可能性の発見
短いけれど、キリがいいので。
よろしくお願いします。
食休みを挟んだ午後、俺とアイリーンは護衛を連れて、馬車で海にやってきた。
アイリーンに喜んでもらおうと思っていたのだが、俺の方が喜ぶ結果になった。
海辺にはスライムがたくさんいたのだ。
黒い姿の錬金スライムもいるが、普通のスライムの方が多い。
普通のスライムはどれも青系統の色をしている。
俺はアイリーンのことも忘れてスライムに夢中になっていた。
手近にあった棒でスライムをつつく。
ぷるぷると揺れるだけで、特に反抗的な行動をとらないスライム。
うわあ、生のスライムだよ! 本物だあ!
小説の中だけの魔物が目の前にいる。
俺は感動して、スライムを突きまわした。
そんな俺に近づいて、呆れた視線を向けるアイリーン。
「アンタ、スライムのなにが面白いのよ。そんな雑魚魔物」
「へー! お前、雑魚なんだ! うりうり~」
「ダメだわ、自分の世界に入ってる……。でも、この景色はすごいわね」
「すごいよね! 見渡す限り、いっぱいスライムがいるよ!」
「そっちじゃないわよ、まったく。この広い水たまりが、どこまでも続いてるって言うんだから、不思議よね」
「うーん、海はそういうものだからね。どこまでもって言っても、どこかには大陸があるはずだよ。ボクからすると、魔法で航路を切り開いたことの方がすごいよ」
そう、この国は魔法で別大陸との航路を確保している。
発信機みたいのを置くことによって、船は迷うことなく海を越えて、大陸に辿り着くそうだ。
最初こそ大変だったものの、一度発信機を置いてしまえば方向を見失わない。
各大陸にある発信機は、外されないように国の騎士を配置して守っている。
失えば、船は迷ってしまうためだ。
とはいっても、別大陸に向かえば済むという話らしい。
それに、どの大陸もこの国の魔道具を必要とする。
なので、そんなことは滅多に起こらない。
そんなことよりも、今はスライムだ。
この不思議生物を調べたい。
あ、ペットにできたりするのかな?
ファンタジーに魔法とくれば、やっぱりテイムだよね!
でも、どうやるんだろうか?
アイリーンなら知ってるかな? 聞いてみよう。
「おねえちゃん、テイムってどうやるか知ってる?」
「ハア? スライムなんかテイムする気?」
「うん!」
「アンタ、ホント変わってるわね。うーんと、たしかテイムは対象との魔力の相性によるって聞いているわ」
「魔力の相性って、どうやって調べるの?」
「魔力を与えてあげればいいのよ。でも、スライムをテイムした人なんて、ほとんど聞いたことないから未知の領域よ?」
「えー、なんで?」
「なんでって、それは雑魚魔物でなんの役にも立たないからよ。スライムをテイムするくらいなら、鳥系の魔物をテイムした方が手紙の運搬の仕事に就けるわ」
「そんなことないと思うけどなあ? ボクには可能性の塊な気がするんだよね」
「そうかしら? 無害で大した戦闘力もないし、重い荷物が運べるわけじゃない。知能はどうなのかしらね? まあ、そういうことだから、役に立たないわ」
「へえ? じゃあ、軽いものは運べるのかな? それに知能も調べる必要があると。うーん、どんなことができるか楽しみだね!」
「なんでアンタはそんなに前向きなのよ……」
昔、読んだ小説やゲームの中では、スライムで水鉄砲みたいなことしていた。
この世界のスライムでも同じことができるかな?
とりあえず、テイムしてみよう!
アイリーンの話によれば、魔力を与えればいいんだよね。
うーん、魔力を手のひらに集めれば、スライムが勝手に食べるのかな?
俺は魔力を手に集めて、スライムをテイムするために餌付けしてみた。
「ほーら、魔力だよー。食べてみな~?」
「魔力の相性がよくなきゃ、魔物は食べないわよ?」
「ぴー!」
「おお!? 食べてくれた! 一口で食べるんだな、スライムって。面白い!」
「ええ? 食べてるし……」
「ほら、どんどん食べていいよー?」
「ぴぃぴーぃ!」
スライムが俺の手から、パクッと魔力を食べる。
どんどん食べてくれるから、面白い。
なんだか、可愛いなあ。
そんなスライムと俺の様子を見て、アイリーンが呟く。
「もうスライムを手懐けてる。アンタ、意外とテイマーの素質があるのかもね? 今のところ、スライム限定だけど」
「いいね、スライムテイマー! 面白そう!」
「ちょっと! 冗談を真に受けないでよっ!」
スライムテイマー、なんて面白い響きだ。
魔法を使って、スライムも使役する。
うん! これで有名になれたら、格好いいな!
そんなことを考えている間も魔力を食べ続けるスライム。
テイムってこれだけでいいのかな?
アイリーンにまた聞いてみるか。
「テイムって、魔力を与えるだけでいいの?」
「あとは名前を与えて、魔物がその名前を受け入れたら、テイムはそれで終わりよ。アンタの魔力に反応して、テイムの紋章が魔物に浮かぶはずよ」
「わかった、ありがとう。うーん、名づけかあ? 責任重大だな」
「そんなの直感でいいじゃない。迷ってもいい名前なんて出ないわよ」
「水色のボディだから、青、ブルー、アクア。うん、アクアなんてどうかな?」
「ぴぃー!」
「あ、なんかスライムの頭に模様が浮かんだ!」
「テイムは成功みたいね、よかったわね。これでそのスライムはアンタの従魔よ」
「わーい! 初めてのペットだー! アクア、これからよろしくね!」
「ハア。ペット扱いなのね、アンタからしたら……」
アイリーンは呆れているけど、俺は満足だ。
さっそくアクアと遊んでみよう!
ここは海だ。
水はいっぱいあるから、水鉄砲の水には困らない。
水際にアクアを連れて行き、水を吸わせる。
「アクア、海水を吸って、水を出すことできる?」
「ぴぃ!」
「おー! すごいすごい!」
「っ! すごいわね、スライムって」
アクアが消防車の放水のような勢いのある水を吹き出す。
アイリーンが驚くのもわかるほど、水に勢いがある。
スライムって、面白いな!
もっと細かい指示をアクアに出してみよう!
「アクア、今度は霧状に水を出せる?」
「ぴぃ?」
「あー、霧がわからないのかな? んーと、水を細かい粒状にして出すんだ」
「ぴぃ~? ぴっ!」
「おお、すごい! 説明すればわかってくれるんだね!」
「スライムの知能って、もしかしてそれなりには高いのかしら?」
アクアが霧状に水を噴射したため、太陽の光で虹ができる。
その光景にアイリーンは目を輝かせる。
女の子だもんね。
こういうきれいな光景には目が奪われるよね。
「きれい……。すごいわ! スライムって、意外と面白いじゃない!」
「うん! アクア、今度は水を細く出してみて!」
「ぴぃー!」
「すごい、すごいわ! あんなところまで届いてるわ!」
「アクア、そのまま出してる水を揺らしてみて!」
「あははっ、面白いわ!」
「ぴぃ、ぴー!」
アイリーンが面白がってるのを見てか、アクアが複雑な水流を出す。
今までのことで学習したのかな?
渦を描いたり、霧を噴射したり、大量の水を一度に放水したりしている。
これを見る限りは、スライムの知能は高い。
よく考えれば、錬金スライムだって命令されたことをちゃんと実行するんだ。
錬金スライムは指示されたことだけを実行する。
けど、テイムだと学習して、自身で考えて実行するみたいだ。
スライムは、思ったよりも奥が深いかもしれない!
「あー、面白かったわ! スライムもやるじゃない! 誰よ、役に立たないなんて言い出したのは!」
「アイリーンが自分で言ってたじゃん」
「なにか言ったかしら?」
「いいえ、何も言ってません」
徐々に素を出しているのだが、アイリーンに気づかれてはいない模様。
水際からアクアを抱き上げる。
あれ? 体の中になんか白い粉みたいのがある。
なんだろ、これ?
直接聞いてみるか。
「アクア、体の中に白い粉があるけど、大丈夫?」
「ぴぃ?」
「うーん、わからないか? じゃあ、その白い粉を出してもらえる?」
「ぴっ!」
アクアの体から白い粉が入った球体が、ボトボトと落ちてくる。
たくさんあるなあ。
球体は薄く透き通っていて、中に入っているのはパッと見、ただの白い粉。
あっ、ビニールのフィルムみたいに破けた。
このフィルムはアクアの体の一部なのかな?
中の白い粉はサラッとしてて、香りはかすかに海の香りがする程度。
そんなまさかね?
俺は護衛に毒見してもらうことにした。
舐めようとしたんだけど、アイリーンと護衛に止められたんだ。
これは仕方ないよね。
たぶんアレだと思うことを護衛に伝えて、白い粉を舐めてもらう。
「これは、たぶん塩ですね。毒性があるかはまだわかりませんから、もう少し様子を見ましょう」
「わかった、ありがとう。残りのこれも中身は同じだと思うから、持ち帰って調べてくれる?」
「わかりました」
護衛の人が胸に手を当てて礼をする。
この国の敬礼だ、俺は特に何も返さない。
立場が一応、上だからね。
それにしても、やっぱり塩か。
もしかしたら、量産できるかもしれないな。
そうなると、塩を作ってる人たちの一部は仕事がなくなるかも。
あ、魔法の洗浄液の人員確保ができるじゃん!
それに薪も使わなくなるから、薪が余って安くなる。
薪代が高いって、父もボヤいていたしな。
いいこと尽くめじゃないか!
帰ったら、さっそく相談しよっと。
塩が入った残りの球体も護衛に預けて、アイリーンを見る。
浜辺にいるスライムをジッと見ているアイリーン。
どうやらスライムをテイムしたいようだ。
でも、ため息をついているけど、どうしたんだろう?
「どうしたの、おねえちゃん?」
「私もテイムできたらなあって……」
「え? したらいいんじゃないの?」
「私はっ……!」
「?」
「っ! ううん、なんでもないわ。さあ、帰りましょ。日が暮れるわ」
「う、うん……」
なんだろ? アイリーンの機嫌が悪くなった。
なにか地雷を踏んだのかな?
テイムができない理由がなにかあるのかな。
帰りの馬車の中でも一言もしゃべらない。
外の風景を見る横顔はどこか悲しんでいるように見えた。
声をかけたくても、なんて声をかければいいかわからなかった。
俺は仕方なく、今はそっとしておくことにした。
これは両親に塩のことを相談するのは後回しだな。




