最初の進化
翌朝、ワイバーンの様子が気になって普段より早起きしたテイルは素早く着替えを済ませるとすぐに第一格納庫にワイバーンの様子を見に行ったのである。
「失礼します。そしておはようございます」
第一格納庫でまだ作業をしていた作業員達に声を掛けながらワイバーンが格納されているワイバーン専用の格納庫に歩いていくテイル。
そんなテイルに声を掛けられた作業員達がテイルに挨拶を返していく。
「ああ、姫様…おはようございます…」
「…おはようございます、姫様…」
「…すいません、入って来られた事に気付きませんでした…」
疲労困憊の様子で挨拶を返していく作業員達にワイバーンの格納庫に向かっていた足を止めて作業員達の方に向けて歩き始めたテイル。
そして作業員達のリーダーの近くで足を止めるとリーダーに話し掛けたのである。
「現在はどのような状況でしょうか?」
「…作業は大詰めですね。完了までもう一時間、といったところでしょうか?」
「そうですか。皆さんには無理をさせてしまいました。とりあえず食事の用意、お風呂の用意、ベッドの用意を終わらせています。作業が終わり次第ゆっくりと休んでくださいね?」
「ありがとうございます、姫様。皆聞いたか!?もうひと頑張りだ!」
「「「「「おおー!!」」」」」
テイルの言葉を聞いた作業員達が気合いの声を上げて残りの作業に取り掛かるのを見たテイルは再びワイバーンの格納庫に足を向けたのである。
「作業完了まで残り一時間を切っていますね…。となると先に朝食を食べてきた方が良いか…」
ワイバーン格納庫の様子を見たテイルはそう呟くと第一格納庫を後にして食堂に向かおうとしたところでピタリと足を止めたのである。
「それより先に隣の作業状況も見に行きましょう」
誰に言うでもなくそう口にしたテイルはその言葉通りに隣の第二格納庫での作業状況を見に行ったのである。
「失礼します。そしておはようございます」
第一格納庫に入った時と同様の挨拶をしながら第二格納庫に入ったテイルは第二格納庫で作業をしている作業員達のリーダーに話しを聞きに行ったのである。
「おお、これは姫様!!おはようございます!!」
「おはようございます!!姫様!!」
「作業は順調そのものですぜ、姫様!!」
リーダーに話しを聞きに行こうとするテイルに挨拶を返していく作業員達。
その様子を見たテイルは頭の中で、
(こっちの作業員達は異常にテンションが高いなぁ…。徹夜明けだからかな?)
と、思いながら作業員リーダーに話しを聞きに行くテイル。
「作業中すいません。少しよろしいでしょうか?」
「ん?ああ、姫様。ええ、大丈夫ですよ」
「では失礼して…。現在の作業状況はどのような感じでしょうか?」
「順調ですよ。もう二、三十分で終わりそうですね」
「そうですか。第一格納庫の皆さんにも伝えましたが食事の用意、お風呂の用意、ベッドの用意が終わっています。無理をさせてしまった分しっかり休んで下さいね?」
「ありがとうございます、姫様!皆やるぞ!!」
「「「「「「おおー!!!!!!」」」」」」
テイルの言葉に第二格納庫で作業している作業員達は雄叫びのような声を上げると猛然とラストスパートに入ったのである。
その雄叫びを聞いたテイルは、
(テンションが高い分第一格納庫の人達以上の凄い雄叫びになったわね…。これなら後は任せても良いかな?)
と、考えると作業員リーダーに話し掛けたのである。
「では後は任せます。よろしいですね?」
「はい、お任せ下さい!」
「ではよろしくお願いします」
「はい!!」
このやり取りで第二格納庫で作業している作業員達の状況確認を終わらせたテイルは今度こそ食堂に向かったのである。
道中で先生に発見されてしまい昨日中断していた説教の続きを半分聞き流しながら食堂に着いたテイルと先生は説教しながら、その説教を聞き流しながら朝食を済ませると今度は二人で第一格納庫のワイバーンの様子を見に行ったのである。
「それでワイバーンの状況はどうだったのでしょうか?」
「朝食前に見に行った時で作業完了まで残り一時間を切っていました。恐らくもう作業は完了しているはずですよ」
「そうですか…。どのように進化しているか楽しみですな」
「そうですね。ただ今回は驚くような進化はしていないと思うんですけどね…」
「ふむう…そうですか…」
このような雑談をしながら第一格納庫に入ったテイルと先生。
するとそこにはこの第一格納庫で作業している作業員達だけではなく第二格納庫で作業をしていた作業員達も第一格納庫に来て、第一格納庫で行なわれている作業を手伝っている光景があった。
その事を疑問に思ったテイルはワイバーンの作業状況の確認より先に彼らの話しを聞く事にしたのである。
「あれ?こっちの作業を手伝っているんですか?」
「ああ、姫様。それに先生も。ええ、そうですよ」
「…作業が終わったら休むように言ったんですけど…?」
「そうなんですけどこっち見に来たら連中、死にそうな顔で作業してたもんでさすがに俺達だけ先に休むって事はちょっと…」
そう言って第一格納庫の作業員達に目を向けた第二格納庫の作業員リーダー。
その言葉に先生は、
「うんうん、仲間思いの良い作業員達だな」
と、感心してみせたがテイルは違う感想を持ったのである。
そしてテイルはそれをそのまま口にしたのである。
「なるほど。…で建前はそれで良いとして…本音は?」
笑顔で第二格納庫の作業員リーダーに問い掛けたテイル。
そして問い掛けられた第二格納庫の作業員リーダーは、
「え?あ?え?ほ、本音?」
と、明らかに動揺して言葉に詰まってしまったのである。
その様子を見たテイルはもう一度聞いたのである。
「ええ、本音です」
「い、いや、その…本音…と言われましても…」
しどろもどろになりながらも何とか言葉を絞り出す第二格納庫作業員リーダーにテイルはニッコリと笑って止めの一言を放った。
「私に嘘は通用しませんよ?わかってますよね?」
その言葉でもう無理だと理解した第二格納庫作業員リーダーはガックリとうなだれながらテイルと先生にこの場に残った本当の理由を話すのだった。
「ごめんなさい、思わず嘘を言ってしまいました…。本当はワイバーンの進化後の姿を早く見てみたかったんです…」
「そうだろうと思いましたよ…」
「ごめんなさい…。ですが作業を手伝おうという思いも無いわけではありませんよ?」
「当然です。むしろ全く無いとか言ったら怒ってましたよ」
「ごめんなさい、すいません、許してください姫様…」
うなだれる第二格納庫作業員リーダーに軽く怒ったテイルと、そのテイルに平謝りする第二格納庫作業員リーダー。
その様子を見て軽く溜め息を吐いたテイルは先生にもした説明を第二格納庫作業員リーダーにも始めるのだった。
「許しますからとりあえず顔をあげてください。それと先生にも言いましたけど多分今回の進化は驚くような物にはならないと思いますよ?」
「…え?そうなんですか?」
「ええ。多分ですけど」
「そうですか…。それでも気になるものは気になりますからね。やっぱりこの目で見てみたいですよ」
「そういうものですか…」
「そういうものなんですよ。さあ姫様、行きましょう、早く見に行きましょう」
そう言った第二格納庫作業員リーダーはテイルの背後に回り込んでテイルの両肩に両手を置くとテイルをワイバーン専用格納庫に向けてグイグイ押し始めたのである。
この第二格納庫作業員リーダーの行為にテイルは苦笑いを浮かべながら先生に目を向けると先生は肩を竦めて、
「やれやれ…」
と、呟くとグイグイ押されていくテイルの後を追ってワイバーン専用格納庫に向けて歩いていった。
途中で他の作業員達に声を掛けて最終的に第一格納庫にいた人全てを引き連れてワイバーン専用格納庫の前に立ったテイル。
そうして全員が注目するなかテイルはワイバーン専用格納庫に設置されているタッチパネルに表示されている作業完了の文字を確認すると続けてタッチパネルを操作して格納庫の扉を開いていったのである。
徐々に開いていくワイバーン専用格納庫の扉に興奮を隠しきれない様子の先生や作業員達を苦笑混じりに見るテイルはその一方で先生や作業員達を見るだけでなく、やはり格納庫の中のワイバーンの様子も気になるらしく先生や作業員達に目をやりながらほぼ同じ頻度で格納庫の扉にも目を向けていた。
そうして開いた扉の奥に進化の為の作業が完了したワイバーンが姿を現したのである。
新たなワイバーンを見た作業員達が、
「「「おお…」」」
と、いう感嘆の声が上がる中、先生が一言、
「…どこが変わったんだ?」
と、呟いたのである。
その声にすかさずテイルが、
「だから驚くような進化はしないと思うって言ったじゃないですか」
と、ツッコミを入れて過度に膨らんでいた先生の期待を粉砕するのだった。
そんなテイル達を尻目に作業員達はそれぞれに進化後のワイバーンを見ながらどこがどう変わったかの議論を始めたのである。
「…どこが変わったかわかるか?」
「脚部のスラスターが増設されたような気がするな」
「おい、ライフルが二挺に増えてるぞ!」
「なぁ、誰かタブレット端末持ってこいよ」
「何する気だよ?」
「進化前のワイバーンの画像と進化後のワイバーンを見比べてどこがどう変わったかを調べるんだよ」
「おお、なるほど。じゃあすぐ持ってくるわ」
こうして一人の作業員が自身のタブレット端末を取りに行ったところでテイルが先生や作業員達に声を掛けた。
「あの、とりあえず乗ってみたいんですけど良いですか?」
「え?…あ、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます。それでは…」
そう言うとテイルはコクピットのある位置まで軽く飛び上がってコクピット部分の装甲に手を掛けるとハッチを開け、そのままコクピットに飛び込んだ。
「良し…ワイバーン、起動」
テイルの言葉に反応して全てのシステムを順次起動させていくワイバーン。
そうして全てのシステムの起動が終わったところでテイルが外で見ている先生や作業員達に、
「格納庫から出します。皆さん危ないから離れていてください」
と、ワイバーンから遠ざかるように言ったのである。
このテイルの言葉に先生や作業員達がワイバーンの周囲から少し距離を取った事を確認したテイルはワイバーンを操作、格納庫の中から格納庫の外に出したのである。
また、その時ワイバーンのコクピット内のモニター画面に表示されたある数値を興味深げに見詰めていた。
「ほぇー、これは…早く降りて皆に知らせた方が良いわね」
モニターを興味深げに見詰めながらそう呟いたテイルは言葉通りにワイバーンから降りると少し離れて待っていた先生と作業員達に近付いていき声を掛けた。
「忠告通りに離れていてくれて助かりました。それと起動させた時にモニターに表示されていたんですがエンジン出力とジェネレーター出力とスラスター推力が進化前と比べて一.三倍に強化されていましたよ」
「「「「マジですか!?」」」」
「他にもメインフレームの強度の強化だったり内部は色々と進化していますね」
「「「「おおー」」」」
「おーい、端末持ってきたぞー…ってワイバーンが外に出してある!?」
テイルの話に先生と作業員達が興味深く聞いているところにタブレット端末を取りに行っていた作業員が戻って来たのである。
そして戻って来た作業員は自分がタブレット端末を取りに行っている間にワイバーンが格納庫から出してある光景に悲鳴のような声を上げた。
そんな作業員にテイルが申し訳なさそうに声を掛けた。
「ごめんなさい…私自身待ちきれなくて動かしちゃいました…」
「あ、いえ、俺の方も突然叫んでしまってすいませんでした…」
テイルの言葉に作業員の方も申し訳なさそうに答える中、端末を取りに行かせた作業員達が集まってきた。
「なぁ、もう良いか?端末見せてくれよ」
「え?あぁ、そうだった。ほれ」
そう言って集まってきた作業員達に持ってきた端末を皆に見えるようにして進化前のワイバーンの立体画像を表示させた端末を取りに行った作業員。
そうして表示された進化前のワイバーンと比較が始まった進化後のワイバーン。
そして比較を始めた作業員達から様々な声が上がるのだった。
「お、レーザーソードが二本に増えてるぞ」
「あぁ、やっぱり脚部のスラスターが増設されてるな」
「脚部だけじゃなくて背部バーニアも増設されてるぜ?」
「…ん?これは…ハードポイント…か?」
「ハードポイント?…っていうのは何なんだ?」
様々な声を上げる作業員達の中に気になる発言があった為、先生が作業員達に質問をしたのである。
ただ、その質問に答えたのはテイルであった。
「ハードポイントというのは追加装備の装着場所の事ですね」
「追加装備の装着場所?と言うか追加装備も作られるんですか?」
「まぁ自己進化、自己再生、自己増殖の三大理論実装機ですからね。苦戦する状況を覆すべく新たな装備を生み出す、程度の事はしますよ?」
「生み出す程度って…本当にモンスターマシンですね…」
先生がワイバーンの恐るべきスペックにドン引く中、テイルの言葉に興味を引かれた作業員達がテイルに質問していった。
「追加装備ってどんなのが出来るんですかね?」
「…うーん……相手のスピードに翻弄されるようなら対抗出来るように高機動戦用装備を作るとか…近接戦闘で苦戦するようなら近接戦闘用装備を作るとか…中長距離射撃戦、中長距離砲狙撃戦に対応出来ないなら対応出来るように中長距離射撃戦用装備や中長距離砲狙撃戦用装備を作るとか…そんな感じでしょうか?」
「…エグいっすね…」
「…うーん…」
テイルの予想した追加装備の一覧に今度は先生だけで無く作業員達もドン引いた。
そして作業員達の一人がある可能性に気付き、気付いた可能性を思わず口にしたのである。
「…と言うかワイバーンって敵にしてみたら初見で破壊しないと最悪次には対応する装備を作り出して襲い掛かってくる恐ろしい機体になるんですけど…?」
「…え?」
「…あ」
作業員の一人が口にした可能性に他の作業員達や先生も気付いて顔色を悪くする中、テイルは彼等に今以上の破壊力を持った爆弾を放り込んだのである。
「このワイバーンをその程度のマシンアーマノイドだと思わないで欲しいですね」
「「「「「「は?どういう事ですか?」」」」」」
「初見で破壊しないと、と言いましたけどただ破壊するだけでは無意味ですよ?破壊するなら塵一つ残さず破壊しないと」
「「「「「「…は?」」」」」」
「忘れたんですか?ワイバーンは自己進化、自己再生、自己増殖の三大理論実装機ですよ?ただ破壊しただけでは自己増殖能力と進化再生能力で完全に修復しますからね。おまけに自己進化能力で強化もされるでしょうし。以上の事から敵にしてみたら初見で跡形も無く破壊しないと再生、強化される悪夢のようなマシンアーマノイドになりますね、ワイバーンという機体は」
テイルのこの言葉に顔色を悪くしていた作業員達や先生は完全に沈黙、改めてこのワイバーンというマシンアーマノイドを作り上げたセレス・エレンディア博士の天才ぶりを痛感していた。
一方のテイルは沈黙する先生や作業員達を尻目にワイバーンに搭乗、トーブル達との実戦演習に向かうのだった。