8 終戦
私は昔から話をするのが苦手だ。頭に浮かんでくる色々なことをいっぺんに話そうとするので、話が飛び飛びになって分かりづらく、みんな話を聞いてくれなくなる。おばあちゃんだけはそんな私の話を、いつも根気よく聞いてくれた。
一度お母さんがおばあちゃんにこう言ったことがある。
「おばあちゃんが聞いてくれるから、ミンクはいつまでも変わった話し方なんじゃないの?」
おばあちゃんは気にしなかった。
「みんなと同じなら親は安心かもしれないけど、同じが良いとは限らないよ。私たちの安心のためにミンクの才能を潰しちゃダメなんだ。ミンクはミンクにしか出来ない考えかたがあって、それを大事にするのが良いと思うね。」
「社会に出た時に一人だけ違ったら困るでしょ?生存競争に負けちゃうわ。」
「車のレースに出そうとして船にタイヤを付けたって、惨めな結果になるよ。私たちはミンクの前に広がる大海原を信じて、大きく強くするのが仕事さ。」
「海があればいいけどね…」
お母さんはまだ納得出来ない感じでため息をついたが、それからはおばあちゃんに変な話をしていても文句は言われなかった。
私の一番の理解者のおばあちゃん。
おばあちゃんも、おばあちゃんの大好きな家も、守ってあげたいけど、もう私にあの黒い敵を倒す方法は見えない。それどころか、追いかけることも出来ない。無力感で涙が溢れた。
「ミンクさん。『大徳は閑を踰えず、小德は出入りするも可なり』って言葉知ってる?」
涙を目に浮かべてキョトンとする私の前で、ソーマは停められていたバイクの部品を壊したり配線を引っ張り出して切ったり、また繋いだりしてエンジンを始動させた。
「大事なことのためには、少しぐらい犯罪してもいいよって意味なんだ。」
きっと違うと思う。
「ミンクさんはたくさんの可能性をいっぺんに考えられるって、おばあちゃんが言ってたけど、きっとその可能性の中に悪いことは入ってないよね。優秀な人を探すために食い逃げするとか、敵を追いかけるためにバイクを盗むとかさ。」
ソーマはバイクにまたがって、後の席をポンと叩いた。
「悪いことも考えたほうが良いってことじゃなくてさ、自分が出来ない事は仲間に任せたらいいんだよ。さ、黒いやつ追いかけよう。倒し方はミンクさんが考えてね。」
ソーマはまだ諦めていなかった。私は涙を拭ってバイクの後ろに乗った。
「見た目小学生だけど、運転できるの?」
「もちろん、無免許運転も体験済みだよ!」
「本当に悪い子だね。」
私は笑った。ソーマも楽しそうに微笑んで、バイクを発進させた。
全速力で走らせるのでかなり怖かったが、おかげですぐに黒い敵に追いついた。
「どうする?」
敵の後ろをつけながらソーマが聞いてくる。周りを観察し、可能性を探った。さっきのソーマの言葉を思い出した。私は今まで正しい行動だけを可能性として考えていた。だから、機械も正しく動く可能性しか考えてなかったのでは?とふと気付いた。
「ロボットの脚の下の方にボタンみたいなのあるよね、あれ何かわかる?」
「多分、暗いところでメンテナンスする時に照明をつけるためのボタンだね。ロボットについてるLEDが光るんだと思うよ。」
「あれを押す。」
「ロボットを光らせるボタンだよ?」
「ボタンがあれば、私に壊せない機械はないわ。」
「あはは、理屈はわからないけど、頼もしいね。」
「動いてるとボタンを押せないわ、止める方法はない?」
「ミンクさんに頼られたら、やるしかないね、任せてよ。」
ソーマはスピードを上げて、敵の脚のすぐそばまで近寄り、私を抱き上げてバイクから飛び降りた。バイクはそのまま敵の脚の下に潜り込み、バイクを踏んだ敵のロボットは派手に転んだ。
ソーマは私の体が地面にぶつからないよう、自分の身体でガードしている。私と身長が変わらない華奢な身体で、必死に私を守ろうとしてくれている。なんて格好い…
「ぐぇ」
当たりどころが悪かったのか、ソーマから変な声が出た。
「え、何?体はってミンクさんを護ったのに、残念な目で見られる意味がわからないよ。とにかく今だよ、ミンクさん、ボタン押しちゃって!」
私は敵のロボットに向かって走った。起き上がろうとしている、急がないと。
「わたくし、寺谷ミンクは機械オンチにつきー」
ロボットの足の甲部分によじ登る。メンテナンス用ボタンはすぐそこだ。
「ー絶対にロボットには乗せないでください!っと」
ボタンを思いっきり押し込んだ。スパーンと激しい破裂音がして、起き上がる途中だった黒いロボットは、その姿勢のまま活動を停止した。