1 食い逃げ犯をつかまえる
テレビでは今日も戦争のニュースをしている。といってもアナウンサーの声は明るい。
現代の戦争は遠隔操作のロボット同士が戦うだけなので、人の犠牲者がほぼ出ないからだろう。
「チサン軍が3日後にシーガ町を攻撃するってよ」
「迷惑な話だな、明日からしばらく避難だ。家が壊されなきゃいいけど。」
「狙いはロボット工場だろ?お前の家は遠いから大丈夫じゃね?」
「だといーけどな。」
お客さんがそんな話をしている。私にとっては3日後の戦争より、このディナータイムこそが戦場だ!私は寺谷ミンク、どこにでもいるただの女子高生だ。ここ満腹中華飯店でバイトをしている。この店は安くて美味いと評判で、今日も満席だ。ディナータイムはとんでもない量の注文が入るが、厨房は店長とバイト1人で回している。できた料理をお客さんの席まで運ぶのは、私を含めたバイト3人。どこどこの席の食事ペースが速いからこの注文を先に作ってほしいとか、この料理を届ける時にあの席の皿を回収して欲しいとか、今は洗い場に2人配置するのが効率的だとか、そんなことも私達バイトで考えて回している。自分で言うのも何だが、私の動きは神がかっている。私がシフトに入る日は、バイトの数をいつもの半分の2人にしても余裕なぐらいだ。
さて、忙しくなってきた!ざっと店内を見回す。それぞれのお客さんの飲み物の減り、料理の進み具合、バイトの動き、全てを把握して、最善の行動を取る・・・
「ミンクさん、ごめん!これ、レンジでチンしてくれない?」
・・・確かに今の状況では私がレンジを使うのが一番効率的だな。
「わかった!任せて!」
ポチ・・ボンッ!!
くっ、また爆発した。料理が?違う、レンジが!!
「あ、誰だ?!ミンクにレンジ触らせたのは!そいつを機械に近づけるんじゃねぇ!」
意外だと思うが、私は機械オンチだ!私が触るとなぜか全ての機械が壊れてしまう。
「すみません!すぐ直します!とりあえず、叩いたらいいですか?」
「なんで叩いたら直ると思ってんだ!いいからレンジから離れてくれ!」
厨房から出るとレンジの爆発音が聞こえていたようで、ちょっとした騒ぎになっていた。バイトメンバーが「大丈夫です、いつものことです。」とお客をなだめている。
二回目だもん、いつもじゃないもん!
と、その騒動に紛れて食い逃げをしようとした客がいた!褐色の肌をした10歳ぐらいの少年だ。事情があるのかもしれないが、食い逃げは見過ごせない。私はすぐに追いかけた。
「その人食い逃げです!」
私の言葉に強そうな男の人が立ちはだかる。
が、小柄な食い逃げ犯に簡単に背負い投げされた。強い!動きも速い!ただ者ではなさそうだ。
店の外に出る!狭い歩道を犯人は逃げていく!私の足では追いつけそうにない!
落ち着いて周りをざっと見た。目を瞑って情報を整理する。鳥が空から眺めるように、私の周りの状況を理解した。
「そこのグレーのスーツの人、一歩前に出て!」
100メートルほど離れた見知らぬ人に指示を出す。戸惑った感じだが、思わず従ったという感じで前に出た。
通りを走っていた車が、その動きに驚いてハンドルを切る。と、その急ハンドルに驚いて通りを歩いていたお婆さんが止まった。食い逃げ犯の目の前だ。
お婆さんは左から右に歩いていた。食い逃げ犯は避けようと左に行きたくなる。それを読んで後ろから来ていた自転車の進路を邪魔して、左側を走るよう誘導していた。お婆さんの左は自転車が通り過ぎる。食い逃げ犯は右に行くしかない。お婆さんを突き飛ばすという可能性もあるって?食い逃げ犯は強そうな男の人を投げたとき、最後まで腕を離さなかった。受け身を取りやすいようにだ。つまり人を傷つける意思はない。必ずお婆さんを右に避けようとする。そしてお婆さんの右にはマンホールがあった。
食い逃げ犯がマンホールを踏む一足早く、ラー油の容器をマンホールに投げつける。油で濡れたマンホールを踏んだ食い逃げ犯は、盛大に転んだ!すかさず通行者に呼びかける。
「今コケた人、食い逃げ犯です!捕まえて!」
通りがかりの屈強な大人に取り押さえられ、食い逃げ犯の少年は大人しくなった。捕まった事に驚いているようだ。目を丸くして私を見ている。
「・・・お姉さん、スーツの人に声を掛けた時に、ここまで読んでたの?」
「まぁね。どんな事情があるか知らないけど、食い逃げは見逃せないよ!お金がないならそう言いな、うちの店長ならきっと、何か食べさしてくれるから。」
食い逃げ犯は最後まで聞いてないみたいだった。
「すごいね!また会いたいな、名前教えてよ?」
「ミンクだけど・・・また食い逃げするつもりなら、私はあんまり会いたくないよ?お金を稼いでまたおいで。」
そんな事を話していると警察がやってきた。バイトメンバーが通報してくれたのだろう。やってきた警官に連れられて、食い逃げ少年は何故か笑顔で去っていった。