25 鉢合わせ
静かに開いた音楽堂の扉、舞台に近い左手側、上手から現れたのはコランタン王子だ。
護衛騎士が三人と使用人らしき服装の男女一人づつ。それだけの大人を連れた王太子を神官が案内する、私と比べれば大層な人数の御一行様だった。
「おや?」
私をエスコートするため手を取ったままのシュバリエが視線で確認した。私も少し首を傾けただけでコランタンの入室を認識する。
だって、椅子から腰を浮かそうという今、体勢を崩すと間違いなくつまずく。
みっともなくもたつく。
だから、ね? 私が他の人の手を取っていても、コランタン王子との好感度は下がらないと思いたい。
転んだりしたほうが印象悪いよ?
「楽しい時間が経つのは早いものですね、もう次のリハーサルとは」
心底残念そうにシュバリエが呟いた。へぇ、次はコランタン王子のリハなんだ。
「は?」
次って? 予想外の事に私はおもわず、みっともない声を出す。
けれど大丈夫。客席で私のリハーサルを見ていた父親が、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がったので私の声なんてかき消されるよね。
えーっと、じゃあ当日は王族のコランタン王子も人前で演奏すんの?
ずいぶんゲームと違うなぁ、とは思った。確かにコランタン王子も去年お披露目を迎えた私と同じ歳。女神に捧げる演奏をするのは当たり前の事だ。
オレリアンのピアノの演奏について話題が出た時、考えが及ばなかった私が悪い。
ミニゲームは自分の演奏得点さえクリアしてればいいはずで、攻略対象の演奏レベルは私に関係がないはずだが、リメイク版はそうじゃないのかな?
改めてコランタン王子御一行を見るとヴィクトーはいない。なら、今は全員参加のイベントではないってことか?
朽ち果てた離宮を無理やり見るイベント発生で到着は遅れたが、ほんの些細な時間のはず。だから、コランタン王子と鉢合わせするのは私の不備ではなく、ゲーム上の都合だろう。
けれど、この世界に住む人達にはそんなことは通じない。
現に神官が『先に演奏練習をおこない舞台袖の案内は後にいたします』なんて言ってるよ。
なるほど、私は舞台裏からステージへ出たが、リハ中のためにコランタン王子は客席扉からホールへ入ったのか。
そーゆー筋書きか。
シュバリエに手を引かれステージから小さな階段を下りて客席側へ。父親が私のエスコート役を引き継ぐ。そのさい、私の手を取りながら父親は顎先をわからない程度にコランタン王子へ向けた。その意味を理解して私は王子御一行の方へ向き、頭を垂れた。
儀式など公の場では敬意を表すが、コランタン王子は王ではなく王太子。
私的な今、騎士団長の父親、公爵閣下が最敬礼する必要はなく会釈でいいようだ。
けど待って。まだ声を聞いていない。それに私は王太子に会釈だけで済ませていい身分じゃない、よね。だからそっと伺うようにコランタン王子を見た。
目が合う。
え。王子も私を見てたってこと? やだ、恥ずかしいな。
ふ、ふふ。ニヨニヨしそう。
「お待たせいたしました。王太子殿下のお時間を頂いてしまい、大変申し訳ございません」
父親から手を離すとスカートの端をちょんと持ち、綺麗な礼を取る。
「いや」
コランタン王子の短い返事。たった一言でもいい声だった。さらに何か言いたそうに口を開きかける。
「その、こちらも早く着いたようで悪かった」
詫びた。王族が。
コランタン王子って見た目が俺様キャラみたいな完璧イケメンなんだけど、素直なところのある性格イケメンでもあるんだよね。
身分が高すぎて周りが変に気を使ってるから誤解されがちなんだけど。
でも、まぁ。今はここにいる全ての人がざわっとしたよね。
最初に反応したのは父親だった。膝をついて頭を垂れる。
「王太子殿下からの御言葉、有り難く……」
言葉の途中でシモンも慌てて膝を折った。
別にそこまで畏まらなくても良いと思うんだけど、仕方ないから私ももう一度すっと足を引いて腰を落とす。
公爵家が折れたことで予期せぬ鉢合わせは何事もなく収まって、私たちはそそくさとホールを後にした。
あーあ。もっとコランタン王子の声が聞きたかったな。楽しい会話のやりとりをしたかった。
なのに、あれだけのことでこちらが頭を下げなきゃいけないなら、この先どうやって恋愛に発展させればいいのやら。
コランタン王子攻略はゲームよりハードルが高そうだ。
閉じた扉から漏れてくるピアノの音。
コランタン王子が鍵盤の感触を確かめるようにいくつかの音を叩いている。
できれば演奏も聴いていきたかったけれど、私はエスコートする父親に促されて音楽堂を出て馬車に乗る。
シュバリエも最後まで付いてきてくれるって雰囲気だったのにさ、私より上位の王子の出現でホールに残ってるし。
ちょっと残念。
帰りはどこも寄り道することもなく公爵邸へ向かうから、馬車ならそれほどの時間はかからない。
けれど思わぬハプニングが起きたためだろう、父親が車内で私の向かいに座り、外の警備にシモンを付けた。
「素晴らしい演奏だったぞ、セレスティーヌ。本番が楽しみだな」
いや、警備ではなく娘と二人で話がしたいだけなのか?
「ありがとうございます、お父様。ニノン先生の教えが良いのですわ」
離宮のことといい、王族との鉢合わせといい、ピリピリしていた父親が馬車に乗車して少しは雰囲気が良くなった。
騎士という職業柄、完全に気を抜いたわけではないだろうが。
そういえば、コランタンの父親がいなかったな。
確か気難しい神経質そうな絵で表現されていたはず。以前見たのはゲーム内のデビュタントで王への謁見シーン。だが、影がさしたような描かれ方で目元以外ははっきりと顔がわからない。
本日のリハーサル、騎士団長は仕事を抜け出して付き添うほどの大切な行事なのに、王様は執務を抜け出せないのだろうか。
いや。
私がデビュタントまで王に会わない。
だから、私がいる場所に王が来ない。
コランタン王子に親の付き添いはない。ってのが正しいゲームのあり方だ。
ごめんなさい。私のせいでリハーサルでの親子の触れ合いがなくなって。
いつも一緒のヴィクトーがいなかったのは、両親のどちらかが付き添うためなんじゃないかな。それなのに不参加とは。
それをまだ十歳のコランタンは淋しく感じたりしない?
あー、やっぱりお喋りとかして和やかな雰囲気を作ったほうが良かったかも。だってその方がもっと声聞けたし。
あれ。
そういえば、王妃様って見てないな。ゲームには全く出てこない。
簡単に会える相手ではないだろうし、顔がわからなくても、大丈夫かな。
ま、コランタンの妹姫のお披露目会が来年あるから、その時にでもお目通りするかもだし?
そして、数日後。
いよいよ音楽会当日。




