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19 果実の色と演奏曲

 秋も深まり、冬の訪れが近づいてきた。

 結局、お披露目を迎えても私が屋敷から出ることはない。

 時々パトリシアから社交辞令の便りがくるが、それは両親同士の荷物のやり取りのついでだった。

 なんでもない日常が続く。外、出たいな。

 リアルにこの世界で生活するならば、お散歩とかちょっと買い物とかの理由で外出があるのかと思っていたが、貴族の令嬢は簡単に人の前には出ないんだね。

 おかしいな、アニメだと共も付けずにふらふら出かけてるイメージなのに。

 

 屋敷が広いし、元々インドア派だからそんなに困ってはいないけど。ちょっとさ、飽きてきちゃっても仕方ないんじゃない?

 パトリシアの手紙に、はがきサイズの海の絵が同封されていた。私の港が見たいという要望に応えてくれたもので、絵師に書かせたのか、港町のお土産として販売されているものなのかは定かではない。

 それは、水彩画の素晴らしい風景で屋敷から出れない私の心を慰めてくれるが、欲しかった情報は船のサイズと船着き場の地理だったんだよね。肝心なところが抜けている。

 ま、いいか。


 交流、社交界といえばゲーム内で描写があるのは、エンディングシナリオへ向かうデビュタントだけ。好感度上げに関係ないからか、貴族なら開催頻度の高そうなお茶会すら無かったな。

 この先、コランタン王子の妹やヴィクトーの姉と知り合いになったら、ゲームと違い女子ばかりのお茶会が開催されるのだろうか。

 他に貴族の交流があるとすれば、ミニゲームにもなっている『音楽会』や『狩り』だよね。

 そうだ、春には音楽会が待っている。



 

「セレスティーヌ様も春には音楽の奉納がございます。少しずつピアノに慣れていきましょうね」

 ニノン先生がそう言って、楽譜の読み方や鍵盤の()の位置、基本の基本から教え始めたのはお披露目の終わった翌月からだった。

 良かった。

 だって私、楽器はてんで駄目だから。

 楽器の経験なんて学校の音楽の時間だけなんだよね。カスタネットとかリコーダーとか? ピアノっぽいのは幼稚園でピアニカ。

 日本の学習指導要領のおかげで楽譜は最低限読めることに感謝だ。マジで最低限でもゼロよりいい。


 リズムゲームが苦手で、上手くアイドルが育てられない私はいくつものコンテンツでヒロ様の演じるキャラのレベル上げに苦労したことか。

 頑張ればできなくはないよ?

 だから、この『オトヒメ』では各ルートでハッピーエンドまで行ってるよ? けど、ギリギリ許容範囲の点数でクリアしてるんだよね。

 まだ開けていないご褒美スチル、ハードモードの満点を取るともらえる美麗イラストは友達に見せてもらったからどんな絵か知ってるけど、自分のものにはできていない。

 ふぅ。

 これは、死に物狂いでピアノの練習をせねば。


「セレスが奏でる曲ならば、どんな音でも癒されるよ」

 オレリアンはそんな事言うし。

「あね上の音には色がついているみたいに楽しいです」

 アルチュールも褒めてくれる。

 基礎しか習ってない時点で、だ。ヒロイン補正が入りすぎてないか? とは思うが褒められれば練習も(はかど)るもので、自分で言うのもなんだけど、結構いい感じじゃないかな。

 それに、他にすることがないんだよね。

 テレビもネットもラジオもなかったら、本読むか刺繍するか。ピアノの練習。

すごろくやカードゲームは一人じゃできないし。

 あと。音楽って心を豊かにするよね。

 ダンスや所作、作法を習う部屋の他にも、ピアノが置いてある部屋がある。

 防音部屋とまではいかないようだが、壁紙や床材に厚みがありそうで二台のピアノが並んだ小さめの部屋は女中頭のクローデットにお願いすれば、平日の夕方や週末に部屋を開けてくれた。

 まさか、私が毎日のように楽器を引く日が来るとは。そしてそれを少なからず楽しむことになるとはね。




 音楽会は正式名称を『春の訪れを女神に報告する神殿行事』という。

 もちろん、女神と神殿設定のない世界観しか知らない私には初耳だ。

 確かに以前も春のイベントだったけれど『冬ごもりから解放された祭り』とか言われていたはずだった。

「お披露目を終えた子供たちが初めて神殿へ赴くのですもの、誰より可愛いドレスを仕立てなければならないわ」

 母親は張り切って仕立て屋へ注文している。最近はいつもの食後の一家団欒で、春の話が出るようになった。

「ほどほどにしないと演奏がしにくいぞ。なぁ、セレスティーヌ」

 父親も子供の成長に楽しそう。


 なるほど、音楽会は神殿で開催されるのか。今までは攻略対象のセリフでも、字幕の説明でも具体的に何処と明記されていなかったので、私は勝手に公民館や市民ホールみたいなのが城下町の端か、王城の敷地内にあるのだと決めつけていた。

 この一年でお披露目を迎えた貴族の子供は参加が必須で、多くの大人たちと面識を得るらしい。特に私はお披露目会の招待客が少なかったので、同世代の子供たちとも面識が少ない。

 私の演奏は注目を集めるだろう。母親が衣装に力を入れるのも仕方のないことだと思う。

 私は流行りやドレスコードがわからないので、口を出すのはやめておく。現世の知識から新しいデザインを提案しちゃってファッションリーダーにでもなってしまったら、ゲームの大筋からそれてしまうでしょう?

 とにかくコランタン王子とハッピーエンドへ向かいたい私は、あまり特別なことはしないようにおとなしくしていよう。

「その日、お兄様も演奏をなさいますの?」

 私の練習を覗きに来るオレリアンが楽器を演奏しているところを見ていないな。と思ったので軽い気持ちで聞いてみた。

「いや。観客として音楽堂へは足を運ぶ。セレスを応援したいからね」

「あに上はピアノが合わないだけで、他の楽器なら。僕はそう思っています」

 なるほど。ピアノ苦手なのか。

 慌てたようなアルチュールのフォローがなければ、演者の家族枠で応援席だとオレリアンの言葉を素直に受け取れたのに。まぁ、誰にでも得手不得手はあるもんね。それより。

「私も同じように思っていましたのよ」

 オレリアンのピアノレベルをアルチュールが知っていて私が知らないのはまずいので、なんとなくフォローしておいた。

 ゲームの中でオレリアンがピアノを弾く絵がなかった為に下手なのだとこの世界が認知していたのなら、本人の努力不足ではない。システム上の問題だ。




 秋にある『狩り』は毎年開催される行事。けれど、毎年参加ではなくゲームと同様、私には一度きりのイベントになりそうだった。

 きっと、私が両親に質問したら『お披露目を迎えたばかりだから』とか『乗馬の練習をしてから』なんてもっともらしい理由で正当化されるのだろう。

 リアルとゲームの境界線について考える日が何日か続く。そんな頃、ニノン先生から音楽会で演奏する曲について話があった。

「セレスティーヌ様の上達が大変素晴らしく、基本は合格ですね。予定より早いのですが候補の楽譜をお持ちしました。私一人では決めかねます。この中からお選びいただく形でよろしいかしら」

 ってね。よし、選択きたっ!

 もちろん、王太子ルートへ繋げるための曲を選ぶに決まっている。


 楽譜にある曲のタイトルと好感度の上がるキャラは以下の通り。

 オレリアン『野苺の恋心』

 コランタン『ブルーベリーの吐息』

 アルチュール『檸檬の憂鬱』

 ヴィクトー『ライムな思惑』

 そしてもう一冊、知らないタイトルはシュバリエの曲だろう。

 『桜桃(さくらんぼ)の慈愛』

 髪色に合わせたのか、キャラの担当色が桜色、ピンクなのか。


 五曲あることで攻略対象が五人とわかるし、これでシュバリエが五人目だとも確定だ。

 よし!

 突っ込み所があるタイトルがゲームのまんまなのでここは『オトヒメ』のバージョン違いであると私は確信した。


 それならば何が何でも担当色青のブルーベリーを演奏したい!

 練習の合間で一息つくための小さなテーブルに並べられた楽譜たち。端から二番目へ手を伸ばしかけて手を止める。


 私は現世で散々聞いた曲たちだけど。

 音楽会の演目ミニゲームではフルコーラス聴くことができなくても、ハッピーエンドまでいけば、エンディングロールで聞くことができるし、そこまでくればマイページのコレクションにデータが落ちるので何度でも聞ける。

 だから私は迷わずコランタンへ王子の好感度上げに『ブルーベリーの吐息』へ手を伸ばすべき。でもね?

 楽譜を詳しく見ることもなくタイトルだけで即決したら怪しくない?

 それに、他の曲だって聞きたい。特に聞いたことのないシュバリエのさくらんぼを。

「申し訳ありません、先生。楽譜だけでは決められませんわ。よかったら一度、演奏していただけませんか」

「まぁ、配慮にかけましたわ。申し訳ございませんセレスティーヌ様」

 そうして私はあたかも初めて聞いた風を装い、候補の五曲を聞く。

 アレンジがクラシックに変わっている。それでも、現世でゲームをしていた頃が思い出されるな。

 戻れない世界に懐かしさと悲しさで泣きそうになるけれど、きっちりゲーム通りの曲なので、この世界への信頼感や安心感が増す。


「素晴らしい演奏ですわ、先生。どの曲も心揺さぶられる思いですが、そうですね、一曲選ぶのならばこちらの」

 初めから決めてたなんて思いは見せずに、好感度上げのためにコランタン王子の曲を選ぶ。

 ただ、他の曲も捨てがたい。

 娯楽の少ないこの世界で、現世の思い出の曲を入手できるなんて、きっと今しかない。

 ニノン先生が楽譜を捨てるとは思えないが、しまい込んだらもう二度と見れなくなりそうじゃない?

「あの、先生。選んだ曲以外にも。その、どれも素晴らしい曲ですし。今後の練習課題として私が所持していてもよろしいですか?」

「まぁまぁ、セレスティーヌ様。それは素晴らしい提案です。では、五曲全てを練習した後で本番の演奏曲を決めてみてはいかがでしょう?」

 は?

 今から春までに全部やるの?

 無理だよ。いくらヒロイン補正があったとしても。それとも出来そうだから言ってるのかな?

 いやいや、結局演奏するのは一曲なのに? 意味なくない?

 けど。

「わかりました、先生。ご指導よろしくお願いします」

 エンタメのない世界で、自分で弾いて楽しめる曲が増えるのはいいんじゃない?

 とりあえずざっと全曲さらって、お目当ての一曲に集中。音楽会が終わったらのんびりと他の曲も頑張ればいいよ。 

 もし、お粗末な結果になりそうだったら、オレリアンの『野苺』をミスしまくりで演奏して、高そうな好感度を下げる手も、ある。

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