020
ボクは、横たわるオジミを看病していた。
真っ赤な血が脇腹や口から流れ、苦しそうな呼吸を見せていた。
少し離れたところで、顔が切られて黄色い血だらけの巨大牛……光の魔獣の骸が転がっていた。
「ボクには、『奇跡の力』はない」
「大丈夫だ」意識が微かにあるオジミは、弱々しい声でボクに応えた。
「まあ、それでもボクは旅慣れているからね」
「何をしているのですか?」オジミの着物を、ボクは脱がしていた。
「応急処置だ、しないといけないだろ」
オジミは冷めた目で、ボクに言ってきた。
だけど、ボクは傷だらけで動けないオジミをよそに体を動かす。
「こら、やめろ。ううっ……」
痛そうな顔で、嫌がるオジミ。
それでもダメージが大きい彼女は、素直にボクに身を任せていた。
ボクは嫌がるオジミの体を、自分の方に向けさせた。
左脇腹を見て、赤い血が流れていた。
血だらけの着物の帯を、腰からずらす。
「ああっ、フォーゴ……痛い」
「酷い怪我だね」
着物のオジミの服、傷の辺りを脱がす。
左脇腹が見え、角が突き刺さった跡と擦り傷が見えた。
「いいわよ、こんなの……」
「よくない、オジミは女だから!」
「女だから……男に触られたく……ないのに」
照れた顔で言葉を濁すオジミ、それでもボクは自分のシャツを破く。
そのまま、腰にあるポーチから一つの薬品を取り出した。
破いた布に薬を染みこませて、患部に当てていた。
「あっ!」かわいい悲鳴をもらすオジミ。
ビクンと、小さく揺れていた。
ボクはそのまま着物の帯を、傷当てをした場所に固定するようにずらしていく。
「帯は絶対ずらすなよ、薬の効きが悪くなるから」
「うん」オジミは、照れた顔を見せた。
「師匠特性の魔法薬だから、傷の回復は早いと思う」
「そうなの?」
オジミは疑問の顔で、ボクの顔を逸らす。
少しすねた顔が、女性らしくかわいい仕草だ。
先ほどまでに、巨大牛と戦った殺意みなぎる目つきとはまるで違う。
同一人物とは思えないほどの、落ち着きというか……照れた様子でボクに背を向けていた。
「でも、ありがとう」着物を整え、すぐに立ち上がるオジミ。
血で濡れた着物だけど、止血はできている。
「歩けるか?」
「無論だ、ここまで来たら絶対に帰らないといけない」
彼女の胸には、光り輝く精霊の宿り木がある。
奪ってきたこの宿り木を、彼女は命がけで運んできた。
オジミが大事そうに持つ光る宿り木、ボクは気になったことを口にした。
「そういえば、その宿り木は巫女が使うんだろう。
バンガディにも、巫女はいるのか?」
「いません」即座に否定のオジミ。
「いないのになぜ?」
「精霊の日まで、儀式を行わせてはいけないから。
別に|あたし達『バンガディ』が使うわけではない。
そもそも、あたしたちバンガディは精霊の宿り木を使えない」
首を横に振るオジミ。
その後、数秒間沈黙が続く。
地下樹洞に、ボクとオジミの足音だけが響く。
「巫女が、生まれないのか?」
「詳しくは、御館様に聞いてくれ」
「え?」オジミは、吐き捨てるように言う。
その後、ボクらの前には光が差し込んできた。
光のある方を、ボクとオジミが突き進む。
突き進んだ先は、地下樹洞を抜ける上り階段。
木製の階段を抜けた先には、外に続いていた。
外を出た先の空は、朝日が既に出ていた。
朝日を見ながら、オジミは一言、こう言った。
「ライラクの巫女は、生まれすぎるのよ」と。




