分の部屋に戻ってこれない! と、危機感を抱いたが、よく見るとランプの飾りや扉の彫刻がちょっとづつ違っているようだ。

 少し進んで階段を下る。覚えられないままに歩みが進むな。

 これは帰りもアルチュールと一緒に帰る口実をつくらないと、迷子になる。

 使用人たちは私たちを送り出すと他の仕事があるのか側を離れてしまったし。


 勉強会をする部屋は小さい図書室だった。いや、個人宅に図書室があるのだから学校のサイズと比べたらいけない。

 部屋の中は入ってきた扉とバルコニーに面した窓以外は本棚が並ぶ。そして五、六人座れそうな丸テーブルが二つ。

 その手前のテーブルには先に来ていたのか、兄のオレリアンが座っていた。

 彼もセーラー襟のシャツだから、貴族の男子の普段着なのかも。ズボンは半端丈、膝小僧が見えているけど立ったらどれぐらいの長さだろう。多分ふくらはぎぐらい。

 表面にいる仕立ての良いスーツの男性が家庭教師だろうか。ノックの音で立ったのか、綺麗な起立姿勢で出迎えてくれる。そして、そのまま軽く会釈を。

 先生というと、おじさんのイメージだったが、まだ三十代前半と思われる若く優しそうな人。

 オレリアンも席を立ち、私をエスコートするように椅子を引いてくれる。

 そこに座ればいいんだね? わかりやすくて助かるよ。


「では前回のお約束通り、セレスティーヌ様にはこちらをお読みいただきましょう」

 すっと差し出された薄めの冊子は、教科書というよりドリルみたい。

 熱を出す前の課題だろうか、読めばいいんだよね?

 っと……どうしよう。

 アルファベットが並んでいる。

 いや、確かにね? この見た目と洋風の生活様式で、漢字とか使ってないよね? って想像はつくけど。

 聞こえる言葉は日本語じゃん。なのに文字は外国語ってなしでしょ。

 どうする? 読めないとか言えない雰囲気に、一度座り直して時間をかせぐ。

 エイ・オー・ケイ

 子供向けだからか大文字で読みやすい、はっきりとした書き方。

 ユー・ティー・エイ・ケイ・エイ

 あれ? なんか、読めそう?

「アオク、タカイ……ソラ」

 はいはい。だよね。

「オカニフク……カゼ」

 これローマ字だ。ってことは日本語か。やたらAが多いなぁって思ったら。

 そんなに長い文章ではなかったので、どうにか間違えず一頁分読み終えると、先生は満足そうに頷いた。

「ありがとうございます、セレスティーヌ様。では、約束通りアルチュール様は集中してお勉強なさってくださいね」

「はい。あね上の素敵なお声が聞けて嬉しいです」

 おや。約束というのは、足をぶらぶらさせてるアルチュールにしっかり勉強させるため、姉の音読がエサになった? とか?

 私の声が褒美って、ゲームスタート前から弟の好感度高すぎないか?

 どうしよう、私の目当てはコランタン王子なのに。

 まぁでも、そっか。低学年の文章か。四、五年生の国語にしては簡単だったもんね。いきなり長文読解とかじゃなくて良かった。


 あ、あぁ!

 思い出した。あれはミニゲーム『模様替え』の高得点獲得スチル。

 いつもスチルは攻略対象の人物がメインの絵になるのに、この時はゲームの内容に合わせて家具がしっかり描かれていてた。そして机の上には三冊の本がある。

 重ねられた本の背表紙には。

『OKAIAGE』『ARIGATOU』『GOZAIMASU』

 これらのタイトルを発見した時私は失笑した。あのローマ字がこの世界観を決めたのか?

 けど、おかげで私にも文字が読めるよ。へんにオシャレでフランス語とかドイツ語とか使われてたらどうなっていたことやら。

 絵師さんの遊び心か制作の指示か……

 とにかく、誰かさんありがとう。


 この世界のことを少しわかった気がしていると、セレスティーヌ様はこちらを。と一枚の紙がわたされる。

 うわ、数学だ。いや算数か? 小数点の掛け算だって。数字と記号は現世と同じ。

 ツ、ギノ、トイニ。

 あぁ、次の問いに答えましょう。か。

 転生したのが少女で良かった。中学や高校レベルの数学だったらお手上げだからね。


 視線を感じて横を向くと、アルチュールがにこにこしながら頬杖をついてこちらを見ている。

 もう飽きたのか?

 ゲームの印象だと大人しくて可愛い子だったけど、本当は落ち着きのない子なのか、これぐらいが年相応なのか。

 兄の方はどうだろう。反対側のオレリアンを見るといくつもの本を広げて、比較しながらなにか書いている。

 論文?

 いや、資料にグラフや表があるから科目は社会かな? ほうほう、棒グラフと折れ線グラフ。ローマ字以外は至って普通の日本のカリキュラムなのかも。

 違う学年の別教科を同時に見てるなんてこの先生すごいな。それとも家庭教師はこれぐらい当たり前なのだろうか。


 計算を終えると採点。

 花マル。 

 この年でこんな大きな丸をもらっても、ねぇ? なんて思ったが、次の一枚も頑張ってしまった。

 午前中ずっと同じ勉強ではなく、四人で雑談をしたりする。季節の花の話はきっと植物で理科だろうし、先生が昔に体験したことなんて例を出しながら話してくれたのは、道徳かもしれない。


 昼食はそのまま兄弟三人で食堂へ向かう。先生は使用人の部屋で食事を取るようだ。

 私に必要な部屋は全部同じ階にあるな。お披露目前の子供は粗相がないように、出歩けない。だから部屋がまとまっているのも納得がいく。


 午後の作法の時間は体調を考慮して明日以降にするから、自室でお休みください。

 なんて言われたけど、なにをしよう? 室内をざっと見回して、窓際へ。

 どれどれ、ここは三階で先ほどの勉強会が二階だな。

 天井近くまである大きな窓はガラス扉と言ったほうが良さそうだ。ベランダに出て風にあたりながら立派な庭を眺めたりもよさそうだけど、鍵がかかっていて開かない。

 そんな窓の側には立派な机。木彫りの彫刻があしらわれているし、長年使ってるからこそのツヤがある。

 先祖から受け継いで大事にしている家具なのだろう。

 机の上にはペンやインク壺と一緒に一冊の本が置いてあった。手にとってパラリとめくる。

 きちんと片付けられた室内で、この一冊だけ出したままなのが気になった。

 白紙?

 いや、なにげなく開けたページよりも前に巡っていくと手書きの文字がある。

 日付、と文章。

 日記かな?


 読んでもいいよね?

 他人の日記を読むのはデリカシーにかけるとは思うよ。

 けど、この机にあったのならセレスのものだし、今は私がセレスティーヌなんだし。読んでも大丈夫でしょ?

 それにほら、ここでの生活のヒントがありそうじゃない?

 私は日記をベッドへ持ち込むと、寝転がりながらローマ字解読を始めたのだった。

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