第2話:なんの罰?
翌日、朝から僕と春馬は、黒スーツの人物について考えていた。でも結局なにも考えつかなかった。
英語の課題はもう最初っから机の中だ。
「なんか知らんけど解決したぞ」
「「え?」」
朝一、突然の華からの報告の意味が分からなかった。僕たちの中では何一つ解決なんてしていないんだけど。
つまりは盗られたものが全て返ってきたとのことだった。
部活動を終えて、部室に戻ると、盗られたものが全て置かれていたということらしい。
もしかするとそれは、あのスーツの人物が置いていったのだろうか、今思えば入るときには何か持っていたような……
ダメだ、恐怖が優先して記憶が曖昧だ。
しかしそうだとすると、あのスーツの人は本当に謎だなぁ。校内に不法侵入、じゃないかなぁ。学校関係の誰かが、姿を隠して問題を解決しようとしたとも取れなくはないけど。
「にしし、こいつは一度とっつかまえて事情を聞く必要があるにー」
「えっ? いい人かも知れないじゃん」
「この際関係ない」
この際って……
まぁいい人だと断定できたわけでもないし、そうじゃない場合はやっぱり変な服装で、女テニの部室に侵入した変な人なわけだしなぁ。
それに華も……犯人が出てきていないならとっつかまえるとか言い出しそうだし。
「犯人は?」
「分からない、とりあえず捕まえないと」
やっぱり……
「私もやるぞ」
「えぇ!? 危ないよ」
「夏紀よりは大丈夫だ」
うぅっ、それを言われると……
確かに、小学校からの長いつき合いになる春馬と龍真と華と僕の四人で、一番頼りない奴と言えば、全員一致で僕だろう。自分でもそう思うからどうしようもない。
ただ、僕は男なので。あんな変なスーツの変質者と華を直接対決なんてさせられない。そうなるくらいなら、僕が一人の方が良い。嫌だけど……
春馬がいれば大丈夫だし、龍真もいれば百人力だ。
あの二人には昔から驚かされてきた。あれが普通だと思い込んでいたよ。
「よし……放課後やるにー」
「……ってなぜ僕に飛びついてくるのさ」
「ん? 意味はないにー」
結構重いんだけど、そうやって首にぶら下がられると……
「りゅうも行く?」
「俺は部活がある」
「ノリわりー」
「まぁまぁ、部活があるんだから仕方がないよ。部活がんばってね」
まぁ、ちょっと危ないかも知れないから出来れば来てほしかったけど、龍真は部活を真剣にやってるからしょうがない。
「なぁ、夏紀」
「なに?」
「犯人分かってるのか?」
「まぁ、そういうわけでも無いんだけど……」
部室に入っていく黒いスーツに、変な仮面をつけた見るからに変質者が、校内で突然消えてしまったんだよ、とは言えない。言ってもいいけど、多分理解できない。
それにこれは下手をすれば結構危ない問題なんだ。
「とりあえず、犯人が分かったらちゃんと連絡するから、華は部活行ってきなよ。ねぇ春馬」
「そうだにー、こんなのは帰宅族に任せときなよ」
とりあえず、あの黒スーツの正体は分からないけど、犯人だとしたらまた同じようなことをするかも知れないし、解決しようとしているなら犯行現場にまた現れるのだろう。
どっちにしてもやっぱり動くのは放課後、生徒が減って部室が開く時間帯だ。
今日の授業をのんびりとやり過ごし、放課後がんばろう。
机に突っ伏して目を瞑っていると、疲れているときにはすごく鬱陶しい念仏のような先生の声が、ほどよく子守歌のようになって落ち着く。
先生には申し訳ないけどね。良い子守歌だよ、のんびりしてて。
ちょっと考えておこうか。
犯人の目的はどう考えても女子生徒の部活で使う衣服だ。そして盗むためには部室に忍び込む。
女テニの部室は位置的に忍び込みやすいが、あの黒スーツが犯人だったとすると、僕たちに見つかっている時点でもしかしたら女テニの部室は諦めるかも知れない。
じゃあ狙われるのは……
バレー部は部室が職員室の前だ。忍び込めばすぐばれるだろう。バドミントンは施錠に厳しいと聞いたことがある。
そうなると、体育館の近くで人目につきにくくて、施錠もほとんどしていない女子バスケ部、後は校舎の中だったりするしなぁ。
うん、女バスの部室に絞ってみるか。
あー、眠たいなぁ……
「起きろー!」
バゴン! とすごい音がした。
脳が感覚を取り戻すと、徐々に痛みがやってきた。どうも机の角でこめかみのあたりを打ったみたいだ。
「なにするのさ!」
「ナッツーが昼食返上で起きないんだもん。死んだかと思って焦った……」
どうも本気で焦っていたみたいだ。ずっと起こそうとしてくれていたのか、申し訳ない。多分こんな荒い方法を使ったのも、僕を心配してだったんだろう。
「にはは、ごめーん。顔洗ってきてくださいにー」
「え? なんで?」
「にはは……」
すっごく嫌な予感がする。前にもあったぞこんなこと……
まぁ仕方がない、トイレで鏡を見てみないと分からない。大方の想像はついたけど。
廊下に出ると、すれ違った生徒にいきなり笑われた。確定だ、全然心配してないだろう春馬。人の顔に落書きするなんて……
鏡に映る僕の顔は、やっぱり黒いペンで落書きされていた。インクはどうやら水性、その辺は考えてくれたみたいだ。ただ眉毛太く書きすぎ……イモトみたい。
まぁいいや、石けんできれいにになるだろう。
とりあえず思いっきり顔を洗う。
「ふぅー……全くひどいなぁ……あぁ! は、春馬ぁ! なんてことするんだよ!」
眉毛無いじゃん! いや、あるけど細すぎ!
「にはははは……ごめんねだにー」
「いやヤバイよ! どうしよう!?」
「もう一回書く?」
「あぁぁ! 嫌だよ!」
「あっ、そうだ。誰か校内にいる女子に書いてもらうっていうのは?」
「どんな罰ゲーム!?」
それめちゃくちゃ恥ずかしいよ! 春馬完全に人ごとだな……
でもこんな状態で校内を歩き回るのもなぁ……全部剃られてないだけマシだけど、これはちょっとやり過ぎだし。
にしてもめちゃくちゃ綺麗に剃ってあるよね、寝てる人によくやるよ……
「にはは、あまり選択肢はないにー」
「うーん……」
「ペンか! 女子に頼むか!?」
究極の選択だ……
僕こんなことしてる場合じゃないのに。
あれ? あの黒いスーツはまさか。絶対そうだ! あのマスクも間違いない!
「春馬! あれ!」
「うに? あぁ! 変態仮面だにー!」
ちょ、ちょっと待って! 犯人を追いかける正義感は良いとして! というか絶対この場から逃げるために利用したよね?
僕を置いていかないでよー!
「こっちはミーに任せるにー!」
「こっちを助けてよ!」
ダメだ、聞く耳持たずだ。どうしようかなぁ……