目覚め、困惑の中の儀式
短いですけど、これくらいのペースで行きましょうか。
目が覚める。
まだ一の鐘も鳴ってもいないのに、起きるなんて俺にしては珍しいな。
ん? 俺?
あれ? ボクはシモンだよね?
シモンって、誰だ?
俺は……、あれ? 俺の名前、なんだっけ……?
ダメだ、思い出せない。
頭が痛い。
記憶がごっちゃごちゃだ。
頭痛が治まる頃には、一の鐘が鳴った。
まだちょっと混乱しているけれど、あれは俺だ。
……俺は死んだのか?
わからない。
あの状況なら、ほぼ死んだとは思うけど。
これはどういうことなんだ?
わかることは、明らかに今の記憶と合わないこと。
シモンとして生きた記憶があって、家族と暮らした記憶もある。
なのに、前の自分の名前や、何歳だったのかが思い出せない。
けれど、家族の顔や名前は思い出せる。
息子の浩二、娘の美代。
妻の美里。
父のガスタ、母のリース。
長男ユース、次男ディード。
ダメだ、名前と顔が頭に一気に流れ込んでくる。
俺が記憶に頭を悩ませていると、扉をノックする音がした。
扉を開けて入ってきたのは、若々しいメイドだ。
俺の口からスルッと名前が出る。
「……シューネ?」
「はい、シューネでございますよ。おはようございます、坊ちゃま。今日は早起きですね?」
「俺は……」
「!? 坊ちゃま? ディード様の真似はよくありませんよ? いつものように愛らしく『ボク』とおっしゃってください」
「う、うん。ボクは、ディード兄さんの真似はしないよ」
「それはよかったです。危うく、この世界からまたひとつ、可愛らしさが失われるところでした」
うん、これが俺の専属侍女シューネだ。
可愛らしいものが大好きで、兄さんたちの面倒も見たが、今は俺の面倒を見ることになったメイドだ。
まあ、少し変わったメイドさんだが、これでも有能なのだ。
ちなみに、年齢については教えてくれない。
質問すると、背筋が凍るような笑顔で「なにか言いましたか?」と返されるのだ。
彼女に初めて会った時の記憶が呼び起こされる。
ベッドから降りた俺を呼ぶシューネ。
「坊ちゃま、こちらへ。支度をしましょう」
「うん、わかった」
「寝癖が立っていますね。少々お待ちください……」
いつもの朝の支度だ。
鏡を見る。
そこには小学生くらいの男の子がいた。
淡い栗色をした髪を肩で切り揃えている。
緑の瞳で、印象的にはおっとりとしている。
子供らしさが抜けて、少年になりかけの男の子だ。
俺が鏡をジッと見ていると、櫛を構えたシューネが手から直接水を出す。
「水よ、霧となれ」
「えっ!?」
俺はその光景に目が釘付けになった。
今、手から水が出なかったか!?
しかも、霧状になった!
なんだ、今の!?
「どうしたんですか、坊ちゃま? 初めて魔法を見るような顔をして」
「ま、魔法!?」
「坊ちゃま、今日はなにか変ですよ? 本当にどうしたんですか?」
「い、いや、なんでもないよ」
そうだった。この国は魔法大国ブルトーだ。
記憶がちょっと整理できてきたぞ。
そして、ここはブルトーの辺境領地サンスールだ。
おお! 俺は貴族の子供だったのか!?
シモン、すごいじゃん!
でも、記憶の限りだと、シモンはあまり主張しない子だったみたい。
なんだか平凡な子だなあ。
俺がシモンのことを思い返していると、寝癖は整えられたようだ。
「清潔魔法で顔も綺麗にしてっと。あ、先に着替えさせればよかったですね。まあ、いいか。さあさあ、脱いでくださいね~?」
「えっ?」
「いつも私が脱がせていたじゃないですかー、いやだなあ」
「そうだったっけ?」
「そうですよー」
「なんだか嘘っぽい……」
「ソンナコトナイデスー」
「仕方ないか。この服の構造もわからないし、お願いするよ」
「そうそう、素直が一番です♪」
シューネに服を脱がされ、着替える。
今日はなんだか格好が儀礼用に見える。
なんでだろ?
そんなことを考えていると、また扉がノックがされる。
「シューネ? シモン様の準備は整いましたか? 司祭様がお待ちですよ」
「はい、こちらは終わりました。これから向かいます」
「シューネ、どこに行くの?」
「シモン様はまだ寝坊助さんですね。今日は五歳を迎えたシモン様の神具の儀式の日ですよ?」
「しんぐのぎしき?」
「司祭様がお待ちですから、移動しながら説明しましょうか」
シューネの説明によると、神具の儀式とはこうだ。
神から能力や道具を授かる儀式で、大多数には能力としての道具を与えられる。
能力としての道具を与えられた場合、身体に道具を取り込んで終わり。
剣の形の能力を与えられると、それを身体に取り込むことで、剣の扱いがうまくなるそうだ。
ほかにも、弓などの形の能力があるらしい。
稀にではあるが、具現化した道具を授かる場合もあるそうだ。
それを神具と呼ぶらしいが、その神具の能力は人それぞれで、有能なのかどうかすらも予想がつかないとのこと。
儀式の説明が終わる頃には、神官が扉の前で待つ部屋に到着した。
シューネにここからは一人で行くことになると説明される。
「坊ちゃま、なにかあってもすぐにシューネが駆けつけますからね!」
「う、うん、わかったよ」
「怖がらせることを言わないように。儀式を誤解してしまう」
「では、神官様。あとはお願いします」
「うむ、辺境伯が三男シモンよ。この部屋に司祭様が待っておられる。あとは司祭様に尋ねよ」
「は、はい」
一瞬、「え? それだけ?」って思ってしまった。
すぐに扉が開け放たれ、部屋に入るしかなくなってしまったから、質問も出来なかった。
よくわからないままに部屋に入る。
部屋の中は香が焚かれているようだ。甘い香りがする。
室内を見回せば、ロウソクだけが光源のようだ。
部屋の中心には、水晶が置かれた台座があり、そばに中年くらいの細身のおじさんがいた。
あれが司祭様だろう。
俺は中央に向かい、司祭のもとに行く。
「よくぞ来た、神の子シモン。さあ、水晶に手を触れるがいい!」
「は、はい!」
厳かな雰囲気と声音に負けないように俺も声をあげる。
特に説明もされないが、この水晶に触れば、神具とやらが授けられるんだろう。
俺は恐る恐る水晶に手を触れる。
触れた瞬間、身体から何かが吸われる感覚があった。
水晶が光り輝く。
ま、眩しい!
司祭様はなんか「おおっ!」とか驚いてるけど、なにが起こったんだ!?
光が落ち着くと、そこには重厚な本が宙に浮いていた。
「なんだこれ?」
「久しぶりに見た、神具じゃ……」
「これが、神具?」
「さあ、シモンよ。神具に手を触れて、身体に取り込むのじゃ」
「え? こう、かな?」
俺は言われるがままに、宙に浮いている本に手を触れる。
先ほどよりも身体からなにかが吸われる感覚が強い。
なんだっ!? 力が、抜け、る……
ほんの数秒のことだったが、すごく疲れた。
立っていられないと、俺は座り込む。
宙に浮いていた本は、ドサッと俺の胸元に落ちてくる。
お、重い。
司祭が俺の様子を見て、慌てて扉の外に声をかける。
その声に反応して、シューネが室内に入る。
「だ、誰か! シモン様が!」
「大丈夫ですか、シモン様!?」
「ちょっと、力が入らなくて……」
「司祭様。この症状は、魔力欠乏症ですかね?」
「うむ、恐らくは。回復薬を飲ませて休ませるといい」
「シモン様、もう少しだけ我慢してくださいね」
俺はその後のことはあまり覚えていない。
なにか苦いものを飲まされたのだが、俺は意識を保っていられなかった。
うーん、更新頻度で悩んでます。
3日4日中には更新したいです。