003
ボクはこの場所は、はっきりと覚えていた。
背景に見えるのは、大きな塔。
空は曇り、雨がザーザーと降っていた。
雷も鳴り、大きく天候が乱れていた。
(間違いない、これは……あの日のボクだ)
よく見ると、ボクの姿がそこにはあった。
青いシャツに、白い短パン。
茶髪で気品のある、かわいらしい子供だ。
今のボクではない。十年前の、あのときのボクの姿だと、すぐに分かった。
ボクの両手には、自分の背丈よりもずっと高い杖を握って立っていた。
ボクの前には、三人の人間が立っていた。
一人は、剣士風の男。
肩まである黒髪に、茶色いマント。
右肩に大きな金属鎧をまとった男。
その隣にいるのは、女だ。
紫色の服を着ていて、長いカールのかかった髪。
背が高く、右手には宝石のようなモノが握られていた。
そして、一番真ん中にいるのが青い服の女だ。
後ろ姿のポニーテール、顔はこちらからは見えない。
でもその姿、たたずまいでボクは知っていた。
(ボクの師匠、ミレーネ様だ)
ミレーネという女は、前を向いていた。
いや、他の二人も同じモノを見ていた。
目の前にいるのは、一人の人間の姿をした何かだ。
青褐色の肌、上半身裸で、短い銀髪。
二足歩行で、人のように見えるが人ではない。
鋭い目に、圧倒的な威圧感を放つ。見ているだけで身震いをするほどに、恐ろしい存在。
「魔王マリド……あなたを許すわけにはいかない。
この世界のために、あなたを倒す」ミレーネの声だ。
だけど、ミレーネ達に対峙する人物は不敵に笑っていた。
十年前、一人の魔王が世界に現れた。その名はマリド。
突然現れて、世界を滅ぼそうとした堕天使マリド。
戦っているのは、三英雄と呼ばれた人たちだ。
ミレーネが率いる三英雄が、人類最強の敵マリドと戦っていた。
三英雄の後ろで、幼いボクはこの戦いを見ていた。
「お前らごときに……」
「人間を舐めないで、私たちはあなたに屈しない」
ミレーネが一つの魔法を完成させて、両手に持っていた杖から火の玉を放つ。
巨大な球が、マリドの体に飛んでいき、そのまま包み込んだ。
「グアアアッ!」
マリドの大きな体が火に包まれて、断末魔の叫び声を上げる。
それを背に向け、ミレーネがボクの方に向けてきた。
少し背の高いお姉さんのようなミレーネの顔は、子供のボクからよく見えない。
「フォーゴ、マリドは倒れたわ」
「ミレーネ様!」
「なんとかマリドは倒れた……だけど」
うつむいたミレーネが言うと、ボクらのいる世界は変わった。
雨の降っていた世界が、闇に収束されて大きな光が前を照らす。
光を抜けると、そこには昼間の草原が広がっていた。
気づくと、剣士の男と紫ローブの女は姿が見えない。
炎に焼け焦げたマリドも、マリドの拠点でもある大きな塔も消えていた。
ボクの前には、青い服のミレーネが少し離れて立っていた。
「小さなあなたにも、これからやってもらわなければいけないことがあります。
それはマリドのような、人類の災いを誕生させてはいけない。
災いは、常に平和と隣り合わせに忍び寄っているのだから」
「災いって……それは?」
「邪悪なる存在、『魔王の卵』」
「『魔王の卵』?」
「フォーゴ、あなたにはこれから世界を旅して魔王の卵を倒しなさい。
必ず見つけ出して、探して倒すのです。
フォーゴ、弟子であるあなたにそれを頼みますよ」
「ミレーネ様、ボクにできるでしょうか?」
「あなたに、多くの魔法を教えました。
それを人類の平和のために、役立ててください」
その言葉を発したミレーネの姿が、だんだん遠くなっていく。
景色が迫ってくるような感覚で、青い服を着た女の師匠ミレーネの姿が小さくなっていく。
「最後にフォーゴ……」
声も徐々に届きにくくなってく。
「あなたに、大事なことを伝えます」
「大事なこと?」
「それは、あなたは困っている女の子を……」
最後に、ボクは師匠の言葉をしっかり聞いていた。
全ての言葉を伝え終えると、ボクの目の前に真っ白な光が迫ってきた。
光が迫ると同時に、一人の女の声が聞こえてきた。
「……ですか、大丈夫ですか?」
それは全く聞いたことのない、女の声だった。




