父の日記
いつもよりも短いです。
よろしくお願いします。
Side:美代
大好きだったお父さんが死んだ。
あの日、病室で別れるまでは元気だったのに、深夜に体調が悪化して、父はそのまま……
翌朝、母が病院に行った時には手遅れだった。
お母さんはその場で倒れ、今は抜け殻のようになってしまった。
母は今、ベッドの上でスマホをいつも握りしめている。
手が痛くなるからと、一度無理やりに取りあげたけど、母のスマホの画面には父が投稿したウェブ小説のページが開かれていた。
私はそれを見て、母を抱きしめながら泣いた。
私たちを繋いだ父の小説は、何物にも代えられない宝物だ。
父と母を結び付けて、私が大賞をとったのも、その作品をゲーム化しようとする兄も、すべての原点は父の小説だ。
みんな、父が繋いでくれた大切な絆だ。
父が亡くなって、葬儀も終わり、どんなに悲しくても日々を生きていくために働く。
ある日、パソコンを開いて出版社が作った私の作品の紹介サイトに、不思議な本のアイコンを見つけた。
古めかしい本のアイコンが点滅しているのだ。
まるで、クリックしてくれと言わんばかりに。
出版社がなにかしらの宣伝ギミックでも入れたのだろうかと疑問に思い、私は特に何も考えずに、中身を確認しようとアイコンをクリックした。
そこに書かれていた文章を読み、頭が一瞬真っ白になり、次に怒りが湧いた。
父を騙った何者かが謎のメッセージを書いていた。
しかも、メッセージの中身は手書きだ。
ひらがなとカタカナ、そして簡単な漢字と私たち家族の名前。
どことなく父の文字に似ている気はするが、父は死んだ。もういない。
私は怒りを抑えきれず、すぐに出版社に抗議の連絡を入れた。
電話口でサイトの担当者からは「そんな悪趣味なことはしない」と言われた。
でも、実際に目の前にあるのだ。
担当者からは「疲れているんじゃないか?」というバカにするような態度。
私はその担当者に腹が立ち、プライベートのスマホを取り出して、問題の本のアイコンを写真に撮って送ろうとした。
スマホを構えて写真を撮ろうとしたのだが……
パソコンに映る本のアイコンが、スマホの画面には映らないのだ。
なに、これ? どうなってるの?
私は混乱して「ごめんなさい、また連絡する」と言って、担当者がまだなにか言っていたが、無視して通話を切った。
私の目には見えるのに、スマホのカメラ画面に映らない。
この不思議な本のアイコン。それと、手書きのメッセージ。
どういうことなの? 本当にお父さんなの?
私は呆然として、椅子に倒れ込むように座った。
しばらくの間は心の整理がつかず、あのメッセージを読めなかった。
私一人では判断がつかず、兄の浩二にこのことを相談してみた。
最初は兄も「何を言ってるんだ」と疑惑と怒りで半々だった。
しかし、スマホの画面にアイコンが映らないのを見せると、それらが困惑に変わっていった。
私と兄はこのメッセージのことは、まだ母には内緒にしようと決めて、メッセージを読むことにした。
メッセージをすべて読んだ私は確信した。
これは父だ。まぎれもなく父が書いたものだ。
父の小説を読み込んだ私にはわかる。
メッセージの内容は日記だった。
けれど、日記と言えども、どこか書き方に癖があるのだ。
結論を先に持ってくるのが、父の書き方だ。
兄は筆跡から父だと判断したようだ。
ひらがなやカタカナが多用されているのも、生前の父が「漢字が書けなくなった」とボヤいていたのを覚えていたそうだ。
ほかの人に文字を見せることができないので、兄は自身で生前の文字と比較したようだ。
確信はまだないようだが、あまりにも似すぎていると言う。
『オレは今、ここで生きている』
父が、父がここにいる。
私は涙が止まらなかった。
でも、日記を読んでわかったことがある。
父がいる場所はきっと異世界だ。地球ではない。
魔法使いになったと、日記には書かれていたからだ。
本当かどうかはわからないが、こんな不思議なことが起こるんだ。
きっと異世界からなんらかの方法で、私たちにメッセージを送っているのだろう。
魔法を使いたいとずっと言っていた父だ。
願いが叶って、楽しそうなのが文章から伝わってくる。
日記に書かれているのは、本物の異世界の描写だから、私が今書いている作品にはとても刺激的だった。
まあ、そのために全文書き直しすることになって苦労はしたが。
おかげで「描写がリアルになった」「異世界にでも行ってきた?」などといった感想が、ファンからたくさん来るようになった。
兄も私と同じようだ。
送られてくる日記に、ある日から写真が添付されるようになったのだ。
兄は父の日記と写真の画像から、父と私が思い描く魔法や異世界への理解度が増したそうだ。
だが、写真に写る父の手は小さい。
日記には転生したかもしれないと書かれていたから、父はこちらで死んでしまったことを知らないのだと思い、私はあの日の病状悪化は突然の出来事だったのだと思い知る。
送られてくる日記には、主に魔法と異世界の生活に関して書かれていた。
毎日欠かさずに、この魔法がこうだったとか、あの小説のネタを実現したと嬉しそうな日記が送られてくる。
私たちの悲しみも知らずに、ノンキな父には少し腹が立ってしまった。
母はまだベッドで、父のことを想っているのに。
父は私たちのことなんて忘れてしまったのだろうか?
いや、そんなことはない。
もしそうだったら、私たちに向けて書かれているこの日記はなんなのだ?
父は父なりに、私たちを心配させないようにしているのだろう。
帰りたいと思ってくれているのだろうか。
そう思うと、私は父が不安に押しつぶされていないか心配になってしまった。
母にもこの日記を見せてあげたい。
けれど、どんな反応を見せるかがわからなくて怖い。
最悪のことも考えると、今はまだ見せられない。
私は父に母をなんとか元気づけてもらいたい。
でも、どうしたらいいのだろうか?
兄も私と同じ考えでいる。
なんとか母に以前のように元気になってもらいたい。
私たちが頭を悩ませてから、数日後。
それは突然起こった。
その日もいつものように仕事を終わらせて、新しい日記が書かれていないかとパソコンを開き、本のアイコンをクリックして日記を読んでいた。
新しい日記の内容を読み終えた時だった。
突然『返信』というボタンが、文末に浮かび上がるようにして出てきたのだ。
「え? 嘘っ!? お父さんにこっちからメッセージが送れるってこと!?」
私は慌てて、プライベートのスマホを取り出して兄に連絡した。
あまりにも急なことで、手が震えるし操作を間違える。
焦る私は兄と連絡が取れたときには叫んでいた。
「お兄ちゃん、早く帰ってきて! 『返信』ボタンが急に出てきた!!」
私の簡潔すぎる言葉を聞いても、兄はすぐに理解してくれたようだ。
兄からの返事はかなり焦った様子の「わ、わかった!」という一言だけ。
兄が帰ってくる間に、私は期待と不安まじりに返信の内容を考えることになる。
「もうっ! お父さんったら、急すぎるよ! こっちのことも考えて!!」
ああでもない、こうでもないと返信の内容を考える私。
本人には届かないだろう文句を、ブツブツと言うことになるとは思わなかった。
あまりに意識が返信内容に持っていかれたため、ベッドの上で母が私の声に反応したのにも、私は気づかなかった。
私は兄の帰りを待ちながら、父になんとメッセージを送ろうかと悩み続けた。
家族のもとに届いた日記。
不安と期待の先にあるのは?
次は時を少し飛ばしながら、主人公の視点に戻る予定です。
ヒロインを出せるといいな。