20 音楽会に向けて
ミニゲームに登場するちびキャラは可愛い。
まぁ、どのコンテンツでも可愛くデザインするのは当たり前か。
特に『音楽会』では、曲のタイトルに使用されている果物が大きくデフォルメされていて、ちびキャラが一生懸命抱きかかえるように果物へしがみついているデザインが見れる。
それがたまらなく愛おしかった。
果物に潰されちゃうよ? そんなサイズ感。
ゲームを開始すると、体を揺らしながら画面の右上にいて『ナイス!』とか『惜しい!』なんて判定の言葉をくれる彼ら。
ハードモードでは、画面上部を行ったり来たりダンスするから、気が散ってミスを連発しちゃうんだけど。可愛いから許す。
さくらんぼに抱きついてるシュバリエのちびキャラも見たかったな。きっと後ろに束ねた髪が風になびいていることだろう。
何処かにないのかな? ちびキャラ。
だって、ローマ字につながる三冊の本だってあったし。音楽会の選曲も同じなんだよ。
そしたら、この世界の何処かにちびキャライラスト集とかあってもいいんじゃ? ……無いだろうな。
私の知ってる旧式の資料集でもリメイク版でも、とりあえずはどちらでもいいから見つけたい。探してなければそれでもいい。無いってことがわかればスッキリするからだ。
とりあえずは自室の本を端から読んで、その後は図書室。それでもなければ、街の図書館かな。世界観から考えると王立図書館なんかありそうだね。
うん。それ、いいんじゃない?
一番身近な目標はピアノの演奏で、コランタン王子の攻略。それと同時にこの世界の取説とも言える資料集を探すこと。
余裕があれば、まだ聞いてないシュバリエの声を多めにゲットすること、かな。
北風が強くなり、乾燥した冬が来る。
雪は降らない。
本格的な寒さがくれば、隙間風を避けるため、重く厚いカーテンがかかる。
最近、日差しが弱くなり過ごしやすくなってきたが、その分部屋の明かりが必要で、昼でもランプが必要だ。
一人きりの部屋に暖炉をつけるより、家族が集まったほうが暖かいので応接室ですごす時間が増える。一家団欒というわけだ。
見た目がヨーロッパな世界でもクリスマスは無かった。崇拝先を女神アシュイクアに変えてプレゼント交換やチキンか七面鳥料理を楽しむのかと思っていたら、何事もなく十二月は進んでいく。
その代わり、正月があった。
作り置きしておいたご馳走を使用人にも分け合って食べるというものが。
そして、初詣の代わりなのだろう、神殿から神官が屋敷へ来た。玄関ホールでぺっぺっと水をまいていく。
柄杓を使っていたので、きっと女神の聖水とか言うんだろうな。
この寒さで水まきとか、もお、どんな発想?
雲がどんよりと重い日。
私の気力も重い。
なぜって演奏が上手くいかなくなったから。スランプってやつかも。あんなに調子よく弾けていたピアノがなんだか思うようにならない。
本来の私なら、調子の悪い日もあるよね。と割り切って、別のことをしたり友達に愚痴を聞いてもらったり。
けど、ここでは『別のこと』がないじゃん。
スマホが使えればアニメもラジオもゲームも楽しめるのに。
本棚に漫画すらない。
愚痴を言える親しい友達もいないし。てか、そもそも友達がいない。
恋愛シュミレーションには女友達がいらないとこの世界に思われているのだとしたら、一生私に友達はできないのだろうか。やばい、また落ち込みそう。
こんなときはヒロ様の曲を聞きたい。
最近の有名声優さんはアーティストデビューする方も多く、参加したアニメのオープニング曲やエンディング曲を任されたりもする。
そこまで精力的に音楽活動をしていなくても、アイドルやバンドを題材とした作品に携われば、役の名義やグループ名で歌唱を披露する場面もある。
古田眞広もたくさんのアイドルが出てくるアニメや、リズムゲームのキャラクターで歌う機会があり『歌うま声優』とか言われているうちに、個人名義でのデビューが決定したと本人が言っていた。
野々村春汰もデビューのきっかけは同じように歌が上手いと評判になったからなんだけど、最終的に決まったのはラジオの企画で。
今思うと、デビューが決まっていてラジオの企画にしたんじゃないかと思うんだ。
一ノ瀬薫と松林愁一郎はキャラソンでしか歌声が聞けない。二人共下手じゃないし、そこそこ売れると思うから、私がこの世界に来た後でアーティストデビューしていたとしても不思議ではない。
薫きゅんは売れっ子なので、めちゃめちゃスケジュールキツくて、ライブとかツアーなんて無理だろうし。打ち合わせとかレコーディング、リハなんて事前準備の時間とれるなら、寝て! 休んで! って思うもんね。
それは、ヒロ様も同じでこの間倒れたのも過労だと思うんだよ。
くっ、この間っていつだよ。私の時間感覚おかしいよね、泣ける。
えっと。
松ちゃんはCDより写真集が欲しい。そんな見た目してるよね。高身長に甘いマスク。実際、もう何冊か出てるし。
粕谷正清の歌声は、キャラソンですら皆無だった。事務所から何かNGが出てんじゃない? ってくらい。アイドル役もある。よね、確か。ライバル事務所のグループで、歌のシーンか無かったり? あってもワンフレーズだったり。
芸能界を題材にしたアニメで俳優を演じてたのは見てたけど、あれは歌わないし。
うーん。本人が苦手意識でもあるのかな? 声優バラエティ番組で歌ってるの聞いたことあるけど、別に下手じゃなかったのにな。
そうだ。いつかシュバリエに歌わせてみよう。どうやって、とかは思いつかないけど。
現世の事を考えると楽しくなって元気が出る。けど、それと同じぐらい悲しくなるし淋しい。もう二度と戻れないんだろうか。そんなやるせない気持ちになる。
スランプから抜け出すために楽しいことをあれこれ考えてたのに、無理そう。
暖かい日が増えてきて、窓から見る前庭の景色も明るくなってきた。
なんとなくスランプは抜けていた。
季節が変わって明るい日差しが私の気分を晴らしてくれたのかもしれない。
使用人は友人ではないが、側にいて心配してくれるのだから、いつの間にか癒されたり勇気づけられたりして前向きな気分になれたのだろう。それぐらいの日々が過ぎた春。
「セレスティーヌ様。今日は気分を変えてホールのピアノで演奏してはいかがでしょう?」
いつもの部屋で一通り演奏を見てもらうと、ニノン先生が予想していなかった提案をしてくる。
ホールの? って何処?
気分を変えてってことは私がまだスランプを抱えているように見えたのか。
「まぁ、ホール?」
何処にあるかわからないが、そのまま『知らない』とは言わないのが令嬢だ。
「いつもは片付けているピアノも先日社交会を開催したまま、出してあるからどうか。と、リディアーヌ奥様がご提案くださいましたのよ」
あー。はいはい。
公爵邸を使っての社交ね。寒すぎる真冬は集まるのが大変だったけど、最近はまた、開催が増えてるよね。
私はお披露目を迎えても大人の社交に顔を出せないが、いつ開催してるかはよくわかる。
夕方になっても通いの使用人が残ってご馳走を作っているから屋敷がざわついているし、両親は私たちと一緒に食事は取らない。
子供たちはすぐ部屋に戻り、そのまま就寝するように言いつけられる。
次の日は仕入れた情報を精査するような両親の会話に耳を傾け、どう感じたかをヤニック先生へ報告しなければならない。
そっか、生演奏とかあるよね。ダンスもあることだし。
ライブやコンサートとまではいかなくても、みんなで食事と音楽を楽しんで踊るなんて楽しそうだよな。いままで社交は貴族の腹のさぐりあいとしか感じてなかった。まぁ、実際のところ情報交換の場なんだろうけど。イベントだと思うと参加する日が楽しみだ。
ハッピーエンドでデビュタントまでたどり着いたら。ゲームの先の人生も待ってるわけじゃない?
そうなったら、社交をライブやイベントと捉えて楽しんでいくぞ!
「先生、とても心弾む提案ですね。後ほどお母様にお礼をしなくてはいけないわ」
私が笑顔を見せるとニノン先生も微笑んでくれた。
私的な棟にある部屋から、ホールまでは距離がある。
そのため、ニノン先生と音楽会の話をしながらホールまで向かった。会場となる神殿の音楽堂は天井が高く、とても音の響く場所なのだとか、音楽を得意とする子どもたちはピアノ以外の楽器も演奏するそうだ。
そっか、ゲームでは私だけの演奏だったけど、ここではお披露目を迎えると全員が演奏するんだった。ミニゲームは好感度上げのものと考えがちな私は自分さえ演奏すればいいと思ってしまいがちだ。
それは、めちゃめちゃお高そうなピアノだった。
どこが、と聞かれても楽器の良し悪しは私にわからない。とにかくもう、雰囲気とか『鎮座されてる』感じ?
子供が触れてはいけないような。まぁ、うちの備品だからいいか。
はじめは恐縮しちゃったけど、慣れるとだんだんテンション上がってくる。
ほら、楽器の質が良いと上手になった気もするでしょ?
「大変素晴らしい演奏です、セレスティーヌ様。今から音楽会が楽しみですわね」
一通りの練習を終えて、夕方の自由時間になったけれど、せっかく許可をもらえたホールのピアノだから、もう少し触っていたかった。
この私が自ら居残り練習をしたいと言い出すなんて、自分でもびっくりだ。
まぁ、だからさ。スマホのない世界だからだと思うんだよね。
通いのニノン先生は、自宅へ帰り大きなホールに私一人。
はぅ。一つため息。
だって、私は『ブルーベリーの吐息』を演奏したいって言ったのに、先生からは『野苺の恋心』と『桜桃の慈愛』も候補に残してはどうかしらと言われてしまったから。
野苺はオレリアンの曲で、桜桃はシュバリエの曲だ。
どうして? 今の好感度上位三名なの?
それならアルチュールの方が好感度は高そうだ。なのに『檸檬の憂鬱』は候補に上がらない。もしかして、私の好きな声優ランキング上位かも。
ポロロン、ポロロロンとピアノを爪弾きながら攻略対象について考える。
ステータスが見れないからこそ、知りたい情報だったのだが。
仕方ない、今の時点の好感度なんてこれからのイベントでどうにでもなるよ。
すると、ホールの重い扉が鈍い音を立てて開らかれた。
「やぁセレス。ここにいたんだね。いつもと違う場所からピアノの音が聞こえたから、つい誘われてしまったよ」
オレリアンだ。
「ごきげんよう、お兄様。先日の社交で使用したままのピアノですって。私が使用する許可を、お母様が出してくださったの。素敵でしょ?」
いつもなら、すぐ側までやってきてエスコートしたがるオレリアンが、ピアノから距離のある場所で立ち止まる。何かがいつもと違う。例えばほら、服が汚れて埃っぽいとか。
視線でなにかあったのか尋ねると、騎士訓練で模擬戦をしたとのこと。着替えてくるべきだったと詫びながら、午後の話をしてくれた。
「さすが近衛騎士に指導されているだけあって、コランタン王子は素晴らしい剣筋だね」
え? なぜ今コランタン王子の名前を?
まさか公爵邸に来てたの?
なにそれ。そんなイベント知らないんですけど。