プロローグ
幼い頃、無限大の可能性を秘めた魔法に憧れた。
きっかけはもう覚えていないけど、魔法があれば不幸な人を救える。
悲しい出来事をハッピーエンドに変えられる。
魔法は自由であって、人々を幸せにする力。
俺は本気でそう考えていた。
もちろんそれだけではなく、魔法で遊んでみたい気持ちもある。
魔物をテイムなんかもしてみたいし、きっとそんな生活は楽しいはず。
魔法を使うことを想像するだけで、ワクワクが止まらない。
だけど、そんなものは漫画やアニメ、小説の中でしか存在しない。
現実は飢えや戦争があり、空想の力ではどうにもならないことが多い。
そんなことはわかっている。
それでも、大人になっても俺の憧れは風化しなかった。
中学生になる頃には、小説を投稿するウェブサイトにハマった。
そのサイトで俺は、たくさんのファンタジー小説を読み漁った。
中でも新しい魔法を生み出したり、魔法の道具を発明する物語は大好きだった。
魔法が自由であり、その発明で誰かが幸せになるのが読んでいて嬉しかった。
俺の憧れが、思いがそこにあった。
誰かとこの思いを共有したい。小説でこの思いを形にしたい。
そう思うのには、さほど時間はかからなかった。
時間をかけて書き上げた小説を友達に読んでもらった。
読んでくれた友達に俺の小説はとてもバカにされた。
色々と言われたのだが、ショックで記憶に残らなかったのは救いかもしれない。
けど、俺は悔しくて悔しくて泣いた。
夕食になっても、部屋で泣いている俺を見て、父は何があったのかと聞いた。
俺は父に今日の出来事を話した。
そんな俺に、父はこう語ってくれた。
「『出る杭は打たれる』って言葉があるだろ? お前はその出る杭だったんだよ」
「どういうこと、お父さん?」
「どう言えばいいかな? お前の友達はお前の才能に嫉妬して、お前をバカにしたんじゃないかな?」
「俺の才能に嫉妬?」
「そうだ。お前は人より才能がある。だから、お前の邪魔をするんだ。そんな奴らの言葉なんか無視してしまえ」
「無視する……」
「お前をわかってくれる人たちもいるさ。その人たちのことは大事にしなさい」
翌日から、俺は父の言う通りにした。
俺をバカにした奴の言葉は無視して、そんな奴らとは徐々に関わることもなくなっていった。
俺の書いた小説に、ダメ出しをしながらも面白いと言ってくれる人たちを、俺は大事にした。
高校に入った頃には、小説を書くのは趣味になっていた。
書籍化はまだしていないが、いくつか書いた作品にはファンがついている。
高校生活の中で初めてバイトをした。
バイトで関わる人は、色々な人がいて創作意欲が湧いた。
その中でも特別な人がいた。
ウェブ小説を読むのが趣味だという、バイトの女の子だ。
その子は休憩時間にスマホをいじっていて、いつもなにかを見ていた。
なにを見ているのかと俺は暇つぶしに質問をしたら、ウェブ小説だった。
俺も見ているし、書くこともあるよと言ったら、彼女は目を輝かせて、俺の書いた作品の名前を聞いてきた。
以来、彼女とは仲良くなり、ウェブ小説の感想を言い合うのが日課となり、関係を深めていった。
ちなみに、彼女の俺の小説に対する感想は面白いけど、魅せ方が悪いねと苦笑いだった。
そんな関係が続き、どちらが先に好きになったのかはわからない。
俺たちの関係はいつしか恋人となって、夫婦となり、家族へと進んでいた。
俺と彼女の間には息子と娘が生まれて、順風満帆の幸せな生活だった。
だが、そんな生活に影が差した。
俺の身体は今の医療技術では治らないという病魔に侵されていたのだ。
妻は治らない俺の病に嘆き、働く時間を短くして俺の見舞いに時間を割いてくれた。
息子と娘はそんな俺たちを、経済的にも精神的にも支えてくれた。
息子は俺が大学生の頃に趣味で作ったゲームを改良して、企業に売り込み、今では有名なゲームクリエイターだ。
娘は俺の書いた拙い小説を読み、「私がもっと面白くしてあげる!」と言って、小説投稿サイトのコンテストで大賞を取り、今では大手作家だ。
現在、息子は娘の書いた小説をゲームにしようと動いている。
娘は病室で俺に取材と称して、俺の書いた小説の世界観を聞いてくれる。
妻はそんな子供たちの働きを見て、元気を取り戻してくれた。
病室で暇な俺はウェブ小説を読むしかやることがない。
妻は俺が読んだウェブ小説を読んで、病室に見舞いに来ては、昔のように感想を言い合うようになった。
俺は本当に幸せ者だ。
父の言うことは正しかった。
俺を認めてくれる人が現れ、そんな人たちを俺は大事にしたから、今がある。
見舞いに来た娘にはいつも魔法について楽しく語った。
そんな俺をバカにすることもなく、「お父さんは本当に魔法が好きだね」と娘は言ってくれた。
そして、いつものように俺は冗談を言う。
「俺の病気も魔法で治ればいいんだがなあ。治らないなら、転生でもして、俺が楽しく生活していることをお前たちに伝えられればいいのに」
「もう、お父さんはいつもそればっかり。もっと長生きしてよね! せめて、私の小説が完結するくらいまで」
「ハハッ、そうだな。お前の小説の続きはいつも楽しみにしているよ」
「楽しみにしてるなら、早く続きを書かなきゃね。今日はもう帰るね? 明日はお母さんが朝早くに来てくれるって」
「わかった、お母さんに気をつけてと言っておいてくれ」
「えー? 私にはー?」
「もちろん、お前も気をつけて帰りなさい」
「うん、じゃあまたね!」
そして、娘が帰った病室でいつものように俺はウェブ小説を読む。
今日は少し体調がいい。
そんな風に思っていた深夜だった。
俺は突然の激痛に目を覚まし、ナースコールを押そうとするも看護師を呼ぶための機械をベッドの下に落としてしまう。
しまった!? 看護師が呼べない!
俺は痛みに涙しながら、ナースコールを押すためにベッドから転がり落ちる。
すでに意識は怪しい状態だ。
どこだ、どこにある。
俺は機械を探す。
徐々に痛みが引いていく。
だが、これは死に向かっていると、俺は直感した。
まだ娘の小説の続きを読んでいない。
息子の作るゲームだって、完成を見ていない。
それに、妻に死に顔を朝から見せたくない。
ベッドから落ちた物音で、夜勤の看護師の駆けつける足音が聞こえる。
だけど、もう意識を保っていられそうにない。
お前たちを残してしまう父を許し、て、くれ……
ボクはそんな夢を見た。