12 髪色
私は、キヨの声が好きだった。
あ。セレスティーヌじゃなくて、岡綾音の方ね。
もちろん、古田眞広が一番なのは言うまでもなく。
ヒロ様は声もいいけど、人としても好きで、愛していて。歌声も好きで、ラジオとかの素の部分も好き。
殿堂入りの推し。
神!
その点キヨは、新志って役の声がすごく良くてね。アニメのキャラなの。
マイナーな競技の部活の話で、弱小チームに途中から参加する役。
まぁ、話はありがちな展開でさ、私もそんなに期待して見てたわけじゃない。
新志くんが眼鏡男子で方言男子だったのが……注目しちゃった理由だとは思う。
けど、それぐらいなら他のアニメにもあちこちいるよね。
新志くんは内に秘める熱さが良かったんだよなぁ。ここぞって試合の時に、自分の世界に入り込んで、それで作戦とか相手選手のデータをボソボソ、ボソボソ念仏みたいに呟く時の。
囁いているのにクリアに聞こえてくる絶妙な音に殺られたんだ。
キュン。って。
普通はさ、カッコいい決めゼリフとか。告白とか。
あるいは必殺技で惚れちゃうものかと思うけど。なぜかボソボソで。
けど、好きになるきっかけなんてそれぞれじゃない?
そんなわけで。
キャラの中で私の一番は新志なの。
アニメは何年も前に終わったし、原作の漫画も最終章に入ってる。アニメの二期があるかなんて噂もあったけど。
この世界に来ちゃってる私にはそんなお知らせは残念なことに関係なくなった。
和田新志の中の人。
粕谷正清。
あなたが担当するキャラが、モブなわけない。
……攻略対象、なの?
そしたらここは、私の知ってるゲームじゃない。
「眩い女神のごとく美しい貴方に出会えたことを感謝します」
キヨ、いや。
シュバリエ・カレ=ルソーが腰を落として頭を下げた。
騎士が誓いを立てるときにする、膝を立てた挨拶ほどではないが、たかだか十歳を相手にするお披露目会でここまで敬意を払われたことにドキリとする。
「初めてお目にかかります」
とりあえず私は定型文で答えればいいよね?
「セレスティーヌ・ケ=カンブリーブと申します」
「あぁ、声までも美しい。まさに泉から湧き出る聖水のごとく清らかな響きです」
うわ、仰々しいというか。大げさなセリフのキャラだな。
せっかく濃いキャラなら、新志みたいに方言男子だったらよかったのに。
……この世界に方言はないって知ってるよ、冗談だからね。
キヨ特有の抑えめの声だけど、新志くんよりは少し明るめの音だな。
私が声優の声判定をしていたから、周りの招待客がざわついた事に気がつくまで少し時間がかかった。
囁くようなモブたちの話し声。
「まぁ、女神に例えるなんて」
「あの髪色だ、わからなくもない」
それは、悪意的な音ではなかったが好意的でもなく。
挨拶の順番までは、温室内を散策したり参加者同士で仲を深めたりしてるから、思ったより会場はざわついていたけれど。
聞き逃しそうなぐらいの小声が私の耳まで届いたのは、招待客が少なくテーブルが近いためか。
今後の展開に必要なら聞こえてしまうヒロイン補正か。わざと聞こえるように言われたのか。
どれでもいいや。
参加者これだけだかね! 誰がなんて言ったかバレバレだからね!
えっと。改めて今、どんな状態?
シュバリエの恥ずかしいぐらいの賛辞になんて返そうか。
「相変わらずルソー卿は言葉選びが卓越している。もちろん、僕のセレスはこんなにも可愛いんだ。賛辞がやまないことは同意するけれど、初対面にしては過ぎるかな。セレスが驚いてしまっている」
オレリアンだ。いつもの穏やかな優しい声がこの場を収めてくれた。
そして周りにわからないように私の袖をクイッと引く。そのなにげなく見える所作で私は一歩、後ろに下がることができた。
怪しい男から妹を守りつつ牽制している。と、いうことは。シュバリエが攻略対象だった場合、変人枠か?
一人ぐらいいるよね、特殊キャラ。
「いや、その。カンブリーブ嬢を困らせるつもりは。あまりにも美しい髪色だったもので、申し訳ない」
髪色、か。
「私も……ルソー卿の髪が。あの、気になっていました」
いけない。
モノローグが口をついて出た。
けどちょっと待って、このまま髪の話はしたくない。
「そうですね、この桜色はルソーの家でたまに現れる色だが、他家では珍しいでしょう」
へぇ、桜色。じゃぁこの世界には桜の木があるのか。
じゃ、ないよ私!
髪色は鬼門だったのに! 知ってたはずなのに。なにへましてんだよぉ。
ゲームにおいて最初のイベント、お披露目会で誰と話をするか選択したあと、話題についても選ぶことになる。
好きな季節、家族のこと、髪色……と、あとなんだっけ?
ノーマルエンドにつながる話題は忘れちゃったけど、髪色は好感度が稼げなくってバッドエンドへ向かいやすい。
ずっと立ったままのシュバリエに席を勧め、そのタイミングで話を変えよう。
季節を選択するのがいい。
そう、この話題は好きな四季を一つあげる。すると季節と連動したミニゲームでの得点が上がりやすくなるのだ。
裏ワザという程ではないけれど、リズムゲームが苦手な私は音楽会が行われる春を必ず選択していた。
もちろん、セーブ機能を使ってすべての声を聞いていたし、わざとバッドエンドへ向うときもある。
シュバリエの着席後、オレリアンにエスコートされながら私は席につく。
「あの」
皆様のお好きな季節は?
唐突に話しかけても変じゃないよね?
自己紹介が終わったら談笑する手筈だもんね?
全部のテーブルを回るから、お茶は飲みすぎないように。お腹がガボガボになっちゃいますよってニノン先生に言われた事を思い出しながらそっと深呼吸。
よし、好感度上げ開始だ。と、気合い入れた矢先。
「明るい色は、数が少ない」
ぼそりとコランタン王子が一言。
ここで王子から声がかかると思いもしなかったので、テーブルは一瞬静かになった。
「何を仰います、王太子殿下こそ特別な髪色です」
急いで声を掛けるのはヴィクトーだが、その慌てぶりこそかえって白々しい。
「そうだな、お前ならそう言うしかないよな」
あぁ。やっぱりゲームと同じだ。
攻略対象はみんな、自分の髪色にコンプレックスを持っている。
苦悩しているような不機嫌っぽいコランタン王子の声も良いなぁ、とか考えてる場合じゃない。
それ以上に励ましたい。だから私は声をかけた。
「綺麗だと……私は思います」
予定にないことで言葉が詰まってしまう。ゲームでは4つの選択肢しかなかった会話が、今なら自由に言葉を選べるんだから、もっと気の利いたことを。
「いや、いいんだ。カンブリーブ嬢、気を使わせてしまったな」
十歳にしては感情の薄い声。
それも、たまらなく良い!
ヒロ様の演技力半端ないもんね。けど。
「いえ! ほんとに」
髪色については言いたいことがある。
キツめの言葉は場に相応しくないがそれでも思いを伝えたい。
コランタン王子は俯いてるし、隣のヴィクトーは苛立っている。
支えるべき王太子を不安定にさせた自分へか、あるいはホストである私へなのかはわからないが、眼鏡をくいっと上げる仕草が無理にでも落ち着こうとしているようにしか見えない。
ゲームでは皆が皆『どうせ私の髪色など』と生まれを疎ましく思ったり、将来に絶望する。
字幕を追うだけの私は、初対面の公爵令嬢になんでそんな語ってんの? キャラ説明か? なんて思いながら読んで……いや、聞いていたっけ。
最悪の雰囲気だ。
なのに話題の発端となったシュバリエは、ニコニコしながら『おやおや』とか呟いてるし。
隣のオレリアンはどうしてるだろう。私のエスコート役でお目付け役、彼は今の状況をどう処理しようとしてる?
伺うように視線を送ると、目が合った。合ったということは見られてたってこと。
もう。この人、私にしか興味ないのかよ。まぁ、一番落としやすい攻略対象だけどね!
そうじゃなくて。
今、あなたの大好きな妹が困ってますけど?
何か、なんでもいいから助けて。目配せしてみるとオレリアンは口を開いた。
「僕も、王太子殿下の髪色は尊いかと。けれど色に特別な意味などはなく、家名と同じくその血筋だというそれだけの事では」
オレリアンの助け舟。言ってる意味は髪色なんて気にしないで。ってことだけど、言い方!
口調が冷たいんですけど。
それに『出自も髪色ぐらいどうでもいいこと』って言ってない?
……あぁ。
オレリアンは、母親と同じだ。
私に派閥の事を教えてくれたくせに、自分も王家が嫌いなんだね。
それとも。私がさっき、王子の色が綺麗だと発言したことに嫉妬してる? それでオレリアンまで機嫌悪いの? あり得る。
どうしよう、最初のイベントから私、失敗してない?
バッドエンドで待つのは死。そんなのやだ。
「そうだな、オレリアン。お前の説だと我が王家は闇の一族と言うわけだ」
違う。
こんな初手からギクシャクしない。
みんな、選択肢から離れた会話し過ぎなんだよ。
そうだよね。ゲームのキャラだとしてもここでは生きてるんだから。決められてるちょっとの会話だけで済むはずはない。
「恐れながら」
それなら私だって言うよ。さっきから、王族の前で自由に発言してもお咎めはない。無礼講なら遠慮なく言わせてもらおう。
「私は王太子殿下の髪色を好ましく思っています」
コランタン王子が私をチラリと見た。
初めて会ったのに何を、とか。さっきも聞いた上辺だけの賛辞か、そんな顔。
私は続ける。
「深いバイオレットは闇夜と称されることが多いでしょう。けれど、夜がなければ人は休むこともなく、夜がなければ夢を見ることもないのです」
なぜ、私が王子の髪が闇夜といわれているのを知っているか不思議に思われても別にいいや。
「しかし、殿下の色は紫を帯びております。それはあたかも朝へ向かう静けさ。民を先の光へ導く色でございます」
ほぉ。と感嘆の吐息を漏らしたのはヴィクトー。王子第一主義の彼に私の演説じみた言葉が刺さったようだ。
それはどうでもいい。
コランタンが不審そうに私を見ている方をなんとかしたい。
「安らぎを与え、夢を与え。次の時代へと導く色。私は、殿下にこそふさわしい美しさだと思って……」
あれ? さっきと意味同じこと繰り返してる。
どうしよう。ボキャブラリーが。
それに、本当は『黒髪男子が好きなの!』とか言いたい。
攻略対象の中で一番黒髪に近いから好きなの! いや、そもそも髪色より声だし。
そう。私は、声フェチ。
「確かに、髪色は家系によるものでしょう。けれど、私と兄のように必ずしも同じ色にはなりません」
本当は髪色なんて制作スタッフがどんな色指定をしたか。なんだと思うんだ。
「私は、会場に入ってすぐ、殿下に目を奪われました」
それは上座にいたし、コランタン王子の顔を知ってたから。
でも今言うべきは。
「それは殿下がとても気高く眩しくていらしたからです。髪色や家柄ではなく」
……
あぁ、静まり返ってしまった。モブの皆様も、使用人も聞き入ってるね。
後で母親からなんか言われそうだ。
「なるほど」
コランタン王子の瞳がハッキリと私を捉えた。
「私をそのように評価する者は初めてだ。慰めならば受け取ろう」
あ、笑った?
ほんのり口角、上がったよね?
「では、冷めたお茶を入れ替えさせよう。セレス、僕達は次へ失礼しようか」
「あ、はい。お兄様」
えぇー。もう?
やっとコランタン王子の機嫌直ったみたいだし、これからなのに?
まぁ、でも。『めちゃくちゃいい声ですね! 何か言ってみてください!』とか言い出して私のテンションおかしくなる前に引いたほうが正解かも。
全部のテーブルへの挨拶が終わったら、また喋りに来よう、そうしよう。
私が席から立つと、また温室内はざわめき出す。次のテーブルも重要人物いるし頑張らないと。
そう、港町出身のパトリシア嬢との挨拶へ。