魔法使い(仮免)になった!
深夜に起きて書いちゃったよ……
まあ、更新する分にはいいよね!
口の中の苦さで目が覚める。
なんだこれ? なにか邪魔なのが胸元に置かれている。
胸の上にあるものをどけて、俺は起き上がる。
ここは最初に起きた部屋か?
それにしても、なんだこの青臭い味は……? とにかく水っ!
俺は周囲を見回して、ベッドサイドにあった水差しを手に取るが、重くて持ち上げられない。
お、重い。こぼしてしまう。
俺が起きたことに気付いたシューネが駆け寄って、水を木製のコップに入れてくれる。
水を飲んで一息入れると、落ちつく。
窓の外を見る限りは、もう夜だ。
雪が積もっているのも確認できる。
まさか、寒冷地帯じゃないよな?
寒すぎるのは嫌なんだが。
かといって、暑すぎるのも嫌だけど。
この世界にも四季はあるのかなあ?
シモンの記憶を思い出す。
記憶がやや曖昧だけど、どうやら四季はあるようだ。
まだ記憶を思い出そうとすると、妻たちとの思い出が優先される。
まだ頭が混乱しているな。
それはそうか。
いきなり身体が小さくなって、魔法を見せられ、変な儀式に連れて行かれたんだ。
こんなの漫画や小説の中だけの出来事だと思っていたよ。
妻や娘に言ったら、喜ぶかな?
……いや、心配されそうだ。
今、俺の具合が悪いのを心配してくれるのはシューネだ。
妻たちじゃない。
俺の家族はどうなったのかな?
それに、俺の生死も気になる。
生きてさえいれば、家族のもとに帰れるのだろうか?
でも、あの状況から生きている可能性はかなり低いと思う。
やっぱり、俺は死んだのかなあ?
家族や自分のことを考えていると、扉をノックする音が聞こえ、まだ若い男女が部屋に入ってくる。
あれは……、シモンの両親か。
「シューネ、シモンの具合はどうだ?」
「旦那様。回復薬の苦さで起きたようです、先ほど水をお飲みになりました」
「そうか。シモン、どこか体調がおかしいなどはないか?」
「い、いえ、ありません」
「? シモン、大丈夫か? いつもより表情も口調も固いぞ」
「ボクは大丈夫です、父上」
「そうか、それならいい。それがお前の神具か?」
「え?」
俺が父の視線を追って、顔をそちらに向けると、儀式で宙に浮いていた重厚な本がベッドに無造作に置かれていた。
さっき邪魔だなと思ってどけたのはこの本だったのか。
これが神具?
神様から授かったっていう割には、見た目は普通の本だな。
俺が不思議そうに神具を見ているのに気づき、父が口を開く。
「本の形とは、また珍しい神具だ。そのままでは邪魔だろう。念じれば体内に戻すことができるはずだ。やってみなさい」
俺は言われた通りに本に「戻れ」と念じてみる。
すると、本が粒子となり身体に吸い込まれていく。
胸元がぽかぽかとする。
「できました、父上」
「うむ、取り出すときも同じだ。だが、今日はもう休みなさい」
「そうよ、シモン? あなたが倒れたと聞いて心配だったわ。お腹も空いてるでしょう? 消化にいいものを作らせているから、待っていなさい」
「ありがとうございます、父上、母上」
両親が退室してから運ばれてきた料理はおかゆだった。
けれど、牛乳のようなもので甘く煮込まれていた。
うーん、お米があるのか。どうせなら塩味で煮込んでほしかったよ。
お米があることには喜べたが、調理方法がダメだ。
妻の料理が恋しくなったよ。
食べ慣れない味をなんとか食べきって、身体が温かいうちにその日は寝た。
これが夢なのかどうかは、起きたらわかるだろう。
窓から差し込む光で目が覚める。
カーテンを開けていたシューネと目が合う。
「おはようございます、坊ちゃま」
「おはよう、シューネ」
「目は覚めましたか? では、朝の身支度をしましょうか」
「うん、よろしく」
まだ少し眠たいので、何も考えずに返事をする。
身支度の最中に目が覚める。
ああ、夢じゃなかった。これは現実なんだ。
俺はあのまま死んだんだろうな、たぶん。
生きてさえいれば戻れるのかもしれないけど、戻るって具体的にどうすればいいんだ?
……ハア。
ここは異世界。どうやら俺は転生して、シモンとなったらしい。
地球で生きている可能性もあるから、戻れるなら戻りたい。
けれど、それは望み薄だろう。
こればかりは一度、考えるのはやめておこう。
そういえば、元々あったシモンの人格はどうなったのだろうか?
それとも俺がシモンとして生まれて、今までシモンがぼんやりとしていたのは、俺が意識の表層に出てこなかったからなのか?
……わからない。
考えてもわからないことなので、これも脇に置いておくか。
俺はたぶん死んだ。
異世界に転生したことを今は受け入れよう。
現実を受け入れたことで、目の前のことに少しだけワクワクしてきた。
だって、魔法だよ、魔法!
俺の憧れだった魔法が使えるんだよ!
昨日だって、本が粒子になって体内に収納するのを見たんだ。
取り出せるのかな、あの本?
俺は念じて、本を取り出してみる。
改めて見ると、結構大きいな。
厚さは辞書くらいはあるんじゃないか?
中身は真っ白と。
なにも書かれていないこの本にどんな意味があるんだろうか?
しばらくは放置するか、よくわからないし。
俺が神具を取り出していじっていると、シューネが俺の髪を整え終わったようだ。
「坊ちゃま、神具はしまって、お着換えしましょう」
「うん、わかった。今日も着替えさせられるの?」
「はい、そうですけど?」
なにを当たり前のことを? みたいな表情をしているけれど、着替えさせるときは妙に鼻息が荒いんだよな、シューネは。
正直、身の危険を覚えるよ。
まだこの世界の服には慣れないから、仕方なく手伝ってもらうんだけどさ。
着替え終わったら朝食だ。
その前に、シューネに聞きたいことがある。
「シューネ。魔法を使ってみたいんだけど、どうしたらいいのかな?」
「そうですね。まずは奥様にお聞きください。許可が出たら、お勉強ですね」
「そっか、わかったよ。ありがとう」
「いえ、これくらいは当然です」
さて、朝食に向かうか。
だが、扉を開けるのには、まだ背伸びしないと届かない。
不格好になるからと、シューネが開けてくれて食堂へ先導して歩いてくれる。
俺が背伸びをするのを見て、クスッと笑ったのは聞き逃さなかったけどな!
俺は少し不機嫌になりながらも、食堂についたので朝食の席につく。
やや遅れて、兄さんたちが食堂にやってくる。
「シモン、もう大丈夫なのか? 倒れたと聞いたぞ」
俺を見て心配してくれるのは、長男のユースだ。
赤い長い髪を後ろで縛っているイケメンだ。
切れ長の瞳は薄い青、まさにアイスブルーといった色だ。
今年でユースは八歳になる。
「ただの魔力欠乏症と聞いてるから、大丈夫だって。それよりも、シモン。俺の薬は効いたか?」
自身が作った薬の効果を聞いてくるのは、次男のディードだ。
俺よりも濃い茶色の髪を短髪にしている、見た目と性格がちぐはぐな兄だ。
活発そうな瞳は、理知的な色を持つ赤だ。
ディードは今年で七歳だ。
「シモン、もう起きても平気なの? 大丈夫?」
兄たちに遅れてやってきたのは、母のリースだ。
腰まで届きそうな赤い髪で、瞳を柔らかく細めている。
おっとりした雰囲気のある瞳の色は、俺と同じで緑だ。
見た目はまだ二十代半ばのような若々しさを保っている。
「ガスタは忙しいから部屋で食べるそうよ、配膳をお願い」
ガスタというのは、父のことだ。
クリーム色をした髪を撫でつけ、紳士然とした姿が格好いい。
瞳の色は、深い青。海色とでもいうべきかな?
すべてを見通しそうな眼をしているんだ。
母よりは年上らしいとしか、年齢については知らない。
母の声で朝食が運ばれてくる。
朝食はやや硬い丸パンとスープに、サラダとベーコンエッグだ。
朝はパン派なので助かる。
子供たちのパンはスライスされている。
それでも、俺の一口にはやや大きいので、小さくちぎってスープに浸して、柔らかくしてから食べる。
前世では悪いマナーとも言われているが、このような硬いパンなら大丈夫だろう。
この世界では当たり前の行為みたいなので、気にしない。
そもそもマナーなんて、そのときの場所で変わるもので、相手を不快にしなければいい。
それに俺は子供だし、美味しい料理はしっかりと最後まで食べたい。
前世の終盤は、ほとんど病院食だったしな。
食への欲求はそれなりにはある。
スープをパンで拭って、一滴も残さずに食べる。
完食してくれる方が料理人も嬉しいだろうからね。
マナーなんてこんな気軽な朝食では必要ないよ。
もちろん限度はあるけどね。
朝食を食べた後は、団らん室に移動だ。
団らん室では、今日の予定を軽く話す時間で、親との数少ない交流の場なのだ。
兄さんたちはいつものように勉強と鍛錬か。
記憶の中にある光景を思い返す。
そろそろ親に甘える時間は終わりだとは理解している。
だが、兄たちは母を悲しませないように、この時間を大切にしている。
親思いのいい子たちだ。
っと、兄さんたちのことよりも自分のことだ。
「母上、ボクも魔法を使ってみたいです」
「あら? そうね、そろそろシモンもそういう年ごろね」
「じゃあ、」
「待ちなさい。室内で魔法を使うのはダメよ。それと文字が読めることが優先です」
「では、文字が読めればいいのですか?」
「ええ、書斎に魔法の指南書があったはずだから、それを読めればいいわ」
「わかりました。ありがとうございます!」
「なんだか、いつもよりも元気がよすぎて不安ね。シューネ? 私の代わりにシモンをちゃんと見ていてね?」
「わかりました、奥様」
母に許可をもらい、ウキウキで部屋に戻る。
シモンはしっかりと勉強をしていたようで、文字はちゃんと読めるようだ。
よし、魔法だ! 魔法を使えるぞ!
魔法が使えたら、まずは何をしようかな?
前世で考えた色々なことをしてみたいなあ。
小説のネタだったものが、現実になるだけでワクワクする。
ワクワクしている俺にシューネが釘をさす。
「坊ちゃま? 室内で魔法を使ってはいけませんからね?」
「うん、わかってるよ」
「魔法を禁止にされたくなかったら、慎重な行動をお願いします」
「うっ、禁止はいやだな。気をつけるよ」
「はい。なにをするにしても、まず私に聞いてください。適切な助言ができると思いますから」
「ありがとう、シューネ。頼りにしてるよ」
「……もったいなきお言葉です」
なんだか、シューネの機嫌がよくなったな。
鼻歌歌ってるよ。
もしかして、シューネって小さな子が好きだったりする?
……やめよう。
この考えの先には破滅しか待っていない気がする。
今は魔法のことだけを考えよう。
自室に戻り、シューネに魔法の指南書を持ってきてもらう。
指南書を持ってきてもらう間に、神具の出し入れをする。
何をしているのかといえば、神具の本を出し入れして、魔力を感じるか試しているのだ。
小説では魔力の流れだとかを感知するところからだったけど、現実でもそうなのかなってね。
うーん、かすかに胸元に温かいものを感じるな。
それ以上のことはわからないので、神具の真っ白なページをパラパラとめくって、シューネを待つことにした。
「こちらが指南書になります」
「へえ、これが? 意外と薄いんだね?」
「ええ、魔法を使うための導入の本ですからね」
「ふーん……」
指南書を書斎から持ってきたシューネ。
俺はパラパラとめくってみたが、本に痛みがない。
兄たちも使っているはずなのに、ボロボロじゃないってことは、簡単に使えるようになるのかな?
俺は期待半分に不安半分で、指南書を読むことにした。
「えっと……、まずは魔力をどこに感じるかを調べること。神具を使うことで意識しやすいっと」
「神具を意識することで、自身のどこから魔力が発生しているかがわかります。まずは、その魔力を感知するところからですね」
「なるほどね」
「魔法は基本的に想像力です。その想像力次第で魔法は大きく変わります」
さっきの神具の出し入れで温かくなったのが胸だから、たぶん心臓が俺の魔力の発生源なんだろう。
「ボクは胸から発生してるみたいだね」
「早いですね、さすがです。では、次は体内で魔力を動かすところですね」
「うーん、たぶんできると思うんだけど、こうかな?」
俺は目をつぶって、血流にのって魔力が動くイメージをする。
心臓から魔力が全身に運ばれるように、息をゆっくり吸って吐いてと繰り返す。
うん、たぶん動かせている。
全身がぽかぽかとしだした。
「次はどうすればいいのかな?」
「もう魔力を動かせたのですか? 素晴らしいですね」
「シューネの教えがいいんだよ」
「ありがとうございます。では、次は難しいですよ? 魔力を手のひらに集めて、魔力を球状に維持してみてください」
「うん、わかった」
手のひらに魔力を集めてみる。
うーん、集まるけど、どんどん血流にのって流れていくな。
一か所に留めるにはどうすればいいかな?
たしか、少年漫画に渦にして集める描写があった気がするな。
試してみるか。
おー、すごい!
魔力が流れるまでに余計な道ができるから、長く魔力をその場に維持できる。
理にかなった方法だったんだな、あれって。
「魔力を渦にしましたか。では、それを球状にすれば完璧ですね」
「うん、この渦を、ちょっと、複雑にしてやれば、できる、はず……!」
「その調子です。初めての魔力操作もあっという間にできてしまいましたね」
「これで、どうだ!」
「ええ、合格です。素晴らしい才能だと思います」
なんとか球状に魔力を維持できた。
渦の次にイメージしたのは、球状に張り巡らしたウォータースライダーだ。
さらにシューネは課題を出す。
「では、これが最後です。手のひらからその魔力を切り離して、浮かせてください」
「切り離して、浮かせる? うーん……」
このウォータースライダーの中を巡る水、魔力を球状の中だけにする。
あとは、この球体を遠隔操作で浮くように動かすイメージだ。
うーん、球体を浮かすイメージ?
あっ、リモコンがあると動かしやすいかも!
人差し指をリモコンに見立てて、それっ!
動いた、動いた!
よしっ、ぐーるぐるっとな!
これを見ていたシューネは口を開け、ポカンとこちらを見ている。
「……天才としか言えませんね、これは。ユース様たちでも三日ほどかかりましたのに」
「えへへ、ボクは魔法が好きだからね。これくらいは余裕だよ」
「そうなんですか? ですが、魔法を使うのは温かくなってからですよ? 今は冬ですからね。今お外に出たら、坊ちゃまが風邪をひいてしまいます」
「そっか……。うん、わかった。温かくなったらだね、待ち遠しいね!」
俺は春を楽しみにしながら、魔力の玉を動かして遊ぶ。
うーん、この楽しい日々を日記にでも書こうかなあ?
そうだ!
罰当たりかもしれないけど、神具の本は真っ白なんだし、日記帳として使おう。
日本語で書けば、誰かに見られても読めない。
秘密の日記帳ってのはロマンがあるよね!
そうと決まれば、さっそく書こう!
ええっと、おれはねんがんのまほう使いになりました、って……!?
漢字がわからない!
そりゃそうだよな。
病院にずっと籠ってたから、文字を書くことなんて名前くらいだったんだよなあ。
その名前も今は忘れてるし。
漢字は読めはするんだけど、書けないんだよなあ……
仕方ない、ひらがなとカタカナ。それと簡単な漢字で書くか。
前世の家族に向けて書く感じにすれば、なんとなく日記らしさが出るな。
よし、家族の名前は忘れてない。漢字で書ける。
うん、大丈夫だね。
じゃあ、書いていこうか。
シューネが神具に落書きし始めた俺を見て、驚いていたが今は無視だ。
これは前世の家族へ向けた日記だ。
なにも恥ずかしいことはない。
浩二、美代。
そして、美里。
オレはネンガンのまほう使いになりました。
この思い付きがとんでもないことになるとは、このときは思わなかった。