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17 使用人のマリルー

 夕食後、私が部屋に戻ると使用人のマリルーが一冊の薄い本を抱えて待っていた。

 肩までの髪を外はねカールにした彼女は、いつもの人懐っこい笑みで『ヤニック先生から本を預かっております』と言った。


 最初におっちょこちょいとセレスの日記にあった彼女だから、どんなドジっ娘かと思っていたけど、特におバカキャラというわけではなかった。

 マリルーは平民出身のため、貴族に囲まれているだけで日々緊張するらしい。カンブリーブに仕えて半年、少しは慣れてきたようだ。

 きっと日記に書いてあった頃は、何においても『ひぃ、貴族に話しかけられた!』とおどおどしていたに違いない。

 

 私が知り得た噂話によると、使用人のほとんどが貴族で平民は少数だった。下働きと呼ばれる、私が顔を合わさないような労働者はみんな平民みたいだけどね。

 貴族は領地の管理が主な仕事だけど、父親は騎士として領地以外の仕事に就いているし、ヤニック先生も我が家に住み込みだ。長男以外は外に働きに出るのが普通なのだろうか。

 この世界は、領地の税収入で悠々自適な生活って設定にはなっていないのかな。人を使う側から使わられる側になるってどんな感じかな。

 まぁ、仕事ってそんなものだよね。現世を思い起こせば……理不尽の毎日だった。


 話がそれた。

 使われる立場になった貴族にとってどの家にお仕えするかは大事なことだと容易に想像がつく。高位の公爵家に仕えるのは大変名誉なことだろう。そんな名誉を平民が得ていることに疑問をもって、マリルーの実家についてオレリアンに話を聞いてみたことがある。

 

 平民が貴族の家に仕える場合、大抵は豪商の子供なのだとか。

 人前に出しても申し分ない教育を受けており、下級貴族よりよほど財力がある。

 成功している商人とは、貴族向けの希少な品を扱う者。消耗品にするには惜しい最高級の品ばかり取り揃えた店。特別なルートを開拓しての仕入れ。等々、他より抜きん出た何かがあるものだ。

 それを貴族側が欲してつながりを求め、商人もまた、貴族との伝手(つて)を求める。

 なるほど、そしたら領地で取れる海鮮とか真珠はうちに奉公にきてる平民の実家が買取ってくれるのかな?


 けど、マリルーの父親は商人ではなく学者。私はその時、大学の教授と聞いて平民は貴族が家庭教師から習うのとは違い、学校があり通っていることに驚いた。

 ほら、アニメや小説だと平民の識字率って低いでしょ? しかも大学があるなんて、一部の平民は貴族より頭がいいんじゃないかと思ったの。マリルーって平民の中ではかなり裕福? 『大学教授のお嬢さん』だよ。それがなぜうちで働いているのか。

 俄然興味湧くよね?

 今、聞いても大丈夫かな。

 オレリアンに話を聞いた頃はお披露目直前で、挨拶の暗記や領地と出席者の名前を覚えるのに必死だったからそんな余裕なかったけど、今なら。


「セレスティーヌ様。丁度いいお湯加減です。本は後にいたしましょう」

 噂話と兄の情報では真実とズレている可能性もある、だから直接本人に聞いてみてもいいんじゃない?

 湯船に浸かってから私は、貴族の命令で強制しないように優しく彼女に話しかけてみる。

「わ、私の出自など。せ、セレスティーヌ様にお話する価値も、ございませんっ」

 そうなるか。

 しかも、プチパニック状態にさせてしまった。このままだと風呂上がりの着替えで久々になにかやらかしそう。

「あら、大学というのは学校の中でも上位なのでしょう? その学び舎で教鞭をとるお父様は素晴らしい方なのではなくて? 私、人づてではなく、マリルーから聞いてみたいと思ったの。迷惑なら謝るわ」

「そんな、迷惑だなんて。その、父は、確かに学者としては優秀なのだと私も思います。けれど……」

 あ、地雷踏んだ?

 貴族に質問されて言い淀むなんてよっぽど言いたくないことなのかも。

 まぁ、べつに興味本位で聞いただけで、平民の生活はゲームを進めるのに必要な知識じゃないから、いっか。

 私が話を切り上げようとした時、マリルーからお耳汚しで申し訳ないと前置きしたあと、カンブリーブの屋敷に来るに至った経緯を教えてもらった。

 今まで誰にも言えなくて、モヤモヤしていたのかもしれない。あるいは出自が平民だと自分からは口に出せなかったのか。

「セレスティーヌ様にならお話しても」

 あ。なんか私に心許してくれてる? なんでだ?


「父は、金銭面がだいぶルーズな人で。家族は昔から苦労が耐えませんでした。母は父のための金策で昼も夜も働いていたんです。母に苦労させるだけさせているにも関わらず、父は滅多に家に帰りません。たまに帰ってきても家族の顔も見ずにお金だけ受け取ると、またすぐ家を出ます」

 おや、だいぶ重い話か?

 えーっと。金遣いが荒いのは借金? 家に帰ってこないのは、不倫? ギャンブルか?

 私が聞いてもいいのかな。そりゃ、私が聞きたいって言ったんだけど。

「マリルー、ご兄弟はいらっしゃるの?」

 なにか別の角度から話を切り出したくて、私は暗い顔のマリルーに質問をした。

「兄がいます」

 返事は素っ気ない。

「セレスティーヌ様はとても仲の良いご家族に囲まれておいでですよね。けれど私の父は学問以外に、家族に興味が向くことはないんです。母とは親同士が決めた見合いだと聞いていますし、兄と私が生まれたのも研究を引き継ぐ後継ぎが欲しかったからだと言っていました」

 あれ? 研究熱心なら不倫ではないのかな。

「家に帰ったかと思えば、書斎に直行して必要な資料と資金を持ち出し、そのまま大学の研究室に何日もこもるような人ですよ?」

 あー、うん、不倫じゃないね。そうゆうことか。

「どんなに高価な本も値段も見ずに買い漁るから、大学の研究費じゃ足りなくて、お給金も使い果たすし」

 そっか、お金に関してもギャンブルじゃないんだ、よかった。いや、よくない。

「そう、お母様は御苦労なさっているのね」

 平民の中では裕福な階層だと勘違いしててごめん。家族を養うためにマリルーはカンブリーブへ? 泣ける話だ。

「そうなんです! なのに、母は父の研究に賛同していて協力的なんです。『私が働くから存分に学問を極めてほしい』なんて言うんですよ」

 あれ。思ってた方と違う解釈きた。けど、夫婦仲も悪くないならよかったよ。

 はじめはどんな重い告白されたかと思ったけど。


 浴槽から上がり、着替えを手伝ってもらいながらも話は続く。若干面倒くさかったがオレリアンより情報通になれる気がして、私は話を止めなかった。

「私、ブロンデル閣下には本当に感謝しているんです」

 ブロンデル。閣下と呼ばれるなら父親の兄、ブロンデル領主様か。

「叔父様を?」

「はい。父の学問に興味を示されていらっしゃるばかりか、援助までしていただき、私の勤め先まで斡旋してくださいました」

 おっと、やっとうちに来た話になりそうだぞ。

 その後、髪を整えてもらう間に聞いた話をざっくりまとめると、マリルーの母は実家がブロンデル領でも有数な商家で、領主の城にも出入りするなど貴族を相手にした商売をしているらしい。

 きた、やはり豪商と貴族はつながっているんだ。それにしても領城に出入りなんて、凄くない?

 母親は昼間実家の手伝いをして、夜は貴族の夜会で夫の研究を売り込み、出資者を募っているそうだ。

 ようは、パトロン探しってことなのかな? やば、想像してた母親像と違いすぎる。

 私、さっきまで昼は寂れた宿屋で下働き。夜は隙間風吹く小さな家で内職してるイメージだったのに。


 マリルーは貧乏学者を援助してくれた心優しい領主様が、自分の職場まで世話をしてくれたと感謝しているみたいだけど、そんな旨い話はないと私にはわかる。

 だってそうでしょ?

 港があって、外国と交易のあるブロンデル領で貴族相手に商売って言ったら、輸入品の扱いがあるってことだよね?

 父親の研究内容も保護すべき結果が出てるのかもしれないけど、それより母親の実家との繋がりのために出資してると考えた方がしっくりくる。

 そして娘を王都の公爵家へ入れれば、カンブリーブ・王都・ブロンデルの流通がスムーズに行く。

 カンブリーブの真珠が王家ではなく、国外へ流れているのかも? 公爵家、大金ガッツリだったりして?

 うわ。

 まぁ、私の考えなんて浅はかで見当違いかもしれないよ?

 マリルーの成人と公爵家の使用人募集がたまたま同時期だったのかもしれないじゃない。


 けどさ、大人たちの思惑とは別に。私がマリルーと仲良くなったら実家の商船に乗せてもらえないかな?

 パトリシアとは別の国外追放ルートを一つ、確保できるんじゃない?

 あくまで、コランタン王子とのハッピーエンドを目指したうえでの保険だけどね?


 えっと、なんて切り出そう。彼女にとって母親の実家、伯父の商売はどの程度知っているものなのだろう。私がなんて切り出そうか迷っていると、マリルーが話を始める。

「さぁ、髪も乾きましたし今夜はこちらの本を読んで過ごされてはいかがですか?」

 そうだった。部屋に戻った時にマリルーが抱えていた本。部屋の本棚にあるものより大判で薄い本。

 このタイミングでヤニック先生が選んでくれたのなら、十中八九女神様の本だ。

 ふふん。読みたかった本ゲットだよ。

「アルチュール様に読んで差し上げるのなら、一度読み返してみてはいかがでしょう」

 読み返す? ってことはセレスティーヌは以前読んだことがあるんだ。

 それとも昔話のように、誰もが知っている話なのかも。

 そんなみんなが親しんでいる話を、つまづきながら読むところを見られたらやばいか。だから私はマリルーを下がらせた。

 あとは寝るだけだからと言って。


 さて、寝転びながら読むにはサイズが大きい本だ。私はソファーに深く腰かけ、膝に本を乗せると一ページ目をめくる。


 あ、忘れてた。

 本当はマリルーの父親の研究がどんな学問なのか聞こうと思ってたのに。それ以外のところで私の想定をいろいろ上回ったから、聞くのをすっかり忘れてしまった。

 ま、いっか。今度でも。

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