18 女神のいる世界
『この大地から雷や気体の神が消え去ろうとも、水の女神だけは弱き民を見捨てはしなかった』
絵本の書き出しはそんな一文からはじまった。
絵本といっても、現世のように印刷技術が発達していないため、カラーではない。
雷の神はピカピカと光る人形で顔だけデカい、気体の神はモヤモヤと揺らめきやはり顔がデカい。水の女神も同様で、まるでスライムのような人形は微笑んでいる。
怖いよ、この絵。
私はこんな挿絵に例えられたのか?
おかしいな、絵画の部屋にある肖像画は眩いばかりの美しい絵だったのに。
ページをしめるのは大きな文字。挿絵は多くない。背景の山や川は綺麗に描き込まれている。
キャラだけ二頭身デフォルメ?
きっとさ、日本の絵本だって、ウサギもクマもリアル描写の絵とイラストだったら全然違うじゃない? 子供向けのキャラクター化した神。そーゆーことだよ。
それにしても神をイラスト化したら属性強めでこんな感じって現世との美意識の違いがなんとも。ねぇ?
キモかわいいのともちょっと違う気がする。誰か私のモヤモヤを共感してほしい。
それに、挿絵よりも突っ込むべきは女神以外の神々。雷はまだわからなくもないけど、気体ってナニ? 大気とか空気じゃなくて? 風の神じゃだめなんですか?
わからん。
雷と気体が去って。水は残る?
悪天候の、例えば台風が去ったけど雨だけ降ってる状態かな?
いや、そしたら台風一過で晴れるはず。
それに、水の女神は水差しやボウルの水で雨というわけでもないんだよね。飲み水。人にとって最も重要な水。
ん? 飲み水が最後まで残る?
あ。なんかわかったかも。
これ、他の神は電気とガスなのでは? ライフラインの電気・ガス・水道で支払いの話。未納が続いても水だけは止まらないって聞いたことがある。
大学時代の友人が一人暮らししてて『電気とガスはすぐ止まるよねぇ』なんて笑いながら言ってた。それ、笑い話じゃないと思う。
実家ぐらしの私には想像できないから、友人になんて言えばいいかわからなかったが、本人が笑い話にしてるから大丈夫なのかと受け流してた。
でもさ、電気止まったら録画予約してあるアニメが全部駄目になるんだよ。そんなの無理、終わる。配信も電気止まったら見れないよね?
ひー、恐ろしい。
私にとってガスはあんまり関係ないけど。電気大事。
あとは水かぁ。買い置きしてあるペットボトルじゃ生活には足りないか。
ひねれば出てくる水道があたり前すぎて考えたことなかった。災害のときテレビで見た映像を思い出す。給水車に並んで水をもらう人達。うちにも水を入れるタンクが避難袋と一緒に置いてあったな。
そう考えると、どんなときでも最後まで止まらない水道のありがたいことよ。
これさ思うんだけど、制作スタッフの中に電気とガスを止められた人が絶対いるね。
それと、電気が雷なのはなんとなく分かるけど、ガスって火の神じゃないんだね。火の神って名前だと台所のコンロ限定って感じになっちゃうから?
ガスを和訳すると気体だったっけ。そっか。
いやいや、それなら電気は雷じゃなくて電子の神にしないと。
うーん、そこまですると水の女神も?
まぁ、いっか。
『水の女神アシュイクアが救いし地に住む信徒よ』
『清めなさい。欲望は神に願うことではなく、己で叶えること。女神は常に見守っています』
『清めなさい。女神は最後の時まで側にあるのです。信じれば、見えぬ悪しき者より守られよう』
なるほど、この世界では神に祈っても奇跡はおきなそうだね。
もちろん、現世の日本でも起きないけどさ。神話とかって超人的な神の導きがあるじゃん。けど、特別な何かを可能にするにはゲームの設定だかシステムをいじらなければならないでしょう?
そこまでしてないよってことだね?
きっと、シュバリエを攻略対象に加えて、聖職者ポジションに決定したから、仕方なく神の世界をさらっと考えたんだと思うんだ。
女神はいるけど、そこまでガッツリ宗教してないよ。って感じ。
だって、そうじゃなかったらもっと分厚い本のはずだし。
女神はこんな奇跡をもたらした、あんな奇跡ももたらした。ってあることないこと書き記すんじゃないかな?
『清めなさい』の部分の私なりの解釈は『願いは自分で叶えろ、制作スタッフがゲーム内のモブの人生をどうにかすることはない』なんだけど、次の文章も『清めなさい』なんだよな。
手洗い、うがい? 清潔?
そっか『衛生面をちゃんとして病気にならないように。水道はギリギリまで止まらない』ってことかな?
なんだかこの本と挿絵が、保健室の前に貼ってある衛生週間のポスターに思えてきた。
とりあえず、内容は薄っぺらいのでアルチュールに読んで聞かせるのは簡単だ。
翌日の勉強会でヤニック先生は基礎の勉強を早めに切り上げて、神殿の話をしようと提案してくる。私がアルチュールに絵本の音読をするために時間を作ってくれたみたい。
さらに、神話に付け足すような話もしてくれる。王都の北にある湖の話。
底まで見通せる透明度の高い湖は女神アシュイクアが弱き民へ授けた聖なる水なのだと。
絵本に載っていた湖が本当にあるんだとオレリアンとアルチュールは感心している。
けれど私はゲーム後半、攻略対象と二人きりで水面を眺めるシーンはその湖なのではないかと考えていた。
元々設定にあった湖を女神伝説に使用するのか。なるほどね。
「今では、北東の山々に降った雪が地下水となり湧き出ているとわかっておりますが、昔の人は本気で水の女神の奇跡だと思っていたようです」
へぇ、神話は絶対というわけでもなく、臨機応変に解釈してるのか。
「それにしても、セレスの朗読は歌うように心地良いね。とても上手だったよ」
「僕は、最後の文が好きです。いい言葉です」
あぁ、『女神はただ、微笑むのみと知るべし』か。
「僕は女神様のように慈悲の心を持ちたいです」
「それならアルチュール様。教えの『清めなさい』を実践することです。これは手だけでなく、身を清め、心を清めることを意味していますよ」
そうかな。私には制作スタッフが適当に考えた神話や教訓にしか聞こえないので、心に響かない。
とりあえず、神妙な顔でアシュイクア様を讃えている風を装っておこう。
アルチュールがお腹の空いている時は手の清めを忘れてしまうと、今までの行いを反省してる。しょげた子供は可愛い。
「それより先生、あね上のお披露目会に招待されていた、ルソー公爵のご子息について聞きたいです」
あ、それ私も。
「あに上、あね上。桜色の髪と言うのは本当ですか? 昨日の報告会では話が多くてじっくり聞けませんでした」
「お兄様はルソー卿を名前で呼んでいますが仲はよろしいのですか?」
ゲームでのオレリアンはコランタンを王子、ヴィクトーをデュペ卿と呼ぶ。
それに比べてシュバリエはかなり親しい距離感だ。
「あぁそれは」
オレリアンが一度ヤニック先生を見る。
「セレスティーヌ様、神殿関係者は王族と馴れ合うことを禁止されているのですよ」
その辺りを教えるのはまだ先だとかで濁されてしまったが。
神殿と王家って仲悪いの? だからカンブリーブは間を取り持ってるの? それとも、先王派のウチは神殿派と手を組むの?
わからん。
「僕とシュバリエは歳が一つしか違わないしね、王家より話が合う。そんなところだよ」
ま、そーゆーことにしておくよ。
でもね、私。気がついちゃったんだ。
兄弟を攻略する時はコランタン王子とヴィクトーはほとんど出てこない。
逆に王城の二人を攻略する時はオレリアンとアルチュールが活躍しない。
それがこの世界で派閥という扱いになっているとしたら? 辻褄が合わない?
仮説が正しいなら、シュバリエを攻略すると他の攻略対象は私と関係が薄くなってしまうのか。
コランタン王子を攻略しつつ、シュバリエの未視聴ボイスを回収できたら最高なのに。
無理か、そこをどうにか。
話の区切りがいいところで、ヤニック先生に絵本ではない大人向けの神話の本について質問をした。この部屋に私ぐらいの歳の子どもが読むのに丁度いい本があるので、持ち出し許可をもらう。
挿絵は綺麗な顔立ちのアシュイクア様が描かれている。良かった、美人だ。
ストレートヘアーが艷やかだけれど、白黒だし、ぞろぞろっとした布をまとったシルエットと、顔のアップしかなかった。版画みたいな白黒の絵なので、細かい衣装や装飾は分からない。
なぜ。
キャラ設定を詳しくしてないんで、こんなもので勘弁してください。そんなふうに制作から言われてる気がして、それ以上は詮索する気が失せた。
もう少しアシュイクア様ってどんなのか知りたかったのに。
◇◆◇◆◇
シュバリエは攻略対象だと断言しよう。
ゲーム開始のお披露目会で一つのテーブルに集まっていたのに、一人だけモブだなんてあり得ない。
髪色。そして声。
ならば、この世界は私が知っている『勿忘草の乙女と出生の秘事』ではないの?
いや、絶対『オトヒメ』の中だって。
考えられるのは、二期とか、リメイク。
だよね。
二期なら一期のエンディングから続くはず。カップルになった後のいちゃいちゃエピソード。そうなっていないので、リメイク版が濃厚だ。
変更箇所は五人目の追加データだけ?
今後の展開に影響はあるのだろうか。特に王太子ルートのハッピーエンドの難易度は。
考えなきゃいけないことだらけだよ。
まだセリフを聞いていないシュバリエのルートに進みたい気もする。
何度もリセットできてセーブできるならもちろんそうするけど、今は我慢しなきゃだ。
それに、神殿派と思われないように距離を取るなら、シュバリエにはなかなか会えないんじゃない?
どうなんだろう。
ぶっちゃけ、派閥なんてなんでもいいと思うんだけどな。
そうも言っていられないなら、よし。とりあえず次のイベント『音楽会』で王太子ルートへ舵を切り、できることならシュバリエの声も聞けるように頑張ろう!




