041
トリアードに何が起ったのか、ボクは数秒で理解した。
理解したはいいが、それはあまりにも危険な出来事だ。
クマサキのそばにいたリスが、トリアードの中に消えていた。
ボクと一緒にこの場所で見ていたシラキも、驚いていた。
だけど、ボクはこの種の魔法を知っていた。
かつて、魔王マリドも使ったことがある魔法だ。
「『洗脳』」
険しい顔で、ボクは口に出した。
「フォーゴさん、なんですか?そのマインド……」
シラキが、不思議そうな顔で聞いてきた。
「一言で言えば、洗脳。相手を操る魔法だ。
だけどトリアードは幻影で、その魔力や精神力は極めて強い魔法だ」
ボクは、トリアードを見上げていた。
心配そうな顔で、シラキも見つめていた。
「トリアード様が洗脳されるとか、あり得るんですか?」
「ボクの見立てだと、魔王の卵……洗脳魔法を使った術者の魔力次第」
「それって?」
「ボクが追い求めていた、倒すべき敵だ。
それ相応の魔力もあるし、精霊を操れる力があっても不思議ではない」
ボクは苦々しい顔で、トリアードを見上げた。
目の前のトリアードは、不敵に笑っていた。邪悪な笑顔だ。
声も、女と男の二つの声が重なって聞こえてきた。
「いや、やはり精霊王の体はいいものだ」
「魔王の卵……グレゴリアム。お前は、リスに化けて潜んでいたのか」
「俺の名前を知っている、小僧……何者だ?」
高い位置にいるトリアードが、枝の上に仁王立ちのボクを指さす。
「ボクの名前は、フォーゴ。天才魔法使いだ」
ボクはそれでも、右目をつぶってウィンクをした。
幻影のトリアードは、見た目は変わらず女性のまま。
切れ目でボクのことを、見下ろしていた。
「何を言ったかと思えば、人間か?」
「そうだね……でも」
ボクはそういいながら、杖を握っていた。
同時に、一つの魔法の詠唱を始めていた。
「魔力の力よ、かのモノにかかる魔法を消し去れっ!」
使ったのは『キャンセルマジック』だ。
効果を一言で言えば、魔法の解除をする魔法。
ボクの左手から、虹色の光がトリアードを照らす。
照らされたトリアードは、眩しそうに光から顔を逸らす。
「貴様っ!」
トリアードが、虹色の光を避けようと体を反らす。
しかし、トリアードの体は大きい。
幻影といえども、体長は三メートルほどの巨人な存在。
光をかわすことは、困難だ。
実態は無いけど、魔法の的としてはあまりにも大きい。
ボクの虹の光を、避けることはできなかった。
端から見ると、トリアードが苦しんでいるようにも見えた。
だけど、ボクはすぐに分かった。
「やはりダメか……」
虹色の光を放つ魔法が、数秒後に消滅してしまう。
残されたのは、背中を向けたトリアードの姿だ。
「ふう、脅かしやがって……」
「それでも脅しには、なったみたいだな」
「だが、無駄のようだな」聞こえるのは男の声。
先ほどのトリアードの女の声は、いつの間にか聞こえなくなった。
聞こえるのは、男の声。これがグレゴリアムの声だろう。
それを聞いて、ボクは苦笑いするしか無かった。
「どうやら、状況はかなり厳しいようだ」
ボクはトリアードを見上げて、苦笑いをしていた。
「さて、では……早速この精霊王の力を試させてもらおう。
俺に最も似合う、最強の体の力を……な!」
すぐさま、トリアードは両手を掲げた。
同時に、ボクの足下から木々の枝が迫ってくるのが見えた。




