022
(SIRAKI’S EYES)
翌日の昼間に私は、家の外に出ていた。
ここはライラクの里の中でも、少し標高の高い丘の上の公園。
子供達が公園を走り回り、親が眺める穏やかな光景の公園。
丘の下には、青空市場が見えた平和なライタルクが見える場所。
見晴らしのいいベンチに座って、白いブラウスの私は本を読んでいた。
私服姿でプライベートの私に、声をかける人がいた。
「あっ、巫女様。シラキ様だ!」
小さな子供、四歳ぐらいの男の子だ。
無邪気な顔で、私に手を振ってきた。
「これ、巫女様が困っているでしょ」
隣には若い母親が、子供をなだめていた。
それでも、私はにこやかな顔で手を振り替えしていた。
(巫女様……かぁ)
私は、ライラクを救う光の巫女。
奇跡の力を持ち、精霊トリアードと唯一謁見が許される特別な存在。
今のライラクには、私一人しかいない。巫女という特別な、稀有な存在。
腰に剣を携えて、再び本を読もうとする私。
(あの人は、違うのだろうか?)
昨日私が、助けた人がいた。
フォーゴという、森の外から来たという青年。
初めて見た彼は、私と同じような力を持っていた。
初めて出会った、私のような特別な人間。
(大森林の外から来た……旅の魔法使い。
彼は私と同じような力を持ち、私と同じ悩みを持っていると思っていた……だけど違った)
彼と会ってから、このことばかり考えてしまう。
私の奇跡の力とは、一体何なのだろうか。
今まで、向き合って考えたことがなかった。
そのきっかけをくれた彼は、今はいなくなってしまった。
「ここにいたのか?」
考える私のそばに、私の兄ラクウがやってきた。
いつも通り革の鎧を着た私の兄は、自警団のリーダーだ。
「お兄ちゃん」本をベンチにおいて、立ち上がる私。
「シラキ、すまなかったな。宿り木を……」
兄は私に、頭を下げた。この件では、既に三度目だろうか。
「お兄ちゃんが謝っても、仕方ないですよ」私はなだめるしかない。
兄を責める気にはなれないし、怒ってもいない。
「クマサキ様が、なんとかしてくれるそうだ。宿り木の事は、何も心配はするな」
「はい」私は、あまり気にしていない。
「でも、あのフォーゴもバンガディとつながっていたとは……許せんぞ!」
「そう」怒りを見せるラクウに対し、私は不安そうな顔を見せた。
(違う、彼はバンガディとつながっていない。無関係だ)
直感で分かった、彼は普通ではない。特別な人だ。
バンガディのスパイであると兄は決めつけるけど、私はそう思わない。
「シラキ、体は大丈夫か?」
「平気です」
「昨日も奇跡の力を、使ったんだよな」
「私は、光の巫女ですから。救済は当然です」
「明日は儀式だ、体も大事にしろよな」
「うん、ありがと」私は笑顔を見せた。
それと同時に、心配する兄の方を見て照れた顔を見せた。
やはり、兄ラクウはかっこいい。
私のことを、常に気にとめてくれる人だ。
儀式を終えて、巫女でなくなったら私に多くの人が離れるだろう。
それでも、兄は私の味方でいてくれる。
彼が与えてくれる安らぎだけは、永遠に変わらない。それが、家族なのだ。
「それより、これを飲んでくれないか?」
ズボンのポケットから、ハンカチに包まれた小瓶を取り出す。
黒い小瓶を見た私は、すぐに分かった。
「『精霊樹液』ですね」
「知っているのか?」
「ええ、元巫女様に聞きました」
私は小瓶を手に取っていた。この小瓶の効果も、私は知っている。
「巫女の力を抑えるための薬、この薬を飲むと奇跡の力が使えなくなる」
「そうなのか?」逆に兄は、そのことを知らない。
だけど私は、巫女の教育の中で全て学んでいた。
ここで樹液を飲むことで、巫女は初めて精霊トリアードに会うことができる体になるのだ。
いよいよ、儀式が始まる。そんな決意にさせてくれる樹液なのだ。
(儀式を控える私を、あの人はどう思うのだろうか)
なぜか私は、フォーゴの顔を思い浮かべた。だけど、すぐに思考から私は振り払った。
無言で私は、小瓶の蓋を開けた。
中から閉じ込められた濃厚な木の香りが、漂ってきた。
「シラキ……」
「はい」私は、そのまま小瓶を一気に飲み干した。
だけど、飲み干した瞬間に私はそのまま倒れた。
「シラキっ!」最後に兄のラクウが叫んだが、その声は私には聞こえなかった。




