目覚めの刻
問い掛けられたディアナはすぐ先生に返事をした。
「…ええ、大丈夫です、全てわかります、先生」
「…申し訳御座いません、姫様」
「構いません。むしろ感謝しています」
テイルと呼ばれ、姫様と呼ばれたディアナが平伏しながら謝る先生に穏やかに語り掛ける。
そのやり取りを聞いていたベテラン自警団員が若干狼狽えながら二人の会話に参加してきた。
「ひ、姫様?姫様って、あの姫様?」
「…貴方が言うあの姫様がどの姫様かはわかりませんが、私の名前はテイル・フェリアシティです。以後、宜しくお願い致します」
その言葉にベテラン自警団員は若干の狼狽え状態から完全なるフリーズ状態に移行した。
そんなベテラン自警団員を気にしながらもこの場にいる全員に迫る命の危機を脱するべく先生はテイルと共に状況の確認を始めたのである。
「姫様、敵の数はわかりますか?」
「…私達への敵意に満ちた気配から察するに八人、と言うよりは八機と言った方が良いでしょうか?」
「…攻撃が中断している理由等は…わかったりしますか?」
「…はっきりとは言えませんが私達に一切敵意の無い気配が二つあります。この気配と同じ気配がもう二つありました。恐らくは自警団の方々とシェルターに攻撃をしている部隊が戦っているのでしょう。すぐに私も出撃しなければ自警団の方々もここにいる全員も命を落とす事になるでしょう。ですので先生、宜しいですか?」
「ええ、大丈夫です。参りましょう、姫様」
こうしてテイルと先生はひとまず状況の確認を中断してテイル自身の出撃に向けた準備を始めるべく二人同時に立ち上がりシェルターの一角に向かって歩きだそうとしたその時だった。
不安そうにテイルを見詰めていたテイル、先生と共にシェルターに避難してきた少年二人の前に立つと彼等に穏やかに語り掛けたのである。
「まずは謝らせて下さい。申し訳ありませんでした。結果的に二人を騙すような事になってしまって…。それに私に聞きたい事も色々有るはずなのにそれも無視するような形になってしまって…」
「「…あ、いや…」」
「…それに加えて、今またすぐにこの場を離れなければならない非礼を謝らなければなりません…」
「「……ディア、じゃない、テイ…ル…?」」
「…ええ、テイルです。…あ…」
テイルは一言呟くとシェルターの天井を見上げ頭を軽く左右に振ってみせた。
その様子を見た少年二人がテイルに不思議そうな視線を向け、先生はテイルに声を掛けた。
「…姫様、何かありましたか?」
「残っていた気配二つが消えました。もうすぐシェルターへの攻撃も再開されるでしょう。急がなければ…」
「わかりました。姫様、行きましょう。…お前達はここで待ってろよ?わかったな?」
「「え?でも…」」
先生の言葉に反対しようとした少年二人にテイルが語り掛ける。
「大丈夫です。出来る限り早く敵部隊を追い払って必ず無事に戻って参ります。それに…」
「「…それに?」」
「…それに今の私にはいってきますを言い、それにいってらっしゃいを返してくれる相手と、ただいまを言い、お帰りなさいを返してくれる相手がいないのです。ですから貴方達には私がいってきますを言い、いってらっしゃいを返し、ただいまを言い、お帰りなさいを返してくれる相手になってほしいのです。お願い出来ませんか?」
「…それは…」
「…う、うーん…」
「駄目でしょうか?」
「「……わかりました…」」
テイルのお願いに二人は少し考えてから了解の返事を出した。
そして二人の言葉を聞いたテイルは彼等二人に笑顔で話し掛けた。
「ありがとうございます。それじゃあ、いってきます」
「「…いってらっしゃい」」
「…うん、いってくるね。先生、行きましょう」
「はい、姫様」
少年二人と笑顔でこのやり取りをしたテイルは先生と共に今度こそシェルターの一角に向かって歩き出したのである。
「全員すまん!ちょっと退いてくれ!」
「皆様すいません!道を開けて下さい!」
歩き出してすぐに避難してきた人達に阻まれる形になってしまったテイルと先生はなんとか道を開けてくれるように頼んだのではあるが、半分パニック状態になってしまっている避難民には思うように伝わらなかった。
「先生、どうしましょうか?」
「…仕方ない。別のパニック状態になるかもしれんがこれでいこう」
「え?」
先生はそう言うと困惑気味のテイルを多少無視するような形で自身が考えた解決策を実行するのだった。
「全員…は無理か…。近くにいる者達だけでも良い!よく聞け!」
「…は?」
「…え?」
先生の言葉にざわつき始める避難民達。
その避難民達に向けて先生は更に声を掛ける。
「テイル女王陛下のお通りである!皆、道を開けよ!!」
「……はぁ!?」
「……えぇ!?」
「テイル様が!?」
先生の言葉に先程とは違うざわつきが広がり始める。
「ほ、本当に…テイル様なんですか…?」
「ああ。さぁ、姫様」
先生に促されたテイルが避難民達の前に進み出る。
そうして避難民の前に立ったテイルに避難民達の視線が向けられる。
その視線に応えるようにテイルは話し出した。
「私の事を初めて見ると言う方も、以前見た事があると言う方も、こんにちは。テイル・フェリアシティです」
非常事態に呑気な挨拶になってしまったが避難民達は一切気にせずにテイルの次の言葉を待った。
「突然の事に理解が追い付いていない方もいるでしょう。それに以前の私を知っているという方は髪の毛の色が違うじゃないかと言う方もいるでしょう。当然ですね、以前の私の髪色は白銀だったのに今の髪色はオレンジ色なんですから…。ですがこれは私の事を血眼になって探すであろう魔族達の目を欺く為の、催眠術と併用しての変装作戦の結果なのです。どうか信じては貰えないでしょうか?」
この言葉に今まで黙ってテイルの話しを聞いていた避難民達はそれぞれが近くにいる者と話し合いを始めるのだった。
それを見ている先生はテイルに声を掛けた。
「…もう少し急がせた方が良いのでは?」
先生はテイルの出撃が遅くなるのを危惧していた。
しかしテイルは先生の言葉に反論した。
「先生が言われる事もわかります。ですが避難民の皆さんを押し退けて進むのは違うと思います」
「姫様…」
「力だけで全てを解決しようとするのは今この地を攻撃している魔族達と同じ道を歩む事になってしまいます。私はそのような道を歩みたくはありません」
「姫様…。ですが攻撃が再開されれば…」
「今の状態の私ならここ全体を覆う魔導シールドを展開出来ます。そう何度も防ぐ事は出来ないでしょうが…。ですが時間稼ぎにはなります」
「…わかりました。姫様の御心のままに…」
「ありがとうございます、先生」
テイル達のこの会話の間も相談を続けていた避難民達が出した答えを話すタイミングが来るのを待ち、テイルと先生の話しが終わった所でタイミング良しとみて自分達の答えを話し始めた。
「恐れながら申し上げます。大体の者が姫様の言葉を信じると。ですが一部の者が姫様の事を信じる前に一つ約束してほしい、と…」
「なんでしょう?」
「我々全員がここから無事に生きて帰れる。そう約束してほしい、と…。宜しいでしょうか、姫様…」
この言葉に先生がテイルの服の裾を引っ張って自身の方を振り向かせ、簡単に承諾しないように首を左右に振って見せた。
それを見たテイルは同じように先生に向かって首を左右に振ると避難民達に向き直り話し始めた。
「わかりました、約束しましょう。必ず全員無事にここから生きて帰れると!」
「「「おお!」」」
テイルの宣言に避難民達から歓声が上がり、反対に先生は頭を抱えた。
そんな避難民達の中の一部からテイルに質問する者達が現れた。
「…あの、すいません…。…本当に…約束って、守って貰えるんですか…?」
「な!?お前ら何言ってんだ!?」
「いや、わかってるよ!俺達がどれだけ無礼な事を聞いてるのかは!でもただの気休めを言ってる可能性もあるだろ!?」
「だからってお前ら…」
「うるせぇ!!それにお前らだって多少は疑ってんだろ!?」
「い、いや、それは…」
「口ごもってるじゃねぇか!!やっぱり信じてねぇんだろ!!」
「そんな事は…!」
「あるんだろうが!」
徐々にヒートアップしていく避難民達。
そろそろ殴り合い蹴り合いの大乱闘になろうかというその時だった。
「そこまで!!!」
突然辺りによく通る大声が響き渡ったのである。
声の主はテイルであった。
瞬く間に静寂に包まれたシェルター内に更にテイルの声が響き渡る。
「皆様の言う事はわかります。私自身も信じてくれと言うだけでは皆様にわかって貰う事は出来ないだろうと理解出来ています。ただ一つ、皆様に思い出して欲しいのです」
「…何をでしょうか?」
「かつて私がこの国の女王の地位に在った際、一度でも皆様に嘘を吐いた事があったでしょうか?一度でも、皆様との約束を違えたことがあったでしょうか!?」
「…!!」
ここまで話して一度テイルは避難民達の顔を見渡し、一呼吸置いて力強く宣言した。
「もう一度言います。私は今ここにいる、いえ、今回の攻撃で避難している全ての避難民達を全員無事に脱出させると約束します!!ですから皆様、どうか私の進む道を開けて貰いたい!この通り、お願い致します」
そう言うとテイルは避難民達に深々と頭を下げたのである。
テイルのその姿に避難民達が騒然となる中、最初にテイルの言葉に疑いの声を上げた避難民がテイルに声を掛けた。
「…頭を上げてください、テイル様」
だがテイルは頭を上げようとはしなかった。
その様子を見た避難民はもう一度、今度は先程よりも強い口調でテイルに頭を上げるように頼んだのである。
「お願いです、頭を上げてください、テイル様!」
この声を受けてようやく頭を上げたテイル。
顔を上げてもなお厳しい表情を見せるテイルに避難民が声を掛ける。
「そう言われればそうでしたね。姫様は即位してからは、いや、即位する前から、いつも嘘を吐かなかったですし約束も破らなかった。きっと今回もそうなんでしょう?」
「…ええ、私は皆様には嘘を吐きたくはありませんし約束を破りたくもありません。ですから今回も嘘を吐くつもりはありませんし約束を破る事も致しません」
「…わかりました。…皆、道を開けよう。俺達のせいで姫様に嘘を吐かせる、という事になったらどれだけの人に怒鳴られるかわからんぞ?」
「止めてたのはお前らだろ?」
「何をぅ!?」
「冗談だよ。皆!」
「おう!」
その声と同時に避難民達が一斉に左右に分かれ、テイルの前に一本の道が出来たのである。
「さぁ、姫様!」
「皆様、ありがとうございます。先生!」
「ええ、行きましょう、姫様」
こうして開かれた道を先生と共に進むテイル。
目標まで一直線に進みあと約二十メートルとなったところでふと足を止めたのである。
「…姫様?」
「…敵意が来る…。魔導シールド!」
テイルはそう叫ぶと同時に天井に向けて右腕を振りかざした。
その直後、先程までのバンカーバスター直撃の爆発音が響いたのである。
ただ、その爆発音は前の二回に比べると遥かに小さい物だった。
「間に合いましたね…」
「姫様…!」
「これで弾切れなら良いのですが…あと何発あるかわかりませんし…急ぎましょう、先生」
「はい」
二人は駆け足で目標であるシェルターの一角の壁に向かい到達するとその壁面の一部にコン、ココン、コンと特徴的なノックをした。
すると壁面の一部がスライドしてパスワードの入力装置が現れた。
そしてテイルは現れたパスワード入力装置の液晶画面を数秒間覗き込み、左右両方の手の平を液晶画面に押し付けたのである。
続けてテイルは十桁のパスワードを入力し最後に、
「登録者名、テイル・フェリアシティ」
と、自身の名前をパスワード入力装置に告げたのである。
するとパスワード入力装置から電子音声が流れてきた。
「パスワード確認、登録者名確認、網膜及び角膜、左右掌紋及び左右指紋、声紋、全て確認。ロック解除します」
この電子音声が流れた直後に壁面が約二メートルに渡って左右にスライド、その先に更に地下へと続く階段が現れたのである。
「行きましょう」
「はっ」
テイルは先生を連れて現れた階段を降りようとした。
と、その時テイルが背後を振り返り、
「あ、皆様はついて来てはいけませんよ?」
と、避難民達に一言忠告すると今度こそ先生と共に地下への階段を降りていくのだった。