006
傷だらけの女剣士に、導かれてラクウとボクは家の外に出た。
家の外は、騒然としていた。
森に囲まれた小さな集落は、混乱していた。
恐怖の声が、あちこちから聞こえる。悲鳴も、あちこちから上がっていた。
家の外には、何かに逃げ出す人の姿が見えた。
怯えて逃げ出している一人の人間を、ラクウがすぐさま捕まえた。
「奴が出たのか?」
「ああ、『水の魔獣』が現れた」
「くそっ、儀式の日はもうすぐなのに」唇を噛むラクウ。
ボクと女剣士は、聞きこむラクウを少し遠くから見ていた。
女剣士は、憧れのような眼差しでラクウを見ていた。
「好きなのか?」
「な、何?あんたは?」
女剣士は、驚いた様子でボクを見ていた。
だけど、照れた様子でまんざらでもない否定の仕方をボクに見せてきた。
「ボクはフォーゴ、旅の魔法使いさ」格好をつけて、右手を差し出すボク。
「なに、その旅の魔法使いって」女剣士の反応は、つれない。
「魔法を使える、選ばれし人間だよ」
「魔法、なにそれ?」ボクの言葉に、冷めた反応を見せる女剣士。
「そんなことよりあたしは、戦わないといけないんだ」
「やだなぁ、そんな怪我だらけの体でどこに行こうと言うんだ?」
「う、うるさい。あたしは、このライタルクを守る使命が……ううっ」
傷が痛むのだろうか、その場でうずくまる女剣士。
誰が見てもわかるように、彼女は満身創痍だ。
ボクと女剣士のやり取りを見ていた、ラクウが声をかけてきた。
「お前は休んでいろ」と。
「ラクウ様……しかし」
「外に出たシラキが、もうすぐ戻ってくる。
それまでは、俺の家で休んでいてくれ」
「ですが……魔獣がまだいます」
「休んでいろ!」叫ぶラクウ。
「はい」女剣士は、しおらしくラクウに頭を下げて家の中に入っていく。
家の中に入る女剣士は、どこか嬉しそうで頬が赤い。
ボクはそんなやり取りを、見せられていた。そんなボクに、ラクウが顔を向ける。
「さて、俺はこれから魔獣を倒さないといけない。お前は……」
「ボクも行くよ」
「ひ弱なお前が?」
全身筋肉質で、腰に長く太い剣を携えたラクウ。
背も高い彼は、背の低いボクのことを見下ろした。
ボクは右手に、ボクの背よりも大きな杖を握ってラクウを見上げていた。
「ああ、そうだよ。ボクも戦わないとね。
さっきまでベッドで美少女に手厚い看病されたし、少しは働かないとね」
「お前が戦いをできそうには見えないが、剣は使えるのか?」
「剣は使えないけど、ボクにはこれがある」
そう言うと、ボクは両手で長い杖を握っていた。
一見すると普通の木の枝のような杖だけど、木の割れ目には宝石のような石が埋め込まれていた。
「その杖で殴るのか?水の魔獣を舐めているのか?」
「殴ったりしなよ、折れちゃうだろうし」
「とにかくお前はここにいろ、俺はライタルクの自警団だからな」
外には、次々と悲鳴が上がっていた。
ラクウは、そのままボクを置いて走っていく。
剣を抜いて、奥へと消えていった。
里の通りには、ボクは一人取り残された。
だけど、それでもボクは周囲に向けて目を回す。
顔を動かさずとも、敵の気配はすでに感じていた。
(もういるんだよね……水の魔獣)
ボクは、すぐさま後ろに体を向けた。
すぐ後ろには、一人の男が逃げてきた。
中年の男で、農家風の男。薄い白のシャツと長いズボン、小麦色の肌で出血していた右肩を抑えて走る。
武器を持たない、髭面の男が何かに追われていた。
「た、助けてくれ……」
「ハズレか……」ボクは、一瞬だけがっかりした顔を見せた。
男を追いかける巨大な何かが、姿を見せた。
それを見た瞬間、ボクは思わず「うげ」と声を漏らしてしまう。
男を追いかけるのは、一匹の大きなカエルだ。
体長一メートルを超えた巨大なカエルは、僕たちを見ながら大きな舌を出していた。
「でかい、カエルだな」あれが、水の魔獣なのだろうか。
四つん這いになった巨大カエルが、髭男を追い回す。
確かに、普通のモンスターとは全然違う。
追いかける巨大カエルは、やはり大きな口を開く。
そのでかい口からは、大きな泡が見えていた。
背中を向けた髭面の男に向けて、巨大な泡が放たれた。
高速で飛んできた泡が、背中を見せる中年男に迫ってきた。
(ボクの趣味じゃ、ないんだけどな。仕方ない)
杖を構えて目をつぶり、口元で詠唱をしていた。
「火よ、焼き払え『ファイアーボール』」
ボクの声に反応するように、杖のそばから火の玉が発生した。
そのまま放たれた火の玉が、男の横をかすめていく。
高速で飛んでいく火の玉が、大きな泡に向かって飛んでいき泡をはじけさせた。
弾けた泡が、シャワーのように男に降り注ぐ。
「え?」後ろを振り返った男は、目を疑った。
巨大なカエルもその反応を見て、ボクの方を振り向く。
喉をゲゴゲゴ鳴らして僕を、挑発しているのだろうか。
そのまま、ボクのほうに体を向けて前足を畳む。
大きなジャンプで、ボクとの距離を一気に詰めてくる巨大カエル。
「おい、お前!」叫んだのは中年男。
だけど、右肩を抑えて目をつぶった。
それでもボクは、動いていない。
足を動かさないが、口は動かしていた。
杖をもって、しっかりと巨大なカエルを見ていた。
「ボクのこの魔法で。火よ……渦を巻き起こす」
ボクが両手で持っている杖を振ると、火が何もないところからいきなり杖の前に現れた。
赤い火は、大きくなって炎に変わっていく。
その炎の渦が、巨大なカエルの周囲を囲んだ。
カエルは、いきなりの炎で思わず周囲を見回す。
しかし次の瞬間、周囲の炎がカエルを包み込んだ。
大きな火柱となってカエルを、右手を負傷した男が見ていた。
「お前は、何者だ?」
火を見ながら、男が震えているのが見えた。
「ボクは旅の魔法使い……」
「火を使う魔獣か?」
ボクの言葉を遮るように、男はおびえて腰を抜かした。
まるでボクに恐れ、おののいているかのような反応だ。
青ざめて、恐怖が支配している顔をしていた。
「ボクは違うよ」
「やめてくれ、殺さないでくれ!」
「そうじゃない、これはボクの力で」
「く、くるな!」腰を抜かした男は、明らかに震えていた。
まるでそれは、ボクが初めてマリドと対峙した時のようなそんな恐怖だ。
ボクは苦笑いをしながら、男に背を背けていた。
「ああ、行かないよ」
ボクは、苦笑いをするしかない。
やがて炎に包まれたカエルは、灰と化して崩れていた。
そんなボクと男のそばに、一人の人間が近づいてきた。
「それでも、あなたは礼を言うべきですよ」
女の凛とした声が聞こえた。
その声の方に向くと、剣を握ったシラキの凜々しい姿で立っていた。




