23 騎士団の訓練場
忠誠を誓った騎士がいつも側にいられたら面倒だとは思ったが、私にとって有利になりそうなことが一つ、思い浮かんだ。
「シモン、あなたの忠誠を受けましょう」
だから彼の誓いを受け取った。
私は、この世界でコランタン王子とのハッピーエンドを目指している。
けれど誰のルートでもバッドエンドの方が多くて、行き着きやすい。
そんな時、護衛騎士が側にいてくれたら命だけは助かるんじゃない?
王族への反逆罪で引っ立てられる場合も、周りには多くの見物人なんかがいそうだし。それに紛れて、とかさ。暗殺の場合はシモンが返り討ちにしてくれると有り難い。
国外追放にも付いてきてくれたら独りより生き延びる確率が上がる。
いけない、またバッドエンドの事を考えている。伏線になっちゃうからこんなこと考えるのはやめなきゃ。
でも、根回しは大事。
コランタン王子と仲良くしつつ、打てる手は打っておく。
昼過ぎ、私とシモンは執務室に呼ばれて午前中の成果を両親に問われた。
初日で成果と言えるほどのものはなく、どちらかといえば課題だらけなのだが。
シモンは大人とは違う背格好の護衛に戸惑いを感じていると報告を上げた。そっか、確かに。
私は音楽会だけでなくこれから先、お茶会などに呼ばれれば、多くの貴族と交流を持つだろう。そんな懇談中の護衛騎士の立ち位置を知りたい。
まぁ、結論として今後も週に何度かは午前中に庭で慣れつつ、作法の時間や食事にも距離感を掴むようにと言われてしまった。
最後に、シモンが私に忠誠を誓いたいと考えている件を報告する。
私としては、まだ早いとか騎士の誓いは軽くやり取りするものではない。なんて叱られて、なかったことになるかもしれないと思っていた。
それでも、この一件でシモンが私を気にかけ、守ってくれれば良かった。
それなのに。
「そう、わかったわ」
母親は軽くため息をついたけど、反対の言葉を口にしない。
「そうだな、家でもシモンの所属は考えあぐねていたから丁度いい」
あれ? 父親まで許可出したよ。
「お父様、シモンの出自が問題ですか?」
あぐねるなんて言い方、いい気がしない。両親は血筋なんて関係なく人を見るのだと思っていたのに。
そうじゃなきゃ身分違いの子供を引き取って、我が子のように接するなんてできないよ。
母親のことはまだ、ハッピーエンドへの試練だから心に壁があるけど。それでもいい両親だと思い始めてるのに。
「なんだ、セレスティーヌはシモンが平民と知っているのか。それでも側に置くとは本当に優しく育ったな。嬉しいぞ」
「そうね。この屋敷では気にならない者が大半だけれど、外に連れ出せば色々と言う者がいるのよ。それでもシモンの忠誠を受け入れるのね?」
なるほど。
それは、大丈夫じゃない? シモンがいじめられたとしても、私にまで飛び火しないでしょ。だって公爵令嬢でヒロインだし。
と、思ってみたが表情には出さず神妙な顔つきをしておく。
「どちらにせよ正式な誓いはセレスティーヌが成人してからだ。お披露目を迎えただけでは責任が取れないだろう」
暫し待ち、それまでに護衛としての腕を磨けと父親は言う。
「はっ! このシモン、話を聞き届けられ、想いを伝えられただけでも有り難く、今まで以上に精進してまいります」
かしこまるシモンには、家の警備と訓練の合間に私付きとしての仕事が加わった。
そういえば、アルチュールからも『あね上をお守りできるような立派な騎士になります』って言われてたな。あっちはゲーム上のセリフだと思ってたから両親に報告せず脳内再生リストに入れただけで終わっている。
ま、いっか。
◇◆◇◆◇
今、私は初めて城壁を越えて王城へ入った。音楽会のリハーサルがあるからだ。
この日の為に馬車に乗る訓練があった。
いやなに、脚踏み台を優雅に登り降りする練習と、ガタガタ揺れ動く中でも余裕で微笑んでいられる練習なんだけど。
そんなのする必要ある?
ま、ぶっつけ本番だったら私『よっっとぉ』なんて言いながら乗り込んだりしそうだもんね。
実際『うわぁ、中って意外と広い!』と言ってしまい、同席していた母親からペシリと膝を叩かれた。
あの時は、屋敷を出て近場をぐるりと回っただけなので、今日が初めてのお出かけと言っても過言ではないだろう。
「シモン、ヤニック先生のおっしゃっていた通り、城壁は壁というより建物のように厚みがあるのね」
「ねぇ、シモン。あちらに見えるのは何かしら」
私が乗る馬車は四人用だが乗車しているのは私とシモンだけだった。
外には御者とその補佐がいる。
もう少し落ち着かれませ。シモンがそう言って私を静かにさせる。これでもお上品に振る舞ったつもりなのだが。
神殿にある音楽堂でのリハーサルにもかかわらず、わざわざ城を通るには理由がある。
リハーサルには保護者が付き添うのだが、カンブリーブ家は両親共に忙しい。城の訓練場にいる父親のところまで出向き、その後神殿へ向かう事になった。
シモンの護衛訓練も兼ねて。
最初にこの予定を聞かされた時は面倒くさいな。って思ったけど、もしかしたらコランタン王子とすれ違ったりするかもだし。
滅多に城へなんて来れないもの、楽しもうじゃないの!
「ここから先は馬を使えません、さぁセレスティーヌ様」
先に降りたシモンが安全を確認してから手を取ってくれる。
私が来ることを数日前から知らせてあったので、訓練中に客人が訪ねても騎士たちの雰囲気は悪くない。けれど興味津々といった眼差しは痛い。
昨夜、オレリアンからアドバイスをもらっていなかったら、強面の騎士たちに、たじろっていただろう。
「いいかい、セレス。公爵家の大事な娘の初めての音楽会なんだよ? そのリハーサルに親が付いていかないなんてあり得ない。それが国を守る多忙な騎士団長でもね」
だから、邪魔をしてるなんて思わないで堂々としていればいいんだよ。
ありがとう、お兄様。頼りになります。それに私、楽しもうって決めたので、なんだか父親の職場見学をする子供の気分でわくわくしています。
そういえば、屋敷以外の大人から公爵令嬢扱いされるのは初めてだ。すごくよそよそしいと言うか、私より騎士の皆さんの方が緊張している。
こちらへどうぞと案内役を務めるのはスラリとした女性騎士だった。細身でも鍛えてあるのがわかる体型で、例えるなら陸上選手。
少女の私が怖がらないように女性騎士を案内人に指名したのは父親だろうか。
この世界の男女は仕事面で均等に扱われている印象ある。
ゲームでは母親しか出てこなかったため気にしなかったけれど。母親を領主とした設定が、男女の立場の均等を生んでいるのかもしれない。
「セレスティーヌ! 良く来た。おっとそこから先は入るなよドレスが汚れる」
父親が私を見つけてかけてきた。
「まぁ。お父様の出で立ち、とても素敵ですわ」
簡易的なものでも鎧姿はカッコいいなと口にしたら、父親が固まって赤くなった。わかりやすく照れている。
スポーツアニメはそんなに見ないから父親の筋肉に興味ないけど。鎧ってファンタジー枠っていうか、コスチューム萌えっていうか。家で見てる姿と違うのは、お得感がある。
けど、父親の好感度はルート的にどうでもいいです。
そういえばここにいる騎士達の体型は案内役の女性騎士以外も細身だ。細マッチョってやつかな?
騎士が必要とする筋肉って全然わからないが、フェンシングの選手を思い浮かべればこんなものなのかも?
それとも絵的な問題?
ま、いっか。普通の茶色い髪の毛はモブだろうから今後の私に接点のない人々だろう。
父親が着替えてくるまでしばらくは訓練の見学だ。走り込みをしている者もいるし、打ち込みをしている者もいる。
先程の女性騎士が新人騎士の動きについて説明してくれた。うん、全然わからないや。
「訓練で使うのは木剣なのね」
そりゃそうか。真剣なんてめったに使わないよな。
「木でも、かなりの痛手を与えることはできますよ」
私のふと口にした言葉に背後のシモンが反応する。どうゆう意味?
額面通り『木剣でも真面目に練習しないと怪我をする』そう捉えるよりも。『やり方によっては相手を再起不能にできますよ』そんなふうに聞こえた。
シモンの纏う空気が薄く冷たくなっている。怖い。
そっか、シモンを平民と見下した者でも見つけたのだろう、ここに連れてくるべきではなかったのかも。
って、さっきのは『イジメたヤツを木剣でボコボコにしたい』って意味?
「シモン? あの、私。疲れたから先に馬車へ戻らない?」
父親からは、人目が減れば危険だからここで待つよう指示されている。
シモンが私の思い付きより父親の命を重視するのは当たり前だから、馬車へ連れて行ってくれるわけがないとわかっている。
でも、シモンがトラウマになってる場所からは離れたほうがいいかと思ったんだ。
「あの、ごめんなさい」
帰宅準備を終えた父親が遠くに見える。と同時に女性騎士がそちらへ意識を向けた。
それで私は一歩シモンに近寄り小さな声で謝った。更に小声で会いたくない者がいたのでは? と問う。
「お気遣いなく」
シモンは特に小声にすることもなく言葉を返す。声が聞こえた女性騎士がこちらを気にしている素振りを見せたが、シモンは話を続けた。
「今の身分はただの平民ではなく、公爵家の者。ここにいる大半の者より扱いはいいのです。それが表面上のものでも」
と。
なんか複雑。
この場にいても平気ならいいんだけど、なんか腑に落ちない。
「失礼を承知で、カンブリーブ嬢。あの不届き者なら騎士団長閣下がすでに処分しております、迅速に」
あの不届き者? とは、シモンをここにいられなくした張本人かな。
「まぁ、お父様が?」
へぇ、シモンを家に引き取っただけでなく、悪いヤツも罰してるんじゃん。さすがヒロインの父親。
「待たせたな、セレスティーヌ。どうした、何の話だ?」
父親の登場にシモンと女性騎士が少し下がって頭を下げる。すると答えるのは私しかいない。
「ふふ、お父様がとても素敵だと教えていただいたの。私、お父様が大好きです」
イジメとか身分差なんて事は言わなくていいだろう。だから、にっこり笑顔で端的にすませる。
あ、父親が崩れた。
顔はニヤニヤしながら片膝立ちとか怪しすぎる。
訓練中の騎士たちも何事かと、囁き合いながらこちらを注目しているよ。
まさかこんなに父親が娘にちょろいとは。甘いのは知ってたけど。
これからは私の言葉に慣らして外で動揺しないよう、夕食後の会話では父親を極力褒めよう。オレリアンやアルチュールが私に構ってくるから、両親とは最低限、事務的な話しかしてないんだよね。
「やだわ。お父様、お立ちくださいませ」
早くこの場を収めないと『騎士団長を負かせた娘』とか『閣下に唯一膝をつかせた娘』なんて適当な異名が私に付いちゃうよ。
さぁ、音楽堂のリハーサルへ向かおう。




