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10 王子の姿と気になる招待客

 日記を書いた。


 本棚にある土台部分のギミックを知ってすぐの頃は、面白くて小まめに日記を書いたが、慣れてくると取り出すのもしまうのも億劫でご無沙汰だった。


 カンブリーブ領は切り立った崖と海と山脈と川に囲まれた自然の要塞。

 ブロンデル領は国外へ漕ぎ出せる大型船を所有する港町。

 この二つが婚姻によってまとまり、先王派として現王に対峙したら貴族社会はどうなるんだろう。おかしいな、この世界って恋愛シュミレーションの中だよね?

 私、政治的な設定なんて知らないんだけど。ま、これぐらい歪み合ってるからゲーム終盤のデビュタントが大変なことになるのかも。

 なら、いっか。全ては今後の展開に必要な伏線だと考えておこう。

 で。それだけバチバチな関係なのに、王は息子の社交経験の場として『カンブリーブの披露目の会では王太子である息子を頼むよ』的発言があったのか。

 きっと母親には『田舎貴族でも練習台ぐらいにはなるだろう』そんなふうに聞こえたんだろうなぁ。

 ひ……ひがいもうそう。


 ……ヤバい。漢字を忘れている。被害妄想をひらがなで書いてしまった。

 辞書が欲しい。


「あとは、呼び方だよね」

 ふぅ。

 日記をしまったらもう寝るだけ。ベッドへ飛び込むようにボスっと埋まって、背伸びをする。

 くぅー。

 そして仰向けになった。

 相変わらず、なんて寝心地の良い寝具。けど、眠りに落ちる前に考え事を。

 えーっと、ゲームのオープニング映像、設定資料集、そしてイラスト集でもコランタンの敬称は『王太子殿下』なんだよね。

 それでもみんなゲーム本編では『王子』って呼ぶ。

 この食い違いは、監督さんへのインタビューだったか、誰か制作スタッフへの質問だったか詳しいことは忘れちゃったけど、どっかに書いてあったので理由は知っている。

 字幕の文字数制限ってやつだ。

 ゲームのセリフは下に字幕が出る。攻略対象と母親はフルボイスだけど、他のキャラクターに声はついていないから、字幕がないと話が読めないしね。

 人間が短時間で理解し把握できる文字数には限りがある。特に次々と流れていく字幕では。

 その為、都度『王太子殿下』と書くわけにはいかない。ゲーム内では敬称略になるが『王子』で統一し話を理解しやすいように工夫しているのだと。


 そして今、この世界にはどっちのルールが適応されるのか。

 コランタン王子を前にすれば資料通りの『王太子殿下』だが、本人がいない場所ならセリフ通りの『王子』とする。

 両方を柔軟に採用されていた。

 ま、妥当な線だよね。けど、私が呼び方を心配しているのはそこじゃない。

 だって、CV古田眞広だよ?

 目の前に愛しいお方の声が降臨するんだよ?

 絶対『ヒロ様』って呼んじゃう。


 これは声優ヲタあるあるだと思うんだけど、アニメのキャラクターを声優名で呼ぶの。

 売れっ子ならシーズンごとにいくつものレギュラーを持ち、それが何年も積み重なる。

 ネットで検索をかければ、今までに演じたキャラクターの名前がズラリと並ぶ。いくらファンでも全部のキャラクター名をごちゃまぜにせず言い当てることは不可能だ。

 中の人、声優名で理解し語り合ったほうが断然楽だし早いんだよね。

 最近やっと、オレリアンとアルチュールを春たんと薫きゅんから切り離して考えられるようになったんだ。コランタン王子とヒロ様は当分同一人物認定だな。

 あ。春たんで思い出した。

 友達とこのゲーム『オトヒメ』について語り合う時。私、コランタン王子のこと『コラたん』って呼んでたよ……うわ、気をつけよう。不敬にも程がある。その場で殺されないようにしないと。

 そんな新たなバッドエンド、いらないから。



 ◇◆◇◆◇



 お披露目会の会場が庭の一角に建てられた温室に決まった。

 本来は二階奥の大広間で行われるはずだが、いかんせん人数が少ない。広い空間にポツンと座る十一人を想像したら、招待客に申し訳ない。

 その点、温室ならばこじんまりとした会にはぴったりだった。

 普段から母親が主催するお茶会の会場として使用しているため、特別な準備も必要がなく使用人も給仕には慣れているからと。

 おかしい。

 ゲームだと室内だったはずだが仕様が変わっている。

 私の王太子ルート大丈夫だろうか。いや、大丈夫にしてみせる。


 温室の存在を知ったのはセレスティーヌになってしばらくした頃。

 週末は日本のカレンダーと同じで休日。勉強会もなく午前中から庭に出ることが許された日。わくわくした瞳のアルチュールに手を引かれながら庭へ向かった。

「今日も温室を見に行きましょう」

 中に入れなくとも、近くまで行きませんか? お披露目が済んだら一番に温室へ入りたいです。

 そんな事を言われて。

 温室か。

 私の部屋の窓からは角度的に見えない位置なので、農家さんのビニールハウスを思い浮かべてしまった私は、温室って憧れちゃうモノ? なんて思ったけれど、その考えは浅はかだったとすぐに認識を改めた。


 自家用とは思えない硝子の建物。

 大きな一枚のガラスは技術的に難しいのか、いくつもの枠で作られたそれは、かえって幾何学模様のようで目を奪われる。

 現世の、学校の体育館といえば大げさだが、なんかその。でかっ! って規模だった。中には多くの植物、上部には温度調節のためか開閉式の窓もあり、風も通って快適な空間だ。

 お茶会を開く為に机や椅子を置くのに丁度いい空間を確保して、その上で植物が配置されている。

 確かにテーブルと歓談の場は大広間より狭いけど建物はこっちの方があきらかに広いよね?


「セレスティーヌもお披露目会ではオレンジの木を案内するのよ」

 先日、母親と会場となる温室中央で席の配置や調度品を確認しているときに植物についても話を聞いた。

「あら、いやだわ。オレンジの実はもう終わりかしら……それなら梨ね」

 梨? 洋梨かな?

 ホストである私が覚えておくべき事項だ。もしかして温室は観賞用ではなくて食品庫なのかも?

 果物を育てる財力と専門知識のある人物の雇用は、貴族としてのステータスなんだろうか。紹介する木を何度も念を押されながら覚える。きっと自慢の木なんだろう。

 温室っていったら南国のヤシの木みたいなやつとか、バナナじゃなくて?

 まぁ、この世界観にバナナはないか。

 それよりも私は豪華なシャンデリアが吊るされてることに驚いた。電気のない世界で照明はロウソクかランプだから、飾られていても当たり前かもしれないが。大きさといい細工といい、庭の一角にある事を思えば立派すぎた。

「招待客が少ないと噂している者達も、まさか温室で開催するとは思わないでしょうね。欠席を決めた家が悔しがる様子を思い浮かべるだけで、なんとも晴れ晴れした気分だわ」

 うわ。母親が悪役のような笑みを浮かべている。

 なるほど、このような設備を持つ家は限られていて、社交界で優位に立てるってことがわかったよ。

 公爵家なんだから、すでに地位は確立してると思うけど、常に努力が必要なのかね。

「そうだわ、アルチュールのときもこの場所がいいかしら」

 母親が思考を巡らせている。

 二年後、アルチュールのお披露目会は、ゲームにおいてそこまで重要なイベントではない。

 同じ年にコランタン王子の妹、コレット姫がお披露目を迎えるからだ。コランタン王太子ルートでは小姑よろしく『お兄様を取らないで!』と、やたら私に声を荒げていたな。

 よくある悪役令嬢に比べれば可愛いものなので、この先実際に会っても軽くあしらっておけばいいか。

 うん、そうしよう。



 ◇◆◇◆◇



 いよいよお披露目会当日。会場となる温室ではすでに招待客が待っている。

 あ、これも王族を待たせて良いものなのかって家族会議したよね。

 舞踏会、お茶会、サロン……主催者や参加人数、目的によって社交の方法は様々だ。

 お披露目会は十歳を迎えた貴族を同じ世代に認識してもらう会。先輩たちが新たな貴族を迎え入れるように進行する。

 日本における部活の新入生歓迎会に近い感覚?

 普段は年功序列ってうるさいけど、本入部前の仮入部期間はチヤホヤされる、みたいな? 違うか。

 まぁ、なので王族もその慣例を壊すことなく、それこそを経験するべき。ってことで落ち着いた。

 うーん、ゲームのサクサクとイベントこなすのと違いすぎる。

 そして、シナリオ通りに進めるにはいろんな言い訳や辻褄合わせが必要なんだって思う。


「そんなに緊張しなくても、いつも通りで大丈夫だよ」

 エスコート役として隣に立つオレリアンは相変わらず穏やかないい声だ。

「お兄様は私に甘すぎるのです。このぐらい緊張しないと失敗しそうです」

 そうかい? と言いながら彼は艷やかな金髪を揺らして微笑む。

 彼は知らない。私がこんなにドキドキしているのは、今日の会を成功するためだけではなく、確かめたいことがあるからなのだと。

 やっと確認できる。

 脈が速いのは不安? それとも期待?

 深い深呼吸。いざ、温室へ。

 

 ゆっくり運ぶ足。

 木々の先に丸テーブルが三つ見える。四〜五人座れるテーブルに三、四人づつだとガランと見えるものだと思ってたけど。

 参加者は上級貴族。お付きが少し離れたところにいるから、温室の中には人がそれなりにいて、寂しすぎる会にはなっていない。良かった。

 一番奥、上座にあたるテーブルに黒っぽい髪色の少年。

 いた。

 コランタン王子だ。

 いたよ、いたいた!

 良かった。ゲームと全然違う見た目だったらどうしようかと心配してたんだよ!

 これなら声もきっとヒロ様だよね?


 私をエスコートしてくれているオレリアンが止まる。

 もちろん私も優雅に足を止めた。

 まずは参加してくれた皆様に挨拶。その後、軽食が振る舞われ歓談。

 私は各テーブルを回り挨拶。

 温室内を案内しながら、参加者の実家について探りを入れ……じゃなかった、親睦を深める。で、締めの挨拶。

 段取りを確認しながら全体に視線を巡らす。つもりだった。


 そう、始まる前にコランタン王子と側近として側にいるはずのヴィクトーを確認して、全体を見回してるふりしてオレンジの髪のパトリシアをチェックする。うん、完璧。

 でも、無理。

 だって、めちゃくちゃ気になる髪の色を見たから。


 それは桃色。あるいはピンク。

 ピンクってなんで?

 ピンクって、この世界にアリなの?


 コランタン王子と同じテーブルにいる綺麗な顔の少年は、一体何者?

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