2 軍隊に誘われる
今日は戦争の日だ。私の住んでいるシーガ町が戦場になる。避難のために朝早くから荷物をまとめていると、お母さんから声を掛けられた。
「ヒコ地区のおばあちゃんが避難しないって言ってるのよ。ミンクからも避難するように説得しに行ってくれない?」
「え、わかった。すぐ行ってくる。」
おばあちゃんは自分の家が好きだ。ヒコ地区は不便だから私たちと一緒に住もう、と誘った時も、死んだおじいちゃんとの想い出が詰まってるからと、家を出ようとしなかった。でも今回は話が別だ。避難しないと戦争に巻き込まれてしまう。
家を出るとスーツの女性が立っていた。
「あ、寺谷ミンクさんですね。軍隊に入ってください。」
「え、嫌です。急いでるので失礼します。」
謎の勧誘をスルーしてヒコ地区に向かうと、2日前に捕まえた食い逃げ犯が向こうの角から歩いてきた。
「あ、また会えたね。ミンクさんって呼んでいい?軍隊に誘われたでしょ、てかどこ行くの、ついて行っていい?」
「いろいろ意味がわからないけど、今は考えたくないわ。おばあちゃんに避難するよう説得に行くの。邪魔するなら来ないで。」
「わかった、邪魔しない。」
おばあちゃんは玄関で待っていた。私が行くことをお母さんが連絡したのだろう。
「おばあちゃん、ここに居たら危ないよ。避難しよう。」
「わかってるんだけとねぇ、どうしてもこの家から離れられないの。おじいちゃんとの想い出が消えちゃう気がして、怖いのよ。避難はできないわ、アンタは早く逃げなさい。」
おばあちゃんは頑固だ。これは紐でくくって連れて行くしかない。
「おばあちゃん、じゃあ僕が守るよ。」
食い逃げ犯が突然会話に入ってきた。
「僕はシーガ防衛作戦でロボットを操縦するパイロットなんだ。」
なんで食い逃げとかしてたの?
「僕がこの家を守るから、ミンクさんが軍隊に協力するように説得してよ。」
駄目だ、話についていけない。
「ミンクが何を協力するんだい?」
「僕らの指揮を取って欲しいんだ。僕が食い逃げしたとき、ミンクさんに捕まえられたんだけど、すごかったんだよ。あの場所にいた全員が、ミンクさんの思うように動かされてたんだ。」
おばあちゃんは嬉しそうにニンマリ笑った。
「ミンクはね、量子コンピュータみたいに考えるんだ。」
「どういうこと?」
「量子コンピュータは普通のコンピュータが何百年かかっても解けない問題を一瞬で解けるんだ。でもどんな計算でも普通のコンピュータより速いわけじゃない。考え方が違うんだよ。普通のコンピュータが一つ一つ計算して答えを出すのに比べて、量子コンピュータは全部の可能性をいっぺんに計算する。そのかわり、答えが絶対に正しいとは限らないんだ。」
んー、何言ってるかわからない。
「ミンクもね、全部の可能性をいっぺんに考えられる。だから普通の人じゃ出せない答えが出せる。でも、答えが決まってる問題は苦手なんだ。いまだに九九を間違えるしね。」
「九九は関係ないでしょ、電卓があれば憶えて無くても困らないし。」
「アンタ機械オンチだろ、電卓なんて使えないじゃないか。」
「え、電卓使えないって機械オンチってレベルじゃないよね?」
食い逃げ犯が信じられないという顔で見てくる。
「うるさいなぁ、爆発するんだもん。私のせいじゃない。」
「電卓に爆発する部品は入ってないよ。」
「とにかく、おばあちゃんの避難をどうするかが今は大事なの!」
「私は避難しないよ。でもミンクを説得もしない。ミンクが軍に協力するかは、ミンクが考えて決めることだ。」
「ミンクさん、おばあちゃんを無理やり避難させることは出来るけど、ここは激戦区になる予定だよ。この家が潰れる可能性は高い。でもミンクさんの能力があれば、戦場を誘導することも出来るんじゃない?今回だけでも協力してよ。」
私はため息をついた。
「…わかったわよ、じゃあ私がこの家を守るわ。あなた、名前は?」
食い逃げ犯は目をキラキラさせて、おもちゃを買ってもらえた時の子どもみたいに喜んだ。
「僕は早馬ドナリー、ソーマでいいよ。よろしくね、ミンクさん。」