15 報告会
ステータス画面は……やっぱりないか。
ベッドに入り込んでから、私は手を振ってみたり、指先をちょんちょんと動かしてみたり。頭の中で念じてみたりしたが、今の状況がわかる便利な画面は現れなかった。
この世界に来てから、なんでないんだよ。って思ってたけど、お披露目会でゲームがスタートしたら使えるようになるかもしれないと、少しだけ期待していたのに。
好感度のグラフにキヨ……じゃなかった、しゅ、シュバリエ?
そう、シュバリエの名前もあったら攻略対象が五人だって確定するのに。
仕方がない、これはエプロンの色まで待つしかないか。
まだ、何年も先だけれど成人前に『見習い』として大人と一緒に働く時がある。
まぁ、公爵令嬢が働くなんて遊びみたいなものだと思うが。その際、プレゼントされるエプロンの色で誰と親密かわかるようになっている。
キャラクターの担当色、コランタンの青・オレリアンの赤・アルチュールの黄・ヴィクトーの緑。
シュバリエは桃色? 五人目は紫や白って可能性もあるよね?
とりあえず、エプロンが青じゃなかったら、その後はなりふり構わずコランタンにアピールしよ。
あ、嫌われない程度に。
他のイベントでもシュバリエが一緒なら攻略対象が確定するかな。近い所だと音楽会か。演目の選択肢が何曲あるか。
ふわぁ、眠い。
今日は本当に疲れた。
明日の報告会について少し考えておこうと思ったけれど、もう一度あくびをしたら朝だった。
何だよそれ、夢でコランタン王子の声を再生しまくりたかったのに。
◇◆◇◆◇
母親の機嫌はすこぶる良かった。
お披露目会の翌日、午後。応接室にて。
当日の夕食後、両親と話す機会はあったが、全ての情報が集まっていないため『とても良い会になったようね』と声をかけられただけだった。それでも褒められていると感じたので一安心。
情報って、給仕をしていた使用人からの報告だけでなく、付き人として控えていた各家の使用人からも?
うちが聞き出してるなら、来客の皆様方も私の話を持ち帰ってるんだよね?
どんな話をされてるんだろう、ってそれをこれから話し合うのか。
それに、私も色々聞きたいことがある。せっかくの報告会、手元に資料のないシュバリエについて詳しく知りたい。
応接室に集まったのは、両親とオレリアン、私、アルチュール。
アルチュールは二年後の自分のお披露目会へ向けて、今日の話を参考にするのだとか。
実際、準備するのは母親でも興味をもって話を聞くのはいい事だよね。
「まずはセレスティーヌ。あの王子を黙らせた件、詳しく聞きたいわ」
小躍りしそうな勢いで母親が口火を切った。
黙らせる? そんな事してませんけど。
母親によると『髪色や血筋より個人の能力を民に示せ。闇夜から朝の光に導けるのか』私は、そんな言葉でコランタン王子を問い詰めたことになっていた。
ひー。そんなこと言ってません。
誰だ。そんな母親が喜びそうな解釈したのは。あ、心当たりあるよ。オレリアンでしょ? だって今、すごく楽しそうな顔してるもん。
私はコランタン王子と仲良くなりたいのに、真逆の印象になってるよ。
お兄様なんて大っ嫌い! キッと睨むが、オレリアンは両親と各領地の特産物について知り得た情報を照らし合わせている。
アルチュールも地図を指さしながらわかったふうな顔をしている。
お披露目前も招待客の領地を勉強したけど、ブロンデルに島があるのなんて気にしていなかった。えっと、あ。パトリシアが言ってたのはあれか、小さくていびつな楕円。
まず、あの小島に出て、そこから国外へ。船って帆船かな。
カラクリのある国の船ってどんなものだろうと考えをめぐらしていたら、地図上のブロンデル領に触れてしまう。それで母親からパトリシアとはどのような会話をしたか質問された。
もちろん国外追放の段取りなんて言わないよ。えーと、貝? 真珠? なんかそんな話があったよね。
知ってる断片的な情報だけで何とか誤魔化す。母親がオレリアンへ質問の矛先を変えたので一安心しているとオレリアンは挨拶回りで得た情報を報告する。
「今年は豊作らしいので、セレスの好きな木の実がたくさん入ってくるよ」
良かったね。って微笑まれた。
一緒にいたのに、いつ仕入れた情報だよ。さすが二年先に貴族社会へ出てるだけのことはあるね。
でも、コランタン王子とお喋りさせてくれなかった兄なんて嫌いなんだからね! そんな爽やかな笑顔向けられても嫌いなんだから。
けど、へぇ。木の実か。なんだろう、胡桃か栗か落花生? あ、ピーナッツは木の実じゃないか。まぁいい、栗のデザートが食卓に出たら嬉しいな。
ふふ。私は味の想像をして思わず笑みがこぼれた。いけない、ほだされないようにしないと。
「お母様、一つよろしいでしょうか」
さて、私の聞きたいことはどうやって切り出すか。
「ルソー卿は確か公爵家でしたよね? 地図ではルソーという名の領地がございませんが、どちらを治めているのでしょう?」
そう、私の知ってるゲームと同じ地図で、でも知らない家柄。
招待客が決まった後もヤニック先生に教えられなかった。なぜそれを不思議に思わなかったのだろう。
それはさ、コランタン王子やヴィクトーに会えることが嬉しすぎて他に思考が飛ばなかったし、覚えることが多すぎて、自分から質問なんてしなかったから、だろうな。
「あら、セレスティーヌが神殿関係者に興味を持つなんて」
「そうだなリディアーヌ。セレスティーヌは普段から、女神への所作がしっかり出来ているしな」
「そうですね、僕こそがセレスを女神と例えたかったものですが、シュバリエはなかなか見る目がありそうです」
「あね上が女神様と呼ばれたのですか? うわぁ。けれど、きっとあね上の方が美しいです」
神殿? 女神?
シュバリエが私を女神と言ったのは、単に絵画や物語の神様じゃなくて、この世界で信仰されてるリアル神?
聞いてない。それに所作って何? 私、何かしてるっけ?
厳しい戒律の宗教だったら、間違ったことは聞けない。けどこの世界は半分日本、多神論のゆるい感じかもしれない。
とりあえず、ふわっとした会話でなんとなくの質問を。
「私は教えられた通りにしているだけですわ。アルチュールはどうかしら? 所作には慣れて?」
ごめん、弟を使わせてもらおう。なにがなんだかわからないけど、きっと私より未熟なはずだから。
「あ。やはりあね上には見られていたんですね。食事の清めを忘れて、ついパンに手が伸びてしまいました。すぐに気がついてボウルを使ったので、大丈夫かと」
うわ、またわからない展開になったぞ。食事? パン? ボウルってボウル?
「あら、アルチュール。皆のそろう食堂でその程度なら、自室で朝の清めはしているのかしら? クローデットに確かめなければならないわね」
母親はアルチュールをまだまだ子供ね。と大して叱る様子もなく見ているので、宗教としてはゆるい信仰心だとわかる。
部屋でもなんかしてるんだ?
私もしてる事?
「いいか、三人とも。水の女神アシュイクア様は心の広い方。形を重視することはないが、それに甘えてはいけないよ」
「はい、父上」
「はい。これから頑張ります」
「……え、ええ。私も」
女神様は水属性なのか。そしたら、他にも火の神とかいそうだな。アシュイクアってどこの言葉だ? 現世で聞いたことのない名前だから、どこかの宗教から取ったわけではなく、制作の考えた造語か?
水、食事、ボウル。
パン、手、清め。
あ。わかったかも。
朝起きたら、ベッドサイドの水差しで一口水を飲む。一緒に置いてあるボウルで手を洗う。
水道のない世界だし、現世のように台所で冷蔵庫の麦茶を飲んだりできないから、私は、当たり前のように受け入れていた習慣だ。
あれが朝の清めか。
どうりで、食事時に両親がワインなどのお酒ではなく、子どもたちと同じ水を飲んでいたわけだ。二杯目からは明らかにアルコールだったので、逆に不自然だと思ってたよ。
手を洗うためのフィンガーボウルも水の女神様への崇拝行動? なるほど。
濡れたおしぼりがないから頻繁に使ってただけで、女神様のことなんて全く知らずにいたけどね。
「それでセレスティーヌ。貴方からは髪色の話をしただけで、子羊の話はしなかったのよね?」
「は、はいお母様。髪色の話だけです」
ひぃ。また話題が見えないよ。
えっと、お披露目会で大人たちが知りたいのは、領土の収穫とかだから。子羊はそれを表していて。
私が最初にルソー家の治めている領地はどこかを聞いたから、母親的には繋がった話題なのだろう。
「母上、セレスティーヌはシュバリエの話題に乗っただけ。向こうも様子見で参加したみたいだったね。それなのに、セレスがあまりにも可愛くて、つい饒舌になってしまったんだろう。まぁ、わからなくもないが」
はいはい。オレリアンのいつもの兄バカだ。
「それよりお母様。先程の私の質問に答えてくださいませ。ルソーの領地はどちらですの?」
それがわかれば少しは特産物に目星がつく。
すっと、母親の人差し指が地図を滑る。
国の中心に王の直轄地、王都。その中心に建つ王城。の、隣に。
城壁にコブのようにくっついた一角があった。
「強いて言うならここかしら?」
「そうだな、あの家は全国に散らばっているが、領地と言えばこの大神殿だろう」
領地がたった一つの建物だけ?
城の一部のようにも見えるし、城からはみ出しているようにも見える。
屋敷にしたら広いけど、でもさ?
この面積で公爵家っていえるの?
それに、全国って?
だめだ、この部屋に入ってから理解できないことだらけ。疑問符が頭の中で渋滞している。
よし、落ち着け。こんな時はにっこり笑って、やり過ごそう。そして後でゆっくり調べるんだ。
ルソー家の領地・水の女神以外にも神はいるのか。とりあえずこの二つはマストで。
「お兄様?」
甘えたような声でオレリアンに声を掛ける。小首を傾げたのでアピールは十分だろう。
父親と話していたオレリアンが私を見た。目が合う。そこで私は困ったような目をしてみた。潤んだ目になればよかったが、わたしはそこまでの演技ができない。
「あぁ、あとで」
返事は一言。
けれど、報告会が終わった後にオレリアンは私の部屋へやってくる。
「あんな可愛いおねだりをされたら、なんでも願いを叶えてしまいたくなるよ。知りたいのは女神の領地についてかい?」
お兄様なんて嫌い。そう思っててごめんなさい。利用できそうなので、これからもいいように使います。