王都での諸事
「それじゃ行ってくるわね」
戦艦六隻を海中に隠し終えたテイルは留守番役して艦に残る者達とテイルとは別の国に向かう者達に挨拶をするとカタパルトにてワイバーンを出現させると即座に乗り込み、カタパルトにワイバーンを接続させた。
そうしてオペレーターがワイバーンのコクピットのテイルに通信を繋げ、テイルに告げる。
「進路クリア!テイル様、発進、どうぞ!」
これにテイルも、
「了解。テイル・フェリアシティ、ワイバーン、参ります!」
と、応じて自身の座乗艦グランワイバーンからワイバーンを発進、そのままエルフの住まう国、エルヴァンディア王国王都ディアブライトに向けて飛び立っていったのである。
そうしてワイバーンで空を飛ぶこと一時間、ワイバーンのコクピットに設置されている全周囲モニターの真正面にエルヴァンディア王国王都ディアブライトの王城や市街地の様子が映し出された。
テイルはモニターに映る市街地を見ながらディアブライトまでの道中で感じた事を思い出していた。
(魔界との戦争中のはずなのに魔王軍のマシンアーマノイドに遭遇しないどころかレーダーに反応すらしなかった。戦争中にこの状況という事は精霊界に展開していた魔王軍は大多数が私達への攻撃に投入されて私達がほぼ全てを蹴散らせたみたいだね。善きかな善きかな)
ここまでを思い出しながらディアブライトに接近していたテイルはある程度の距離まで近付いたところで、
「よっし、そろそろ降りるかな。未確認機体が王都に接近とかちょっとした恐怖だもんね」
と、話すとワイバーンの操縦をオートパイロットモードに切り替えた。
続けてハッチを開けるとそこから外に飛び出したのである。
そしてテイルは外に出るとすぐに飛翔魔法を発動させてワイバーンと同じ速度で空を飛んでワイバーンと空中並走をし始めた。
テイルはその状態で自身の左手をワイバーンの方に向けると、
「戻れワイバーン」
と、一言口にしたのである。
するとテイルが左手中指に嵌めている指輪が光を放ち、ワイバーンが指輪の中心にある宝石に吸い込まれたのだった。
こうしてワイバーンを指輪の宝石の中に収納したテイルはすぐに高度を下げて地面に降りると徒歩でディアブライトに向かったのである。
その長いとは言えない道中でテイルは戦争中であるのに三年前とほぼ変わらない光景に感嘆の声を上げるのだった。
「おお、道路には馬車に加えて魔導電気自動車が、そして第一空路には飛行魔導電気自動車が、さらに第二空路にはマシンアーマノイドと戦争中なのに相変わらず綺麗に、かつ三年前と全く変わらない交通量、さらにはそこかしこに耳の尖った人達…というかエルフばっかり、さすがはディアブライトだね」
そう口にしながらディアブライト王城城下町に足を踏み入れたテイル。
王城へと続く大通りを歩きながらテイルは周囲を見渡し、三年前の記憶の中の街と現在の街の違いを比較して三年の間に起きた街の変化を少しずつ頭に入れていた。
(ふむふむ、街に入ってしばらくの間の街並みは変わってないけど街の中心に近付くにつれて建て替えやリフォームが行われた建物が増えてきたわねぇ…。人間界で言う剣と魔法ファンタジーの建物と人間界の現代建築がさらなる融合を果たしていってるわね。…ん?あそこにあったパン屋が無くなってる?あそこのパン屋美味しかったんだけどなぁ…。と言うか工事中だけど何が出来るんだろ…?)
街並みの変化を感じながら記憶していたテイルはお気に入りだったパン屋が無くなっている事を残念に思いながら以前パン屋があった現在工事中の工事現場に歩いていったのである。
そしてテイルはその現場で働いている作業員に声を掛け、話を聞きにいった。
「すいません、ちょっと良いですか?」
「あん?なんだいお嬢ちゃん?」
「ここってパン屋でしたよね?パン屋って潰れたんですか?」
「…はぁ?だぁっはっはっはっは!」
テイルのストレート過ぎる言葉に一瞬驚いた作業員は直後に爆笑してテイルの問いに答えたのである。
「パン屋は潰れてないよ!建て替えさ!」
「建て替え?じゃあパン屋は?」
「そこの路地を入ってちょっと行った所の仮店舗で営業してるよ。行ってみるかい?」
作業員がそう言った次の瞬間、テイルのお腹がぐきゅるるるると結構な音を発し、テイルと作業員二人が同時に音の発生源に目をやった。
そうして自分のお腹の状態を感じ取ったテイルは、
「そうですね、ちょうどお腹も減ってるしたまには顔を出しておかないと死んだとか思われますからね。ちょっと行ってきます」
と、作業員に話すと作業員が説明した路地に向けて歩いていったのである。
一方の作業員は聞いてはいけない音を聞いてしまった、と顔色を悪くしたのだがその相手であるテイルが一切気にする素振りを見せなかった事から、
「お、おう、気を付けてな!」
と、若干声が上擦りながらの挨拶をテイルに送るだけに留めたのであった。
その声に、
「ありがとう」
と、手を振りながら返すとテイルはそのまま路地を歩いていき、作業員が説明したようにちょっと行った所にあった目的のパン屋を見つけたのである。
「ここか。ふぅん、ちょうどと言うかお客さんいないのね。こんにちはー」
そう挨拶をしてテイルはパン屋に入っていった。
ちょうど休憩時間だったのかパン屋にはテイルが口にしたように客がいないのはもちろんだったが店員もいなかった。
その為テイルは勝手に店内にあるパンの数々を見て回っていた。
そうしてテイルが店内のパンを見始めてから二分ほど経過したところで店の奥から店員がパタパタと駆け足で出てきたのである。
「いらっしゃいませ~、それとごめんなさいね、奥に行ってい、て……!?」
店の奥から出てきた店員はそう言いながらテイルの顔を見ると口をパクパクさせながら数秒間フリーズし、フリーズが解けた瞬間に凄い勢いで店の奥に引き返していったのである。
店員の行動にテイルが不思議そうな顔をしていると店の奥からドタンバタン!という大きな物音が聞こえてきた。
その物音にテイルが、
「ん?」
と、声を上げて約四秒後、店の奥からさっき出てきた店員と、その店員が引きずるようにしてもう一人店員を連れて出てきたのであった。
「あ、どうも」
出てきた店員二人に挨拶をしたテイル。
そんなテイルに店員二人は、
「ほらあんた、やっぱりテイル女王でしょ!?」
「ああ、間違いない…。無事だったんですね…」
と、会話しながらテイルに声を掛けてきたのであった。
その言葉に、
「ええ、なんとか。ご無沙汰してしまいましたね」
と、笑顔で答えたテイル。
その言葉に店員の一人は涙を流しもう一人は、
「ご無沙汰だなんて…またこうして来ていただけただけで、いえ、生きておられただけで万々歳ですよ…」
と、言ってもう一人と同様に涙を流したのである。
その光景にテイルは笑顔を浮かべたまま、
「憶えていてくれたんですね。ありがとうございます」
と、店員二人に感謝の言葉を伝えた。
その言葉に店員達は涙を流しながら声を揃えて、
「「忘れるわけないじゃないですか…。最初に出会った時の衝撃は絶対に忘れられませんよ…」」
と、話すと二人が忘れられないと言ったテイルとの出会いについて語り始めたのである。
「最初はなんというか…綺麗な女の子が来たなぁ、程度だったんですけど…その日の夜ですね、ニュースを見ながら食事していたらちょうどニュース映像にアルシア陛下の隣に立って陛下と握手しているテイル女王の姿が映りましてね…。見た瞬間思わず口の中の物全部吹き出しましたよ…」
「ああ、そういえば次の日にそんな事になったって非難されましたね…」
「そうそう、次の日も驚きましたよ…。一国の女王が、うちのパンが気に入ったって理由だけで一人でパンを買いに来たんですから…」
「…いけませんか?」
「普通の王様はやらないと思いますよ…?」
「ふむぅ、そうですか…。と、いう事は私は普通の王ではないという事ですね。なんというか…やったぁ♪」
「「やったぁ、じゃないですよ…」」
テイルの発言に店員達が二人同時にツッコミをいれたところで店員達はタイミングが良さそうだと判断して話題を変えようと、さっきの話に出てきたアルシア女王との事について尋ねてみた。
「…そういえばアルシア陛下とはもうお会いになられたんですか?」
「いえ、まだですね」
「…うちに顔を出している場合じゃないじゃないですか…」
テイルの返答に呆れ声を上げた店員達。
一方のテイルはその言葉に、
「いえいえ、アルシア様と対面中にお腹が鳴ったら恥ずかしいですからね。ついさっきも工事現場の作業員と話している最中にお腹が鳴りましたからね」
との返答をしたのである。
「「ええ…」」
テイルの返答を聞いた店員二人がその内容に引く中、テイルは、
「なので先に腹ごしらえをしておこうかと。ですので…いつものパンをくださいな♪」
と、言ってこの店に来た本来の目的を二人に話してパンの購入を行う事にしたのだった。
そんなテイルの言動に店員二人は苦笑いを浮かべたものの、早くしないとテイルとアルシア女王との会談時間に深刻な影響が出そうだと思った為に急いでテイルが特に好んで買っているパンを手早く袋に入れ始めたのである。
「いくつにしますか?」
店員がパンを袋に入れながらテイルに問い掛ける。
「……二十個ほど」
「……」
店員の言葉にテイルが若干遠慮気味に答え、その答えに店員達はわずかに固まったが、すぐに気を取り直してパンの袋詰めを続けながらテイルに話し掛けた。
「二十個ですか…相変わらず良く食べますねぇ…」
「…成長期ですから」
店員の言葉に一瞬考えてから返答したテイル。
店員二人はその言葉に再び苦笑いを浮かべ、パンを入れ終えてぎゅうぎゅうになった袋をテイルに、
「そうですね、成長期ですからね。はい、どうぞ、いつものハーラス麦のバターロール、二十個です」
と、笑顔で差し出してきたのである。
その袋を受け取りながらテイルは、
「ありがとうございます。…ちょっと待って下さいね?お金お金…」
と、言って財布を取り出そうとした。
しかし店員は、
「いえ、今日はお金はいいですから。それよりも早くアルシア陛下にご挨拶に行ってください」
と、話してテイルに早くアルシア女王に会いに行くように訴えたのである。
これにテイルは、
「いいんですか?後でお金払ってないとかで問題になりませんよね?」
と、聞き返して本当に大丈夫かどうかの確認を取るのであった。
そんなテイルに店員二人は、
「テイル女王相手なら一回や二回代金を払ってもらわなくても大丈夫なぐらい宣伝してもらいましたからね。今回の代金は以前の宣伝費用という事で。ですから早くアルシア陛下にご挨拶をしに行ってください」
と、言って本当に大丈夫だと本気の説得を行ったのである。
しかしそれでもテイルは不安そうに問い掛けるのだった。
「本当に大丈夫なんですか?明日突然店が潰れたとか無しですよ?」
この失礼な問い掛けにも店員二人は笑顔で答える。
「潰れるようなら店の建て替えなんてしませんよ。だから安心してください」
店員二人のこの返答にテイルは遂に納得して、
「ああ、そういえば工事現場の作業員が建て替え工事だって言ってましたね…。それならわかりました。代金はまた今度にしますね」
と、口にしたのである。
テイルの言葉に店員二人もようやく安堵の息を吐きながら改めてテイルに早く女王アルシアに会いに行くように促したのである。
「ええ、代金はそれで良いですから。ですからお早く。アルシア陛下は最近あまり良いニュースが聞けていないでしょうから少しでも良いニュースを聞いて頂かないと…」
店員二人のこの発言を黙って聞いていたテイルは、
「わかりました。そういう事なら出来る限り急いでアルシア様に会いに行きましょう。……パンだけでは足りないかもしれないので途中で何か買い足すかもしれませんが…」
と、話の前部分で店員二人を安心させ、後ろ部分で店員二人を不安にさせる発言をするとパンが満載された袋を抱えてパン屋を出て王城に行こうとしたのであった。
そんなテイルに店員二人は、
「…買い足すのはわかりましから、出来る限り、本当に出来る限り急いでくださいね?」
と、立ち去るテイルの背中に声を掛けたのである。
その声にテイルは黙って手を振るだけで答えると買ったばかりのパンを食べながら王城に向けて歩き出すのだった。
…途中で店員二人に話したようにパン以外にこちらも昔馴染みの屋台に立ち寄り屋台の店員を狂喜乱舞させた後、その屋台で売っていたブライス鶏の串焼き六本を買い足してパンと串焼きを交互に食べながら、途中でパンを真ん中で二つに割って、間に串焼きの肉を挟んでいわゆるチキンバーガーの状態にして食べ始め、食べ終わる頃にはちょうど王城の城門が見えるところまで歩いていったのである。
テイルはそのまま城門まで歩いていくと門番をしている兵士に声を掛けていった。
「すいません、少しよろしいでしょうか?」
「ええ、なんでしょうか?」
「アルシア女王陛下と面会したいのですが…大丈夫ですか?」
最初テイルが声を掛けた時は笑顔で応対した兵士がアルシア女王と面会したいと言った直後、
「…今日の面会時間は終わりました。また明日お越しください」
と、あっという間に塩対応になったのである。
門番兵士のこの変わり身にテイルはふむ、と一言呟くと続けて兵士に、
「わかりました。それともう一つ聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
と、尋ねたのである。
「…なんでしょうか?」
「アーシア王女殿下は居られるでしょうか?」
「……居られますが?」
テイルの質問に若干渋々ながらも答えた門番兵士にテイルは次のように伝えるのだった。
「ではアーシア殿下にお伝えください。テイルが来た、会えなかったので残念だ、と。出来れば急いでお伝えくださると助かります」
「……はあ…わかりました」
門番兵士がそう口にしたのを見届けたテイルは、
「よろしくお願いいたします。それでは」
と、言うと城門から離れて城門前広場に行くとその城門前広場で人物観察を始めたのである。
そうしてテイルが人物観察を始めてから約三十分が経った辺りで門番をしていた兵士が他に複数人の兵士を連れて猛烈な勢いで城門から城門前広場に走って来たのであった。
その光景を見たテイルは人物観察を終わらせて兵士達に向けて大きく手を振った。
このテイルが大きく手を振っている姿を兵士達は急いでテイルのところまで駆け寄って来たのである。
こうして駆け寄って来た兵士達にテイルは、
「アーシアは何て言ってました?」
と、凄く良い笑顔で話し掛けた。
「「「「す、すぐに連れて、あ、いえ、すぐにお連れするように、と仰られました!」」」」
テイルの言葉に急いで返答しようとして失礼な言葉遣いになりそうになったところでなんとか踏みとどまりギリギリの敬語で答えた兵士達。
そんな兵士達を悪い笑顔をして見ながらテイルは続けて、
「で?アルシア様との会談は出来るんですよね?」
と、尋ねたのである。
兵士達はこの質問にも、
「「「「は、はい!それも先ほど陛下にお伝えした際に問題無く出来ると陛下が仰られましたから」」」」
と、返答したのであった。
そして兵士達は続けて、
「「「「ですのでテイル様、すぐに城内にご案内したく思っているのですがよろしいでしょうか?」」」」
と、尋ねてきたのである。
これにテイルは、
「ええ、お願いします」
と、今度は穏やかな笑顔で応じ、これを受けた兵士達が、
「「「「わかりました。それではご案内致します」」」」
と、話すとテイルを先導して城内に向かったのだった。




