016
本棚の奥に潜んでいた男は、クマサキの前で一礼した。
スキンヘッドの頭に、薄い黄色のローブで大柄。
長くダボダボした袖に、足下は部屋の中でも黒く長いブーツを履いていた。
鋭い目つき。だがそれ以上に目立つのが、額に埋め込まれた石。
頬や顎にも、いくつか石が埋め込まれていた。
「ハジカミ、聞いていたな?」
「……」ハジカミというスキンヘッドの男は、無言で頷いた。
「オジミ達『灘忍』が動いて、宿り木が奪われた。
指示を出したのは、ロンブエル……バンガディの長一族だな」
「宿り木の在処は?」ハジカミが、口を開く。
「おそらく地下樹洞を抜け、バンガーゼに向かっているだろう。
最も、光の魔獣の追撃をかわせれば……の話だが」
不敵に笑っていたクマサキ。
その顔に写る影は、とても怪しく見えた。
「とはいえ、魔獣をアテにしすぎるのも困りものだ。
盗人は、『灘忍』一の強者と言われるオジミだ。
トリアードの加護が弱まっているバンガディは、戦闘力も落ちている。
だがヤツの秘めた力は、死線になればなるほど本当の強さが出る。
魔獣が足止めできるとも思えぬ……だから」
「それがしが、オジミを討つ……と?」
「呪術の力を使いたいのか?」
「力を得たモノ、力の行使は強者の特権かと」
ハジカミは、退屈そうに首をコキコキと鳴らしていた。
椅子に座ったクマサキは、一回り大きなハジカミを見上げていた。
「まあ、待て。
お前は本来、ライラクに存在しない……すでに死んだ存在なのだ。
それなのに、生かしてもらっているのは……わかるな?」
「グレゴリアム様に、与えられた命」
険しい顔でハジカミは、膝をついた。
頭を下げて、クマサキ……いやクマサキの肩に乗るリスに向けて頭を下げた。
リスは、クマサキの膝に乗り胸を張っているように見えた。そして、
「お前には、適性があっただけだ」と、喋った。
「ははっ、この命……ライラクのために、グレゴリアム様のために全て捧げます。
一度失った命、是非ともお好きなようにお使いくださいませ」
「ああ、そのためにも是非『精霊の儀式』を成功させないといけない。
わしたちライラクの悲願、『大森林の呪い』から解放もせねばならぬ」
クマサキの言葉にも、うつむいてじっと聞いているハジカミ。
その様子を、茶色い毛並みのリスが見る少し滑稽な様子。
「それで、宿り木の奪還は?」
「簡単で、一番優れた方法がある。
今回は、顔に埋め込まれた四つの石をうまく使い分ける必要がある。
そういえば、顎の石はまだ使ったことないな?」
リスのグレゴリアムが、喋った。
言われたとおりハジカミが自分の顎を、右手で触れていた。
顎には小さな石が見えて、体に埋め込まれていた。
「これは……」
「身体能力に優れた『灘忍』に戦う必要は無い。
戦わずに宿り木を奪い、顎の力を使うといい」
「顎の石の力が?」
「俺の与える力は絶対だ。
無理に戦わなくとも、わしの与えた力で必ずや任務を果たしてもらえればいい」
「ははっ、グレゴリアム様!」
再び大きな体のハジカミは、小さなリスに畏まった。
「では、頼むぞ。
次会ったときは、宿り木をわしに渡せるように」
「分かりました、このハジカミ……命に代えても」
そういい、ハジカミは影に紛れるように静かに消えていった。
残されたのは、椅子に座るクマサキと小さなリス。
カーテンが閉まった窓を、横で見るクマサキ。
「しかし、トリアードは複雑な存在だ」喋るリス。
「ライラク、バンガディいずれにも加護を与えようとする。
滅びに瀕した民にとって、無駄な優しさは苦痛でしかないのに」受け手のクマサキ。
「それよりも、顎の石はどんな効果なんだ?」
「一番便利で、一番力を使う能力」リスの言葉を、聞いている。
「それがあれば宿り木も……」
「まあ、その前に宿り木を手に入れる必要があるが。
他にもいい能力を与えているので、問題なかろう。
ところで、精霊トリアードには会えるのか?」
「『精霊の儀式』を終えれば……『大樹の天秤』がライラクに完全に傾く。
バンガディの加護は完全に消滅し、精霊トリアードが我らに祝福を与えに姿を見せる」
クマサキは後ろを振り返った。
この部屋の後ろには、一枚の絵が描かれていた。
それは大樹の絵、大樹の後ろには一人の女性が描かれていた。
緑髪の茶色い肌の女性、リスがそれを見上げていた。
「精霊トリアードか……」
「精霊トリアードが祝福を与えたときに、ライラクだけが加護を得た唯一の種族となる。
ライラクが、この大森林を支配し新たな秩序が生まれるのだ!
トリアードの呪いから解放されて、人が再び大森林を支配するときが来るのだ!」
クマサキは立ち上がって、両手を広げていた。
それを、リスはつぶらな瞳で見ていた。
「そうだな」と小さく呟きながら。




