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16 妹の変化と神殿について


 昨日開催されたセレスのお披露目会は本当に疲れた。精神的に。


 招待客や使用人の手前、余裕の笑みでやり過ごしたが、僕はかなり焦っていた。

 先程までの報告会でも、不安な思いなど気づかれないように振る舞ったが。

「はぁぁぁ」

 長いため息も出るというもの。自室にてやっとひとりになれたのだから。


 お披露目会でセレスのエスコートとして常に側にいた僕は、会で交わされたセレスの言葉を全て聞いていた。

 王子と対峙した際も堂々と意見を言う妹に驚いたが、それより肝を冷やされたのはパトリシアとの会話だ。

 ブロンデル領の会話選びには当たり障りのない従兄弟たちや、領主である伯父の様子をうかがうのが定石。だがセレスはそれをすっ飛ばし、船と他国の話題を出したのだ。

 国外との流通については僕だって最近教えられたばかり。ましてや船の輸送ルートなど領地の機密と思われることについて質問するとは。

 セレスの読んでいる童話や物語に空想の外国が書かれている。それらに憧れて、無邪気に口をついて出た可能性がある。母上は使用人からそう報告を受けたようだが、側にいた僕には違って感じられた。あれは、すでに断片的でも港の情報を持っていて、確認をしているかのようだった。

 図書室には各領地の詳しい地図がある。が、セレスがそれらを読んだ報告はまだない。確かにセレスは読書好きだが、外国の物語に手を出しているかはあやしい所だ。

 機密についての質問にパトリシアも驚いたことだろう。想定していた受け答えになかったとみえて、ついいらぬことまで喋っていたようだ。

 本当に肝心な所は、本人が言っていたように知らされていないのだろう。帰宅後、彼女の失態に注意はあっても厳しい処置はないと良いが、大丈夫だろう。


 セレスは元々、口数も少なく人形のように黙っている少女だった。とても聡明だがそのことを感じさせない、ふわりとした雰囲気の少女。

 けれど、両親が不在で熱を出したあたりから、様子が変わった。

 今も口数は少ない。けれど時々、めまぐるしく頭が回転し、熟考しているような顔を見せる。

 部屋から一歩も出れなかった数日の間に何かあったに違いない。そう思えるほど変わった。ように、僕には思える。

 物事を察しようとしすぎる。

 まるで何年も『大人』をしてきたかのように。

 わからないことなら、僕に聞いてくれればいいのに。


 例えば、お披露目を迎えたばかりの十歳なら、大人たちの言わんとすることが理解できなくて当然だった。そして大人たちも話が通じないことを承知で言葉を選んでいる。

 ならば、言葉の額面通りを受け答えしていればそれで十分だろう。

 しかし、セレスは違った。パトリシアとの会話で少しヒントを与えれば、今日、母に真珠の生産について質問をする。


 確かに僕もお披露目前は急に課題が増え、大人らしい思考力を身につけるよう指導された。騎士を目指す男子はより多くの人とより階級の違う家と交わるからと、常に微笑みを絶やさず、心を読まれないよう指導された。

 きっと、使用人からは雰囲気が変わったと思われていたのだろう。

 今のセレスのように。

「なんだか。淋しくもあり、頼もしくもあるな」

 常に妹を守り導こうと考えていたが、セレスのお披露目で、僕が焦りと不安に苛まれるとは驚きだ。


 二年経てばあの頼りないアルチュールも言葉の裏をかくような貴族になっていくのだろうか。

 いや、それは残念ながらなさそうだ。



「よし、と」

 招待客の一覧とその家の資料。必要そうな冊子。それらを抱えて部屋を出る。夕食まであまり時間がない。急いでセレスの部屋へ行こうじゃないか。

 可愛い僕のセレスが小首を傾げて『お兄様?』と言ったんだ。

 いつもの何気ない『お兄様』もたまらなく良いが、先程の『お兄様』は破壊力が飛び抜けていた。


 わからないことをその場で聞くか、聞かないか。誰を頼るか。

 両親が子供達を見るのはその点だ。そして今後の教育方針を決めているようだった。

 叱られたり、反対されたりはしないが、試されている。

 僕が何をどう教えるかも、僕の評価対象になるんだろう。

 

 トントントン。

 ノックの後、返事を待ってセレスの部屋へ入ると、妹は出席者から届けられた礼状を読んでいるところだった。この書面のやり取りも、裏があったりなかったり。

「お待ちしておりました、お兄様。意図が伝わったようで大変嬉しいです」

「あんな可愛いおねだりをされたら、なんでも願いを叶えてしまいたくなるよ。知りたいのは女神の領地についてかい?」

 僕は勧められたソファーに腰をかける。持ってきた資料が見やすくなるからと理由をつけて、セレスを隣の席に導いた。



 ◇◆◇◆◇



 夕食前、あまり時間がない中でもオレリアンは資料をもって私の部屋へ来てくれた。

 オレリアンによると、神殿には大・中・小とランクがある。

 王都、王城に付随するかのような大神殿には神殿長とその家族、神官が住んでいるらしい。半分が住居、半分は民のための施設。


 中神殿は各領地の中心、領主の城に近い場所に設置され、小神殿は町単位あるいは村にある。

 国民が通える距離を考えて設置されているのだとか。

 それらを管理しているのがルソー家なので、神殿を領地とすれば合わせた面積はそれなりのものだ。が、敷地の半分を民の地とすればさほど広くもないだろう。


 なるほど。教会ではなく神殿って言うから神社みたいなものかなと思ってたけどちょっと違うみたい。

 神社って、初詣に行くかお祭りの屋台か。その地域でのコミュニティ的な役割とか。あるいはビルの合間にちょこんと祀られてるものまでいろいろあって、国民の通える距離を想定して建てられたりはしないもんね。

 オレリアンがローテーブルに広げた地図に付いた赤い丸が神殿の位置。『通える距離』とは歩いてちょっとそこまで。から、乗り合い馬車で小一時間まで住む場所によって多少差があるようだ。

 人口密度が多ければ設置も増える。逆に過疎地は数が少ない。


「ルソー家は一時期、侯爵家だった時があるらしいよ。神と民に尽くす家が地位を望むことは許されないと、自ら降りたと言われている。真偽は定かではないけどね。そんな献身的な仕事ぶりが認められ再び公爵家と認められた、と」

 詳しいことはこれからヤニック先生が教えてくれるのだろう。私の興味の示し方が今後の勉強の教材選びに反映されるらしい。

 なるほど。

 私もオレリアンのように、何冊もの本を見比べながらレポートのようなことを書かされるのだろうか。

 それは、面倒くさい。


「それと、もう一つ良いかい?」

 はい、なんだろう。

「以前、先王派と現王派の話はしたね?」

「えぇ」

「シュバリエとの交流が想定以上だと、神殿派だと勘違いされるから気をつけた方がいい」

 誰のどんな想定? 

「まぁ、ご忠告ありがとうございます」

 神殿派? そんなのもあるんだ。

 なんでも派閥。どこでも派閥。これは恋愛シュミレーションだって、わかってる?

 あ。それを言ったら私は次期王派? 王太子であるコランタン王子を推していくからね。



 ちなみに母親が言っていた『子羊』とは生まれてくる人、人口の推移を意味しているらしい。

 カンブリーブ領の入信者数ってこと? それか、そのまんま領地の人口?

 わからん。

「そろそろ夕食の声がかかりそうだ」

 オレリアンが広げた地図や招待客の爵位のメモを片付ける。

 え、もう時間? まだ聞きたいことがあるのに。

「お待ちくださいお兄様。その、私」

 女神について詳しく!

 神話があるなら他の神様とかが出てきたりして宗教観がわかるだろうし。そこに挿絵があれば神様の見た目もわかると思うんだ。

 ギリシャ神話っぽいのか、日本書紀っぽいのか。はたまた全然違うタイプか。

 けど、今更な質問だよね。きっと。

 普段から女神の所作ができていると褒められた私が、一度聞いたっきりの女神様の名前すらわからないなんて言えない。

 察して! お兄様!

 もう、嫌いとか言わないから!

「あぁ、アルチュールの件だね?」

 えっと?

「女神への所作を頑張ると宣言していただろう? 手伝いたいけど、何をしてあげたら良いかわからないって顔だね?」

 違います。

「今日はもう遅いから、明日にでも神話絵本を読んであげたらアルチュールも喜ぶんじゃないかな」

 あれ? そう、それ! なんか欲しい答えきた。

 神話絵本か。あるんだ、子供向けのわかりやすいやつ。

「わかりましたわ。お兄様、大好きです」

 私が満面の笑みでお礼を言ったら、オレリアンが固まった。

 すぐに復活して足取り軽く部屋を出ていったけど。

 ヤバい、絶対妹に萌えてる。コランタン王子より好感度上がらないようにしなきゃだったのに。


 でもいいや、私の部屋の本棚にあるのかな? 神話の本。

 探そうとしたところで、使用人から夕食への声がかかった。

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