模擬戦の結果とテイルの能力
「ほら、また一機撃墜!遅いですよ!」
「う、うぅ、全く当てられない上に落とされる…」
((((((ひ、ひいぃぃ…))))))
「…うーん…前日のトーブルの不安が完全に的中しているなぁ…」
以上はテイルとトーブル達の実戦演習が始まって約一時間が経過した辺りでのテイルとトーブル達、先生の感想である。
現在のところ、テイルは一切被弾せずトーブル達が一方的に蹴散らされる展開になっていた。
「その程度の射撃能力で魔王軍ロイヤルガードを相手に出来ると思っているんですか!?」
「お、思ってはいませんけど…いませんけど…」
「なんですか!?」
「ひ、姫様…スパルタ過ぎます…。もう少し優しく…」
トーブルが全員を代表してテイルとの実戦演習は厳しすぎる、もう少し手加減をしてほしい、と訴えたのである。
しかしこの訴えは逆効果になってしまった。
「この程度で限界だと言うようなら魔王軍ロイヤルガードとの戦いでは全滅しますよ!?」
「姫様…。ですが…」
「問答無用!!今からはもっと演習の強度を上げていきますよ!!」
「「「「「「「ひ、ひいぃぃぃ!?」」」」」」」
こうしてテイルの演習熱は大爆発してしまいトーブル達はしばらくの間、地獄の実戦演習を行う事になってしまったのであった。
そしてその三時間後、トーブル達が半失神状態で倒れ込む中でテイルと先生の演習と強化されたワイバーンについての感想と反省会が行なわれるのだった。
「どうですか、姫様?彼等の戦力としての状況は?」
「うーん……なんとか支援攻撃部隊として形になってきた、と言うところでしょうか?」
「手厳しい評価ですね…」
「相手が通常部隊なら今のままでも十分すぎる支援攻撃部隊になっています。ただ今度は魔王軍ロイヤルガード相手の戦いになりますからね。午前中の演習でもやり過ぎではないですよ?」
「あれでやり過ぎでないんですか…。凄まじいですね…」
「当然です。皆の命が掛かっているんですから」
こう言って倒れているトーブル達に目を向けたテイル。
そのテイルに息も絶え絶えといった様子のトーブルが声を掛けた。
「…皆の命が…掛かっているのは…わかりますが…我々全員が…今死にそう…なんですけど…?」
このトーブルの言葉にカチンと来たテイルは目を細めて彼等に鬼の宣告を行なったのである。
「死にそうというだけならまだ生きているんですよね?だったら午後からの演習はもっと強度を上げても良い、と判断して良いですね?」
「「「「「「「は!?へ!?」」」」」」」
「殺すつもりでやりますから覚悟しなさい。良いですね?」
「「「「「「「………」」」」」」」
「返事は!?」
「「「「「「「は、はい!!」」」」」」」
こうして午後からの実戦演習が午前以上の地獄の実戦演習になることが決まったところでテイルと先生の話題はワイバーンの方に移っていった。
「…ところでワイバーンなんですけど…どうですか?」
「良い感じですね。私自身が二刀流に二挺撃ちを得意にしていますから強化前よりも扱いやすくなっているのが良いですね」
「レーザーソード二刀流にレーザーライフル二挺撃ちですか…。そういえば出力と推力が上がった…とか言っていましたがその辺りはどうだったんですか?」
「そちらも良い感じでした。通常機の装甲なら簡単に貫けるでしょうしパワー負けもしないでしょう。推力というか機動性は…演習を見ていた先生なら言わなくてもわかるでしょう?」
「…そうですね。あれは凄かったですね…」
テイルの言葉に先生が演習でのワイバーンの動きを思い返す。
トーブル達のマシンアーマノイド十一機の放つ雨のようなレーザー砲を何事もないかのようにひょいひょい避けながらトーブル達に急速接近、瞬く間に撃墜マークを点灯させていくワイバーンの姿は先生に、
「これが強化されたワイバーンか…。情報としてはわかっていたが実際にこの目で見ると…凄いな、これは…」
と、言わせるほどの物になっていた。
その光景を思い返した先生はワイバーンの強化、もっと言えば果てなく進化し続けるマシンアーマノイド、ワイバーンの可能性と恐ろしさに身震いしたのである。
その先生の様子を見たテイルが自身の演習での戦い方と鬼教官ぶりに震えていると勘違いをしてしまいその勘違いから先生に声を掛けた。
「先生すいません。なんというか私のせいで先生を怖がらせてしまって…」
「…え?…何の話ですか?」
「いえ、先生が震えていたので私が怖いんだろうなぁって思って…」
「…ああ、そういうことですか…。震えていたのは姫様が怖いからではなく、改めてワイバーンの可能性と恐ろしさがわかったからですよ。果てなく進化し続けるその恐るべき能力に、ね…」
「…そういうことでしたか…。すいません先生、私の勘違いでした」
「いえ、私の方こそこの大変な時に姫様にいらぬ気遣いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですよ、先生。私の方は慣れていますから」
「…そう言っていただけるとありがたいのですが…。いつまでも甘えるわけにはいきませんからね」
「そうですか…。ではこの話はここまでということで。お昼にしましょうか、先生。…皆さんはどうしますか?」
テイルはまだ倒れたままのトーブル達に食事にするかどうかを問い掛けた。
「…今は…ちょっと無理っぽいです…すいません…」
「食べないと死にますよ?」
「…今は…食べたら死にそうなので…」
トーブルの言葉に部下達も無言で頷く中、テイルは一つ溜め息を吐くとトーブル達に自身の能力の内の一つを発動させたのである。
「仕方無いですねぇ…。特別ですよ?ネオヒューマン能力発動!フルヒーリング!!」
「「「「「「「え、あ…」」」」」」」
テイルの言葉と共にトーブル達の体を優しい光が包み込む。
その直後、トーブル達に体力が全回復し、更に身動きが取れないレベルだった肉体疲労も完全に取り払われたのである。
その光景に先生が感嘆の声を上げた。
「うーむ、お見事。相変わらずの医者要らずですね」
「だからといって頼られ過ぎるのも考え物なんですけどね…」
「それでも姫様が居られる間は誰だって頼りにしますよ」
「それだと困るんですけどねぇ…」
先生の言葉にテイルが少し嫌そうな顔で応える中、事情がわかっていないトーブルがテイルと先生の話に入っていった。
「あの、すいません。今のは…姫様のネオヒューマン能力なんですか?」
「ええ、そうですよ」
「…ですけど魔王軍部隊と戦っていた時は全く違う能力を使っていたって話を聞いたような…?」
「ええ、そうですね」
「…ネオヒューマンって複数の能力を持った者って多いんですか…?」
「ネオヒューマンが現れ始めた約二百年前は一つの能力しか持っていない人達ばかりだったらしいですけど、最近では能力複数持ちのネオヒューマンも珍しく無いですからね」
「なるほど…そうなんですね」
「ええ。さて、体力が回復したなら食事にしましょう。良いですね?」
「はい、問題ありません」
「それでは食事にしましょう。さぁて何食べよっかなあ…午後からの演習の強度は高くするからガッツリと麻婆カツ丼にしよっかなぁ…」
テイルのこの発言に少し黙っていた先生が食い付いた。
「おおー、良いですねぇ。では私も麻婆カツ丼にしましょうかね」
「先生もですか。では二人前ですね」
この二人の会話を黙って聞いていたトーブル達。
そしてその全員を代表するようにトーブルが不思議そうに二人に声を掛けた。
「なんですかその…麻婆…カツ丼?というのは…?」
トーブルのこの疑問を聞いたテイルと先生は互いに顔を見合せるとそれぞれがトーブル達に説明を始めたのである。
「私の得意料理の一つですよ」
「信じられないほど旨いぞ。一度食べたら二度と忘れないほどだ。ある意味では禁止薬物だな」
「不思議な事に皆そう言うんですよね…」
「誰一人として再現出来ないからではないですか?」
「皆そう言うんですよねぇ…ちゃんとレシピを教えているのに…」
「そう言えばそうですね。隠し味を教えろと言う方もいたんでしたっけ?」
「ええ。ただ隠し味も含めて全て教えているんですけどねぇ…」
「ふむう…」
ここまでのテイルと先生の会話を聞いてある疑問が脳裏に浮かんだトーブル達。
その疑問をテイルに尋ねるべくテイルと先生との会話が途切れる瞬間を待っていたトーブルはやってきた会話が途切れたこの間にテイルに浮かんだ疑問をぶつけてみたのである。
「あの、すいません姫様、少しよろしいですか?」
「ええ、構いません。なんでしょうか?」
「えっと、その…」
「…?どうしました?」
「あ、いえ、大変失礼な質問をしてしまうのですが…」
「構いません。それで質問とはなんですか?」
「あ、あの…姫様…は、料理上手なんですか…?」
恐る恐る尋ねたトーブル。
この質問にテイルと先生は再び顔を見合せるとどちらからとも無く笑い始めたのである。
その光景に呆気にとられるトーブル達をよそにひとしきり大笑いするとそれぞれに説明し始めたのである。
「料理上手なんてもんじゃないぞ。そこら辺の料理人ではまず歯が立たんだろうな」
「王宮の料理人達は全員が私の弟子だったですからねぇ」
「…え?」
「そう言えば以前地球の…なんでしたっけ…3つ星レストラン?の総料理長とか言う人が弟子にしてほしいって言ってきた事がありましたね」
「そう言えばそんなこともありましたねぇ」
「はぁ…?」
異世界人である為に誰一人として事の重大さを理解出来ていないがなんとなくテイルの料理の腕前がとんでもないレベルに到達している事はわかったらしくテイルに自身達もテイルの料理を食べたいと願い出たのである。
「えっと、なんとなくですが姫様の料理の腕前が凄いというのはわかりました。なので我々もその麻薬カツ丼?を食べてみたいのですが…よろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「「「「「「「おお、やった!」」」」」」」
テイルの言葉にトーブル達が歓喜の声を上げる様子を見た先生がトーブル達に声を掛けた。
「喜んでるところ悪いが姫様の料理を食べるっていうのはオススメしないぞ?」
「…え?何故ですか?」
「旨すぎて姫様が作っていない料理の全てが旨いと思えなくなるからな」
「ええ…?」
「悪いことは言わん。姫様の料理を食べるのは止めておけ。今ならまだ引き返せる。中毒症状が起きてからでは取り返しがつかんからな」
「えええ…」
「ちょっと先生。人の料理を禁止薬物みたいに言わないで下さいよ」
先生の言葉にテイルが先生とトーブルの話に割って入って反論する。
しかし先生は怯むこと無く言葉を続けたのである。
「いえ、姫様の料理は間違いなく禁止薬物です。一度でも口にしたが最後、恐らくは死ぬまでまた食べたい、もう一度食べたい、もう一度だけでもいいから食べたい、そう願い続ける体にされてしまいもう一度食べる事が出来てもまだ食べたい、もっと食べたい、もっともっと食べたい、という体にされてしまうんですよ?これを禁止薬物と言わずして何を禁止薬物と言うのですか!?」
「いえ、何を禁止薬物って言うのかって普通に禁止薬物の事を禁止薬物って言うんじゃないんですか?」
「…そうですか?……そうですね……そうですよ…ね?」
「何故最後を疑問系で終わらせるんですか…」
「…すいません?」
「だから何故疑問系…」
「…すいません、もう言いません…」
「…よし、では先生との話はここまでで。さて次は…」
テイルの指摘に暴走気味だった先生が多少落ち着いたところでテイルが先生との話を終わらせてトーブル達に話を振っていった。
「トーブル隊長さん達ですね。さぁ質問です!」
「「「「「「「は?え?」」」」」」」
「私の料理、食べますか?食べませんか?」
「「「「「「「え、ええ?」」」」」」」
「最悪の場合、もう二度と食べられないかもしれませんよ?どうしますか?」
「「「「「「「うーん…」」」」」」」
テイルの言葉に悩むトーブル達。
そんなトーブル達を祈るような表情で見詰める先生。
その先生を横目でチラッと見ながらトーブル達は力強く答えた。
「「「「「「「食べます!よろしくお願いします!!」」」」」」」
その答えにテイルは満足そうに頷き、先生はガックリとうなだれた。
「それでは行きましょうか。ねぇ先生?」
「…わかりました、行きましょう…」
と、勝ち誇った表情で先生に話し掛けたテイルと対照的にうなだれたまま答えた先生。
そのまま歩き出す二人の後を付いていくトーブル達は到着した食堂でテイルお手製の麻婆カツ丼を美味しくいただく事になるのだった。
…なお後日談であるがトーブル達はこの麻婆カツ丼によって先生が恐れていたようにテイルの料理依存症患者になってしまうのだった。