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22 護衛騎士

 前庭と呼ばれる門から屋敷玄関まで続く整えられた花壇は、ヨーロッパ式のもので専属の庭師が手入れをしている。

 草花が主な花壇だから、春の訪れを思わせる梅や桜はない。シュバリエの髪色を桜色っていうぐらいだから、何処かに花見ができるような名所とかありそうだ。

 いつか行ってみたいな。

 

 庭師として雇っている人達は使用人より下の身分のようで、私を見るとぺこぺこ頭を下げながら、そそくさと離れていく。

 その仕草は貴族を恐れているというよりも、土に汚れた身なりは雇い主に失礼だと思っているようだった。

 他にも、言葉が汚いとか振る舞いが雑だとかを気にしてくれているのかもしれない。

「今日は事前に話が通っているのか、誰も庭にいないのね」

 私から少し離れたところにいるシモンにも聞こえるように大きめの声で話してみたが、真面目な顔で無視された。

 独り言に返事をするのは護衛として失格だと彼の顔に書いてある。

 いやいや、独り言にしては大きい声だったでしょ。


 私が何歩か歩けばシモンも同じ距離で付いてくる。

 いつも側に誰かがいるのはマリルーで慣れているが、帯剣した騎士だと勝手が違う。

「見て、蕾が。あちらに咲いている花とは別の種類かしら」

 しーん。

 やっぱり返事はない。

 私、見てって声かけたのに。任務中の会話は厳禁なのかな? 注意散漫になっちゃうから?

 うーむ、だとしたら申し訳ないことをした。

 仕方ないのでなんとなく庭を一回り。私の知っている花といえばチューリップやパンジー、たんぽぽぐらいなのでこの庭に植えられた花は何一つわからない。

 以前アルチュールと一緒に散策した時に弟からいくつかの名前を教えてもらった。それも季節が変わった今は植え替えられてあの時の花はないだろう。

 とりあえず一周し終わってシモンとの距離感は掴んだけど、遮るもののない場所で護衛の練習になっているのだろうか。

 そうだ、温室。あそこなら曲がり角でシモンを巻く練習ができたりしちゃう?

 本当に私を見失ったら、彼は叱責されて職を失いかねないが。そんな事を考えながら庭の端、温室へ向かう。今日は特別に、庭ならどこでも出入りの許可が出ている。

 それなのに、離れたところから戸惑いの声が聞こえた。

 護衛中に『えっ』とか言っちゃ駄目でしょ。それとも私が、守られやすいように振る舞わなきゃいけなかったのかな。


 ガラスで出来た扉に鍵は掛かっていない。

 それをぐっと押し開けると季節を一つ先取りしたような暖かい空気が一気に体にまとわりついた。

 花壇とはまた違った植物の香り。

 お披露目会の時は招待客も多く蒸し暑くなりそうだったので、上の方にある小窓をいくつか開けて、風通しが良くなるようにしていた。それに比べて今日は空気がこもっている。

 とはいえ植物の為に少しはどこかを空けているのかも?

 私は小窓を確認するように上を見ながら温室内を歩く。

 おっと。

 足元にあった何かを踏んでよろめいてしまった。上ばっかり見てないでちゃんと下も見ないと危ないね。

「セレスティーヌ様!」

 すかさずシモンが駆け寄り肩を抱いて転倒を防ごうとしてくれた。

「お怪我はございませんか? 申し訳ございません。セレスティーヌ様の視線に気がついていたにもかかわらず」

 きちんと受け止めてくれたというのに、シモンは大失態を犯したかのごとく顔色が悪い。私をしっかり立たせると一歩引いてかしずいた。

「私のような身分で御身に触れましたこと、お詫びのしようもございません」

「シモン? 助けてくれたのだもの、詫びだなんて言わないで」

 なんか、彼の言葉も態度もものすごく丁寧なんですけど。

 もしかしてずっと微妙な距離感だったのは、公爵令嬢にビビってたから? 家で雇われてるのに?


 顔を上げて、立って。と言っても恐縮しているので従いはしないだろう。そこで私は温室の奥へ足を向ける。護衛対象が離れれば立ち上がり付いていかねばならなくなる。

 ここまで身分を気にしているということは、シモンの出身は中級か下級か。

「あの。お父様に付き従うのと同じで私に緊張する必要はないのよ?」

 慣れるために今日の練習があるんだから、徐々にでいいんだけどね。私は優しく言ったつもりなのに、シモンは余計に萎縮する。

「も、申し訳ありません。デュドネ様についているのはラウルで、わ、私はその横にいるだけで。その、な、何でもありません!」

 そうなの? 両親が領地から帰宅する際に早馬で連絡してくれたり、信頼されてる騎士だと思ってたんだけど。

口ごもっているのは考えがちまとまらない為? それとも聞いてもらいたい思いがあるのだろうか。

 なぜだかそんなふうに思えた。


 丸テーブルと椅子が置いてある。私がお披露目会で使った家具と同じ物で、母親がお茶会を開く時にも使用する為、そのままなになっていた。

 午前中ずっとシモンと二人でいなければならないなら、まだまだ時間はある。一度座ってゆっくり話を聞くのもいいだろう。

 私が座るとシモンは椅子の斜め後ろに立つ。話を聞きたいから隣に座ってと言ったところで護衛位置を変えるとは思えない。そこで私は横向きに座り直して体をひねり、後ろを向いた。

 お行儀が悪くてニノン先生にもクローデットにも見せられない。もちろん、私と対峙する羽目になったシモンだって驚いている。

「今、ここなら誰も咎めないわ。あなたの事が知りたいの。話してみない?」

 優しく微笑むと、シモンは一度辺りを見回してからぽつりぽつりと話を始めた。誰もいないのに一応確認するとは本当に話しにくいことなのだろうか。

 そして、適切な敬語が使えず、失礼になるかもしれないと前置きをして。

「騎士団で馴染めなかった俺、いや、私を気にかけてくださったのがカンブリーブ閣下なのです」

 馴染めなかったとは、先ほど言ってた身分的なものか。騎士だから体育会系特有のルールとか?

 それより、父親が閣下とか呼ばれているのを初めて聞いた。なんかカッコいい。

「騎士として鍛錬を続けていても私のようなものが出世することはできず」

 そこでシモンは一度言葉を切った。出世は実力より出自なのかな?

「構わないわ、続けて」

「実力の劣る者の下に付いたり、模擬戦で身分差を理由に降参や棄権を強要されたり」

 ほうほう、いわゆるイジメですか。それとも妬み? 

「やっと実力を認められて騎士団に入れたのだからと我慢していましたし、このような境遇を打破できずに騎士が務まるかとも考えていました」

 なるほど、それで?

 私は黙って続きを促した。あれだね、マリルーのときも思ったけど、モブにもちゃんと設定があるのかな。

「そうこうしているうちに私に分隊長を任せると打診があり」

「まぁ、凄いわ」

 分隊長ってどれぐらいの規模か全然わからないけど、なんとなく褒めてしまった。軍隊が活躍するアニメとかゲームは基本スルーだったからなぁ。

 見てたのもあるけどキャラの序列は声優の活躍具合で判断してたし。

「いえ、結果私は騎士団を辞めましたので」

 え。なんで?

 実力があって努力もして、やっと認められたのに辞めさせられたの?

 なにそれ、騎士団長である父親は何をしているのか。まったくもぉ。

 あ、それでうちに拾ってあげて護衛騎士の仕事を与えたのか?

「私のような身分ですから、公爵家でも下の地位で十分だと思っていました。嫌みや体罰がない今の環境をありがたいと思っています。なのに今回、セレスティーヌ様の側に付くことになり、閣下には感謝しきれぬ思いなのです」

 そうなんだ。じゃぁ、距離感が掴みきれなかったのは初めての任務で慣れてなかったからなのだろう。私の方もどうしたらいいかわからなかったのだからお互いさまだ。

「それでお父様は今日、一緒に過ごしてみるようにおっしゃったのね。私が慣れていないせいで、気苦労をかけさせてしまったわね」

 公爵令嬢たるもの、むやみに謝罪してはいけないと、ニノン先生に言われている。日本人の感覚として、なにか手伝ってもらうと『ごめんなさい』とか、『すみません』を言いがちな私だから。そのかわり感謝の言葉は咎められなかった。

 彼らは自分の仕事を全うしているのであって、十分な給金も払っている。私たちはただ雇用主として彼らを使えばそれで良いそうだ。

 三十年近く日本で過ごした私がとっさに『すみません』を言うのは口癖のようなもので、完全に言わなくなる日が来るとは思えない。ニノン先生ごめんなさい。

「神殿へ出向くまでには慣れるよう、何度か今日よのうな時間が設けられるはずだわ。頼むわね」

 

 体を捻っているのにも疲れてきた。居住まいを正そうと座り直したとき、シモンが私の正面に膝をつく。

「セレスティーヌ様。どうか、私の忠誠をお受け取りください」

 えっと?

 なんか急に騎士が姫に誓いを立てる的な展開になったぞ?

「やはり、セレスティーヌ様は思っていた通りの人柄です。平民である私の話を最後まで聞いてくださったのは初めてです」

 それは午前中いっぱい時間があったからで。って、平民なの?

 えぇー、知らなかった。

「護衛騎士と任じられたからだけでなく、自らの心よりお仕えさせていただきたいのです」

 マリルーといい、うちって思ってたより平民の採用率高いのか? 

 騎士団では身分差で苦労したと言っていたけど、貴族の中にぽつんと平民がいたら当たりも強いだろう。

 いやまてよ、逆に考えれば平民なのに騎士団へ入れるって相当な実力があるのでは?

 シモンは私の言葉を待っている。さて、どうしたものか。


 時間稼ぎもかねて、私はヨイショッと椅子から降りるとシモンの側による。

 目が合った。

 自分の人生をかけた真剣な眼差しが私を貫く。

「わかったわ、シモンあなたの忠誠を受けましょう」

 ひとつ、私の利になりそうなことが思い浮かんだので。

「ただし、お母様の許しが出たらです」

 けど、まぁ。よくわからないことは母親に責任転嫁。だって私、まだ十歳だしいいよね?

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