それぞれのインターミッション
「…長いですね…」
「そうか?」
「そうですよ…」
「…ふむ、まぁ、慣れていないとそう感じるか。私はもう慣れたぞ?」
「…自分達もいつか慣れるんでしょうか…?」
「いつか慣れるというより姫様と行動を共にしていると嫌でも慣れるぞ?」
「………そうですか……」
こう言ってとあるドアの前で話し合う先生と自警団隊長。
二人が話し合っているドアの奥の部屋の最深部では二人の話題になった人物、テイルがある事を行なっていた。
それは…。
「ふん、ふふん、ふふーん♪」
巨大シェルター(?)に設置されている大浴場に浸かり上機嫌で鼻歌を歌うテイル。
そう、テイルはお風呂に入っているのである。
ちなみに既に三時間が経過している。
戦闘終了後、様々な後始末を終わらせるのに掛かった時間が一時間以内だったので入浴時間だけで三倍以上となっている。
テイルは長風呂派であった。
それが冒頭の二人の会話に繋がる。
テイルの長風呂を知っている先生と知らなかった自警団隊長。
二人のテイルという人物への理解度の差が引き起こした会話であったがそれが自警団隊長にテイルという人物の取扱い説明書を教える機会になると同時に、今回のテイルの長風呂がテイル本人の趣味嗜好だけでは無いある事情の為でもある、という事を説明する機会にもなったのである。
「まぁ、今回の長風呂は姫様の趣味だけでは無いだろうがな」
「?…どういう事ですか?」
「ほら、姫様の髪色、銀色じゃ無くてオレンジだったろ?」
先生の説明にテイルの髪の毛の色を思い返した隊長が頷きながら先生に聞き返す。
「そう言えばそうでしたね。あれはどうやって染めたんですか?」
「特殊な魔力を込めて作った特別製のヘアカラーリング剤を使ってな。髪が伸びても自動的にオレンジ色になるようにしてな」
「へぇ…。あ、では今回長風呂なのはそのヘアカラーリング剤を落としているからですか?」
「ああ、そうだ。だから風呂上がりの姫様は元通りの銀髪になっているはずだ」
「そうですか…」
先生の言葉に感慨深げな声を上げた隊長。
そんな隊長に先生が声を掛ける。
「さて、それじゃそろそろ行くか」
「え?あの、姫様は?放っておく気ですか?」
「これまでの経験上最低でももう一時間はお風呂の住人だろうからな。我々は一時間毎に様子を見に来る程度でちょうど良いのさ」
「そ、そうですか…」
「そうさ。だから我々は今のうちに色々見て回っておかないとな」
「わかりました」
「良し。では行くぞ」
「はい」
こうして二人は大浴場を後にするのだった。
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一方その頃魔界では……
テイルが巨大シェルター(?)内の大浴場でお風呂を満喫しているのとほぼ同時刻、魔王城パンデモニウムの玉座の間で大魔王フレイルと参謀長オブルクがテイル発見の一報についての対策を話し合っていた。
「…ふむ、テイル・フェリアシティが帰ってきた…と。間違い無いのだな…?」
「は…。遭遇した六名全員が今まで生きてきた中で今だかつて感じた事の無い凄まじいプレッシャーを感じたと…。そしてそのプレッシャーの主…テイル・フェリアシティ本人なのでしょうが…彼女が言うにはまだ完全フルパワーの十分の一も解放していないとか…。ですのでまず間違い無いかと…」
「…そうか…ようやく引きずり出せたか…長かったな…」
「申し訳ございません…」
「構わん、相手が相手だ。それよりも、だ」
「ええ。どうやって仕留めるか、ですね?」
「そうだ。三年前は気付かれて逃げられたからな。今回こそは確実に息の根を止めなければ、な…」
「…三年前のあれは本当に屈辱でしたからな…。まさか本人達はおろか国民全てを逃亡に成功させるとは思いもよりませんでしたからな…」
二人の脳裏に三年前の悪夢が甦る。
総攻撃開始の三時間前に国民全てを引き連れての脱出を許すという悪夢を。
「それも踏まえて、だな。さてどうするか…」
「そうですな…初手に足の速い奇襲部隊を送り込んで足止めを行なうのは如何でしょう?…ただ…あれを相手に足止め出来る戦力となると…」
「ふむ…ならばロイヤルガードを動かすか?」
「…正気ですか?」
「勿論正気だ。それで投入人(?)数は…三十名で良いか」
「………正気ですか?」
「正気だと言っているだろう」
「…はぁ…ですが…」
「ならば聞くがあれを相手に足止めが出来る者がロイヤルガード三十名以外にいると思うか?」
「………いないと思いますが…」
「だろう?という事で足止め役は決定だな。次に考える事は確実に息の根を止められる戦力量がどの程度かの試算とその投入について、だな」
「ええ。三年前は足止めが出来なかったという事もありますが三艦隊を派遣して包囲すら出来ませんでしたからな…」
二人の脳裏に再度三年前の悪夢が甦る。
その悪夢を振り払うようにフレイルが告げる。
「よし、動かせる艦隊は勿論、動かすのに時間が掛かる艦隊も全て動員する」
「全て…と言われますと…?」
「全ては全てだ。さすがに十二魔王の直属艦隊を動かすつもりは無いがな」
この言葉にオブルクは心の中で頭を抱えながらもそれを一切表情に出さずにフレイルに話し掛けた。
「という事は十二魔王艦隊以外の四十艦隊を全て動かすと…。やはり正気ではありませんな」
「何故だ?」
若干不満そうな表情で聞き返したフレイルにオブルクが正気では無いと話したその理由を説明し始めた。
「四十艦隊全てを投入するとなると現在攻撃中の精霊界軍への攻撃を中断させて呼び戻す事になります。後退している最中に背後から攻撃されれば被害は無視できない物になるでしょう。それでも呼び戻すおつもりですか?」
「…あれに逃げられればそれ以上の被害が出るとは思わんか?」
オブルクの説明にやはり不満そうな表情で聞き返すフレイル。
その反応を予想していたようにオブルクが提案する。
「思います。ですから全てを投入するのでは無く敵軍の追撃に備えて数艦隊残して攻撃を続行させ、それ以外の艦隊をテイル討伐に投入するというのは如何でしょう?」
「………ふむ」
「…如何でしょう?」
フレイルの微妙な反応に焦って思わず確認の言葉を繰り返す形になってしまったオブルクだったが続くフレイルの言葉でその焦りは消える事になる。
「…わかった。足止めに三艦隊残し、それ以外の三十七艦隊をテイル討伐の為に投入する。これで良いか?」
「ええ、問題無いと思います」
「よし、ではすぐに全艦隊に通達し、テイル抹殺に向かわせろ」
「はっ!」
こうして各艦隊に新たな命令を伝える為に玉座の間から退出していったオブルク。
そうして玉座の間を出たオブルクはこれからの展開を考えて思わず頭を抱えながらぶつぶつと文句を言い始めた。
「提案して採用されたは良いが…命令変更を伝えた後の現場がどれだけ混乱するかを想像すると頭痛がするな…。一方でテイルをあれの好きに暴れさせでもしたらその被害を想像して頭痛がするからな…。やれやれだな本当に…」
ぶつぶつ言いながらも管制室にやって来たオブルクは十二魔王が率いる十二艦隊以外の全四十艦隊のそれぞれの艦隊司令と同時に通信回線を開く。
「「「「「「「「「参謀長?突然どうされました?」」」」」」」」」
「やぁ諸君、現状はどのような感じですかな?」
「エルヴァンディアはやはり強大国ですね。一進一退が続いています」
「ドワーフ共は連合軍として協調している間は我々が優勢気味の互角です。現在は連合軍を分断する事が出来ないかを検討中です」
「ホビッタイトはまもなく落ちますな!楽な相手でしたわい!がっはっはっは!!」
「マーメイダスは…連中が苦戦すると気付いた瞬間に海中に逃げますからな…。水棲モンスターに猛追させていますが中々攻めきれません…」
「タイタスティアスも強敵ですな…。出来れば増援部隊を派遣してほしいのですが…」
「ビースニマルはほぼ互角ですな。我々が多少優勢でしょうか?楽観視は出来ませんが」
「エレメンタリーは我々が優勢に進めています。もう一ヶ月あれば落とせるのではないかと」
「セイルピュイアは…申し訳ありません…少々苦戦しています」
「ヒューマニアンは我々が多少優勢ですかな?恐らくはまあ…このまま押し切れるでしょう…多分…」
オブルクの質問に次々に答えていく各艦隊司令官。
そして報告を聞き終えたオブルクが彼等に語り掛ける。
「ふむ、そうですか。良くわかりました。さて、そんな諸君に朗報があります」
「「「「「「「「「…朗報?」」」」」」」」」
「我々が血眼になって捜索していたテイル・フェリアシティの発見に遂に成功しました」
「「「「「「「「「おお、遂に!!」」」」」」」」」
「ええ。そしてそんな諸君に悲報があります」
「「「「「「「「「…は?悲報?」」」」」」」」」
「ええ。追撃阻止の為に十艦隊を残しそれ以外の三十艦隊はテイル討伐に投入する、とのフレイル様の命令が下ったのでそのように動いて貰います。よろしいですね?」
「「「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」」」
各艦隊司令官が憤りの叫びを上げるのをオブルクは、
(まぁこうなるわな…)
と、いう思いで見ながら彼等に話し掛けた。
「どの艦隊を残して足止めを任せるかは皆さんで話し合って決めて貰います。ただホビッタイト方面艦隊とエレメンタリー方面艦隊は全軍呼び戻す方向で動いて貰いたい。よろしいでしょうか?」
「「はぁ!?」」
「先程両艦隊は優勢に戦えていると言われましたからな」
「それは…」
「そうですが…」
「「離れている間に態勢を立て直されると思うのですが…?」」
「それはまぁ…フレイル様がなんとかされるのではないか…?」
「「「「「「「「「ええ…」」」」」」」」」
ホビッタイト方面艦隊司令とエレメンタリー方面艦隊司令の懸念に投げ遣りな返事をしたオブルクにドン引く各艦隊司令官一同。
その一同にオブルクは、
「伝達事項は以上です。改めて言いますがどの艦隊が足止めに残るかは皆さんで話し合って決めて下さい。以上、通信終わり!」
と、最も揉めそうな案件を放り投げて最後の言葉通りに通信を切ったのであった。
その後ホビッタイト方面艦隊とエレメンタリー方面艦隊を除いた各艦隊で行われた話し合いは揉めに揉め、結論が出るまで二日掛かり、各艦隊がテイル討伐に出撃するのは三日後となったのだった。
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一方その頃のシェルター(?)内では……
「はぁ~…。最っ高~…」
テイルの入浴時間は五時間になろうとしていた。
染めていたオレンジ色の髪の色は完全に元の銀髪に戻っていたのだが生来のお風呂好きが超大爆発を起こしテイル史上最長入浴時間を更新しそうな事になってしまっていた。
だが、テイルもただお風呂に入っているだけではなかった。
先程の戦闘中の出来事のあれこれや戦闘終了後の挑発に大魔王フレイルがどれだけ食い付いてくるかの予想や、食い付いた結果起こり得るあらゆる事態への対処法のシミュレーションや考察を行なっていたのである。
(一般兵用の機体であの性能なら隊長機やベテランパイロット用の機体はもうワンランク上の性能にはなるはず…。そしてフレイルが本気で私を抹殺しに来るなら最低でもロイヤルガードは投入してくるはず…。そうなると機体性能は一般兵用の機体のツーランクは上になりそうですから今のワイバーンでは勝ち目は無さそうですね…。あくまでも、今のままなら、ですが…ね…)
ここでテイルは一度シミュレーションと考察を止めておもいっきり全身を伸ばすと湯船に頭まで浸かると十秒程で湯船から顔を出してシミュレーションと考察の続きを開始した。
(恐らく投入してくる戦力は先行部隊としてロイヤルガードが二十名から三十名、本隊が…最低でも二十艦隊は投入してくるでしょうね…。対するこちらの持ち札は確定出来る物が一つ、確定出来ない物が二つ、彼等には失礼ですけど過度な期待が出来ない物が一つ…。これらを踏まえた上で私が選ぶべき戦術は…確定出来る持ち札で全員を連れての前進撤退、これしかありません。問題点があるとすれば魔王軍が持ち札に気付く可能性ですが…これは皆無と言っていいでしょうね。気付いているならとっくの昔に総攻撃されて破壊されていなければならないレベルの超兵器という持ち札ですから…)
と、ここで再度シミュレーションと考察を止めて湯船に頭まで浸かると今度は湯船の中で伸びをした後二十秒程で湯船から顔を出してシミュレーションと考察の続きを始めたのである。
(あの超兵器をフルパワーで稼働させれば魔王軍艦隊の十や二十を突破して振り切るのは性能上全く問題無いはず…。問題は振り切る前に何隻沈める事が出来るか、ですね…。出来る事なら敵艦隊の半数は沈めておきたい所ですが…こればかりは運も絡みますからね、高望みをしてはいけませんね。…さてそれではそろそろ上がりましょうか。皆さん呆れているか心配しているかのどちらかをしているでしょうし、何より不確定の持ち札の一つが今どうなっているかを確認しておかないといけませんからね…)
テイルはそこでシミュレーションと考察を終わらせて大浴場を後にすると風呂上がり直後のあれこれを済ませると格納庫に向かって行った。
確定出来ない持ち札の二つの内の一つの現在の様子を見る為に…。