24 王城の片隅で
私は、焼け焦げ崩れたまま放置された離宮の前に立ち尽くす。ここから距離はかなりあるが。
なぜそれが離宮だとわかるかといえば、ゲームの中で背景として何度も見てきたからだ。
確かに、訓練場と神殿の音楽堂は真逆の位置にある。城内を端から端まで通れば離宮を見ることになっても不思議ではない。
けれどゲームの感覚としては、城外のひっそりとした場所に離宮があると思っていた。城の敷地内だとしてもずっと端っこの誰もこない忘れ去られた塔。
それがどうよ、中庭ぐらいの位置取りで離宮とか言うんだ? 残った瓦礫から察するに高さもそれほどない建物。リメイク版で位置変わったのか?
そういや、設定資料に王城のなんとなくの外観はあったが、詳しい間取り図はなかったな。
御者が道を間違えた。
何度となく両親を乗せて城内を通っているのに今日に限ってなぜ?
馬が車みたいに急なUターンができないのは、そうなのだろうと思う。それなら、遠回りでもそのまま進めばよかったのに。
方向転換する為ぐるりと回ってくるのだとか。それまで『風に当たりたいから一度降りるわ』なんて言葉を、私はなぜ言ってしまったのだろう。
父親も賛同して降りたのは?
日差しが強くなってきたからと、今日に限ってつば広の帽子を被らされたのは? それも、馬車から降りた時父親に。
不自然な偶然が重なりすぎている。
きっとこれは、強制イベント。
風で飛ばされた帽子を追ってついた場所が、ここ離宮跡。
わっかたよ制作チーム、もれなく参加というわけね。
「いけない! 見るな、セレスティーヌ!」
出遅れた父親が私に追いつくと、後ろから抱きしめるようにして私の目を防ぐ。
騎士団長である父親が私に遅れを取る? そうなったのはシモンが父親に話しかけたからだ。
「私が先に行き、遅れると連絡を入れましょうか」
と。
歩きで? 走って? それとも父親の馬で?
もう、そんなのはどうでもいい。私はお望み通り離宮を見てしまったのだから。
火災事故が起きて十年近くたつはずなのに、手つかずとは。実際に見ると足がすくむ。
ほかは石造りでも離宮だけ木造かよ。って突っ込みたくなるような残骸。
確かに石の壁は所々あるよ? でも、人の手で崩さなきゃここまでにならないのでは?
なるほど、中にいた者の生死をわからなくするにはこのぐらい派手に燃え尽きてないとシナリオ的にまずいのか。そして、それを望んだ人物がいる。
「セレスティーヌ、大丈夫か?」
「えぇ」
きつく抱きしめていた手を緩めた父親は、それでも私の視界を遮るように抱きしめる。
「立入禁止区域の別棟には見張りがいるはずなのだが。まずは戻ろう」
たまたま、見張りがいなかった?
そんなはずは。
調べればもっともらしい理由でも出てくるのだろうか。交代の時間で手薄になっただの、ほかで騒ぎがあり応援へ駆けつけただの。
「お父様、私は何も見ておりません」
どうせ質問には答えてくれないだろうと思った私は、自分から父親の望んでいる答えを言ってみた。
ほら、安堵のため息が聞こえる。
「忘れろ、とは言わん。だが、いつか私から話すまで、見たものを心にしまっておいてくれないか」
「はい。承知いたしました」
別棟と呼ぶのか。確かにこの位置ではそのほうがしっくりくる。
離宮について明確になるのはデビュタントで。ゲームタイトル『勿忘草の乙女と出生の秘め事』の秘め事に関する重要エピソードが明かされる。
まぁ、ノーマルエンドでは伏線回収されることなくあっさり終わるんだけど。
それにしても展開が早い。私がプレイした時はもう何年かあと、迷子になってここに行き着く。あれは城内だったのか城壁を超えた外なのか詳しい記載はなかった。
そもそも音楽会のリハとかなかったし、城に来るのだってコランタンの妹のお披露目会へ招待された時が初めてだ。それは、来年のはず。
不安だ。
私、訓練場からここまでの間、セリフや態度で選択を間違えたりしたのだろうか。
うーん、強制イベントに選択肢もへったくれもない、か。
リメイク版と思われるこの世界ではシュバリエと神殿要素が加わった。その分、私の知っているイベントが前倒しにされていてもおかしくない。
そう認識して、今後もイレギュラーに動じないよう心がけていかないと。
◇◆◇◆◇
「お待ちしておりました。こちらへ」
神殿で出迎えてくれたのは鮮やかな青の衣装の神官だった。
一歩引いた場所でシュバリエがかしこまっている。
ありふれた髪色の神官は長い髪を後ろで括り、袖も裾もゆったりとしたデザインで、洋装にガウンという格好だ。
なるほど、シュバリエの髪型は神殿様式か。伺うようにこちらを見たシュバリエと目が合った。ニコリと微笑むと彼も微笑んでくれる。
あれ違うよ、声を聞きたかったんだけどな。ごきげんようとか言ってよ。
私も黙ってたから仕方ないのかな。
リハーサルといっても出演者が揃って全体の流れを一通り練習するわけではなく、本番前に実際に使う楽器や舞台を個々に確かめていくためのものだった。
現世のイベントのように照明さんや音響などのスタッフがいるわけでもないこの世界では、このぐらいの準備でなんとかなるのだろう。
「こちらが控室のある一角です」
当日の集合時間や注意点などを話しながら神官は奥へと進む。階段を下りたので地下だ。
男女別の大部屋には鏡や化粧台が見える。
私が使うのは奥にある個室。
「カンブリーブ公爵令嬢セレスティーヌ様にはあちらの部屋をご用意するよう承っております」
「うむ、確かに確認した。暫し時間をいただいても?」
父親は神官とシュバリエを待たせると、中を改め扉や家具、引き出しをシモンにも確認させている。
不審物を警戒してるSPみたいだね。
警護的に上位の貴族は個室なのだろう。ゲームでは大部屋を使うとたくさんのモブに名前をつけなきゃいけなくなるし、私が予測してない人物と知り合いになると困るから、それを避けるためでもあるんだろうな。
そんなことより、シュバリエ喋らないかな。キヨの声が聞きたいよ。
当日、持ち込んだ荷物を置く場所を確認して部屋を後にする。
ドレスは家から着ていくのでたいして荷物はないだろう。
次に案内されたのは本番が行われるステージだった。
音楽堂は、小さなコンサートホールのようだ。といっても、キャパシティ1000ほどを大きいか小さいか決めるのは人それぞれ経験値なのだろう。
アリーナクラスのライブに何度も行っている私からすると、かなりこじんまりした地域のコミュニティに感じるけれど。
普段音楽に親しみがない人からしてみれば十分な広さだと思う。
防音の効いたホールはステージを半円に囲むよう階段状の椅子が並んでいる。
控室からそのまま同じ階で舞台裏へ来たから、この客席は地下から緩やかに一階へ繋がっているようだ。
うん、地下なら防音的にも理にかなっている。
座席位置が半円で扇状じゃないのは珍しい。これだと演者は横からも見られてしまうよな。
う、緊張してきた。ここでピアノ披露? 手元ガッツリ見られそう。
リハがあって良かった。ぶっつけ本番なら確実に失敗してたよ。頭真っ白で。
椅子の位置、高さ。ピアノの鍵盤の感触。響き。
いくつかの白鍵を叩いたあと、披露する曲を演奏した。当日は母親こだわりの衣装になるから、もう少し動きにくいかも。そのあたりも考慮して腕の動きを確認する。
いただいた時間いっぱい練習すると、案内役の神官はいなかった。
「素晴らしい音色ですね、音楽会が楽しみです」
残っていたのはシュバリエで、帰りまでの道案内をしてくれるのだとか。
やった。キヨの声だ。聞けたよ!
思わず、ふふふとほくそ笑む、じゃなかった微笑む。すると彼も微笑む。
ここまで穏やかな声のキャラはキヨになかなか回ってこない。キヨの新たな可能性や期待値でホント、ずっと聞いていたい。
いい声。
「あちらの扉を開けますので、どうぞ手を」
わーい、キヨの声でエスコートだ。
さらに嬉しくなってニヨニヨしそうになった時、ステージから一番近い客席の扉があいた。
静かにあいた扉でも、人のざわめきに目がいく。
何人かの騎士を侍らせた仰々しさは、コランタン王子。
え?
なぜ今、ここに?
シュバリエと手を繋いでるところ見られてるんですけど、これって好感度に影響ありますか?




