21 知らない選択肢
私の知らないシナリオが進行している。
これは、好感度に関わる重要なもの? それとも、スルーできるオマケ的な?
いや、コランタン王子が関与していてお遊びで終わるはずもない。
「さすが近衛騎士に指導されているだけあって、コランタン王子は素晴らしい剣筋だね」
守られる為に身につける剣とは思えないほど訓練されている。そんなふうに王子を素直に賞賛するオレリアンに私はなんと声をかければ正解なのだろう。
それに、近衛騎士ってナニ?
父親の騎士団とは別もの?
王族なんだから、護衛騎士みたいに側にいる人たちだってのはわかるよ?
いやいや、なにより確認すべきは。
「お兄様、模擬戦とは? 我が家の訓練場に王子を招いたのですか?」
「あぁ、セレスは聞いていなかったか。見習い騎士として王城へ上がるまでは雇った教師とばかり剣を交えるだろう?」
そうなの? 知らんけど。
「そこで一度、若い騎士候補を集めて腕試しでもしてみようかってなったんだ。僕も稽古に変化があるのは歓迎だからね」
それって上辺の理由なのではと勘ぐってしまうのは私の性格が悪いからか。
「僕としては、城から出る機会のない王子の社会勉強に提案されたんじゃないかと思うんだ」
元王派だの先王派だのいがみ合ってる割に一緒に行動するよね。攻略キャラが少ないため仕方がない成り行き。ってことはコレ、ゲームイベントだ。
だって、勝手に練習してればいいのにわざわざ公爵邸だなんて、私と会うチャンスを作ってるみたいなものじゃない。
そっか。私、選択を間違えたんだ。
今、攻略対象はどこにいる?
オレリアンはホール。アルチュールは自室。コランタン王子は帰宅の馬車かな。ヴィクトーは王子と共にあるだろう。
シュバリエは神殿の居住区か。
ならば、ニノン先生との練習が終わったあと私の選択肢は五つ。
そのまま一人ホールで練習を続ける、オレリアンルート。
練習をやめて部屋に戻る、アルチュールルート。
庭の散策に出て、帰宅の馬車に乗り込む騎士候補や王子に出会うコランタンルートとヴィクトールート。
夕食まで一人ですごす、シュバリエルート。直接シュバリエの好感度が上がる訳では無いが、他の攻略対象に会わないことがシュバリエの価値を上げる。
はぁぁぁ。大きなため息が出そう。
なんで、よりによってオレリアンの好感度が上がるかな。兄とはもう、十分だと思うよ。
今からこの部屋を出ても、馬車には間に合わないだろう。
聞いてないし、こんなイベント発生するとか。
「セレス、練習のしすぎかい?」
いけない。落ち込んだ顔とか見せたら心配されて、かまってくれちゃう。
「大丈夫です、お兄様」
どうしよう、早くこの部屋から出てくれないかな。これ以上親密になりたくない。
「その、私。もう少しピアノを練習したいので」
あ、違った。私がこの部屋を出れば良かったのかも?
「あぁ、失礼。すぐに出ていこう。この埃っぽい服装でいつまでもレディの前にいるとは紳士失格だ。着替えに部屋へ戻るから、また夕食で会おう、可愛いセレス」
「えぇ、後ほど」
ふー、良かった。一人にしてくれた。
とりあえず窓へ駆け寄り外を見た。自分の部屋と角度が違うので庭の様子が変わって見える。温室が近い。
体格から子供とわかる人影とお付きの大人が何組かいるのはわかる。あれが訓練に来ていた他家の子息たちだろう。
まだ馬車が来ていないのか玄関前で待つよりも庭を見ることにしたようだ。
コランタン王子いるかな。黒っぽい髪、きっとヴィクトーと一緒。あれか、そっちか。
モブも髪色が焦げ茶色とか暗い色だし、背格好もなんか似てるんですけど。
ベランダに出れれば確実にわかると思うが、鍵はもちろん掛かっている。
「きっともう、帰ったよね」
王子がいつまでも外出などしないでしょ?
もし、もしもだよ? まだいたとして、どうするつもり?
ここから大声で呼びかけるなんてできないよ。
ため息。
ねぇ、どうやったらコランタン王子に会えるの? 音楽会まで会えないと思い込んでたから頑張った。けど、今日会えたのかもしれないんだよ?
まだまだ私の知らないイベントが発生するんじゃない? 今までも何度かあったかもしれないし。
やってられないよ。
見ててもコランタン王子の所在がわからないならもう、いいや。
私は窓から離れてピアノに向き合う形で椅子に座る。このホールには他に座るところがなかったから。
ポロン、ポロロン。
なんとなくいくつかの音を叩いて。
「練習頑張んなくても会えるイベントあるなら、音楽会って意味あんの?」
本当に私、一生懸命練習したんだから。現世で触れてこなかった楽器を前に、弱音はきながらもなんとかやってきた。
合格ラインで演奏した後のご褒美ボイスを聞きたくて。
この世界でももちろんセリフは聞けるよね?
攻略対象と二人きりで演奏の素晴らしさを褒めてもらうのだ。コランタン王子のセリフは『何度でも聞いていたい』だった。
あ、聞いてみたい。だっけ。
どうせ護衛騎士がいたりして完全な二人にはなれないだろうけど、一言ぐらいは声をかけてもらえるだろう。
そっか。ピアノ頑張る意味あるね!
そうか、そうか。ちょっと気が晴れてきたぞ。
そこで私はキチンと座り直して姿勢を正す。過ぎてしまったことは、グチグチ考えない。
ミニゲームで高得点を出せば挽回できるよ、そう信じて。今はただヒロ様への思いを込めて『ブルーベリーの吐息』を演奏した。
それから数日した食後、いつもの家族の時間に、父親から私の護衛騎士について話があった。
貴族令嬢たるもの決して一人では出歩かない。
今後、外出時に私に付く者の人選について、か。以前、使用人が必要な時はマリルーを付けると言われていたので、更に騎士がつくとは考えていなかった。
一瞬、六人目の攻略対象か? なんて身構えたら、指名されたのは屋敷内で何度か顔を合わせたことのあるシモン、モブキャラだ。なぜわかるかって声優さんの声じゃないからだよ。
「いいか、セレスティーヌ。護衛とはする方もされる方も慣れなければならない。音楽会のリハーサルで神殿へ行くまでに、屋敷内でも側に置くといい」
いつもは領主である母親から支持のある我が家だけど、騎士や護衛の話なので父親が主導権を握っているようだった。
「えぇ、わかりました。お父様」
決定事項に反対する理由もないので、そのまま受け入れたが。
ちょっとまって、リハってニノン先生が言ってたやつだよね? あと数週間あるけどそれまでずっと、家の中でもついてくんの?
めんどくさ。
「お父様。リハーサルまで、ですわよね?」
期間限定だと言質をとろうと確認してみる。
「デュドネ様、言葉が足りなくてよ。セレスティーヌが困ってますわ」
「え、あぁすまん。室内ではない、庭や裏の厩だな」
「それですとセレスティーヌはまだ乗馬訓練がありませんし、すぐに慣れることはできないのではなくて?」
両親が今後について話し合いをしてるので私は黙って結論を待つ。
「あね上。護衛騎士が付くなんて、まるで姫様ですね」
「セレスだけじゃないぞ。貴族たるもの共を連れて歩くのは日常。アルチュールもお披露目を迎えての外出は側付きが一緒だ」
「まぁ、それならアルチュールはまるで王子様ということね」
アルチュールは僕が人を使うのですか? って驚いてるけど、すでに使用人を使ってる意識がないのだろうか。
生粋の貴族のお坊ちゃま的考え方だなぁ。
それも可愛い要素だからいいんだけど。
「お兄様がお出かけの際もシモンが付くのですか?」
「いや、僕の場合はラウルだ」
オレリアンもさほど外には出ないけど、これからどんどん行動範囲が広がっていく。
当たり前だけど、ゲーム内ではお付きなんていなかった。
攻略対象と二人きりのシーンでも、この世界においては、少し離れたところから使用人にバッチリ見られてしまうのだろう。
甘々なセリフ囁かれてるのとか、急接近する二人とかも?
まじか、勘弁してほしい。
コランタン王子と二人きりになる為に、護衛を巻くってスキルが必要になるのか。あるいはどんだけ側にいられても気にならないぐらい、私が貴族らしい精神を身につけるのか。
わかんないから、まぁいいや。
「では明日の午前中、セレスティーヌは勉強会に参加せず、庭でシモンと過ごすように」
両親の話がまとまる。
やった、勉強回避だ。アルチュールがあね上とご一緒できないなんて寂しいとかなんとか言っている。
悪いね弟よ、最近は真面目に課題へ取り組んでいるのだから、私がいなくても頑張ってほしい。
それより、私は護衛騎士と二人で庭に出て何をすればいいんだ?




