チョコを作っていたら殺人の疑いをかけられた
バレンタインデーの為に気合いを入れて潤沢着色料含有ゲーミング・チョコレートを作っていると、電話がかかって来た。
『もしもし~? 私だけど私、わかるでしょ?』
典型的なオレオレ詐欺。知名度が上がりすぎて老人ですら引っかかる率が低下してきたと知り合いが嘆いていた古典的手法を、この期に及んで使いまわしてきた。
──しかし、ここで私は考えた。
今になっても古典的な手法を用いるということは何かしら意味があるのではないか、と。
ここで電話をガチャ切りすることをトリガーとした爆薬でも家の中に仕掛けられているのではないか。
そのような疑問で脳が占められていく。
どこだ。そして、何時だ。
いつの間にそんな爆薬を仕掛けられた?
『実はちょっと前に事故っちゃってぇ~、お金が少しだけ必要なんだけど、貸してくれない?』
電話を持つ左手がガタガタ震える。
迂闊に滑らせて落とした瞬間、両親がローンを組んでまで買ったこの一軒家は木っ端微塵である。そして私がくたばり、両親には私の生命保険分だけの現ナマ支給が残される。つまり、差し引きはマイナスだ。
「木っ端微塵……爆破……」
殺される。そして我が家に借金が残る。
そんな恐怖の思考が断片的に口から漏れていく。
恐怖を由来とした振動が右手に伝播し、持っていたドリルが音を立てて回転していく。
ウィィィィン、とチョコレートに浸かったままのドリルが回転し、ベチャリと粘度の高い液体──即ち、チョコレートが飛び散る音が耳に入る。
『……何の音?』
ヤバい。冷静な私の思考が状況を分析する。
このままだと受け答えしている間にチョコレートの虹色が崩れてしまう。故に急いで冷蔵庫にしまわないといけない。
「冷蔵庫は……」
生憎とマルチタスクというものが出来ない性分なもので、急いで電話に注意をむけたまま冷蔵庫に向かっていると、開けっ放しであった戸棚にぶつかる。
床に落ちる包丁。それはカランカランと独特の音を立てて響かせる。
『包丁、血にさっきの爆破って……殺人……!?』
我が家を爆破しようとする大罪人候補者が何か言っているものの、冷蔵庫にチョコを入れるので精一杯であった私にとっては、全ての言葉がお昼休み後の五限古典と同様のものに聞こえる。
殺人というキャッチーなワードだけが耳に残った私は、やはり電話の相手はそういう輩であると確信を深める。
通報しなきゃいけない。されど、その通報に使う為の携帯電話は相手との通話に使われてしまっている。
結果。
「殺してやる……」
通報という最終手段にして万能解決策と共に冷静さを失った私が選択は、威嚇であった。
自然界の動物は敵を見かけた時に威嚇する、というお昼のテレビから仕入れた情報。それが真っ先に思い出されたからだ。
『……』
「……」
数秒の睨みあいの後、ガチャリと電話が切られる。
「我が家を、守りきったぞ……!」
ついに、一家団欒を脅かす凶悪犯との攻防戦に勝利した。
野生動物の摂理を思い起こすことで勝利をもぎ取れたのだから、野生動物なりの勝ち鬨を挙げるのが筋だろうと、私は叫ぶことで勝利を示す。
タイル式の床の上でゆっくりと回転する包丁が、私の勝利を祝福してくれた。
数分後、警察が我が家にやってきた。
どうやら殺人の疑いがあるらしい。むしろ殺人されかけたのはこちらである。
私は一生懸命弁明し、ついでにゲーミング・チョコレートを警察の方々に賄賂がわりにお渡しした。
どこか引きつっているように見えたのは、きっと気のせいだろう。