第三王女
お昼休みに間に合いましたか?
お楽しみください。
魔法、とはいっても、まだ許可が出ていないので魔力だが、魔力を初めて扱ってからひと月も経った。
今の季節は冬。雪もだいぶ落ち着いてきた。
もうすぐ春になる。
まだまだ冷え込む季節だが、普段よりは寒いといった程度にはなった。
ひと月もあれば、異世界の生活で問題も起こる。
その問題解決に奔走した結果、どうしてこうなった。
それは突然だった。
朝からバタバタとした雰囲気の中、俺はいつも通りに朝食を食べていた。
珍しく朝食の席に顔を出した父から「今日は陛下が来るから、失礼のないように」と急に言われた。
まったく意味が分からなかった。
なんで急に王様がこの辺境に来ることになったのか。
そう質問したかったのだが、父はやや疲れた顔で朝食を素早くとると、すぐに席を立った。
王様が来るのはすでに決定事項のようなので、朝食後は自室に戻り、シューネに全身を陛下に失礼のないようにとチェックされた。
朝から王様に会うなんて気が滅入るなあ。
今日はようやく風呂に入れると喜んでいたのに、水を差された気分だ。
玄関前で家族揃って、今は出迎えの態勢だ。
しばらく待っていると、馬車が連なっているのが遠くに見えた。
騎馬が馬車を先導して、厳戒態勢が整ったのちに馬車が屋敷の前に止まる。
馬車から口ヒゲが偉い! と言っているようなおじさんが降りてきた。
髪色は黒、金の瞳がワイルドなイメージを付け加える。イケオジだな。
あれが王様か。
そのあとに王様の手を借りて降りてきた女の子に、俺は目が奪われる。
ピンクの髪、だが決して下品なピンクではない。
光の加減で金にも見える、ストロベリーブロンドという奴だろうか?
眼はツリ目がちで、紫の瞳。
パッと見の雰囲気は、きれいで可愛い女の子なんだけど……
やたら不機嫌に見えるんだが、なんでだろうか?
父と王様が話し始める。
「陛下、急な訪問ですが、いかがしましたか?」
「毎年のことではないか、固いぞ。ガスタ」
「毎年言っているではありませんか、ドラン陛下。連絡は早めにしろと」
「悪かったって、ガスタ。今回は娘も一緒なんだ、許せ」
「ハア。娘って、お前なあ。ディードじゃ、もてなしなんてできないぞ」
「アイリーンの面倒はお前の三男坊でいいじゃないか。話は聞いてるぞ」
「シモンにか? 怒らせてしまわないか、不安なんだが……」
「まあ、大丈夫だろう。今年も保養地として、利用させてもらうぞ」
「まったく、お前は学生の頃から変わってない」
「これが俺の素だからな、今更矯正なんてできないさ」
到着を待っている間に父から聞いたのだが、父とドラン陛下は学園でクラスメイトだったそうだ。
そのため、今のように気安い会話をする。
父は陛下の無茶に付き合って、ときに諫めたりもしたらしい。
今でもその付き合いは変わっていないとのこと。
夏はドラン陛下で、冬は王妃様がこの地に来るらしい。
王妃様は母とクラスメイトだってさ。
すげーな、俺の両親!? と思ってしまったよ。
去年は俺の儀式があるからと、陛下たちは一年間来なかったそうだ。
俺のために申し訳ない。
その分、おもてなしするから許してもらおう。
それと、保養地というのは、この辺境領地サンスールのことだ。
まあ、バカンスに使うってことだな。
丘の上に屋敷があるから、そこから見る海は絶景だ。
それに今回、おもてなしの料理は期待してくれていい。
屋敷に少ないが、醤油と味噌などがあったのだ。
前に売りに来た商会があまりに必死だったから、仕方なく購入したらしい。
料理長は料理にそれらを使っても、味に納得がいかず、まかないで少量ずつ使っていたそうだ。
調味料の容器に保存の魔法が効いているので、味が悪くなることはないらしい。
だが、それでも限度はあるとも、料理長が難しい顔で言ってた。
俺は料理長に頼み込んで、色々と作ってもらった。
昆布やかつお節モドキもあったので、出汁も完璧だ。
両親からもその美味さには、太鼓判をもらっている。
現在は料理長と父に頼んで、売りに来た商会を探している最中だ。
早く見つかるといいのだが、多忙のせいで手が回らず、まだ見つかっていない。
きっと、その商会なら俺が欲する調味料が眠っているはずだ。
っと、今はそんなこと考えている場合じゃないな。
明らかに不機嫌そうな王女様がこちらに歩いてくる。
ど、どうしよう!
明らかに俺よりは年上に見えるけど……
「アンタが私の面倒を見るですって? 年下じゃない!」
俺は言葉につまる。
ええっと、こういうタイプのお嬢さんには……!
「おねえちゃん、ボクじゃふまん?」
「っ!」
「ボクじゃ、ダメ?」
「だ、ダメとか言ってないでしょ! 泣かないでよ、もうっ!」
「うん!」
「アンタ、私を相手にもしかして嘘泣き? まあ、いいわ。私がアンタの勉強を見てあげる、感謝しなさいよね!」
「ありがとう、おねえちゃん」
よし、なんとか機嫌よく笑ってくれた!
嘘泣きからの「おねえちゃん」呼びしてみたけど、うまくいった。
シューネが視界のすみで鼻を抑えているが、今は無視だ。
しかし、さすがに恥ずかしいな。
今の俺を家族が見たらなんと言うか。
想像してみたが、恐怖でしかない。だが、今は役者になりきるしかない……
意識してショタボイスを作りながら、王女様をエスコートする。
後ろでは父たちが、ノンキな会話をしていた。
「おい、お前のとこのガキ、女の扱いを心得ていないか? 俺は不安になったぞ」
「それは俺もだ、ドラン」
「将来が楽しみだなあ、おい?」
「しらん。俺はなにも見ていない」
さて、この娘、アイリーン王女は第三王女だそうだ。
自分で言ってた。
今は勉強を見てもらっているのだが、先ほどから文句ばかりだ。
ショタボイスも継続中だ。つらい。
「アンタ、なんでそんなに計算早いのよ! ズルしてないでしょうね!」
「してないよ、おねえちゃん?」
「むきーっ、ムカつく! 年下のくせに! 年下のくせにぃ~!」
「おねえちゃんは、計算早くなりたいの?」
「なれるものならなりたいわよ!」
「じゃあ、いいことを教えてあげるね」
「なっ、なによ、いいことって……?」
「なんで、顔を赤くするのさ」
この子、意外と耳年増だな?
言っておくが、俺にそんな趣味はないぞ。
気を取り直して、新しく紙を取り出す。
この紙だが、この世界ではごく一般的に存在する葉っぱから作られている。
難しい話はよくわからんが、昔の錬金術師が作りあげたそうだ。
その葉っぱを今は大量生産して、今の紙があるそうだ。
その錬金術師は、錬金スライムも作りあげて、街の衛生面にも貢献している。
錬金スライムは、魔物のスライムを薬品や魔法などで飼いならした魔物だ。
単一の命令だけを処理する存在で、ある意味では人工的に作られた魔物なんだ。
このスライムは汚いものだけを食べるように命令されている。
利用先は、街の中だ。行動範囲が縛られているので逃げ出すこともない。
そのため、危険はない。
通常のスライムと見分けがつくように、黒い見た目をしている。
地球でいえば、ゴから始まる害虫扱いもされている、少々悲しい生き物だ。
衛生面ではかなりの貢献をしているのにな……
国もその働きは認めているが、これは人工的な魔物を作る危険な技術だ。
そのため、錬金スライムの製法は秘密とされ、門外不出の技術となっている。
ちなみに、以前に話した公衆浴場での疫病発生よりも、あとの時代に錬金スライムは作られている。
もっと早く発明されていれば、現代にも風呂に入る習慣が残っていたかもしれないと、俺は考えている。
さて、話がだいぶ逸れたが、アイリーンにひっ算を教えるために、ひと桁の計算の確認をする。
アイリーンは「バカにしないでよ!」と言うが、繰り上がりの計算に時間がかかっている。
俺はこの年齢では頑張っている方だなと思って、ひっ算を教えることにした。
まずは、十という数字の計算の組み合わせを徹底的に覚えさせる。
そのあとは、繰り上がりというものを説明して、ひっ算を教える。
最初の十の計算では「なんの意味があるのよ……」とアイリーンはボヤいていたが、これで君の計算が早くなるんだよと、俺は微笑ましく見守っている。
娘の美代にもこんな時代があったな、懐かしいな。
「なんでアンタが微笑ましい表情で私を見るのよ、意味が分からないわ」
「いや、ちょっと思い出してね」
「本当に意味が分からないわ。組み合わせは覚えたわよ! 早く教えなさいよ!」
「じゃあ、ひっ算を教えるね」
教えた後は劇的にアイリーンの計算速度が上がった。
私ってばやればできるのね! と舞い上がっていた。
じゃあ次は……、と俺が言ったところで、アイリーンは「もう計算はいいわ」と青い顔をして手で制した。
次は歴史と地理ね! と、俺の苦手分野をアイリーンが指定してきた。
俺の嫌そうな顔を見て、得意そうに笑うアイリーン。
「あら、嫌そうね。いいわよ、その顔。アンタはずっとその顔をしていなさい」
「歴史はまだなんとかなるんだけど、地理はちょっと、ねえ?」
「同意を求められても困るわ。歴史ができるのに、地理はダメだなんて面白いわね」
「地理はそこを治める貴族の顔が出てこないから、頭に入らないんだよ」
「ああ、私はその貴族たちがおべっかによく来るから、もう覚えちゃったわ」
「ハア、おねえちゃんがボクの代わりに、貴族の顔写真を撮ってきてくれたらな」
俺がそんなことを言ったのが、きっかけだったのかもしれない。
突然、俺の神具が姿を現した。
「きゃっ! なによ、この本!」
「ああ、ボクの神具だよ。でも、なんで突然出てきたんだろ?」
「これがアンタの神具? 私と同じで、変わってるわね」
「同じ?」
「ううん、それはいいわ。なんか二つあるけど、二つともアンタの神具なの?」
「なんで二つあるんだろ? 中を見ても片方はいつもの。もう片方は、えっ!?」
「どうしたの?」
「これ、所有権を渡せる。ボク以外の誰かに、神具を貸すことができるみたい」
「えっ、それってすごいじゃない!」
「そうか! さっき言ったことができるのか!」
「な、なによ。どういうこと? 一人で納得してないで教えなさいよ!」
「アイリーン! これで貴族の顔を撮影してくれないか?」
「ななな、なんで、急に名前で呼んでっ。あ、アンタだから許すけど、ほかの人だったらパパに言いつけてやるところよ? それで、私になにをさせるって?」
「撮影だよ、撮影。各領地の貴族の顔を撮影してほしいんだ。そうしたら、地理と貴族の顔が一致して、覚えやすい!」
「……結局勉強のことなのね、アンタは。それで、『さつえい』ってなによ?」
興奮していたせいで、日本語で『撮影』って言葉にしていたようだ。
俺は少し冷静になってから、アイリーンに説明をすることにした。
ある日、日記を書こうとしたら、俺の神具に変化があった。
表紙に水晶がついていたのだ。
なんだろうと思って調べてみたが、よくわからなかった。
もういいやと投げ出して、日記を書こうと本をめくると答えはそこにあった。
いつもは何も書かれていない目次にあたるページに『撮影機能の追加。水晶を向けて魔力を通すことで撮影が可能』と書かれていたのだ。
試しに撮影してみると、水晶を向けた先の風景が日記の続きに表示された。
これはいいな! と、そのときは思ったのだが……
のぞき窓がついていないせいで、うまく撮影できなかった。
この機能に慣れるまでに何度も撮影して、コツをつかむのに苦労したものだ。
「つまり、アンタはこれを使って、景色を保存できるのね」
「まあ、そういうことだね」
「それにしても、神具を日記帳代わりに使うだなんて、信じられないわ。アンタ、もしかして意外とバカ?」
「おねえちゃんよりは計算できるよ?」
「キィー! 今はそんな話してないでしょ! それに、このヘンテコな文字みたいのはなんなの? 文字が書けないってわけじゃないんでしょ?」
「あー、うん。それは……」
「なによ?」
「秘密かな? まだ誰にも話したことがない。俺の、秘密なんだ」
「……」
「話してもいいかなって思ったら、おねえちゃんには話すよ」
「……アンタもなにか抱えてるのね?」
「秘密だよっ♪」
「もうっ、真面目な雰囲気だったのに!」
「それで、なんだっけ? 文字の話だっけ? ちゃんと書けるよ?」
「なんで書けるのにヘンテコな文字使うのよ。もしかして、暗号? それよりも、アンタは日記帳にしか使ってないみたいだけど、この二つに分かれた神具なら、遠く離れていても手紙を送るような使い方ができるんじゃない?」
「えっ?」
「学園に通ってるお姉さまが言ってたわ。女の子同士で手帳を交換して、情報交換するんですって。たしか、交換手帳と言ってたかしら? アンタは女の子じゃないけど、私もそれをやってみたいの!」
「うーん、そんなことできるのかなあ?」
それって、異世界版の交換ノートって奴?
異世界でもそういうのはあるんだなあ。
それを俺の神具でやるってことか。
まだやるとも言っていないのに、もう試す気満々のアイリーンが止まらない。
「試しにやってみましょ!」
「まあ、いいけど」
「ほら、書いたわよ!」
「うぇっ!? ホントに返信って出てきた。じゃあ、これでいいかな?」
「なんで計算問題を送ってくるのよ! こんなのは手紙じゃないでしょっ!」
「でも、ちゃんと解くんだね?」
「当たり前でしょ!」
その後は神具での撮影を試したりして、あっという間に昼食になった。
昼食に出たステーキは、陛下たちにも美味しそうに食べてもらえた。
玉ねぎモドキを刻んで入れた醤油のソースが美味しかったのだろう。
俺は付け合わせはライスで食べたが、ほかの人はパンだ。
米の方が満足感あるのになあ。
そんなことを思いながら、俺はセルフでステーキ丼を食べた。
丼といっているが、平皿なのが格好つかないけどな。
午後からはどうしようかな? とりあえず、海にでも行ってみるか。
城下町以外の外出は、これが初めてらしいからな。
アイリーンに海を近くで見せてあげたい。
喜んでくれるといいな。
ようやく女の子を出せました。