015
(???’S EYES)
ライタルクのほぼ中央に、この建物はあった。
ライタルクの中でも、一番大きな木造の二階建て。
その二階にある一室で、男は椅子に座っていた。
月桂樹を被るマッシュルームカットの金髪男は、椅子に深々と腰をかけた。
紺服に、白のロングズボン、顔は少し老けていて中年の男だ。
小麦色に焼けた肌だけど、落ち着いた雰囲気の男。
肩にリスを乗せて、足を組んで椅子に座り話を聞いていた。
獣の毛皮を床に敷いた、広い部屋のほぼ真ん中に椅子に座る男。
「残念ながら取り逃がした……と」
「はい、申し訳ありません」
椅子に座る男に、頭を下げるのはラクウだ。
金髪の自警団の剣士は、謝っているように見えた。
「この事件の予想はできたことだ、儀式も近い。
だが、バンガディに宿り木を盗まれるとはな」
「はい、警備の方は強化していたのですが……」
「盗まれてしまっては、仕方なかろう。
この件に関しては、一番に盗人が悪いのだから」
「面目ありません」
ラクウは、低頭平身に何度も謝っていた。
風格のあるマッシュルーム男は、首を横に振った。
「謝って欲しいのではない、ラクウ。犯人は、目星がついているのか?」
「犯人はオジミ・アストークです。
彼女はバンガディの中でも数優れた、実行部隊『灘忍』です」
「『灘忍』か。間違いなく、バンガディの長も本腰を入れた訳か。
バンガディは、どうしても儀式の成功はさせたくないようだ。
して、今回の盗人には仲間がいた……と?」
「はい。森で倒れていた男、フォーゴという男が犯人の仲間と言うことです」
「フォーゴ?バンガディでは、そのような名前は聞いたことがない」
「ええ、本人は森の外から来たと言っていました」
ラクウの言葉に、中年男は相槌を打つ。
「森の外?この森の外から人が来た……とな?」
「ええ、バンガディと通じていまして」
「それは……妙な話だな」
話すマッシュルーム男の右肩に乗るリスが、組んでいる足の膝に降りていく。
「と、いいますと?」
「森の外に、世界があるのは分かっていることだ。
だが、外の人間がバンガディと結託するとは限らない。
そもそも外の人間は、お前の家……巫女様が看病をしていたのだろう」
「はい、シラキがつきっきりで看病していました」
ラクウは、苦々しい顔で報告していた。
彼の中にあるフォーゴに対する憤りを、なんとか抑えようと必死だ。
「巫女様はどうだ?」
「今は落ち着いています。ただ……」
「ただ?」
「あの男に、心を奪われたのか……時折物思いにふける顔を見せています」
「それは、また厄介な」
マッシュルーム男は、頭を抱えた仕草を見せた。
それに対応して、リスが再び右肩に飛び乗る。
マッシュルーム男の方を、心配そうに見つめていた。
「ああ、ありがとな。問題ない」
「現在オジミ・アストークは、目撃情報によると地下樹洞に入ったと……」
「もうよい、ラクウよ。お前には、しばらく巫女様を頼む」
「ですが……」
「さっきも話したが、奴らはバンガーゼに逃げたのだろう。
だとすれば、こちら側も取る手は限られてしまう。
なに、心配はいらない。必ず宿り木を取り戻して見せよう」
「さすがは、クマサキ様」
ラクウは、椅子に座るクマサキに敬礼していた。
金のマッシュルーム中年クマサキは、椅子から立ち上がった。
ラクウより背の低いクマサキは、リスを肩に乗せたまま見上げた。
「ラクウよ、巫女様を頼むぞ。彼女の心のケアは、兄であるお前の務めだ」
「はっ、畏まりました!」
「それと、これを?」
手にしたのは、真っ黒な小瓶。クマサキが、ラクウに手渡す。
「これは?」
「名前ぐらいは聞いたことあるだろう、『精霊樹液』だ。
儀式を行う前日に、巫女様に飲ませておいてくれ」
「はっ、分かりました」ポケットからハンカチを取り出し、樹液の小瓶を包む。
そのまま、割れないように丁寧にズボンのポケットに忍ばせた。
大きなラクウの右肩に、クマサキが手を乗せていた。
背筋を整えたラクウは、敬礼した。
そのままクマサキから離れて、ラクウはドアの方に歩を進めていく。
「では、失礼します」
力強い言葉を残し、ラクウは部屋を出て行った。
リスを肩に乗せたクマサキは、右手を力強く握った。
「使えぬ奴め!」
ドアを閉めた瞬間、低い声でぼやくクマサキ。
その目は、鋭く怒りがにじんでいるようにも見えた。
「仕方ないでしょう、自警団の力なんか所詮はそんなモノです」
部屋の中にある大きな本棚が、いきなり開く。
そこから、一人の男が姿を現した。その男は、不気味なオーラを出していた。




